第3話

 



 で。



「成る程、それで屍みたいになってたのか」

「体内魔力量が馬鹿みたいにあったからまさか使い切るとは思わなかった」

「うー…」


 …フレデリック様が起きるまで(つまり今は昼!)練習を続けた結果、俺は体内魔力ってのをほぼ使い切った…らしい。

 体にうまく力が入らないし、気怠い!

 こんな怠いの初めてなんだけど。


「まあ、体内魔力は横になって眠っていれば自然に回復するから大丈夫。…多分」

「た、たぶん…?」

「こっちの大陸は元素魔力が自然の中にほとんどねぇからな。人間のような魔力生成出来ない生き物は体内魔力量を外部から取り込めないだろう」

「つまり使って発散したものを回収しないといけないって事。ものすごくかかるかもしれないね」

「しょ、しょんな…」


 この怠さがそんなに長期間続くかもしれないとか、無理…。


「まあ、どのみち夜まで動くつもりはないからゆっくり回復に専念するといいよ」

「俺の体内魔力を分けてもいいんだけどな」

「魔力切れの恐ろしさは知っておくべきだね。ハクラは僕らのように魔力を体内生成できる訳ではないんだから」

「ま、それもそうか」


 ひ、ひでぇ…。

 でも、これも勉強なんだな、フレデリック様!

 俺、負けねーよ!


「それに魔力切れはバルニアン大陸ではなかなか体験出来ないものだろう。僕らの国には魔石の他に元素魔力が自然の中に満ち溢れている。体内の魔力は、そもそも使う必要もない」

「まあ、確かにな」

「とても貴重な体験をしてる訳なんだよ、ハクラ」

「そ、そうなんだ…!」

(納得しちゃうのかよ…!)


 しかし、いつまた動けるようになるのかわかんねーんじゃあ、二人について行けねーかもじゃん。

 主人に俺の名前の由来とか聞きに行けねーなんて事になったら目も当てられねぇんじゃねぇ?

 なんとか早く動けるようになりて〜なぁ…。


「溜息ついてる時間があるなら寝てろ。ただ横になっているより眠った方が遥かに回復は早まるぞ」

「えー、眠くねぇーよ…」

「目を閉じておくだけで眠くなるよ。…それとも、魔法で寝かしつけてあげようか?」

「う」


 いい笑顔…。

 いや、そこまでしてもらわなくても。


「まあ、実際オークションって何時からなんだ?」

「八時からのようだよ。メインディッシュは九時頃との事だ。七時頃食事して、のんびり会場入りするとしよう」


 あ、本当にまだ時間あるんだ。

 …なんか去年は朝から調教で全然時間の感覚なかったけど、立場が変わると生活時間も変わって今まで分かんなかったことが分かるようになるんだなぁ。


「もっと魔法の練習したかったなぁ」

「無理だよ、諦めなさい」

「ふぁい」

(…それにしても、まさか僕らと変わらない体内魔力量使い切るほど集中するとは驚きだな。風属性は魔力の扱いが難しいし、霧散し易いとはいえ…人間の数万倍だぞ? こんな事あるのか…?)

「アルバニスに行ったら好きなだけやれるさ。…さてと、俺は例の飛行機乗りの遺族探しをしてくるぜ。こういう時じゃねーと出来ねーからな」

「ああ、わかった」


 って、それじゃフレデリック様と二人きり⁉︎

 き、緊張するわ!

 な、何か話題…話題〜っ!


「あ、あのさあのさ、フレデリック様は氷が得意ってジョナサンが言ってたんだけど…」

「そうだよ。僕の黒炎能力は『氷』でね…それに伴ってなのか、氷属性の魔法は得意なんだ。もちろんケルベロス族の血を引いているから闇属性と炎属性も不得手ではないよ」


 ……。

 う、うん?


「こくえん能力ってなに…?」

「ヨナに聞いたと思うけど僕らを生んだのは幻獣ケルベロス族のツバキさん。幻獣ケルベロス族には『地獄の業火』の異名を持つ黒い炎、黒炎を操る力がある。そして黒炎に一人一人個別な特殊能力が付属するそうだ。その力を発現させて初めて完璧な大人と認められるらしい」


 え、なにそれすげぇ。

 さすが世界を創ったって言われてるだけある!

 地獄の業火とかって、かなりダークな感じだけど!


「そして僕らもツバキさんの血のおかげか、その黒炎と黒炎能力を発現させた。僕の黒炎能力は八大霊命の一つ『氷』! ヨナは『動植物操作』。ツバキさんに言わせるとヨナの黒炎能力は弱いらしいけど…優しいあの子らしい能力だと思うな」

「まあ、確かに…」


 ヨナって植物好きそうだもんな。

 ソランの花の事とかも楽しそうに話してたし…そういえば実家(城)に専用のガーデニングスペースあるんだっけ?

 むしろフレデリック様が『氷』って…。

 そ、それに…


「炎なのに氷って? 氷ってあったかいと溶けるもんなんじゃねーの?」

「黒炎は『地獄の業火』…地獄という場所には極寒の地もあるんだよ。それはもう寒いところだった」

「………」

「なーんて、冗談だよ?」

「は、ははは…」


 よ、良かった…。

 この人が言うとシャレに聞こえねぇ。


「まあ、それは冗談だけど、炎なのに『氷』っていうのが不思議なのは当たり前だろう。せっかくだから見せてあげる」

「え!」


 いいの⁉︎

 目をかっ開くと、フレデリック様は右手をテーブルに置く。

 黒い炎がたちまち上がり、部屋は一瞬で青銀の氷に覆われた。

 俺の寝転がされたベッドまでも!

 …なのに、冷たく、ねぇ⁉︎


「は、はわわ…?」

「これが僕の黒炎能力。どう、あまり冷たくはないだろう?」

「う、うん…」


 頭を上げて凍ったベッドに触れてみる。

 やはり冷たくない。

 でも、カチコチだ。

 これが氷?

 ガラスとか、鏡みてぇ。


「普通の魔法で作る氷は温度の調節ができない。火の魔法なら出来るのにね」

「そうなの⁉︎」

「でも僕の黒炎能力は違う。常温の氷から絶対零度まで…暖かい氷も作れる」

「もはや氷の概念が歪むね」

「そうだね。でも、別に温度調節が出来るだけってわけでもない。硬度も自在だよ。凍らせる範囲も、やろうと思えばこの大陸を極寒の大地にする事くらい余裕かな」

「…へ…」

「まあ、さすがにそれは疲れるからやらないけどね。…その必要性を感じない」


 よ、良かった…。

 そしてフレデリック様が炎を消すと、氷は瞬時に砕けて空気中へ消えた。

 す、すげぇ…。

 これがフレデリック様の魔法…魔法?


「その黒炎能力っていうのも魔法なの?」

「魔法ではないね。魔力は使わないから」

「魔法じゃないの⁉︎ じゃあなに⁉︎」

「黒炎は生命力で使うものなんだって。幻獣は寿命がない。だからその生命力を燃やして黒い炎として発現させる。使い過ぎて弱る事はあるそうだけど、今の所…僕はそんな経験ないかな」

「せ、生命力…」


 それって魔力とはどう違うんだろう?

 ヨナは魔力は心で使う自然の力って言ってた。

 うーん、世界って難しい!


「それより、なにか物語でも話してあげようか。暇だろう? お互い」

「聞きたい!」

「どんな話がいい? 冒険譚か、歴史解説か…あ、うちの父上の英雄譚とかもあるよ。あの人そういうネタに困らない人だからね」

「うーんと、うーんと…」


 どれも気になる!

 でも、せっかくだしここはフレデリック様しか知らないような話を聞きたいかも!


「フレデリック様しか知らないような話とかない?」

「僕しか知らない話? 例えば?」

「フレデリック様って放浪癖があるんだろ⁉︎ その話とか!」

「ええ、別に面白くもなんともないと思うよ?」

「そんなの分かんないよ」

「うーん、そうだねぇ…それじゃあ……」







 ********



 夕飯の時間までたっぷりとフレデリック様の旅の話を聞いた。

 羨ましいほどの冒険譚!

 俺がリゴと暇潰しでしていた物語とは比べ物にならない。

 そしてフレデリック様の話で分かったのは、バルニアン大陸には澱んだ、邪悪な魔力を溜め込んで肉体が変異した異形の怪物が闊歩しているという事!

 俺たちの国は三ヶ国で戦争を繰り返していたけれど、バルニアン大陸はその怪物がトラブルを起こすんだそうだ。

 大半の怪物が大きなダメージを受けると、その傷口から淀んだ邪悪な魔力が抜けていき、元の姿に戻るんだとか。

 その大きなダメージを与えるには、戦闘が出来る者がどうしても必要になる。

 戦争のない国に王国騎士や勇士がいるのは、その怪物対策。

 うーん、納得!

 そんで、なんかマジでかっこいい!


「ふーん、それで延々とお前の冒険譚話してたのか」

「うん。なかなか恥ずかしかったよ。で、お前の方は?」

「ああ、遺族の居場所が分かった。グリーブトに住んでいるらしい。ラズ・パス国の飛行場から飛び立ったのは、壁海への最短ルートだったからのようだな」

「成る程、それでドラゴンの森に突っ込んだのか…。確かにラズ・パス国の飛行場から東へ進めばドラゴンの森に一直線だ。本当に運のない飛行機乗りたちだったね」


 そ、そんな不幸な真実が…。


「んで、お前は体動くようになったのか?」

「うん! 走ったりはまだきつい気がするけど、歩くのは平気」

「んじゃ、飯食いに行こうぜ。食ったらオークション会場に直行だな。…で、フレディ、為政者どもが万が一逆ギレしてきたらどうする」

「一応こちらは外交目的で来ているんだ、そこまで子供じみた真似はしないだろう」

「まあ、それはそうだろうけどよ」

「魔法の使えない相手だ、制するのは造作もないさ」

「…りょーかい。ま、そーだよな」


 確かにさっきの黒炎能力っていうのを見せつけられた後だと、俺もヨナのように「だよなぁ」と納得してしまう。

 それにしても、オークションの当日はやはり外はすごい熱気だ。

 フレデリック様の眉間のシワも…すごい感じだけど…。


「そういえばヨナ、ハクラを売ってた奴隷商の居場所は? お前のことだからそっちも調べて来たんだろう?」

「まーな。オークションに奴隷を出品するみてぇだから、目的地としては同じでいいかと思ってよ」

「なんだ、そうなのか。じゃあ予定通り食事してから会場へ行こう。ハクラのお守りは任せるよ」

「えーー…」


 と、不満げなヨナ。

 失礼しちまうぜ、ったく。


「ところで何食べる? 僕お肉がいいなー」

「肉か…肉はいいな」

「!」


 ほぁ! ま、また肉⁉︎

 肉は俺が食べられない!

 なにしろ二人の肉の好みは真逆!

 生肉と焦げ肉の恐怖!

 つーかこの二人、肉料理以外食べてねぇよ⁉︎

 さすがに飽きたって!


「ま、待って! ラズ・パスは南海の王国って言われてて魚料理と果物が有名なんだ! め、名物料理も一食くらい食べてったら⁉︎」


 つらい!

 肉料理オンリー意外とつらいよ!

 俺奴隷食(残飯をミルクで煮溶かしたもの)しか食べたことないんだ!

 質素な食生活に慣れてるのに、突然そんな対照的な肉の焼き方の食生活は、つらい!


「ん、それは確かに港町でも言ってたな。でもお肉食べたい」


 肉食系‼︎


「けど、この国に入ってから肉しか食ってねぇしな。確かに別なもんも食っといてみるのもありじゃねぇ? 下手したら二度と食う機会ねぇし」

「国交断絶決定だしね……うん、確かに。…でもお肉より美味しい魚料理なんて存在するのかな〜?」

「ツバキさんが郷に入れば郷に従えって言ってたろ〜? ケルベロス族は異界へ修行に行く時は、その世界の食生活も一応チェックする…まあ、ほぼほぼ菓子だけど…って言ってたじゃねーか」

「…うん、それもそうだな…スイーツの類は文句なしに美味しかったし…。その辺り食わず嫌いは良くないか……けど、もてなしで出してもらうもの以外の魚を食べるのは…なんか気がすすまないな」

「あんたホント魚嫌いだな…」

「だって骨がめんどくさい」

「取ってやるよ骨くれぇ」


 …ヨ、ヨナ優しい…。

 フレデリック様がお子様感全開すぎる…!

 まさか野菜まで嫌いとか言わないよな…?




 んで!


 食事を終えたフレデリック様の第一声はこちら!


「まさかこの世に火を通さないで魚が食べられるなんて思わなかった! 骨もなかったし、生魚の魚肉最高」

「生ならなんでもいいのかよ。…俺はやっぱり塩焼きの魚が美味かったな。あそこまでバッキバッキに塩で固めて焼くなんてクールな料理だったぜ、気に入った」

「お前こそ焼いてあればなんでもいいんじゃないの」

「ま、まぁまぁ…」


 …とりあえず刺身っていう生魚と派手な塩焼き料理にご満足していただけたようだ。

 提案しといてなんだけど、俺もあんな料理があるなんて知らなかったぜ。

 しかもどっちも美味しかったし。

 肉料理じゃこうはいかなかった。

 お魚様ありがとうございます。


「さて、お腹も膨れた事だしそろそろ行くとしようか」

「あ、そういえば今夜はどこに泊まるの?」


 宿、チェックアウトしたよな?


「お前今そこ気にする? 冷静だな」

「いや、だって…」

「心配しなくても今夜もあの宿の別な部屋を借りているよ。昨日取った部屋をキャンセルしてしまったからね。そのお詫びにまた一泊する事にしたんだ」


 あ、リゴたちの部屋…。


「えっと、それじゃあ明日からは…」

「明日の予定は今日、ハクラを売ってた奴隷商の話次第かな。まあ、飛行機乗りの遺品を最優先にしてもいいけど」

「その場合はグリーブトってところだな。その辺りも明日調べりゃいいか」

「あ、うん、そうだな」


 …とりあえず今夜は…このアバロン大陸がバルニアン大陸にまた見放される。

 この大陸の為政者たちは、バルニアン大陸のことを知ってるのか?

 それともただの伝説としてしか思ってないのか?

 偉いなら偉いなりに、知ってることはありそうだけど…。


「ふーん、ここがオークション会場…思っていたより小さいね」

「そうですか⁉︎」


 街の隅にあるコンサートホール。

 そう、本来はそうらしい。

 だが年に一度、ここは奴隷の死地になる。


「…………」


 …この当日の為に連れてこられた奴隷たち。

 一体この日を迎えられずに何人死んだだろう。

 とはいえ、ここで出品されても運命は変わらない。

 むしろより、過酷になるだろう。

 確かに普段お目にかかれない他国の奴隷が集まるんだ、物珍しさも相俟って出される奴隷は一級品ばかり。

 だが高い金を払ったんだからと、過度な期待をされてより残酷に弄ばれて死んでいくんだ。

 それがオークション。

 …ああ、悔しいなぁ…。


「…アバロンの民とは断絶する事としたが、やはり奴隷の者たちにはなにか救済があってもいいよね。何かいい考えはないものか」

「奴隷制度撤回を最低限の条件」

「まあ、それしかあるまいね」

「! そ、それ…! でも、そんな…」

「対等の国家として認められたいならそのくらいしてもらわなければ、という意味だよ」


 奴隷としてはありがたいけど、本当にいいのかな。

 …いや、フレデリック様の言う通り、この大陸がバルニアン大陸と対等の国家として接していきたいんならそのくらいしないとダメなんだろう。

 出来るかどうかは別として。




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