第25話


         ※


 俺と夏鈴は、本隊よりも二十メートルほど先行した。俺だけでいいと言ったのだが、『隊長命令だ』といって夏鈴は聞く耳を持たなかった。


 俺と夏鈴が先行した理由は単純だ。三体の魔獣のうち、一体と派手に戦闘を起こせば、残り二体も近づいてくる。そこを、まとめて叩こうという作戦だ。

 流石に三体に出揃ってしまわれると、俺でも危ないかもしれない。よって、本隊には圧倒的火力で援護射撃を行うよう要請した。


 流れ弾の心配があったが、俺と夏鈴を包み込むくらいのバリアなら俺でも展開できる。何とかなるだろう。


 俺は一番近くにある魔力反応を見極める。


「この木立の向こうか」


 森林公園と思しき開けた場所から、魔獣の気配。ダンの送ってくれた魔力反応の位置とも符合する。

 匍匐前進を夏鈴に促し、俺もやや身を屈めて木々の間に分け入った。そして、見つけた。


「こいつは……」


 ティラノサウルスだった。なるほど、爬虫類だからコモドオオトカゲと反応が似ていたというわけか。こいつもまた、白を基調とした体色をしている。妖し気に光っているようにも見えた。


 だが、分析はそこまで。本隊の皆が援護しやすいよう、この恐竜には大騒ぎしてもらう必要がある。俺はまず、恐竜の機動力を削ぐべく足元に狙いを定め、魔弾を放った。


「はあっ!」


 過たず、魔弾は恐竜の太腿を直撃した。ゴアッ、と悲鳴に似た声を上げて、横倒しになる恐竜。左足が完全に破砕されていた。

 今の攻撃で俺の位置を見定めたのか。グオオオオッ、と苦し気に唸りながらも、恐竜は身体を引きずって俺に向かってくる。しかし、脅威としては大したことはあるまい。

 問題はここからだ。


「夏鈴、あっちと、それにこっちだ!」


 俺は手信号で、他の魔獣の向かってくる方向を示した。『了解!』と応じながら、夏鈴は本隊に伝達する。


「こちら如月、第一目標と遭遇! 第二目標は三時方向より接近、第三目標は十一時方向に顕現! 警戒されたし!」

《了解》


 十分誘導灯としての役割を務めた恐竜に向かい、俺は思いっきりダッシュした。横たわり、しかし生気の失われていない恐竜。その不気味な赤い瞳に向かって跳躍。


「くたばれ!」


 と言って思いっきりその頭部を殴りつけた。これには流石に参ったのか、恐竜は弱々しい鳴き声を上げ、発光を止めてがらがらとその身体を瓦解させた。


 俺が振り返り、夏鈴に親指を立ててみせた、その時だった。ヘッドセットから、悲鳴が響いてきた。何事だ?

 振り返って様子を見ると、何かが大きな翼を広げ、宙に舞い上がるところだった。


 プテラノドンだ。翼長約二十メートルほどの、大型の翼竜。そのくちばしには、既に数名の戦闘員が串刺しにされ、ぐったりとしている。


「あの野郎!」


 俺もまた翼を展開し、翼竜の前方へと飛び上がった。わざと魔力を漲らせ、こちらに注意を惹きつける。


「夏鈴!」


 叫びながら、俺はバリアの素となる魔力を夏鈴に向かって投げつけた。


《きゃっ!》

「大丈夫、バリアだ! 内側からなら自由に破れるから、ここぞという時まで中で大人しくしてろ!」

《そんな、私だって戦って――》

「それはいいが、無茶はするな! 今コイツを叩き落すから、少し待ってろ!」


 そう叫びながら、俺は羽ばたきを繰り返して翼竜の上方に出た。上から重力に任せ、墜落させる作戦だ。


 犠牲になった戦闘員の遺体を傷つけたくはない。

 舞い上がった俺は翼竜の注意を惹くように、今度は急降下。俺を新たな敵と認知したのか、翼竜は戦闘員の遺体を振り落とし、グワアアアッ、と咆哮した。


 しかし、翼竜が降下体勢に入る前に、既に俺は急上昇に転じていた。

 ほぼ垂直に飛び上がった俺は、これまた白く輝く翼竜の口元に向かって腕を差し出した。


 鋭いくちばしが俺の頭頂に接触する。しかしその直前に、俺は両腕を伸ばし、そのくちばしを掴み込んでいた。そのままわざと魔力を停止する。


 俺の翼は呆気なく脱力し、俺を、そして俺に掴まれた翼竜を、真っ逆さまに地面へといざなった。広場に落下する直前に、俺は魔力を復活させる。しかし翼にではなく、腕にだ。

 思いっきり肘を、肩を、全身を捻り、翼竜の上に出る。その間も、ますます高度は落ちていく。

 そこで俺は、今度は自らに縦ロールを掛けた。腕を離し、ブーツの底を翼竜の胸部に押し当て、思いっきり膝を曲げ伸ばしする。そして、落下の勢いに加え、蹴りつけるようにして、猛スピードで翼竜を地面に叩きつけた。


 グエエエエッ、と苦しげな声を漏らす翼竜。


「波崎隊長、今です!」


 そう叫びながら、俺は再び上空へ離脱。直後、夏鈴のいた方から惜しげもなく、火器弾薬が飛んできた。翼竜は骨でも折れたのか、まともに飛び上がることもできずに、特殊金属と火薬、それに人間たちの執念によって砕かれた。


「はあっ! はあ、はあ……」


 俺は胸に手を当てた。心臓がバクバク鳴っている。緊張感と魔力の急激な消費によるものだろう。

 だが、休んでいる暇はない。あともう一体、魔獣がいる。それに、聡も遥香もまだ見つかっていない。

 俺は一旦地上に降り、夏鈴と合流して、三体目の魔獣を倒すべく捜索を再開した。


         ※


「翼、あなた怪我は?」

「ない。無傷だ。魔力も十分ある」


 俺は気楽な風を装って答える。


「そうか、よかった。では、民間人の捜索に戻るぞ」

「いや、そっちは本隊から捜索隊を出して対処してもらおう。どうせ残る魔獣は一体だけだし、位置は俺が把握してる。俺たちには、俺たちにしかできないことをしよう」

「それもそうだな。了解した」


 本当のところ、魔力残量は残り半分ほどだった。四体目の魔獣などが現れたら、俺は大ピンチである。

 が、それでも戦う意志を捨てたくはなかった。聡と遥香が無事に見つかるなら、この程度リスクの内に入らない。


 そう腹を括った直後のことだ。


「翼、待って」

「どうした、夏鈴?」


 夏鈴が、自分の視線の先を顎でしゃくる。そこは一際木々が密生したところで、やや暗くなっていた。

 それでも、夏鈴の見ているものは、俺の目にも刻銘に刻まれた。

 血痕だ。濃い緑色の葉に、真っ赤な血が付いている。これはきっと動脈血だから、出血者の生命に直ちに関わることは間違いない。


 俺は間近に魔力反応がないのを確かめて、夏鈴に先行するよう頼んだ。

 はっと息を飲む気配がする。俺はすぐに、夏鈴と肩を並べた。そして、呟いた。


「聡……」


 多田島聡が、腹部を押さえて倒れていた。仰向けに、半ばそばの木にもたれかかりながら。その顔は蒼白だが、目は真っ赤に充血している。荒いがちゃんと呼吸しているのを確認して、俺は半分ほど安堵した。


「夏鈴、助けてやってくれ! こいつは俺の親友なんだ!」

「りょ、了解!」


 すると夏鈴は、バックパックから一枚のタオルを取り出した。


「これで傷口を圧迫して! 私は救援要請を出すから!」

「分かった!」

「こちら如月、多田島聡の身柄を確保! 出血が酷い、医療班には輸血の準備を要請!」

《了解》

「しっかりしろ、聡! 俺だ、翼だ!」


 そう呼びかけると、意外なほど強い力で俺は襟元を引っ張られた。


「は……遥香は、どうした……?」

「ま、まだ見つかってない」

「頼む、翼……遥香だけでも、助けて……やって、く、れ……」

「分かった、分かったから! もう喋るな!」


 俺が唾を飛ばしてそう言うと、聡はふっと目を閉じて脱力した。


「翼、医療班到着まで三分だ!」

「分かった。もう少しで助かるからな、聡!」


 そう言って俺は腰を上げる。


「ま、待て翼! 医療班の到着まで――」

「そう悠長なことは言ってられねえみたいだな」


 俺は魔力を捉えていた。動いているのかどうかも分からない、のっそりとした気配。

 だが、それが魔力である以上、残された魔獣の存在を示していると考えるのが妥当だろう。


「夏鈴、援護頼む。俺はここから、奴の気を逸らす」

「了解」


 静かに答える夏鈴。ゆっくりと、手にした自動小銃の銃口を上げる。

 こっちだ、と声をかけて、俺は夏鈴とこの木々の密集地帯を抜けた。


 そこにあったのは、一際巨大な樹木だった。ただし、幹は真っ白に輝き、自らが魔獣の一派であることを示している。

 まさか、植物まで魔獣になるとは思いもよらなかった。


 夏鈴が、三体目の魔獣発見の報告を入れる。

 俺は両の掌を合わせ、魔弾を増幅させながら相手の出方を見る。

 それに反応したのか、樹木はがさり、という音を何重にも重ね合わせて枝を震わせた。臨戦態勢に入ったのだ。

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