第六話 ~文芸部室にて~


*****


 以上が、あの日の後に起きた契約内容説明だ。

 思い返してみれば昨日――――思いっきり、露稀さんの警告通りに流されて危機一髪の状況に陥った事になる。

 リュミエール・リーナの危なっかしさを特等席で見てしまって……思わず身を乗り出し叫べば、自然とそうなる。

 さんざん言われていたにも関わらずだったけど――――つい口を挟んでしまった。


 そんな事を思い返していても、授業はまだ終わる気配がなく、時計を見ればあと十五分は続く事に気付いて窓の外へ視線を移す。

 相も変わらず、空の色まで昨日と変わらない。

 紅蓮に染まった街から見た、燃える空の光景もまるで嘘のようで。

 いや、魔法少女の力があの街の惨状を「嘘」とした。彼女らが放つ魔力は、巡礼者達による人工物の破壊を回復するから、インフラにも何も影響はない。

 しかし、このところ巡礼者の降下が、多すぎる。

 台風のようなものと考えれば、発生時期に偏りがあっても確かにおかしくはないが“星の巡礼者”において、そういう時期があったなんて事は少なくとも俺は聴いたことがない。

 まさか気象条件が絡むようなはずもないだろうし、公転軌道あたりの条件がもしかすると合致するかもしれないが、そこまでいくと誰にも分かる訳ない。


 事実、あの出会った日の蒼炎の大蜘蛛に始まり、昨日の双頭のムカデまでで、この二週間の間に合わせて四回、巡礼者がこの街の界隈へと姿を見せた。

 それでも死者は現状出ていないが、重軽傷者は出て来てはいる。

 だが、国が対策を取る事はできない。

 何故ならば、巡礼者へは通常の火器類が一切効果を見せはしない。

 “魔女の夜”以降アメリカにそれが出現した時には何度か兵力が投入されたものの、有効な攻撃は一度たりとも取れなかった。

 自走砲の砲撃も、最新鋭戦闘機のミサイルも、燃料気化爆弾も、当然ながら歩兵の携行火器類――――携行型対戦車ミサイルを含めてすらも巡礼者の形状、装甲の有無にかかわらずかすり傷ひとつさえ負わせる事ができなかった。

 彼らに対し分析を進めようにも、現場からはその痕跡が、亡骸を含めて全く消滅してしまうから効果的な攻撃方法をも調べられない。

 吐き散らした毒液に飛ばした棘、一切合切何もかも消滅して、破壊されたものもまた魔法少女の魔力により巻き戻され、修復されるからだ。


 だから、ただ魔法少女が来てくれるまで逃げ回り、隠れる事だけが今のところ正しい対処なのだ。

 そんな、今となっては当たり前になってしまった“常識”をあらためて思い出し、もはや自分はその“常識”からあらためてはみ出してしまった事を、不可視の指輪を通して考えているうちに授業は終わる。

 チャイムが鳴り、起立、礼――――とこなしてまた座る直前、窓の外、玄関へと向かってくる体育後の別クラスの二年生たちを何気なく見つめると、赤基調のジャージ姿の女子達の中から、そこそこ距離のあるのにそれでも一発で識別できるほどに目立つ露稀さんがいた。

 揃いの、はっきり言って野暮ったいジャージなのにそれでも美貌もオーラも全く陰らないまま、誰と会話を交わすでもなくただ玄関へ向けて歩いてくる。

 そして、いったい彼女はどんな視力をしているのか――――こちらへ鋭く、射るようにまっすぐ視線を向けてくるのが分かったが……思わず、身震いする。

 なんで、この距離で一発で窓越しの俺に気付けるんだ……?


「……こわっ……」


 つい、口をついて出てきたその言葉は――――間違っても、露稀さんには聞かせられは、しない。

 一分ほどした頃……今度は、俺のスマホが振動して、新着のメッセージの到来を告げた。

 そこには。


『昼は空けろ。お前に話がある』


 と――――それだけ、今しがた視線を交わしたばかりの露稀さんからの命令がまさしく下されていた。

 まさか、今の俺の呟き……聞こえてない、よな。

 坂本にも浪川にも悪いが、今日の昼はだらだらと過ごせそうにない。

 何せ、相手が相手なものだから、断れない。

 “夜見原露稀に昼を誘われた”なんて言おうものなら問い詰められ、良くて半殺しの目に遭う。

 だが別に、というか――――その誘いが艶めいた理由でない事ぐらい、さすがの俺にも分かる事だった。




*****


 呼びつけられた先は、無駄にデカい校舎の四階、少し外れた一角にある寂れた空き部室。

 表札にはうっすらと“文芸部”の文字が残ってはいるものの、中にあるのは金属製のキャビネットがいくつかと会議用の長テーブル、それと互い違いに積んで重ねた教室椅子が八脚ほどあるにすぎない。

 通常の教室の三分の一ほどしかない広さの空間に、待っていたのは学園でも有名な美人、そして今は俺の“主”でもある、夜見原露稀――――さん、だ。

 彼女は、最初思っていたよりも綺麗に整理され、埃っぽさもない旧・文芸部の部室の中央にある長テーブルについて俺を待っていた。

 すらりと長い脚を組んでもてあまし、体育で走り込んだ後だというのに髪も嘘のようにつやつやと整ったままで、毛先のハネひとつ見受けられない……文字通り、髪の毛の先に至るまでまったく隙の無い佇まいのまま、テーブルの上の弁当包みを結び直していた。

 それにしても、確か、今文芸部は活動していないというか、そもそも無かったような……。


「露稀さん……文芸部でしたっけ?」

「いや、縁もゆかりも無い。使っていないそうだったからな。教員に話をつけて、ここの保全をする代わりに好きなように使ってよい約束をしているのさ」

「いくら露稀さんでも、そんな事……できるんですか?」

「昨年は無理を訊いて、あのミスコンとやらに出てやった。その事で恩を着せれば簡単だったともさ。私は再三に渡り、出場はこばんだしな」

「弱みまで握って……」

「弱みなど、握られる方が全面的に悪い。それに、別に無理を通している訳じゃない。文芸部が再結成でもされたら、快く明け渡すつもりさ」

「それはいいんですけど、でも……何でこんなところを借りてるんです」

「昼休みは独りで過ごしたいものでな。まぁ、座れ。茶が欲しければ自分で淹れろ」


 見れば、旧・文芸部室の角の机の上にはコーヒーカップに湯呑、茶筒に急須、スティックタイプのインスタントコーヒー類と卓上湯沸かし器までもが並んでいる。

 露稀さんの目の前にはそれを使って淹れたとおぼしき日本茶が湯呑からほかほかと湯気を立てていた。

 とりあえず、勧められるままに椅子を引いて、露稀さんから少し離れた入り口側の“下座”へ着く。


「ところで――――だ。お前、さっき窓から私を見ていたな?」

「ち、違いますって。窓の外見たらたまたま露稀さん達が戻ってくるところで……。それよりも、露稀さんこそ何で気付いたんですか!?」

「気付かないと思うか? 気配ぐらい隠せ。まぁそれは別にどうでもいい。昼は食べたのか?」

「はい……。露稀さんを待たせたらいけないと思って、急いで……」

「殊勝だが、別にここで摂ればよかっただろう。……まぁ、私の言葉が足らなかったな。では、手短く本題に入るとしようか」


 そう、俺は――――まったくもって、今ここへ呼び出された理由が分からない。

 今も、まだ。


「お前。昨日の巡礼者との戦闘において……あの白馬鹿へ声をかけたな? わざわざ隠れていたというのに」

「……はい」

「どうしてそうしたかは、分かっている。私も無粋ぶすいではない。だが……その上で、私はどうしてもお前に命じる」

「それは……?」

「ああいった真似は、二度とするな。二度と……魔法少女の身を、案じるような事はするな」


 露稀さんはただ一言、そう言った。

 その冷たい言葉を、どこへも視線を向ける事なく深く目を閉じて。

 言葉と共に静まり返った部屋の中へ、かちかちと鳴り響くのは数十度に渡る時計の針の音だけ。

 どちらが先に二の句を告ぐか分からない、あまりにも長すぎる間はどうにか、俺が破る。


「すみません……えっと、どういう……事ですか?」


 せめて、聞き間違いであってくれ。

 あるいは、俺の受け取り間違いであってくれ。

 そんな情けないせめぎあいの果ての、情けない確認しか絞り出せなかった。


「聞いての通りだ。魔法少女の身に何が迫っていても、案じるな。お前は自分が生き残る事だけを考えていればいい。逃げろ。這い回れ。お前はただ生き延びていればそれだけでいい」


 なのに、露稀さんの続けた言葉は裏付けでしかない。

 最初の言葉通りの意味をそのまま述べて、もう何も疑問なんて残せる余地も無い。


「白馬鹿の詰めの甘さに言いたくもなるのは理解できるとも。しかしそれでもだ。それでも――――魔法少女の身を案じる事はない。捨て置け。……そんな顔をするな、責めてはいない。お前が間違っているなどとは言ってないだろう、私は」


 確かに、その事については――――わざわざ危険に身を晒してしまった事もあるし、言い訳のしようもない。

 そのせいでリーナは切り札を切る事になったし、俺が更なる油断を彼女へ招かせてしまったのも。

 なのに、露稀さんは別に……俺を咎める様子も無い。


「……露稀さんだったとしても、ですか?」


 彼女は、今……“リーナを案じるな”ではなく、“魔法少女を案じるな”と言った。


「露稀さんが危なくても……、ですか」

「その通りだ」


 せめて、何か言い返してくれると思ってわざと屁理屈を捏ねようと試みたのに、返答は。


「私も含めての事だ。“魔法少女”をいちいち案じなくていい。まず自分が生き延びる事を考えろ。ヒトの心配はその後、初めてしろ。……そんな余裕は無いのだと分かっているはずだぞ、けい


 改めて言われるまでもない事、だった。

 露稀さんと初めて会った、あの展望公園の時も。

 先日の双頭の巨大ムカデの時も。ああまで巨大で対話を試みる余地のない怪物の姿を前に、立ち竦んでしまったのは事実。

 露稀さんとの契約で指輪を得て、多少であれば逃げ回れる程度に運動能力は上がっても――――それでも結局俺は生身に過ぎないから狙われれば死ぬし、攻撃の巻き添えになっても死ぬ。

 リーナに口を挟んだ事ではなく、そのために身を危険に晒してまでする事ではない、と露稀さんの言いたい事、その真意は何となく理解できた気がした。


「……分かりました。露稀さん。でも……」

「“でも”は無い。分かったならいい。それとも、別の話か?」

「ええ、まぁ。……そろそろ、教えてくれてもいいんじゃないですか?」

「何を」


 あの日、契約を交わす時に露稀さんは言った。

 選択肢の全くない状況、剣呑な殺気を放ちながら、それでも俺に対して条件を突き付けて。


「……露稀さんの、“目的”って?」


 “契約者”として付き従い、露稀さんが目的を果たしたその時は、ひとつだけ望みを聞く、と――――そう言った。

 しかし、俺は未だ肝心の“目的”を聞いていない。

 あの契約の日から、戦いの帰りや、こうして呼びつけられたり等で話はしてもまるでそれは話してくれない。

 まさか目的が無い、なんて事はあるまい。

 なのに、訊くたびにはぐらかされてはそろそろ焦れてくる。

 俺のそんな思いを知ってか知らずか、露稀さんはもう殆ど中身の残っていない湯呑に口をつけ、沈んだ茶葉ごと啜り込み――――目を深く瞑ったまま、ただ一言。


「――――“復讐”だ。今はただ、それだけしか話す事はない」


 そう言ったっきり、露稀さんはゆっくりと立ち上がり、椅子を片付けて俺の横を通り抜けて入り口へとすたすたと歩いていく。


「ああ、それと――――私の使った湯呑、洗って伏せておけ。恐らく明日あたり、また星の巡礼者が殺されにやってくるはずだから……今私が言った事を忘れるなよ。ではな、蛍。……お前ごときが、魔法少女を心配などする必要はない」


 そして、本来の主も、仮初かりそめの主も不在の文芸部室へまたも静寂が戻る。

 残されたのはどちらでもない、単なる俺が一人。






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