第6話
「あと、ついでに言うとそれをやってなんとかできるのは多分国一つ分」
「ひ、一つ分⁉︎」
「僕らもドラゴン族同様体内で魔力を生成出来るけど、それは日々の食事と睡眠と適度な運動のおかげだからね。一気にドバーッと作れないんだよ」
「俺らの大陸のドラゴン族や、幻獣族が力を貸してくれれば大陸そのものを助けるのは可能だが、どう考えても今のこの状況を彼らが助けてくれるとは思わない。むしろ粛清対象だ」
「しゅ、粛清とは…⁉︎」
「幻獣族は『理性と秩序の番犬』と異名を持つ“王獣”に括られる者たち。彼らは巨大な力を行使する条件を厳しく定めていて、彼らの倫理に反していると断じられればその力を行使される対象となる。君たち、この大陸の人間として自分たちの街や、この街が『理性的』で『秩序ある』と思うかい?」
…………………。
ぐうの音もでなくなって目線だけでお互いを見ちゃう俺と主人。
うん……。
「お、思わない」
「…これが当たり前となっているので、皆疑問など感じぬでしょう…。し、しかし、それこそが完全に理性が欠落した証…!」
「そう、この大陸は幻獣族にとって粛清対象でこそあれ、助けてくれなんてただの冗談かと思われるだろう。むしろ滅ぶのが早まるだけだ。ドラゴン族も然りだね。彼らにしてみれば、唯一残って大陸を守ってきたニーバーナ王を卵状態してしまった。ドラゴン族が卵になるのは“死んだ”場合のみ!」
死…⁉︎
「本来ならあり得ないことだ。ドラゴン族…特にニーバーナ王の子孫に当たる飛竜族や翼竜族は怒り狂うよ。どうしてそんな事になった、どうしてそんなになるまで王を酷使した、王をそんな風にしておきながら助けてくれだと? ふざけるな!」
「……と、叫びながら飛竜や翼竜たちがガチギレしてアバロンの人間を徹底的に餌として追い回す姿が目に浮かぶ…」
「ヒイィ⁉︎」
「ひぇえええ⁉︎」
「でも仕方ねぇ。卵になったらドラゴンはまた幼竜からやり直しだ。多分肉体に溜まってた魔力を全部龍脈の中で解放して、それで大地を維持する力に変えたんだろう」
「…あ…」
“妻を奪われ、貶められた事をご存知の上で龍脈に?”
“名君の名に恥じぬ方だな…”
って、そ、そういう意味か…!
自分の奥さんを奴隷娼婦にされて、それでも人間を恨まずに大地を維持する力になった。
しかも、今まで溜め込んだ全てを注いで…この大陸のために…。
そりゃ、もちろん人間じゃなくて、この大陸に住んでる動植物の為とかかもしれないけど…それでも…そこまで、やるか…⁉︎
「………そ、そこまでしてくれたドラゴンを、俺たちは“知らない”のか…」
「……昔はもっとソラン様に仕える者はたくさんいたと聞く。しかし長い時間の中で民はばらけ、忘れられ、思い出させようと旅立った者も指を刺されて笑われ石を投げられる始末。ニーバーナ王は大地と一体となり大陸を支えておられたが為に、お姿を見ることもなくなり皆信じなくなっていったそうだ…」
「そんな…」
「しかし、我が一族はソラン様に仕える一族! ソラン様が幼少期から一切お姿が変わらない事こそが、ニーバーナ王の真の奥方である何よりもの証! 我が一族は決して、ニーバーナ王への敬意を忘れたことなどありませんぞっ」
…デブでブタの主人が、カッコよく見える……!
…でも、それじゃあ…アバロン大陸は…。
「王が新たにお生れになっても、以前と同じ力や魔力はお持ちじゃない。このままこの大陸の人間が危機も知らずに資源を消費し続ければ、あと十年も保たないだろうね」
「じゅ、十年保たない⁉︎」
「お、おおぉお待ちください! それではこの大陸の者たちはどうしたら良いのですか‼︎」
「変わるしかない」
きっぱりと。
…か、変わる…?
変わるって…どういう…。
「少なくともアバロンの三ヶ国が奴隷制度を廃止して、バルニアン大陸に対して『アルバニス王国の最低限のルール厳守』と『平和条約』を飲むのであれば我が国から支援の手を伸ばしてやらない事もない」
「??? ルール…とは?」
「ドラゴンの森と幻獣の森への不可侵と、我が国の法の厳守だな。まあ、両種族の森への不干渉は法にも定められてはいるんだが…」
「あと、僕ら戦争反対派なんで、平和条約の締結は絶対だね。…そもそもアバロンの民は幻獣やドラゴンに『不老不死』を求めて襲いかかり、アルバニス王国と戦争になっていたわけだから…そこを完全に改善してくれれば文句はないかな」
「…国に下れとは仰らんのですか?」
「わざわざ負担を増やす必要がどこにあるの。そもそも、こちらはアバロン大陸が滅んだところで痛くもかゆくもない。助かりたい者が助けを乞うのであれば人道的立場からある程度の支援はするさ。でも、今の状態のアバロンの民を助けるつもりはない。奴隷という弱者を作り続け、更にはあの仕打ち…人間としての倫理がない! 民を守るのが上に立つ者の義務だ! それが成り立っていないのであれば、国として助かる価値などないだろう。どうせ弱いものから死んでいくんだからね」
…弱いものから…。
…………、…確かに…。
どーせ助けてもらえると知ったら、権力や金のある奴が最優先。
奴隷は見殺しだ。
「………。…ともかく、この大陸はドラゴンの王、ニーバーナ様を既に失っていると言っていい。ニーバーナ王を救出して、バルニアン大陸につれ帰らせてもらお〜う。孵化されたところで、もう彼のお方は何もできないからね〜」
「………。そうだな、ニーバーナ王がいてもいなくてもアバロン大陸はもう詰みだ。自然資源を消費するだけ消費して、自滅するのを待つだけの死地だからなー。十年以内に必ず大地は崩壊して、大陸は消滅するだろーなーー」
「………?」
なに、二人の喋り方…。
変なんだけど、どうした⁉︎
「………」
二人が顔を向けているのは氷付けになっている部屋の扉だ。
まるで扉の向こうに聞こえるように話していたような…?
………、え、そしてなにこの謎過ぎる沈黙。
二人ともなにを…。
「…そこに居る人! 僕らはそういう事情なので、あとはみんなで話し合って決めて下さいね〜。言っておきますが、自国だけ助かろうなんて考えないで下さい! ズルしたり、弱い者を見捨てたりするようなクズを僕らは助けたりしませんからね〜」
「⁉︎ 扉の向こうに誰かいるのか?」
「気配は地震の後あたりからしてたんだけどな…まあ、ホレ、入ってこれねぇだろう?」
部屋中氷付けなので。
「う、うん」
「…この国だけならいいけど、首都に来てから見た人間はほとんど自己中心的だったからね…早い所ニーバーナ王を救出したほうがいいな…王になにかあったら大変だよ…アバロンの民が」
「ニーバーナ王が、じゃなくて⁉︎」
「普通ドラゴンの卵は中からしか開かないからな。さっきも言ったけど、ニーバーナ王に何かあればその子孫の飛竜や翼竜族が黙ってねーよ。…それでなくともニーバーナ王が卵化してる時点でどう抑えるべきかって感じなのによぅ…」
と、頭を抱えるジョナサン。
そ、そんなにも頭を悩ます事案…!
飛竜族や翼竜族ってそんなに血気盛んなのかよ…⁉︎
こ、こわ!
「とりあえず僕らと父上が謝罪に行くのは決定だ。…納得いかない…やらかしたのはアバロンの民なのに」
…理不尽…。
「ちなみに一番理想的な解決方法ってどんなの?」
「そりゃあ、アバロンの民が心を入れ替え、ニーバーナ王へ感謝と敬意を払い、バルニアン大陸との前向きな未来を誓いつつ、為政者どもがぶっ殺される覚悟でドラゴンたちにアバロン大陸の大地救済の懇願をすれば…運が良ければ穏やかな地竜族が助けてくれる…かも…みたいな?」
「最後だけめっちゃアバウト!」
「…地竜族の始祖、賢者ザメル王は『八竜帝王』の中で最も穏やかな方だが、ニーバーナ王とは一番親しい盟友であらせられる。…友が命を賭して守った地を人間が省みることもなく荒らしていたら流石に怒るんじゃないかな」
「…そ、それは…」
…マジで、詰んでるな…アバロン大陸…。
「とはいえ、長年愚かな行いをしてきたのは為政者たちだ。民…特に奴隷はニーバーナ王同様被害者だろう。…彼らに何か救済策はないだろうか」
うーん、と、頭ごと傾けるフレデリック様。
奴隷の為に…!
ジョナサンはジッと扉の向こうを睨み続けてるけど、まだ居るのか…誰か…。
この部屋の中の話を盗み聞きして……ーーー。
「……あの、それならさ」
「ん?」
「…主人! あんたにお願いしたいことがあるんだ」
「ワシ?」
…もし、もしも奴隷商人の協力者がいれば…。
フレデリック様たちが、そしてアルバニス王国の人たちが協力してくれるんなら!
「主人に奴隷をたくさん買い集めてもらって、そいつらをアルバニス王国に移住させたりとかできない?」
「!」
「!」
「! …そ、それは…」
もし、この大陸が変わろうとしてくれるんなら…けど、多分それはすぐには無理だ。
ならせめてその間に殺される命を一つでも救いたい。
同じ奴隷として!
奴隷だった者としての、願いっていうか、提案!
「…可能かな?」
「…いや、さすがにそれをやるなら一旦帰った方がいいぜ。ランスロットはともかくエルメールにキレられる。せめて受け入れ態勢を整える必要があるだろ」
「だな。…今後ギリギリ何人いけると思う?」
「十。それ以上はエルメールのお小言が一週間続く」
「…お小言一週間は嫌だなぁ…。たまに五年前のネタとか混ぜてくるんだよ、あいつ…数年後に掘り返されること間違いないね!」
…誰⁉︎
…いやアルバニス王国の人なんだろうけど!
なにそれこわ!
「…こ、こらハクラ、奴隷たちを移住だなんて、そんな無茶な…」
「おや、出来ないかな? 我が国としては態勢が整えば構わないのだけれど」
「ボエェ⁉︎ し、しかしそんな、誰も行った事のない国への移住だなんて…!」
「なんでだよ、ラズ・パスからグリーブトやベルゼルトンに売られたり、その逆も然りだろ! 奴隷なんて!」
「…そりゃそうだが…それは奴隷という需要があるからこそ可能なわけでだな〜…」
「うちの国も奴隷としての需要はねぇが働き手としての需要ならあるぜ。特に最近騎士が育たなくてな…勇士や傭兵に声までかけてる始末だ。誰かさんたちのせいで」
「ぼ、僕は悪くないと思うんだけど」
「受け入れ態勢が整えば移住はオーケーなのか⁉︎」
「まぁ、元々少し過疎化が進む村が増えていたからな。そういうところに働き手として行ってくれるんなら助かる。それと、親父が海側へ行く途中にもう一駅欲しいとか言っててな、街を作る予定だったんだ。…人手も住む人間もいくらいたって足りねーと思ってたところさ」
「マジで!」
うってつけじゃん!
……………街? 駅?
「駅ってなんの…」
「列車の駅だろ。俺たちの国にもあるからな。まあ、蒸気で動くタイプじゃなくて魔力で動くタイプだけど」
「魔力圧縮型の特別製魔石で動くんだよ。…正直転移魔法の方が人も物も楽に運べるのだけど…あれは完全に娯楽用だね」
「なにそれ滾る⁉︎」
み、見たい超見たい!
列車は列車でも魔法で動く列車〜⁉︎
夢か⁉︎
夢が膨らむ〜!
早く行ってみたいなアルバニス王国!
「………し、しかし、どんな国かもわからないところに奴隷は行きたがらないんじゃ…」
「! ……(まさかの奴隷の意思尊重…元奴隷以外で奴隷の気持ちを考えるやつ初めて見たな)」
「なら、貴方を一度我が国にご招待するよ。そもそも我が国には奴隷制度がない。彼らは一市民として扱われる。勿論、彼らの努力次第で地位は変わるだろう。個人的にはあのリゴというハクラの友人には、研究者の才能があると思っている。ああいう人間は大歓迎だ」
「リゴが? …そういやぁ、あいつ文字が少し読めたな…新聞にも興味があるようで、よく切れ端欲しがってたっけ…」
「! …知ってたんだ?」
「ま、まぁな。掃除をやらせて、そのゴミの中の古新聞とか好きにさせたりとか…してたけどな…」
そうだったんだ…。
リゴのやつどうやっていつも新聞の切れっ端なんて見つけてくるのかと思ってたら…。
じゃあ俺がリゴに貰った切れっ端も…元を辿れば主人のだったのか。
「………。いや、分かった。いいや、分かりました。アルバニスの王子がそう仰るなら、ハクラの言う通りに奴隷を買い集めておきましょう…。この国に限らず、この大陸の民が奴隷たちについて考えると言うのであれば、奴隷たちの受け皿がどうしても必要になる。なにしろ三ヶ国の奴隷を合わせれば一国作れますからな…」
「ひょ…⁉︎」
「…い、一国…! …流石にそれ全員はどうだろうな…?」
「いけるんじゃないかな。地図を見る限り、三つの島が溶岩で接着しているだけのアバロン大陸より、バルニアン大陸の方が面積的には大きい。ドラゴンと幻獣の森を入れても、ね」
「そ、そうなの⁉︎」
「不安要素としては奴隷たちが新たな大陸でやって行けるかどうかだな。環境がガラリと変わるわけだし、バルニアンにはバルニアンで魔獣が出るし…」
「アバロンに戻りたいなら戻してやればいいさ。自分たちだけの新しい国を作りたーい、とか言いだしたら話は別だけど」
フレデリック様の目、笑ってねぇ…!
「そうだな…そこが最大の不安要素だな…数が多ければそれだけ生活や環境に慣れることが出来ず、自棄を起こすものも出るだろう…」
「うん…」
そりゃ突然「お前ら自由! 好きに生きろ!」なんて放り出されたらみんな困るに決まってる。
俺やリゴみたいに知識を得たい、自由に世界を旅してみたいなんてみんながみんな考えるわけがないんだからさ。
…そっか、そう言う人を出さなくするためにちゃんとした態勢が必要なのか…。
さすが王族、考えてるところが俺とは違ってた…。
「…まあ、この大陸の為政者たちが考えを改めて生き残りに努力してくれるのが一番ではあるが…奴隷という立場の者たちにはこのくらいの救済があってもいいだろう。期間を十年と見積もって、その間に出来るだけ多くの奴隷を我が国へ受け入れられるよう、ボルネ、君に協力願いたい。相応の報酬は出すし援助も惜しまないよ」
「は、はわわ、ワシ、いや、ワタシには勿体無いお言葉ですアルバニスの王子…」
とりあえず、と奴隷を買い集めておくための資金としてクレア・ルビーを五個程主人に渡すフレデリック様。
あれだけでもかなりの数の奴隷を買い集めることができる!
…アルバニス王国では安価なものらしいけど、俺たちの大陸じゃあとんでもなく高価な宝石だしな!
「扉の前にいた奴、居なくなったね」
「そーだな…何が目的だったのやら」
「もしかしてラズ・パスのお姫様? 二人に会いに行くとか言ってたような…」
「ああ、なんか言ってたな…さっき扉んとこにいた女だろう?」
「あ、うん」
「…あれがこの国の…いや、この大陸の為政者かと思うと頭が痛むよ。括りとしては同じ王族になるんだから余計にね」
聞いてたのか。
た、確かにジョナサン以上に王族っぽくない言葉遣いだったよな…。
「お前が女にきつい事言うのも珍しいけどな」
「彼女は女性である前に王女だろう? …品位はまるでなかったけど」
…ンン、確かに…!
「ま、タイミング的に例のお姫様じゃねーだろ」
「それより明日の動きについてだ、ハクラ。この会場に取り残された奴隷たちはボルネ、彼に任せるとして」
「は、はっ!」
「ボルネ、グリーブトへの移動手段はどんなものがあるだろう?」
「グリーブトへ、ですか。…グリーブトは北海の島! 陸路なら列車や長距離バス、海路ならば船がございます」
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