第17話

「くたばれええええええええ!」


 思いっきり右手で魔弾を投擲する。しかし、


「ふっ!」


 と息をついて、カマキリは左手を突き出した。俺の魔弾は着弾前に跳ね返り、俺のやや後方、雑居ビルの三階あたりに衝突した。

 そうか。カマキリの右手が攻撃用の、左手が防御用の魔力を、それぞれ司っているのか。


「私の右手を封じたくらいで、勝った気になるなよ小僧……」


 先ほどまでの慇懃さはどこへやら、カマキリは殺意のこもった目で俺を睨みつけた。


「せっかく迎えに来てやったのに、人間共の肩を持つとはな! だったらオウガに組みしていた連中の方が、先見の明があったと言わざるを得まい!」

「何だと?」


 そこで、カマキリは再び口元を歪めた。


「黒木翼、貴様は魔王の直系の血族! その身に秘めたる魔力量は、私やオウガなどとは比較になるまい! だから私は主張したのだ、貴様を『魔界』に連れ戻し、我らが主君として迎え入れると!」

「俺が、貴様らの主君?」

「応とも!」


 再び両腕を広げ、自らの言葉に酔いしれるカマキリ。


「無論、オウガは反対した。何せ、奴は魔族のナンバー2だ。自分こそが、魔族を統べるに相応しいと奢り高ぶっている!」


 それからカマキリは腕を下ろし、やれやれとかぶりを振った。


「だが私は知っているぞ。人間も魔族も、そうやって自滅の道を辿ってきたのだ! だからこそ、私はオウガとは別に、統率者を据えるべきだと主張した。その候補こそ、魔王の嫡男たる貴様だったのだ! しかし――」


 そこでカマキリは言葉を切り、じろり、と眼球を動かした。


「こんな姑息な手を使う手合いだったとは、なッ!」


 振り返り、こちらに背を向けながら左手を振るうカマキリ。その先にいたのは、夏鈴だ。再び自動小銃の狙いを定めようとしているところだった。


「夏鈴!」

「きゃあっ!」


 夏鈴の身体は軽々と宙を舞い、背後のカラオケ屋の二階に窓から突っ込んだ。


「おっと」


 夏鈴の元へ駆け出そうとした俺に向かい、カマキリは左の掌を開いてみせた。


「左手の防御魔法しか使えないからといって、舐めてもらっては困るな、小僧。あんな虫けら一匹程度、吹き飛ばすのは造作もない。貴様も一緒だ、黒木翼」

「なっ!」


 俺は、怒りが全身を駆け巡るのを感じた。

 夏鈴は言ってくれたのだ。俺や羽奈を、戦いから遠ざけたいと。全身全霊をかけて、守ってみせると。


 それを一方的な暴力で否定し、挙句『虫けら』だと?

 俺の体内で、怒りの巡りが早くなる。魔力が満ち満ちてくるのを感じる。


「貴様、まだ抵抗するつもりで――」


 と言ったカマキリの目が、ぎょっと見開かれた。

 縦に割れた眼球の赤みが引いていく。同時に、足元でも一歩、じりっと引き下がる。明らかに怯えているようだ。

 

 だが、そんなリアクションはどうでもいい。俺は身体が要求するままに、背中、とりわけ肩甲骨に力を集中した。魔力がオーバーロードし、物理的制約をぶち破る。


「うおあああああああ!」


 気づいた時には、俺の身体は宙にあった。咄嗟に放たれたカマキリの魔弾を、すいすいと回避する。まあ、わざわざ避けるほどの威力もなかったようだが。


 俺は、正面のガラス張りのビルを鏡に見立て、自分の様子を確認した。

 そして、我ながらぞくりとした。


 翼だ。背中から翼が生えている。真っ黒でしなやかな、鳥のような翼だ。しかし、カラスのような薄っぺらいものではない。どちらかと言えば、黒豹の毛皮のような滑らかさを持った、重量感のある翼である。


「能力を発現しおったか、魔王の血族めが!」


 そう唾棄するカマキリ。すると、俺の目も魔力を帯びていたのか、ふっと視界がクリアになった。俺は察した。カマキリは、左腕で展開していたバリアを解いたのだ。

 代わりに、左腕に真っ白な光の棒のようなものが現れる。カマキリが手首をくるり、と回すと、アスファルトが呆気なく切り裂かれた。

 あれは剣だ。日本刀なのかレイピアなのかは判然としないが、魔力で構成された剣――魔剣だ。


「私はまだ戦えるぞ、黒木翼!」


 どうやらカマキリは、右腕の攻撃魔法回路を、瞬時に左腕に切り替えたらしい。だからバリアが消えたのか。器用な奴である。


 俺にはまだまだ魔力があったが、戦闘経験は間違いなくカマキリの方が上のはず。油断してかかるわけにはいかない。


 俺はばさり、と翼で空を打ち、急上昇をかけた。今のカマキリに遠距離攻撃は使えない。卑怯かもしれないが、遠くからの攻撃で仕留めさせてもらう。


「くたばれええええええっ!」


 俺は魔弾をばら撒いた。まだまだコントロールは悪いが、それでも、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、だ。自身の中の魔力残量に注意しつつ、カマキリの立っていた場所を中心に魔弾を叩き込んだ。


 しかし、ここで俺は自らの失態を悟った。こんなに魔弾を使い、砂埃を立ててしまっては、カマキリに隠れ蓑を提供したようなものではないか。

 気づいた時には、カマキリが大きく跳躍し、斬りかかるところだった。しかし、俺にではない。俺の横に立つ高層ビルに、だ。


 ザン! と凄まじい音と共に、切り裂かれる高層ビル。その壁面を蹴るようにして、カマキリは、今度こそ俺に斬りかかってきた。


「バリアだっ!」


 叫びながら、両の掌を突き出す。すると、初めて展開したバリアはきっちりと俺を守ってくれた。が、カマキリもさるもので、空中で静止したままバリアと鍔迫り合いを始めた。

 バチバチッ、とスパークが煌めき、球面を描いた俺のバリアの耐久力と、魔剣の斬撃力が拮抗する。


 すると全く唐突に、カマキリは魔剣を引いた。それから身体をぎゅるりと捻り、俺のバリアを蹴りつけ、横に跳びすさる。


「⁉」


 カマキリの意図は、すぐに察せられた。奴の狙いは、魔剣で俺を仕留めることではない。高層ビルを倒壊させて、俺をその下敷きにするつもりなのだ。


「チイッ!」


 俺は大きく舌打ちし、羽ばたく。

 夏鈴からカマキリを引き離すために、俺はよりビルの密集した駅前方面へと飛行する。

 しかし、俺はカマキリの術中に嵌ることとなった。両脇に建ち並ぶオフィスビルが、道路の車道側、すなわち俺を挟み込むように倒壊してきたのだ。


「ぐわああっ!」


 俺は咄嗟に両腕を上方に掲げた。降り注いでくる窓ガラス、コンクリート片、鉄筋諸々から自分を守ろうと試みる。

 こうも一瞬でこれだけの建造物を切り裂いていくとは、カマキリの名は伊達ではなかったらしい。


 俺が頭上に展開したバリアは、確かに強固なものだった。割れることを心配する必要はなさそうだ。

 だが、圧し掛かってくる質量ばかりはどうにもならなかった。


「ぐっ……がっ!」


 そのまま俺は押し潰されるように、瓦礫に埋もれていった。

 視界が真っ暗になる。地面に足がめり込みそうだ。


「こうなったら……」


 俺は翼を掲げ、後頭部で組み合わせた。

 それから両手を足元にやり、バリアを展開して自分の身体が地面に挟まれるのを防ぐ。

 めきり、と音がして、アスファルトに亀裂が走り、噴水のように水が舞い上がってきた。水道管が破損したらしい。


 その時、異臭が俺の鼻を突いた。この臭いは――。

 それを嗅ぎ分けた直後、背後から鋭い殺気が迫ってきた。カマキリが、身動きの取れなくなった俺に斬りかかってきたのだ。


「ハアッ!」

「くっ!」


 翼をはためかせ、斬撃をいなす。そして俺は、再び晴天の下へ飛び上がった。


 カマキリは、俺にとどめを刺すべく全力で、俺のいたクレーター状の地面に突っ込んできた。あの異臭のした、まさにその場所に。

 俺はばさり、と自分の周囲の空気を吹き払ってから、残りの魔力を総動員して、一発の巨大な魔弾を構築。

 カマキリに回避されるのを承知で撃ち放った。


「うおあっ!」


 不安定な足元に、カマキリの動きが一瞬だけ鈍る。そこだ。

 俺の魔弾が突っ込んでいくと同時に、凄まじい爆炎がカマキリの周囲に生まれ、彼を飲み込んだ。


「ぐあ、がっ! ぎゃあああああああ!」


 カマキリの悲鳴が響き渡る。

 俺があのクレーターで感じた異臭は、ガスの臭いだ。俺はいつの間にか、水道管のみならず、ガス管も破壊してしまっていたらしい。そこに、強大な力を秘めた魔弾を叩き込むことで、ガスによる大爆発を引き起こしたのだ。


《翼、退避しろ! 民間人と負傷者の避難が完了した! これからCSのアパッチによる機銃掃射を行う! 巻き込まれないでくれ!》

「了解!」


 波崎の声に従い、俺はその場を緊急離脱。

 翼を畳み(自分の名前をこんな風に使うのは奇妙な感覚だが)、地面に降り立った。魔力切れだ。


 燃え盛る炎を注視しながら後退し、カマキリが活動を停止したことを確認する。今更ながら、ヘリの回転翼の音が響いてくる。

 

 それを確認してから、俺は振り返って駆け出した。

 夏鈴、無事でいてくれ。

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