第10話
一体何が待ち受けているのか、疑問を抱きつつ、俺は自分の膝を抱いていた。
すると、すぐさま荷台に置かれた小型スピーカーから聞き覚えのある声がした。
《こちら波崎。翼くんは乗ってくれたか?》
戦闘員たちの視線が俺に集中する。
「えっと……」
どうしたものかと視線を交錯させていると、隣にいた戦闘員がヘッドセットを差し出した。
「あ、も、もしもし?」
《翼くんだな。今回のご協力に感謝する》
「ど、どうも……。ところで、何か分かりましたか? 俺はまだ、今回の魔獣がどんなものか知らないんです」
《カラスだ》
「は?」
あまりに端的な返答に、俺は間抜けな声を上げた。
《カラスの群れが、市街地に近い山間部に集まりつつある。一体一体の魔力反応が小さかったから、捕捉するのに手間取った。現在、迎撃のために高射砲を準備しているところだ》
「どのくらいの数がいるんですか?」
《約二十羽ほどだ。一般のハシブトガラスを一回り大きくして、真っ白に輝いているものを想像してくれ》
「コモドオオトカゲと同じ、ってことですね」
《そうだ。我々は何とか、高射砲を始め対空砲火でカラス共を低空に追い込む。君には、ぶん殴るなりなんなりしてカラスを仕留めてもらいたい。できるか?》
「了解です」
『よろしく頼む』と言って、無線は切れた。おずおずと、隣の戦闘員にヘッドセットを返却する。と同時に、俺は自分を恥じた。『俺が戦う代わりに、羽奈を戦わせるな』。はっきりそう言ってやるべきだった。
※
「総員降車! 地対空戦闘用意!」
転がり出るように荷台から降りる俺。その背後から、次々に戦闘員が自動小銃を構えて地に足を着ける。
「おう、翼くん」
背後から声を掛けられ、俺ははっと振り返る。波崎だった。その後方には、夏鈴がいつもの気難しい表情で直立している。右腕は吊っていない。大丈夫だろうか。
「カラスの群れがこの山頂に至るまで、あと三分ほどだ。直に高射砲が迎撃を開始する。君も覚悟を決めてくれ」
「わっ、分かりました」
そう俺が言い終えるや否や、機関銃の速射音が周囲を満たした。
パタタタタタタタッ、という砲声と共に、凄まじい勢いで金属弾が空中へ吐き出される。
数発に一発含まれている曳光弾が、その軌跡を示した。
不意を突かれたのか、カラスたちはわっと散開した。数羽が羽を射抜かれて姿勢を崩す。
だが、俺の手足が届く範囲には降りてこない。このままでは、この群れは市街地へ到達してしまう。
その時だった。
「熱っ!」
俺は思わず叫んだ。両の掌が、高熱を帯びたのだ。開いて見てみると、掌全体、指先から手首までが、銀色に輝いている。そして、青い静電気のようなスパークが波打っていた。
これなら、魔獣を倒せる。そんな直感が、俺の腕を伝って脈々と脳に染み渡ってきた。俺はぎゅっと右手を握りしめ、腕ごと振りかぶる。そして、
「でいやっ!」
と声を上げながら、思いっきり『掌に集中した何か』を放り投げた。ちょうど、野球のピッチャーが、全身全霊のストレートを投げつけるように。
それは銀色に輝く光弾で、カラスのうちの一羽に吸い込まれるように直撃した。
カラスはすぐさま、彫刻が砕け散るようにバラバラになった。やっと一羽。
幸い次のスパークは、すぐに掌に現れた。これで二羽、三羽と叩き落していく。
だが、カラス共も馬鹿ではなかった。高射砲の射角を見切ったのか、その上方と下方にさっと群れを分けたのだ。上空で待機するものと、下方で急角度を以て攻めてくるもの。
カラスはもともと知能が高いとは聞いていたが、こいつらは予想以上だ。
俺は掌のスパーク――『魔弾』とでも呼ぼう――をチャージしながら、カラス共の動向を見定めようとした。
当然、迎撃しやすいのは下方の群れだが、上方の群れが急降下して攻めてこないとも限らない。
《翼、聞こえるか?》
「え? あ、は、はい!」
先ほど俺用にと手渡されたヘッドセットから、波崎の声がする。
《低空の奴らはこちらで仕留める! 君は上空の群れを殲滅してくれ! 我々が手間取っていては、上空の奴らはここを素通りして、市街地に攻め込むかもしれん! 民間人に被害が出るぞ!》
いや、俺だって民間人のはずなんだが。
《聞こえているな、翼! 復唱しろ!》
「りょ、了解!」
俺を守るように、戦闘員たちが前に出る。やや上方に角度をつけて、銃撃を開始した。カラス共はそれをひらり、ひらりと回避。そして、甲高い鳴き声を上げて襲い掛かってきた。
「ひっ!」
俺が慌てて頭を抱えると、前腕部に生温かい感触がした。腕をずらす。そして、ぞっとした。
俺の眼前にいた戦闘員の顔面に、カラスの太くて鋭いくちばしが突き刺さっていたのだ。
カラスは大きく羽ばたき、それに合わせて戦闘員の遺体を持ち上げようとする。装備も含めて百キロはありそうな人間の遺体を持ち上げるとは、カラスにしては怪力と言っていいだろう。
「まさか……!」
俺はカラスの意図を察し、戦慄した。きっと、この戦闘員の遺体を盾にするつもりなのだ。
俺たち人間は魔獣ではない。いくら絶命しているといっても、仲間の身体に攻撃するのはかなりの抵抗がある。
ここで気を取られていては、皆が危ない。どうしたらいいんだ?
その時、俺の心のどこかで囁き声がした。『遺体ごとあのカラスを撃ち落とせ』と。
俺は何を考えているんだと頭を抱えたが、生憎俺は人間ではない。半魔族、それも魔王の息子なのだ。
今この時こそ、人間にはできないことを為すべき時なのだろう。それが責務か、とも思う。
「くっ……!」
俺は歯を食いしばり、右腕に気力を集中。そして、件のカラスに向かって、思いっきり魔弾を投擲した。
俺の手を離れた魔弾は、あっさりと遺体を貫通し、その向こう側のカラスを木端微塵にした。どちゃり、と遺体が地に落ちる音がして、俺は慌てて目を背けた。
《今だ、撃ちまくれ!》
波崎が勢いよく叫ぶ。それに呼応して、皆が銃撃を再開した。俺の魔弾なしでも、機関砲と自動小銃で、カラスの突撃を防ぐことはできる。問題はやはり、上空待機中の奴らだ。
その時、俺は自分の足がやたらと軽くなっていることに気づいた。これまた本能の囁きだが、俺は通常の人間よりも、運動神経がよくなっているらしい。
恐らくは戦闘の間だけだろうが、この力を使わないという選択肢はない。
上空にいるカラスは、恐らく二十五、六メートルほどの高さで滞空している。学校のプールを縦置きにしたくらいだ。予想以上に高く見えたが、正確な数値の目測は、俺に安心感を与えてくれる。
両腕を開く。左の掌も魔弾を撃つことができるのだと察する。よし、行くぞ。
俺は振り返り、高射砲の置かれた空き地の後方にダッシュ。そのまま木に向かって駆け、一気に枝先まで登り切った。
そこで跳躍し、カラス共と目線が合うように身体を調整。そして、ぐいっと両肘を引いてから、勢いよく両の掌を前面に突き出した。
「はあああああああっ!」
そこに現れたのは、魔弾ではなかった。銀色に輝いているのは変わりないが、『弾』ではなく、長く続くレーザー光線のようなもの。『魔線』とでも呼ぶべきか。
落下しながらも、俺は少しずつ角度を変えて、上空のカラスの群れに魔線を浴びせ続けた。直撃を受けたものはその場で粉砕され、羽をもがれたものはあえなく落下し、高射砲と自動小銃の餌食になった。
ぐんぐん地面が迫ってきたが、不思議と恐怖心はない。俺は片膝と両の拳の三点で身体を支え、どすん、と着地した。土埃が舞い散り、雑草が跳ね上がる。
《よくやった、翼! お前も低空のカラスを迎撃する側に回ってくれ!》
「了解!」
やった。カラス共の半分を駆逐してやった。俺にだってこのくらいはできるんだ、ざまあ見ろ。
しかし、それは俺の油断であり、慢心だった。低空にいたカラス共が、何やらぎゃあぎゃあと騒ぎ出したのだ。
《総員、迎撃態勢! 何か来るぞ!》
波崎の声にも緊張感が上乗せされている。
喚き声が止み、一瞬の静寂が訪れる。すると、カラス共は羽を閉じ、短い槍のような姿になった。そして、勢いよく狙いを定めて突っ込んできた。
これは、特攻だった。上空にいる連中が全滅させられたことを悟り、自分たちも身を捨てて攻撃を仕掛けるつもりなのだ。
自動小銃が弾幕を張るが、ことごとく弾き返される。そして、前方に展開中だった戦闘員たちが、次々にくちばしに貫通されていった。
「ぐあっ!」
「ぎゃあっ!」
俺が伏せている間に、一気に戦闘員たちはその数を減じていった。
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