第36話

「あっ、如月さん……って何やってんの⁉」


 遥香が素っ頓狂な声を上げる。夏鈴は無言。

 俺もまた夏鈴の方に目を遣って、ぎょっとした。

 

 スイカ、メロン、パイナップル、マスカット。まるで制服の上から果物を着ているような状態で入室してきたのだ。


「夏鈴、お前何を考えてるんだ?」

「何って、お見舞いだけど?」

「いやだからって、そんな完全武装してくる必要はねえだろう?」

「何を言ってるんだ、翼? 本当はこれに苺と桃と巨峰とゴーヤも一緒に持ってくるつもりだったのに」

「果物屋かお前は! それにゴーヤって何だよ! 入院中に食うもんじゃねえ!」


 俺と夏鈴がぎゃあぎゃあ騒いでいると、


「それじゃ、お邪魔虫は退散しますか。ね、聡? 璃子も、大丈夫でしょ?」


 そう促す遥香に、聡はしっかりと、璃子はゆっくりとそれぞれ頷いた。


「じゃあな、翼。また学校でな」

「さよなら、翼くん」


 聡と璃子がそう告げる。俺はまとめて『じゃあな』と声をかけた。

 そして、見てしまった。聡の腕に、遥香が自分の腕をそっと絡めるのを。

 するするとドアが閉まり、静けさが病室に戻ってくる。


「聡と遥香、よかったな」

「……」

「あれだけズタボロになってでも、聡は遥香を助けようとしてたんだから、大した奴だよ」

「……」

「どうした、夏鈴? 黙り込んじまって」


 俺が顔を向けると、夏鈴は持ってきた果物をゆっくりとテーブルに置いた。そして、ガッと音がするほどの勢いで俺の襟元を掴み込んだ。


「うげっ! 一体何……ぐ、ぐるじ……」

「他人のことはいい! あんたは私のこと、どう思ってるんだ?」

「ど、どうって……」


 俺は狼狽えた。全くコイツは、直球勝負しかできないのか。


「んなもん、好きに決まってんだろ!」

「ああそう! 私のことが好き……って、え?」

「あ」


 以前も言ったような気がする。だが、改めて考えてみよう。俺は夏鈴のことが好きなのか? ううむ、YESとしか言いようがないな。あれだけそばで一緒に戦い、羽奈のことを守ってくれようとしたのだから、惚れない方がどうかしている。


 しかし、だ。


「そうだ、羽奈は……」


 この一言に、夏鈴はさっと俺から手を除けた。


「ごめんなさい、翼。私、羽奈ちゃんを守ってあげられなかった」

「ああ」


 幽体離脱中に、俺は親父や羽奈と会った。親父曰く、羽奈とはテレパシーで意思疎通ができるという。

 だが現実に、実際の身体に戻ってみてどうだ。羽奈を抱き締めることもできなければ、その頬に触れることすらできやしない。もう羽奈は、人間ではないのだ。


「ああ……」


 俺は肩を上下させ、ため息をついた。妙な余韻を伴っている。

 俺は熱い感情が、胸の奥から湧き上がってくるのを感じた。じりじりと、ゆっくりと。

 それはいつしか、涙と嗚咽になって溢れ出した。自分でも、泣き叫んでいるのか呻いているのかよく分からない。

 いや、自分のことなどどうでもいいのだ。羽奈、お前が生きていてくれれば……。


「翼、おい、翼!」


 夏鈴に肩を揺さぶられて、俺は無様な顔を上げた。夏鈴もまた、目に涙を浮かべている。


「私、今朝不思議な夢を見たんだ。誰かは分からないけれど、これをお前に届けてくれと、懇願された」


 夏鈴が取り出したのは、


「ファントム……?」


 そう言えば。俺の頭の冷静な部分が、急速回転を開始した。

 小さい頃、何かのゲームで『ファントム』という単語を見かけた。意味が気になり、俺は慣れない手つきで辞書をめくり、その意味を探った。そこに書かれていた意味は、


「幻、幽霊……?」


 確かそんな意味だったはずだ。

 俺は幽霊は信じていない。しかし羽奈は、テレパシーで会話できると言っていた。

 今は、俺の魔力が身体の回復に当てられている関係で、すぐに会話能力を発揮することはできないのだが。


 それでも、何者かが夏鈴に、ファントムを俺に届けさせたのは事実だ。となれば、それは羽奈とファントムを結びつける者なのではないだろうか。


 俺はそっと、夏鈴からファントムを受け取り、呟いた。


「お前は羽奈なのか?」


 すると、心臓が脈打つように、鞘が震えた。いや、脈打ったのは心臓ではない。魔力炉だ。親父が俺と羽奈に与えた力の根源だ。


「翼、大丈夫か?」

「ん、うん、大丈夫だ」


 いつの間にか傾いた陽光に照らされながら、俺は夏鈴に頷いた。


「なあ、夏鈴」

「何?」

「しばらく俺のそばにいてくれないか。当たり前の話だけど、家族には家族にしか癒せない傷があるし、他人には他人としか共有できない気持ちがあるんだ。もしお前が、俺のことを好いていてくれるなら、もう少し――」

「馬鹿!」


 パシン、といい音がした。


「お、おい! 怪我人を引っ叩くこたあねえだろう⁉ それも告白中に!」

「そっ、そそそそんなことは分かっている! あんまりにも言葉遣いがまどろっこしいから、イライラしただけのことだ!」

「じゃあ何か? 俺がお前に『好きだ』って三文字言えばいいだけだってのか?」

「その通りよ!」

「好きだ。付き合ってくれ」

「上等だ、その誘い、乗った! ……え?」

「は?」


 急速に頭に血を上らせていく夏鈴。俺も自分で、頭部が熱を帯びてくるのを感じる。

 すると、俺の手中でファントムが軽く震えた。この状況を楽しんでいるかのように。


 ファントムは、魔力で発動する必殺の魔剣だ。それが俺の元にあるということは、まだ『魔界』に不届き者がいるということなのだろう。

 

 戦いは続く。だが、俺には家族がいる。友人がいる。そして、夏鈴がいる。

 彼女ばかりは、カテゴライズするのは難しい。恋人? 戦友? ううむ、事情が複雑だ。

 まあ、それは自然と分かってくることだろう。共に人生を歩んでいれば。


 今度は俺が、夏鈴を守ってやる番だ。お前の覚悟、確かに引き継いだからな、羽奈。

 そう胸中で呟いて、俺はふっと口元を緩めた。


 THE END

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半人魔王の戦闘日誌《ダイアリー》 岩井喬 @i1g37310

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