第6話
バタタタタタタッ、と自動小銃が唸りを上げる。俺は一際太い木の陰で膝をつきながら、そっと戦闘の状況を見極めようとしていた。流れ弾には気をつけねば。
《榴弾を使え! 爆風でひっくり返して、無防備な腹部を狙うんだ!》
波崎の声が、ヘッドセットから聞こえてくる。
《互いの援護を忘れるな、榴弾を込める時は、必ず誰かにそばで援護させろ!》
俺と、最初に吹っ飛ばされてきた戦闘員を除く六人は、見事な連携を取っているように見えた。少なくとも、熟練の武人であることは否定できまい。
だが、基本的な問題がある。
自動小銃と榴弾砲が、この怪物、すなわち『魔獣』に通用するのかどうか。
草木の隙間から見ると、魔獣はますます巨大に見えた。同時に、白く淡く全身を包む光が、明滅しているようにも感じられる。これは、自分が戦闘中であることの証なのだろうか。
俺はしかし、そんなことを考えているべきではなかった。魔獣が次の攻撃を繰り出すモーションを、完全に見逃したからだ。
魔獣は自らの頭部を抱え込むように身体を丸め、防御態勢に入った。と見せかけて、勢いよく自らの身体、とりわけ尻尾を水平に回転させた。ちょうど、人間の腰のあたりを裂くように。
「ぐはっ!」
「があっ!」
数名の戦闘員が、しなる尻尾に叩き飛ばされ、血反吐をぶちまけながら周囲の木に叩きつけられた。
魔獣の攻撃はそれだけにとどまらない。危険を察して俺がその場にうずくまると、衝撃波が俺の髪を数本切り裂いていった。いわゆるソニックブームというやつか。
すると、頭上で音がした。ミシリ、と何かが重さに耐えきれなくなるような音だ。
見上げると、俺が隠れるのに使っていた大木が、へし折られるところだった。見れば、ソニックブームによると思われる斬撃の跡が、ばっさりと大木に食い込んでいる。
「うわわわっ!」
俺は情けない声を上げ、急いで木陰から脱出した。そして、自らの無能さを呪った。
眼前に、魔獣の頭があったのだ。魔獣がアパッチからの攻撃を受けていた時にできた焦げ臭い広場で、俺は二メートルもないほどの距離を取って魔獣と対峙している。
魔獣が一歩前に出て、その顎を開けば、すぐさま食い殺されるところだろう。
俺はゆっくりと後ずさりしようとして、足を滑らせ尻餅をついた。
俺の人生、まさかこんなところで終わることになるとは。
だが、次に感じられたのは、魔獣の呼吸の風圧だけだった。同時に魔獣の後方に火の手が上がる。のっそりと振り返る魔獣を見つめる俺に、通信が入った。
《黒木くん、無事か!》
波崎だった。なるほど、携行火器とはいえ、榴弾砲も少しは効果があるらしい。
しかし、既に部隊の三名が倒されている。残るは……ええい、計算が追いつかない。とにかく、互いに援護し合うだけの人員が確保できていないことは事実だ。
その時だった。聞き慣れた声が俺の耳朶を打ったのは。
「翼くん!」
気づいた時には、俺は何者かに思いっきり突き飛ばされていた。魔獣が振り返りざまに喰らわせようとしたソニックブーム。そこから、俺は助けられたらしい。
代わりに、俺を庇った戦闘員――あの小柄な人物だった――は、勢いよくふっ飛ばされ無様に草原に転がった。
これで俺たちへの関心が薄れたのか、魔獣は榴弾を放ち続ける波崎に狙いを定めた。
《総員撤退だ。生存者は応答しろ、おい、どうした?》
波崎は見事な、しかしギリギリの身体捌きで、森林へと逃げ戻ってゆく。
執拗に波崎の方を睨み続ける魔獣。その後方で、俺は件の小柄な戦闘員ににじり寄った。
「おい、あんた大丈夫か!」
そっとバイザーを上げる。そして、言葉を失った。
「嘘……だろ……?」
俺の窮地を救ってくれたのは、あの如月夏鈴だったのだ。今は目を閉じ、苦し気に乱れた呼吸をしている。
まさか共に戦っていたのが、クラスメイトの如月夏鈴だったとは。
《如月、黒木を連れて即刻現状から離脱しろ! 命令だ!》
「馬鹿野郎、そうできねえから困ってんだろうが!」
俺は如月のヘッドセットに向かい、そう叫んだ。
《黒木くんか? こちらはもう援護する手がない! 君だけでも脱出してくれ!》
何だと? 如月を置いて、俺だけ逃げろ、だって?
「ふざけんな!」
銃撃音に掻き消されないよう、俺は思いっきりヘッドセットに叫んだ。
こいつは、俺の命の恩人だ。見捨てられるわけがない。
すると、波崎も弾薬が尽きたのか、陽動による銃撃音や爆発音が静まった。
魔獣はゆっくりとこちらに振り返り、再び俺、そして如月にその牙を向ける。
「畜生が!」
俺は、未だ意識のはっきりしない如月の前に立ち塞がった。再び魔獣の顔が近づく。
しかし、怯んでいる場合ではない。俺は喧嘩が弱いし、そもそも争い事は大嫌いだが、今だけは戦わねばなるまい。当たって砕けろだ。
魔獣が少し、引き下がる。後ろ足に力を込めるのが分かる。俺に跳びかかってくるつもりに違いない。俺は目を閉じ、ふっと息をついた。
そしてその直後、大口を開けて身を乗り出してきた魔獣の鼻先に、全身全霊のこもった右ストレートをお見舞いした。
頭の中は、様々な考えでぐちゃぐちゃだった。冷静でなんていられない。
一つ確かなのは、この一撃が、怪物を怯ませ、後退させ、そのまま木端微塵にするのに十分だったということだ。
「……は?」
何が起こったのか、当事者であるはずの俺にもよく分からない。
食われかけた。殴った。相手が死んだ。それだけだ。
魔獣の破片は、しばらく白い光を放っていたが、ゆっくりと明度を落としてやがて炭のように真っ黒になってしまった。
やった、のか? 俺が魔獣を倒したのか? あんなに喧嘩に弱い俺が?
俺はショックと驚きと安堵感で、全身が脱力するのを感じた。
そのまま草原に大の字に横たわっていたところを、増援部隊に救出されたのだと、後に波崎から聞かされた。
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