第26話

「はあああああああっ!」


 俺は真横に駆け出した。樹木の周りを、円を描くように走る。そして、溜めた魔力を分散し、こまめに撃ち込んでいく。

 弱点を見出そうとしたのだが、さして通用してはいないようだ。動けない分、頑丈な造りをしているということなのだろう。


 樹木も黙ってはいない。枝が一本、ピシリ、と固まったかと思うと、葉の向きを巧みに変え、こちらに放ってきた。


「くっ!」


 俺はわざとすっ転び、これを回避する。葉は一枚一枚が、手裏剣のように斜め上方から俺を掠めていった。顔を傾けると、地面や周辺の木々に、その葉がザクザクと刺さっている。


 これはマズい。既に分析された結果、俺は突発的な戦闘には向いている。しかし、持久戦に持ち込まれると、魔力を徐々に削られてしまう。やがては身動きも取れなくなるだろう。この状況は変えなければ。


「夏鈴! 聞こえるか!」

《ああ! 作戦はあるか?》

「俺がこの木の注意を逸らす! 反対側からヘリで攻撃できないか?」

《しかし、それではお前も射線上にいることになってしまうぞ!》


 俺はしばし目を閉じて、自分の胸中に問いかけた。アパッチの三十ミリ機関砲は、バリアで防げるか? 答えは――可。

 ごくりと唾を飲んで、俺は一言。


「構うな! ロケット弾も使っていい!」

《了解した!》


 その会話の後、俺はしばらく回避行動に専念した。

 時には転び、時には跳躍し、時には空へ舞い上がる。できるだけランダムに動き回り、樹木の葉を回避し続けた。


 三十秒ほどが経過しただろうか。


《翼、ヘリが現着! 今、ちょうどお前の反対側にいる! バリアを張って伏せろ!》

「了解!」


 俺はごろごろと無様に転がり、翼を身体の前面に展開。加えてバリアも張り巡らせる。これで倒せなければ、俺は魔力量的にマズいことになるが、果たして。


《アパッチ、攻撃準備完了! 射撃開始まで、五、四、三、二、一!》


 バルルルルルルルッ、と機関砲が唸りを上げた。コモドオオトカゲには今一つだった弾丸。だが、今は改良が施されているはずだ。問題は、樹木が生物としては硬質だということだが、どうなるだろうか。


 俺の目の前で、新型の弾丸は通用した。俺の方に傾いていた幹が、不気味にうねり、明後日の方向に葉を飛ばし始めたのだ。

 さらにアパッチは、空対地ロケット弾を使用。爆風が、俺のバリアを撫でるようにして過ぎ去っていく。やはり樹木である以上、この魔獣も、火器には弱かったらしい。


 やがて火を出した樹木は、アパッチの方向にひれ伏すように、ゆっくりと倒れ込んでいった。

 その様子が生々しかったからだろうか、夏鈴が慌てて通信を寄越した。


《翼、無事か?》

「ああ、傷一つ負ってない。大丈夫だよ。それより、聡は?」

《今、医療班が徒歩で搬送中。魔力反応はないから、無事山を下りられるはず――》


 と言ったところで、


《至急至急! こちら壇ノ浦二佐、総員聞いてくれ! 非常事態だ!》


 という、悲鳴にも似たダンの声が無線に割り込んできた。


《現在、黒木くんたちの上空に魔力反応増大中! ワームホールが展開する! 直径一キロほどの円形だ! 付近の戦闘員並びにヘリは、直ちに退避せよ!》

「ッ!」

《了解!》


 思わず息を殺した俺と、冷静に応じる夏鈴。俺は念のため、夏鈴の待機場所へと駆け戻った。


「夏鈴!」

「翼、上を見て!」


 言われるまでもなかった。空が真っ暗になっているのには俺も気づいている。

 しかし、俺が見上げた瞬間、凄まじい爆音が響き渡った。


「ああっ!」


 夏鈴の悲鳴に近い声が上がる。アパッチが、ワームホールの淵から発せられた雷の直撃を受けたのだ。呆気なく爆発四散し、塵しか降ってこない。凄まじい威力だ。


 俺たちが見上げる先で、白い影が足元から降りてきた。間違いない、オウガである。両腕で何かを抱えていた。


「遥香ッ!」


 見間違いようがない。あの艶のあるポニーテールは、紅野遥香だ。

 俺たちの周辺に、他の戦闘員が集まってきた。一旦俺たちの姿を認めると、一撃でやられないよう、樹木を中心に展開していく。


 そんなことに構いもせず、オウガはゆっくり着地する。僅かな風が彼の足元から噴き出し、樹木の遺骸を噴き散らす。

 俺は一歩歩み出て、叫んだ。


「オウガ! 遥香を離せ!」

「もちろんでございますとも、翼様」


 相変わらず、ゆったりとしたペースを崩さないオウガ。すると、ゆっくりと屈みこみ、遥香の身体を地面に横たえた。

 いや、違う。薄いバリアを、担架のように展開している。

 バリアは滑るようにこちらに移動し、俺と夏鈴の足元で止まった。


「人質を取るのは、わたくしとて本意ではございません。どうぞ、彼女を介抱してあげてください」

「お前、知ってるのか? 遥香を助けるために、聡がこの山に入って大怪我したんだぞ!」

「承知しております。多田島聡くん、ですな? 申し訳ない、魔獣にはまともな思考回路が走っておりません。無差別に攻撃を仕掛けてしまったのでしょう」

「そんな他人事みてえに……!」

「待て、翼」


 俺をやんわりと制する夏鈴。


「人質の身柄はきちんと預かった。だが、まだ一人いるはずだ」

「ほう?」

「黒木羽奈だ。解放してもらう」


 すると、オウガはフードの陰で目を丸くしたようだ。


「羽奈様? ああ、誤解されていらっしゃいますな」

「誤解?」

「はい。羽奈様は現在魔界で、新たな統率者たるべく訓練を積んでおられます。ご自分の意志です。これは人質とは呼ばないでしょう?」


『今はいらっしゃいませんし』と、飄々と告げるオウガ。俺は歯噛みしたが、いないのなら仕方あるまい。


「だったら俺が、ここでお前をぶっ倒す!」

「おや? わたくしは翼様を再度スカウトすべく、参上したのですが?」

「それが間違いだって言ってんだ! 絶対許さねえぞ!」

「ふむ。しかし――」


 オウガは腕を組み、ゆっくりと俺を値踏みした。


「翼様、今のあなたは、いささか魔力を消耗しすぎているようだ。わたくしとしては、互いに万全の状態でお手合わせし、あなたの本気を見せていただきたい。もし戦うなら、その方があなた様も納得できるというものでしょう?」

「黙れッ!」


 俺の隣で、夏鈴がびくりと肩を震わせる。


「ゴタゴタ抜かすな! てめえはさっさとくたばればいいんだ、よっ!」


 俺は素早く魔力を集中させ、魔弾を発した。案の定、それはオウガに阻まれる。コイツ、常時バリアを展開しているのか。そしてそれは、魔王の息子である俺の攻撃でも破れないのか。


「筋は悪くありませんが、魔力の生成がまだまだなっていませんね。まあ、部外者には先にご退場願いましょう」

 

 次の瞬間、ぶわり、と暴風が吹き荒れた。俺は腕を顔面にかざし、これに耐える。しかし、そばにいた夏鈴はあっという間に吹き飛ばされてしまった。


「夏鈴!」


 そちらを見遣ると、皆が次々に薙ぎ払われるところだった。まるで、巨人の腕が一気に振るわれたかのように。


「ご心配には及びません、皆様ご無事です。無益な殺生は致しません」

「じゃあ、さっきのアパッチを撃墜したのはどうしてだ?」

「あれは仕方ありますまい。こちらは遥香様を、安全に地上に下ろす義務を負っていたのです。降下中に攻撃を受けては、遥香様の身に危険が及ぶやもしれない状況でした」


『お分かりでしょう?』と告げるオウガ。つくづく気に食わない野郎だ。


「まだ戦意を喪失したわけではいらっしゃらないご様子ですね、翼様」

「当たり前だ! てめえ一人で、一体何人の人間を殺してきたと思っていやがる!」

「はて……。現在の現界における人間の総数は七十五億と聞き及んでおります。そのうちの数百人、数千人を殺めたとて、人間の繁栄に支障を来すものではありますまい?」


 わざとらしく首を傾げるオウガ。

 俺は即断した。次の一手に、全てを懸ける。俺の魔力は、残り約三割。微々たるものとはいえ、俺は魔王の血族だ。あいつのバリアくらいは破れるはず。その隙に、アパッチが俺諸共オウガを銃撃すれば、勝機は見えてくる――。


「いずれにせよ、現界にやって来ようとする魔族はそう多くはありません。少しばかりの土地を、必要な時に明け渡して下さればよい。それほど魔族と人間とでは戦力に差が――」

「黙れえええええええ!」


 俺は叫びながら、自身の身体をバネのように弾き飛ばした。右足の筋肉が悲鳴を上げたが、どうでもいい。

 弾丸のように回転しながら、俺は右の拳を引いて接敵する。速度と破壊力だけで勝負だ。

 そして、俺は確かに聞いた。バリアが破砕される、甲高い音を。

 それから叫んだ。


「アパッチ! 全兵装をオウガに叩き込め! 俺を巻き込んで構わない!」


 直後、視界は爆炎と黒煙で目まぐるしく入れ替わり、俺は一時的に聴覚を失った。

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