第2話


「魔法使いだぁ〜〜? ぶぁーーっはっはっはっ‼︎」

「笑い過ぎだよ! つーかほんとだってば! うそじゃねーし! 俺見たしーー!」


 翌朝、昨夜の出来事をお隣のリゴに話すとこの大爆笑。

 まあ、分かってたさ、信じてくれないのは。

 けど、ここまで笑う事なくないか?

 俺は本当に見たんだ、川の上を歩く男を二人も!

 こんなことが出来るのは魔法使いだけだろう⁉︎

 飛行機が空を飛べるのは科学の力で出来ている機械の乗り物だからなのは知ってる!

 じゃあ水の上を歩くのは?

 どんな科学の機械だよ?

 っていうか、あの二人はそんな機械に乗っかってなんていなかった!


「じゃあリゴは説明つくのかよ⁉︎ 水の上を歩いていたんだぜ⁉︎ 水に浮くのは船だけだろ⁉︎」

「…ひぃ…ひぃ…」

「笑い過ぎだっつうーーの!」


 腹まで抱えて震えてやがる。


「くっそー、もういいよっ! へいへい、どーせ夢でも見ましたよーっだ!」

「…ヒッ、ヒッ、そ、そう言わずに、ツッ…続き、はひ、話せよ…ヒッ」

「もう話さねーよッ‼︎」


 俺は傷付いた。

 誰も信じないってわかってたけど、それでも誰かに話したかったんだ。

 だからこそ、一番信頼していたお前に話したのに〜〜!

 俺は完全に拗ねたぞ!

 プイッと公道の方を向くと、それは恐らく偶然通りかかったのだろう。

 このクソ暑い街でフード付きのローブなんか着ている、大柄な男を連れた髪の黒い綺麗な男……。


「あーーーーーッ! 昨日の魔法使い‼︎」


「⁉︎」

「⁉︎」


 ざわ。


 一瞬だけ道行く人が俺の方を見る。

 俺はというと、あまりにタイムリーに現れた魔法使い…(仮)に指まで差してしまったので、変な注目が二人に集まった。

 二人は顔を見合わせ、そして俺を見る。

 檻に入った俺は、二人に見られたことで居心地悪く指を曲げて下ろす。

 ヤッベェ…店にクレーム入る…か、も…。


「おぉい、ヤバいぞこっち見てる! 何やってるんだよハクラ」

「だ、だって…つい…! まさか普通に歩いてると思わねーじゃん⁉︎」

「いくらなんでも「魔法使いだー」は、ヤッベーよ! おバカさん丸出しじゃあねぇか」

「だから俺は本当に見たんだっつってんだろ! あの二人だよ間違いねぇ! あの二人が川の上を歩いてたんだって!」

「バカ言え、後ろの男見ろ! 俺よりでかいぞ⁉︎ ぶん殴られたら売り物にならなくなるぞお前!」

「うっ!」


 フードで顔は見えないが、二人の男はゆっくり足の先をこちらに向ける。

 一歩、一歩、近付いてきた。

 ま、まじでやばいかんじですか…?


「…………」

「うっ…」


 手前まで来ると、ようやく顔がわかる。

 やっぱり昨日の男だ!

 見間違えようのない綺麗な顔…それが無表情で見下ろしているんだから…怖い!


「……なんだここ? 罪人の見世物小屋か?」

「…さてね…」

(? …奴隷商店を知らない、のか?)


 バキ!

 大柄な男が首を傾けると、そんな音が鳴る。

 思わず肩が跳ね上がった。


「…こ〜〜れはお目が高〜い!」


 鉄格子の前に立つ二人を客だとでも思ったのか、店の主人が手を叩きながら短い足を精一杯伸ばして走って来る。

 手をスリスリ擦り合わせ「こちらの商品はかの有名な高級娼婦ソラン唯一の息子でしてぇ〜」と、お決まりになったセリフを流れるように言う。

 ぶくぶく太ったうちの主人…客の前で手をすり合わせながら、腰までふりふり振るのは何故なんだ?


「………。商品?」

「はぁい! 我が店でも最高級の一品です!」


 眼鏡の男が主人を見下ろし、聞き返す。

 その眼差しは鋭い。

 あ、あわわ…。


「…奴隷?」

「はぁい! 性玩具にしても良し、愛玩具にしても良し! あまり向きませんが、一応雄ですので鍛えて肉体労働にもお使い頂けるかと…! 歳は今年で十三ですから、去勢するなら今が最適ですねぇ。ああ、もちろん去勢せずに奴隷同士で…というお楽しみの仕方もございます! なにしろあの! 高級奴隷娼婦ソランの息子ですので、店内におります奴隷娼婦と交配させれば見目の良いモノが出来るかと!」


 …沈黙。

 続いて主人に声をかけたのはリゴよりでかい男。

 そうして顔を見合わせる男たちはとても冷めた目をしている。

 手前の細身の男がフードを取ると、突然柔らかく微笑んだ。

 その美しい笑顔に、背筋が冷える。


「…おいくらですか?」

「6000プレになりますぅ」

「〜〜〜⁉︎」

「⁉︎」


 う、上乗せしやがったーーーーー⁉︎


 高い!

 高すぎるわ!

 何上乗せしてんだ⁉︎

 漁船が一隻買えちゃうわー!

 馬鹿なの?

 うちの主人本物の馬鹿なのーー?

 そんな価格設定でこんな貧相な男の奴隷買う奴居るわけねーよー!

 女の奴隷でもそこまで高いやつなかなかいねぇだろうがー⁉︎


「………。…これで足りますか?」

「⁉︎ …こ、これは、まさか⁉︎」

「⁉︎」

「⁉︎」


 眼鏡の男が懐から取り出したのは…。

 あれは、まさか…。


「クレア・ルビー⁉︎ し、しかもこんなに完全な形で、透明度がここまで高いものが、そ、そ、存在するなんて⁉︎」

「足りなければまだありますけど…」

「ひょ、ひょえええええ!」


 クレア・ルビー。

 六角形の赤い石。

 火山の影響で偶然生まれる希少価値の高い宝石だ。

 それがあんなに完璧な六角形で、しかも、手のひらサイズ…⁉︎

 眼鏡の男が取り出した袋の中にはそんな希少石のクレア・ルビーがゴロゴロと…!


「も、もしや名のある宝石商の方ですかな⁉︎ 店内にはメスの性奴隷もございます! ど、どうぞ中へ‼︎」

「いえ、荷物持ちが欲しいのでこの子だけで結構」

「荷物持ち! ああ! 確かに丁度良い! いやいや、流石でございますねぇ〜!」

「そんな事より足りねぇのか足りるのかどっちなんだい? 足元見ようってんなら……」

「ピッ…‼︎」


 大柄な男の眼力に体の割に小心者なうちの主人は文字通り跳ね上がった。

 …フードの隙間から見える鋭い眼孔は、主人が雇ってる用心棒よりも威圧感がある。

 そ、そうか、この大柄な男は宝石商人の兄ちゃんの用心棒だったのか。

 あれ?

 じゃあ宝石商人が魔法使いで、魔法使いだけど宝石商人ってこと?

 …頭がこんがらがってきたぞ???


「いえいえいえいえ! はい! ひ、一つで十分でございますっ! お暑いので店内でお待ちを! す、すぐに商品をお連れいたします!」

「ええ、よろしくお願いしますね」


 にっこり。

 少し首を傾げてそう言う眼鏡の男。

 主人が短い足を必死に動かして店内への扉へ走る。

 そうして開かれた扉へ、大柄な男と共に入っていく。


「……………………」

「……………………」

「……えーと……よ、良かったな? 買い手が決まって……」



 俺、死んだかな…?










「こちらが足枷、手枷の鍵になります。ご、ご存知かとは思いますが返品は傷のない、買った時と同じ状態に限ります。また、餌代や衣類など奴隷にかかる費用は今後全てお客様の方でご負担いただくこととなります。ええ〜、死亡や逃走なども、こちらでは保証しかねますのでご了承くださいませ…」


 外の鉄格子から店内に連れて来られ、客の…いや、俺のご主人様ってやつになった男たちの前に立たされる。

 二人とも後ろの格子の中に並べられた女の奴隷たちに見向きもしない。

 マジで女の奴隷に興味ないのかな?

 豪勢なテーブルに腕を置く眼鏡の男の真横で、大柄な男は小さく見える椅子に思い切り寄り掛かってギシギシと揺らしている。

 足はテーブルの縁。

 俺でも行儀悪いって知ってるぜ…。


「成る程、分かりました」

「あ! あああ、お待ちください! オプションはいかがですか⁉︎ 奴隷用の首輪や移動の時や、繋いでおく時などに使える鎖などもご用意しております! 是非! 是非一緒にご購入を検討して頂ければ〜! お安く致しますよぉ〜! 首輪などは所有物の証として、オーダーメイドが大人気でしてぇ!」

「結構。この街には、たまたま立ち寄っただけですから…。…ええと、君、名前は?」

「え⁉︎」


 鍵を受け取るやいなや立ち上がる眼鏡の男。

 いや、ご主人様。

 俺に掛けられた言葉とは思えず咄嗟に聞き返してしまった。

 だって、奴隷に名前を…聞くなんて…?


「…いえいえ、奴隷に名前など…! ご主人様に付けていただくために、適当に番号が振ってあるくらいでして」

「……………………」

「そうなんですか? …なんと呼ばれていたんですか?」

「…ハ、ハクラです…」

「? へぇ、どういう意味なんですか?」

「え? …えっと…」


 意味?

 俺の名前に意味なんてあるのか?

 物心付いた時からそう呼ばれてたから…意味なんて考えたことがないぞ?

 思わず店の主人に目線で助けを乞う。

 おい、俺をそう呼んでいたのはあんただろ!


「意味なんてございませんよぉ、呼ぶ時に困りますからな、適当に草の名前で呼んでおりました。ええとほら、ハクラ草っていう雑草がありますでしょう? そこからでございますよぉ」

(草…、く、草かよ!)


 適当なのは分かってたけど、まさかの雑草!


「そうでしたか。今度調べておきます。ではハクラ、行きますよ」

「…は、はい」


 眼鏡の男が席を立つ。

 同時に大柄な男も立ち上がり、俺より先に眼鏡の男へ付いていく。

 俺のご主人様になったその男は俺に早速小さな布袋を手渡してきたが…。


(…え? 軽…)


 荷物持ちなのに、持たされた荷物は驚くほど軽い。

 布しか入ってないんじゃないか?


(…本当に荷物を持たせるためだけに俺を買ったのか…?)


 出口まで付いてきた主人がまだ手をすり合わせながら、丁寧に「またのお越しをお待ちしておりますぅ〜」とお辞儀したり手を振ったりする。

 それを振り返りもしない、二人。

 俺はリゴの檻を見る。

 リゴも俺に気がついたのか、手を振ってくれた。


「おい、フレデリック。どうするんだ、あのガキ」

「適当な所でバラすか捨てるよ。ああ、勿論適度に情報は頂こう。…それにしても、まさか未だに奴隷なんて制度があるなんて驚いたな…」

「…ほんとだぜ…。民度のたかが知れる。…呆れたな」

「…それより、もう少し変装した方がいいかな? …なんだかやっぱり人目が気になるんだけど、お前のせいで」

「俺のせいかぁ? やっぱ服じゃねぇの? この国の奴らみんな軽装じゃあねぇか。服屋みてぇなんねぇのかよ? そこで服でも買おうぜ」

「…服装か…それもそうだね。選ぶのはお前に任せるよ、ヨナ」

「へっ、言ったな?」


 遠目からでもリゴとの別れを済ませてご主人様へと駆け寄る。

 眼鏡の男の、ご主人様。

 ええと、この人が俺のご主人様って事でいいんだよな?

 こっちのでかい人は、ご主人様の護衛かなんかって事で…。

 一応、ご主人様に話しかけられるまで口を開かないのが奴隷のマナーだ。

 知りたいことは…そりゃたくさんあるけど…。


(…散歩や荷物持ちの時にしか出歩かない街が、なんだか別な街に見えてきやがる…)


 俺、買われたんだもんな…。

 まだ手枷も足枷もついてるけど…もう、あの狭くて暑い檻の中に戻らなくて、いいんだよな?

 そう考えたら…胸が弾んでくる。

 俺は今日から、檻の中で寝なくていいんだ!

 えっと……、となると…。

 この人たちは商人、なんだよな?

 じゃあいろんな街に行ったりするのかな?

 この街にはたまたま立ち寄っただけって言ってたから、きっとこれからいろんな街に行くんだよな?

 俺も連れてってもらえるのかな?

 この街の外ってどうなってるんだろう?

 列車や車や船にも乗るのかな?

 飛行機、見れたりするのかな…⁉︎

 や、ヤッベェ〜!

 ワクワクが止まらねーーー!


「ハクラ」

「ふぁ! はぁああぁ⁉︎ はいぃ!」


 ご主人様に呼ばれて顔を上げると、ち、近い!

 顔がめちゃくちゃ、近い!


「…服屋さんをご存知ありませんか? 少し見繕っておきたいんですよ」

「え、この街の、ですか? …えーと、それなら…」


 主人の買い物に付き合わされた時に何度か行ったことがある店に案内する。

 俺が知ってる店でいいのかな、この人たち、すごい金持ちの商人っぽいけど…。

 まあ、うちの主人もそんなに悪い店で服買ってるわけじゃないし、大丈夫、かな?

 気に入られなかったら店の人に別のいい店聞けばいいし…。

 ………余計な時間を取らせたって、俺殴られるかな…?

 仕方ねぇ、そこんとこは覚悟すっか。


「いらっしゃいませ」


 主人が行きつけの服屋へ着くと、厚化粧の女店主がすぐさま貼り付けたような笑顔で現れた。

 ご主人様と用心棒は店に入るなり真逆の態度をとる。

 用心棒の方が真っ先にローブを脱ぎ捨てて、どこかはしゃぎながら店内をウロウロ物色し始めたのだ。

 対してご主人様の方は微動だにしない。


「ジョナサン、選ぶのは最低限にしてね」

「わぁってるよ! …おっ、これなんかいいんじゃあねぇか? おい、フレディ! お前これ着てみろよ!」

「そんな派手なの着ないよ」


 一蹴だ。

 …ま、まあ、確かに真っ赤なシャツはご主人様のイメージじゃない、かも。


「んじゃあ、これとこれ。俺様に入るような服はあるかい?」

「ええと…こちらはいかがでしょうか?」

「ん〜? おいおい、俺様にはこんな地味な柄は似合わねぇぜ? もっと派手なのがいいねぇ!」

「…全く…。あまりレディを困らせるなよ、ジョナサン」

「わぁってるよ!」


「…………????」


 …あ、れ…?

 宝石商人と、用心棒…じゃ、ないのか?

 主従にしてはあまりにもフレンドリーっていうか…。


「…君は? 何か欲しい服はないの?」

「へ、へ⁉︎」

「ん? けど、そもそも君、なんだか小汚いね。ずっと外に居たの? お風呂にはちゃんと毎日入っていたんだよね?」

「…い、いえ…俺たちは週に一回、川で水浴びを…」

「はあ⁉︎ ……う、うわ…、それは…。………」


 ど、奴隷に風呂なんて…そんな湯がもったいないって。

 俺の答えに表情を歪めたご主人様は、一歩、俺から距離をとった。

 …ええぇ…その反応はその反応でショック…。


「こほん。…すみません、お嬢さん」

「え⁉︎」


 お嬢さん⁉︎


「この近くに宿はありませんか? もしくは温泉的な…そう、お風呂に入れる場所が」

「え、あ、ああ、それなら、ここから右に進むと公衆浴場がありますわよ」

「公衆……」

「あー、そいつぁ、頂けねぇなぁ! 俺たちはそういう人がごちゃごちゃした場所で風呂に入るのは好きじゃあねぇんだ。やっぱ風呂は広々とした場所でゆっくり入らねぇとなぁ! 風呂に入った気がしねぇ!」

「……………」


 こ、この、用心棒っぽい男…体もだけど声も態度もでけぇ…。


「…って、フレデリック、どうした急に。今日の宿の話かぁ?」

「い、いや…この子、お風呂に入ってないって言うから…」

「あー、それで小汚ぇのか」

「…まあ、奴隷を洗うのでしたら公衆浴場の横に奴隷用の洗浄場がご用意されておりますわよ」


 おお!

 奴隷たち憧れの洗浄場!

 水じゃなくて、公衆浴場からの使い捨てられたお湯が使えると言う…伝説の!


「…………………」

「……。へぇ、まぁそれでもいいんだがなぁ…俺たちの荷物持ちさせるんだ、その辺の奴隷と一緒じゃあ、ちぃとばかり面白くねぇ。お嬢さん、ここいらで一番の宿はどこだい?」

「え、ええ? …ええと、でしたら街の東側に宿が集まる場所が…。『メ・ンデラ』という宿がこの街では一番ですわね」

「じゃあ、次はそこに直行だな。本当は腹も満たしたいところだったが…」

「そうたね…」


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