第6話

 


「…わ、我々がお借りしても良いのですか?」

「構わない、あげるよ。僕らは自分で帰れるし、空の魔石はまだある。転移魔法を込めれば新しいものは作れるから、僕らには必要ない。バルニアンでもそれなりに重宝するだろうから持っておいき」

「つってもそんなに価値あるもんじゃねぇぞ。王都行きの転移魔石は安価な部類だからな」

「お、王都って首都だろ⁉︎ そこへ行くのが安価なの⁉︎」

「王都だからこそ気兼ねなく、多くの民に来てもらいたいんだよ。国は民のものだからね」

「…な…!」


 …あー…この人、そういう考えの人なんだった。

 リゴたちはまた驚愕してる。

 …国が民のものなんて、この大陸の国の偉い奴らは絶対言わないだろう。

 何しろ金と人民の命は自分たちが自由にしていいものだと思ってるから。


「王都に着いたらランスロットという騎士を訪ねて事情を話すといい。ランスロットは王国騎士団の団長を務める、真面目な男だ。真摯に民の話を聞く、僕が最も信頼する騎士だからきっと大丈夫。しばらくは城にでも住んで、ゆっくり自分の進路を決めて行くといい」

「し、城⁉︎」

「部屋は腐るほどあるからすぐ入れんだろ」

「…えーと…そんな簡単に他国の奴隷を入れちまっていいんですかい? もし狼藉を働こうと考える者が入り込んだりしたら…!」

「君たちはもう奴隷ではないよ? 二度と自らを奴隷などと貶めるな。言葉は己を戒めてしまう。もっと人であることを誇りに思え」

「は、はい! 申し訳ありません!」


 フ、フレデリック様カッコいい〜!


「…いやー、別に。宝物殿や王族の住む区域は宿泊区域からは行けねーし…例え親父に挑んでも暗殺は無理だろ。あの国に親父より強い奴は多分もう『八竜帝王』か幻獣だけだ。…そいつらでも勝てるかどーか…」

「…それは人間なのか?」

「どうかな? 少なくとも父上は人間の枠からは外れてしまった人だから、人の括りではないかもね。ツバキさん曰く『半神半人』…半分神様らしい」

「は…」


 え、なにそれ。

 ドラゴンと幻獣の次は神様…?

 王様が神様なの?

 わ、わけがわからない…。


「バルニアン大陸、アルバニス王国が四千年近く戦争もなく平和なのはそんな父のおかげだなんだよ」


 人の枠を外れ、人間でなくなっても尚、王でいる。

 王として国を守り、支えて民を導いてきた半分神様の…王…!

 そんな王が君臨している、四千年も平和でいた国。

 す、すげ…も、もうスケールが違う…!

 アバロン大陸がどんどん残念な場所になる!


「…最近はすっかり隠居ジジイだけどね」

「まー、四千年は働き過ぎだろ普通に。俺は隠居させてもいいと思うぜ?」


 ………そうですね、働き過ぎどころじゃねぇと思います…。

 よ、四千…なにそれ、人間の人生何回分…?


「…そう思うならお前も国政にもっと関われ」

「仕事増やしてんのはお前だろう? フラフラ出歩かなきゃいい」

「民の不安や不満を知る事も王族の務めだ」

「全部聞いて回るのなんざ、いくら俺らが幻獣の血を引いてても不可能だっつーの」

「王族の自覚が足りない!」

「お前が意識高過ぎなんだよ」

「え、いや、フレデリック様! ジョナサンはちゃんと王子様してたよ? だってさっき……」


 民のためなら死んでもいい。

 そんな風に言い切った。

 それってフレデリック様の言う王族としての自覚と意識だと思っ…。


「余計なこと言うなっつの」

「むぐ⁉︎」


 後ろから取っ捕まって口を塞がれた。

 …ええ、せっかくフォローしてやろうとしたのに?

 恥ずかしがり屋なの?


「ん?」

「それよりさっさとハゲたちを送っちまおうぜ。チビ、テメェは料金分にはまだ足りねーから居残りだ」

「いいけど…ハゲじゃなくてリゴだよ。あと、俺には魔法! ちゃんと教えろよな!」

「コ、コラ、ハクラ! 王子になんつー口の利き方を…!」

「あ、そうだった…つ、つい…」


 余りにもジョナサンのガラが悪いから…。


「構わねーよ。王国でも俺に敬語使うのは王国騎士団と城仕えの士官どもぐれぇだし」


 い、一番偉いところじゃねーか。


「そもそも敬語だのは使われるのが嫌いなんだよ。テメェらも敬語は使わなくていいぜ」

「い、いやいや! いやいやいや!」

「僕も敬語はいらないよ。王族とは民に仕えるものだからね。フレンドリーにいこう」

「いやいやいやいや⁉︎」


 ジョナサンはともかくフレデリック様は無理だろ!


 リゴが半泣きで全力の遠慮をする。

 無理もない。

 俺も未だにそれは無理。

 なんていうか、この人にはどうしても自然に敬意ってのを払っちゃう。

 だからどうしても、フレデリック様って呼んじゃう。

 もちろん、ジョナサンも凄く王子様やってるって思うけど。

 …ジョナサンはリゴみたいに話し易い、所謂親しみ易い王子様なんだよな。


「みんなそう言うんだよね。寂しいな〜」

「………。じゃ、魔石に魔力を注ぐぜ。その他大勢はハゲの肩に掴まりな」

「え、そこスルー? 本当に寂しい…」


 う、そんな顔されるとなんだか申し訳なくなる。

 でも、少なくとも俺ですらフレデリック様にタメ口は利けないよ…。

 乾いた笑いでなんとか誤魔化そうとするリゴも、ジョナサンに言われた通り魔石を握ってウィーゴたちに肩を掴ませる。


「一瞬で王都に着く。覚悟はいいな?」

「はい!」


 思い切り頷くリゴ。

 これがあいつの、あいつらの夢の第一歩…。

 俺も、いつかバルニアン大陸…アルバニス王国に…!


「リゴ! アルバニス王国でまた会おうな!」

「ああ…!」


 …本当に、次の瞬間一瞬でリゴたち四人は消えた。

 これが瞬間移動…!


「あとはあいつら次第だな。ま、うちの国でのたれ死ぬ事もねぇだろう」

「そうだね、ランスロットのことは伝えたし」

「俺たちも早く帰るために…次の行動に移るとするか…」

「…ああ、せっかくの機会だ…この不快極まりない祭りとやらを、利用させてもらうとしよう…」


 窓際に手をついたフレデリック様の空気が突然ピリッとする。

 窓の外では飽きもせず乱痴気騒ぎが続いているんだろう。

 …国同士の交渉。

 存在自体を忘れられたバルニアン大陸の王子が、この大陸の大国を相手に今後の付き合い方を……話し合う…話し合うことが出来るのか…?

 俺は国のお偉方の事なんか知らないけど…少なくともこんな乱痴気騒ぎを毎年欠かさず楽しむ奴らを…この人たちと同じ崇高な考え方の人間とは思えない。


「…少しは頭の使い方が分かっている奴らならいいが」

「微妙だろうな。民をここまで貶める者と、果たして会話が成立するかどうか…」

「祈るしかねぇなぁ、そこは」

「どの道、僕らに実りは少ないだろう」


 俺の生まれた大地…アバロン大陸。

 何千年もドラゴンや幻獣と生きてきた大陸、バルニアンには到底敵わないのかもしれない。

 それはこの王子達の高潔さを感じれば分かる。

 見るに耐えない、と窓から離れたフレデリック様は腰布の裾を翻して部屋から出て行こうとした。


「あ、そうだ。取った部屋が無駄になってしまうな。ハクラ、多く取った部屋は引き払って僕たちの部屋においで」

「え、でも狭いのに…。それにベッドは二つしか…」

「どうせヨナは大きすぎてあんな小さなベッドじゃはみ出るからね。こいつはこの部屋でベッドをくっつけて寝ればいい。ハクラは僕と一緒に寝よう」

「は…」


 そ、それは…。

 それは二人きりで、フレデリック様直々の調教って意味…⁉︎


「御愁傷様です」

「っ!」


 いや、忘れてはならない。

 フレデリック様のあの寝相を…!

 ジョナサン、敬語で目を逸らすとか酷すぎだろ!

 …うう、フレデリック様に言葉攻めされながら身体中弄ばれる妄想を一瞬でもしてしまった己が憎い…。

 これも奴隷の性ってやつか?

 ブツブツ言いながらフレデリック様にくっついて、俺は部屋を出る。



「……やれやれ、今夜も徹夜かよ…。あいつも大概手段を選ばねぇなあ…」




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