ハクラと銀翼の竜【ライト版】

古森きり@『不遇王子が冷酷復讐者』配信中

双黒の王子

第1話

 


 リーネ・エルドラド…アバロン大陸。

 俺の住む世界。

 世界の半分が海に囲まれ、三つの国が科学の進歩にしのぎを削る。

 しかし、どんなに科学が進歩しても人間の浅ましさは変わらない。

 なんでそう思うかって?

 だって、俺は奴隷だ。

 今日も鉄鋼の鎖に繋がれて、見世物小屋の中で街行く平民様たちを眺めてる。



「暑い…」











 海岸の港町ラベ・テス。

 南海の王国ラズ・パスの主要港だ。

 この街から更に南下すると首都ラズーってところがある。

 ラズ・パス王国は北海のグリーブト、西海のベルゼルトンと肩を並べる三大大国の一つ。

 東は大海が広がってて、その向こう側には壁海(へきかい)っていうどでかい海の割れ目があるんだそうだ。

 ラズ・パスとグリーブトとベルゼルトンは大陸平定を狙って何度も戦争した仲だが、科学が急速に進歩した昨今、牽制のし合いでいたって平和。

 “飛行機”ってやつが開発されて人が空を飛べるようになった、ってうちの主人が言っていたけど…本当かどうかはわからない。

 もし本当なら、死ぬ前に一度くらい見てみたいな、とは思う。

 だって空だぜ、空!

 人が空なんて飛べるとぁ、驚き以外のなんでもねぇ!

 ああ、いいなぁ…一度でいいから檻の外を手枷や足枷なしで自由に歩いてみてぇ…。


「おい、ハクラ」

「なにリゴ? 水の時間?」

「ちげーよ、これだよ、これ、新聞。切れっ端だけと」

「マジで⁉︎」


 屋根のない鉄格子の中は奴隷が一人しか入れられていない。

 俺は一番端っこ。

 これでも高級奴隷娼婦の中でも一番の美女と言われた、ソランって人が唯一産んだ男の子…ってのが俺のウリだ。

 要するに高級奴隷娼婦ソランの子供ってブランド。

 とはいえ男だから、買い手はなかなかつかない。

 ついても男のケツ穴が好きなやばい奴か、母親似…らしい…この顔目的の変態か肉体労働者が欲しい系か…。

 ああ、いや、そうじゃなくて、つまり俺の隣の鉄格子にはリゴってゴリゴリのマッチョ奴隷しかいないってこと。

 反対側は絶壁で、下には流れの速い川が流れている。

 …当然だけど逃げられないように手枷足枷は二十四時間外されることはない。

 そしてリゴは一度、売られて外で働いていたんだけど買い戻されてここに居る。

 外で働いていたリゴは外の情報とか、知識を得ることが大好きで、俺にもよくその話をしてくれた。

 おかげで俺もそういう、外の情報とか知識を得ることが大好きだ。

 新聞ってやつは金のある奴が遠くの情報を買えるように紙に文字で情報が記された画期的な発明。

 なになに、それによると……。


「なんて書いてあるんだ?」

「まぁ待て、俺もそこまで学はねぇんだ。知ってんだろ? …待てよ、ええとだなぁ…」

「早く〜」

「飛行機……海か? ええと、海、と飛行機の記事だ」

「それじゃ全然わっかんねぇーよ。飛行機の絵は載ってるのか?」

「文字だけだ」

「なぁんだ、飛行機見てみたかったのに」

「そうだなぁ、俺も見てみてぇ。飛行機工場の関係者に買われねぇかなぁ」

「そんな都合のいい事あるもんかよ。…んまぁ、リゴは労働用で売られてるから、そういうやつらに買われていってもおかしくねぇけど」

「お前はなかなか買い手がつかねぇよなぁ? 今年で十三だったか? とっくにガキ好きの金持ちに買われててもおかしくねぇんだけどなぁ?」

「…価格設定がエグいんだよ、ソランって人の子供だからって一般価格の五倍だぜ? そもそもほんとにその人の子供かも疑わしいのにその値で買うやつ居るわけねーよ」

「だよなぁ。お前、顔は確かに小綺麗だけど、だからって5520プレは高すぎる。俺なんて30プレなのに」

「…細いから肉体労働用にもならねぇし、値段が高過ぎて性奴隷としても売れねぇし…俺一生ここで過ごすことになったらどうしよう…」

「さすがにそれはねぇだろ。ご主人だって食い扶持はさっさと売りたいはずだからな。その内値下げするさ。そしたら買い手もつくだろう」

「ならいいけど…。でも、変な奴には買われたくねぇな…。俺、お前と違って筋肉付きにくいしさ〜…買われるとしたら絶対性奴隷としてだろう? …やだな…俺痛いの嫌い…」


 その訓練は最低限受けているけれど。

 その手の知識も、勿論教え込まれたけれど。

 …さすがソラン嬢の息子だ、覚えがいい。

 蛙の子は蛙だな、なんて、褒められているのかいないのかよく分からない事を調教師に言われたけれど!


「…性奴隷を買う奴は大概金持ちだからな、きっといい飯食わせてもらえるぜ。もしかしたら豪華な屋根付きの小屋とかにも住めるかも! …前向きに考えろよ」

「え〜〜…男の性奴隷買う奴なんて絶対変な性癖しかいないって〜。プラタ姐も言ってたじゃん」

「…否定はしねぇが、それが性奴隷の仕事ってやつだ、諦めろ」

「…………どうしたらリゴみたいに筋肉つくんだよー、教えろよ〜」


 鉄格子をガシャガシャ揺らすと主人が来るからリゴの腕を掴む。

 脛まで筋肉の、いかにもな肉体労働系。

 くそう、羨ましい。


「こら、やめろ! …髪が絡まってるぞ!」

「あ、ワリ」


 肉体労働系のリゴはスキンヘッド。

 リゴと違って俺は容姿が重要とか言われて髪は生まれてこのかた切られた事がないので腰まである。

 白と黒の、まだらな髪。

 それをリゴがまじまじと見る。

 なんだ?


「あれだ、伝説の高級奴隷娼婦ソラン嬢は純白の肌に純白の髪だったって言うから…意外と本当にソラン嬢の息子なのかもな」

「はぁ…」

「元気出せって! ほら、新聞やるからさ!」


 切れ端を貰う。

 その紙に何が書いてあるのか、俺には分からない。

 けれどこの中には飛行機のことが書いてある…らしいから、気分はほんの少し浮上した。


「なぁ、どれが飛行機の文字なんだ?」

「これだ。それと、これが海だ。…あとは〜…この数字は日付なんじゃあないか?」

「ふーん…これが……飛行機…と、海…」


 分かったのは『1』と『飛行機』と『海』だ。

 けれど、それだけでも俺の世界は広がった。

 嬉しくて切れ端を抱き締める。

 この檻の外にはどんな世界が広がっているんだろう。

 眩しく照らす太陽が忌々しくて、顔を上げるのも辛いけど…。


「この空を…飛行機は飛ぶんだよなぁ…? …すっげーなぁ…」

「ああ、すっげーな〜」



 眩しくて目を細める。



「………暑い…」

「…ああ…せめて天井に布くらいかけて欲しいよな……喉乾いた…」

「俺、日焼けすると肌赤くなって痛いんだよ…」

「お前肌白いもんな」






 ********



 その夜。

 男の奴隷は昼間と同じ檻の中で地面に雑魚寝。

 港町で、海が真横にあるから毎晩寝苦しいんだけど…今日は輪を掛けて寝苦しい。

 まあ、俺は一応『高級な方』だから川に一番近い、この奴隷店じゃあ一番の好待遇位置に居るんだけどさ。

 それでも、暑いものは暑ーーーー。


「?」


 なんだろう、川縁に音?

 こんな断崖絶壁で、こんな夜中に洗濯するやつもいないだろう。

 向こう岸から音が聞こえるのか?

 塀を少しよじ登り、川を見下ろす。

 うん、高い。知ってたけど。


「え?」


 海と合流するこの川を、人が二人…歩いている…?

 いやいやいやいや、無理無理そんな馬鹿なありえない!

 俺がいくら奴隷で学がないからって、水の上を人が歩けないことくらい知ってるぞ!

 けど…一応目は良いから、見間違いでもない。

 男が二人だ…一人はめちゃくちゃガタイがいい…リゴくらいありそう。

 二人ともフードのついたローブを着ている。

 なんて怪しいんだ…。

 …しかも水の上…いや、川の上を平然と歩いてる。

 あそこは川が海と合流する地点で、流れがどこよりも速い。

 たまに大渦も出てる。

 そこを、歩くなんて…なんだあいつら⁉︎

 なに、やっぱり俺の目がおかしいの⁉︎


「…足元が光ってる…」


 なぜ?

 よく観察するんだ。

 普通人間水の上を歩けない、はず!

 二人は悠々と向こう岸へと進み、川縁へと足を掛けた。

 その時、でかい男の前を歩いていた男がフードを取って振り返る。

 黒髪の、すごく……………綺麗な男?


「………………」


 フードを取った男は夜空を見上げていた。

 もう一人のガタイのいい男も振り返ってフードを取り、同じ様に空を眺める。

 俺も二人の見た方を見上げた。


 多分、月だ。

 今日は綺麗な半分のお月様。



(月を見てるんだ…)



 それから二人は再びフードを被ると向こう岸へと登っていった。

 …俺は夢でも見ているのか?

 いや、目は冴えてる。

 暑くて寝苦しと思っていたくらいなんだから。


「ゆ、ユーレイってやつか? い、いやぁ、でもなぁ…」


 足はあった。

 むしろ足元が光っていたから…。


 まさか。


 もしかして…!



「…ま、魔法使い…⁉︎」


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