第2話


         ※


「はっ!」


 目が覚めた。視覚と聴覚が同時に戻ってくる。真夏の日差しが窓から差し込み、黒板上のスピーカーが、馬鹿みたいに平和な鐘の音を響かせている。


 ガタン! と勢いよく席を立ち、周囲を見渡した。誰も殺されてなんかいない。血の一滴も流れてはいない。

 数人ばかり、不思議そうに俺の顔を見つめるクラスメイトがいた。だがそれは、俺が急に立ち上がったかららしい。俺が叫び声を上げたのは、夢の中だけだったということか。


 ここは我らが二年五組である。クーラーが入っているにも関わらず、俺は汗だくだった。そりゃあ汗だくにもなるだろう、あんな夢を見たら。全く、何て酷いドッキリだ。


 額に手を当て、汗を拭っていると、ふっと後ろから誰かが歩み寄ってくる気配がした。


「何してるんだ、翼?」

「ああ、聡か……」


 そこに立っていたのは、多田島聡。俺の数少ない友人の一人だ。

 俺は割と背が高い方だが、それを上回る長身。百九十センチ近いのではないだろうか。手足は細長く、やや小さめに見えるシャツを羽織り、くるぶしまでしか届かない制服のズボンを穿いている。


「嫌な夢でも見てたのか?」


 俺はその聡の問いを無視して、『今何時だ?』と尋ねた。


「放課後だよ。ホームルームも終わった。僕たち帰宅部員は帰るだけだ」

「ああ……」


 机を見下ろすと、世界史の資料集が開かれていた。そこに載っていたのは、パブロ・ピカソの『ゲルニカ』。抽象画っぽい感じだが、確かに恐ろしい絵だと俺は常々思っていた。

 こんな絵を見ていたから、あんな悪夢を見る羽目になったのか。


 俺は無言で片肘を机につき、額に手を当てて呼吸が落ち着くのを待った。


「おーい、翼! 聡! 帰るよー!」


 明るい声が、教室中に響き渡る。


「ああ、遥香さん、ちょっと待ってて」


 そう応じる聡。どうやら、俺が落ち着くのを待ってくれているらしい。申し訳ないな。俺は立ち上がり、教科書を鞄に突っ込み始めた。


「もういいのか、翼?」

「ああ。心配すんな。ただの夢だよ」


 ぶっきら棒にそう言って、俺は聡に先だって教室後方の出口に向かった。

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