妖艶長身漆黒高慢魔法少女と超絶イチャイチャラブラブをするまでの物語

ヒダカカケル

序章 ~夜見原露稀との物語~

Prologue ~魔法少女と契約した少年~


*****


 ひとつだけ、俺に人と違うところがあるとしたら。

 魔法少女と契約した――――という事だけだ。



*****


 スクランブル交差点のど真ん中に、もう通行人の姿は無かった。

 夕焼けの空を負けじ照らす炎の反照が雲に映り、まるで世界の終わりの風景を奏でるようにも見えた。

 横倒しになった車、無残に折れた信号機、傾き、折れた電柱とぶら下がる電線、めちゃめちゃに割れて散乱するガラス窓の破片。大地震でも来たかと思うが――――遠くへ視線を映せば、そこから先に破壊の痕跡はなく、日常の光景が保たれていた。


 俺が、交差点からやや離れたビルに身を隠しながら覗き込むとそこには――――もはや見慣れた、見るはずもなかった姿がある。


 輝くような純白の装束コスチュームに身を包んだ女の子が自在に――――電線と電柱、傾いた信号機の合間をすり抜けるように宙を舞う。

 ウェディングドレスの丈を大胆に詰めて動きやすくしたようなコスチュームは天使のようで、動きに合わせてはためくフリルとリボンは、飛び回る華奢な体を付いて回る残光によって麗しく強調させた。

 小さな胸に着けた蒼い宝石のブローチからは時折魔法の光が漏れ出し、空気を優しく震わせ――――さながらハープを爪弾くような不思議な音が響き渡り、空へと吸い込まれていく。

 太ももから足首にかけて二重螺旋のようにぴっしりと巻き付く白いリボンもまたその隙間から覗く白肌をより眩しく引き立ててやまないまま、パールピンクのアンクルブーツの中にまで伸びる。

 こんなにも白く透き通るような装束をまとっているのに、隙間から見えるその肌、覗く肩口、二の腕の素肌は更に眩しくて、視線がどうしても引きつけられてしまうのだ。


 淡い光の粒子を鱗粉のように散らし、重力が存在しないように自由に空を泳ぐ純白の女の子が手にするのは、およそ小柄な――――百五十センチもない彼女の身の丈ほどある、継ぎ目すらなく傍目はためには磁器か何かでできているようにも見える白銀の長弓。

 弓として必要な柔軟性と弾力を全く感じない、落とせば割れてしまいそうにさえ思えるそれは不可思議な力に満ち溢れ、彼女が茫洋とした光の弦に番えるのはこれまた光で精緻に形作られた“矢”だった。

 そして矢の先。女の子の視線の先。何より俺の視線の先に――――異形としかいいようがない存在がいた。


「ぎゅい゛いぃぃぃぃっ――――!!」


 肌が粟立つように不快な鳴き声とともにのたうつそれは――――見た目自体は、よく知るモノと変わらない。

 長ったらしい体にいくつもの体節を刻んで、その体節ひとつひとつから硬質の脚が生えたおぞましい、誰もが苦手な、獰猛なあの虫。

 噛まれればひどく痛み、時にそいつは虫だけじゃなくネズミや鳥まで捕食する生粋の捕食者。

 外観そのものは――――“ムカデ”と呼んでいいだろうが、その体躯は圧倒的なまでに、俺のよく知るそれとはまるで違っていた。


 脚の一本一本が、鋭く尖っていながら街灯に匹敵する太さと長さを持つ。

 その先端がまるで、爪楊枝で刺して食うゼリー駄菓子みたいにやすやすと車を貫き持ち上げる様を見ると、ぞっとするばかりだ。

 そしてそんな脚を持っている本体の大きさはもう――――この世に現存する生物となんて比べる事はできない。

 スクランブル交差点いっぱいにぎちぎちに広がる体の幅といったら、バスの車体を横二列に積み並べ、束ねたようなバカバカしい太さだ。

 そして、サイズよりなにより異常なことと言えば……その超巨大ムカデに、“尾”は存在しない。

 クジラでも胴から真っ二つにしてしまいそうな凶暴極まる大顎を備え、見る者の心を砕く巨大すぎる複眼のどれかには、ビクつきながら覗き込む俺の姿も映っているに違いない。

 ――――そんな頭が、


 その化け物は体の両端にそれぞれ別の頭がくっついている――――まさしく双頭の大ムカデだった。

 はじめは、二体いる大ムカデがそれぞれ絡み合っているだけだと思ったのに。

 しかしいくら目を凝らしても、大ムカデの“尾”にあたる部位はどうしても見つけられず、体が伸びきって空中の“少女”を両断しようと試みた時にようやく、そいつに尾はなく、頭の反対側にもうひとつ頭がついている事が分かったのだ。


「いい加減にっ……! 倒れてください!」


 宙をまさしく舞う少女が、手にした弓を番え――――放つのは、光の矢。

 双頭の大ムカデの甲殻には幾本もの光の矢がびっしりと突き刺さって残り、中には渾身の一撃となったか深々と甲殻を割って食い込み、光の矢羽だけしか見えないものまである。

 うまく節目に当たったか、切り飛ばせた肢も少なくはない。

 それでも決定打となりうるものはないまま……いたずらに時間だけが、過ぎる。


 この双頭の大ムカデと、光の矢を放つ白銀の少女。

 魔法少女――――“リュミエール・リーナ”の消耗戦は俺が見ているだけでも、もう二十分にもなる。

 焦れて、たまりかねて――――つい、身を隠しながら大声が俺の喉からまろび出てしまう。


「リーナ! 聞こえるか!? そいつには痛覚が無い! 攻撃するなら――――」


 頭をつぶせ、そう続けようとした時おもむろにムカデの頭の片割れがこちらを睨んだ。

 その、あまりに大きな……物置小屋ほどもある頭部、きちきちと蠢く触覚とガチガチと噛み鳴らすハサミのような大顎、そして一切の感情を感じない原始的な恐怖を掻き立てる、黒く染められたミラーボールのような複眼を認めた瞬間、ひゅっ、と脚の感覚が一瞬消えてしまい、股間の何かが不意に持ち上がる嫌な浮遊感。

 斬られて下半身でもなくなったように。逃げる事さえ体が諦めたとしか思えない感覚だ。

 今にも内臓が全部口からこぼれ落ちてしまいそうな嘔吐感。

 そして事実、瞬きをした直後にはあの顎で胴を両断され、実際にしまう確信。

 こみ上げるそれのせいで眼が熱く潤むのに、反して寒気が収まらない。

 脚の震えさえも湧かないまま、じっと――――もはや手遅れにも関わらず息を殺していると。


「――――フレシェ――――アン・エトワール!」


 今にも俺へ伸びてきそうなムカデの顔は滑舌のあまり良くない女の子の叫び声の直後、真上から放たれた閃光の矢に撃たれ――――光の粒子を散らすものの、微塵も揺らがない。

 しかし、その矢へ続く――――無数の追撃。

 リュミエール・リーナが羽ばたき、虚空に振りまいた光の粒子が矢の形をひとりでに成し、彼女の放った征矢そやに続いて降り注ぐ豪雨の如し光の矢の一斉射撃。

 リーナの引いた彗星の尾が無尽の流星へと変わる、煌びやかな光景を俺はただ、惹かれるように見つめていた。


 ずどどどどっ――――と炸裂する矢の雨の猛撃を受けたムカデの頭はたまらず地面へ叩きつけられ、甲殻と顎をべきべきと砕かれながら破壊は続く。

 一向に止まない光の矢は、リーナの飛行時間そのものが比例する仕掛けとなる。

 べき、べき、めきっ……と音を立てて光の海に沈むムカデの頭は、やがて――――砕けて体液を散らす。


「大丈夫ですか、けいくん!? 頭出して叫ぶなんて、危なすぎますよ!?」


 すとんっ、と俺の前に舞い降りてきたリーナは口を尖らせて叱ってくる。

 確かに我ながら軽はずみだったし、今になって震えも来た。

 だが、それも……可愛らしい花嫁衣裳の妖精のような魔法少女、リュミエール・リーナに見惚れる内に薄らいでいく。


「ごめんっ……! ついっ……!」

「でも……助かりました。おかげで、あの子の気が逸れて……」


 ぷりぷりと叱ってくる様子から一転、安堵したような表情を浮かべるリーナの背後で何かが蠢く。

 光の矢の残滓と土埃を薙ぎ払い、吹き飛ばすように覗かせたのは――――


「っ……リーナ! 後ろっ!!」

「えっ――――!?」


 残るムカデの頭、その――――片割れ。

 顎を大きく開き、俺とリーナをまとめて真っ二つに食い千切るべく空気を裂いて向かってくるのがスローモーションではっきりと見えてしまった。

 リーナを突き飛ばそうにも体が動かない。しゃがんで避けようにも顎そのものが大きすぎて逃れられない。

 段々、段々と――――視界を埋めるムカデの頭が迫る。

 やがて顎の両先端が視界の両端からさえはみ出した瞬間。


 きんっ――――と、乾いた、そして澄んだ音が聞こえる。

 直後、ムカデの鋏角は根元から断たれ、その頭もまた細切れに寸断され――――俺と、リーナの数センチ先の地面に体液をどぷどぷと流しながら転がる。

 助かった……と理解した途端、掌にどろりと脂汗が滲み出てくるのが分かり、思わず制服のズボンの腿になすりつけ、拭う。


 そして、もうもうと立ち込める土埃を裂いて見えたのは。


「――――白馬鹿しろばかめ。あれだけ良い時間を経てておきながら頭ひとつ潰す程度か。相も変わらず決め手に欠ける甘ちゃんだな」


 例えるなら……魔法少女というよりは、“魔女”に近い風貌の妖艶極まる“女性”だ。

 和装をゴシック調のドレスへ仕立て直したような衣装は惜しげも無く太ももをさらけ出し、しかしすぐに黒いニーソックスで覆い包んで、そのすらりと長い脚線は細剣のようにとがった高いヒールへ続く。

 黒衣の和装ドレスの胸元はがばりと開いており、その豊満な深い谷間をこれまた大胆に晒していた。

 肌は雪のように白くて、その皮下にある青い静脈さえも目を凝らせば容易に見えてしまえるほど。

 しかして脚や胸とは裏腹に、飾り緒のついた長袖はあくまでみやびと言っていい。


 何より、息を呑むのは――――腰まで届く長い黒髪の美しさだ。

 星を浮かべる夜空のような輝きは、その一本一本が涼しげにもつれる事もなく風を受けてそよぐほどだった。

 しかし、その顔は残念な事に、見る事はかなわない。

 鼻から上の顔半分は、形だけを見れば優艶ゆうえんな狐面に見える、しかし一切の模様もない――――覗き穴さえも見当たらない、黒曜石を思わせるような冷たく鋭い質感の仮面に覆われていたからだ。

 目を凝らせば、黒曜石じみた仮面の表面に走る、深い赤色の魔紋が時折脈打つように浮かんでは消える。


 そして彼女が左手に持つのは、リュミエール・リーナのそれとはまるで違う、威を放つモノ。

 長身にヒールを足した丈をもゆうに超えた刃渡りを持つ、黒い艶消しの鞘に絡み合ういばら浮彫うきぼりを施した大太刀おおだちだった。

 鞘に納められていてなお、殺意に溢れた冷気を放つような――――さながら“妖刀”と呼ぶに相応しいような、リーナの純白の弓とはまるで違う、いや正反対と呼んでも構わない代物だ。


「ふん……。どうした? 私に何か言いたい事でもあるのか、構わないぞ? 言ってみろ。そこの貧相な白馬鹿も何か言いたい様子だな? 合い挽き――――おっと、失礼。の最中を邪魔したか?」


 そして、俺の視線に気付いたか――――“漆黒の魔女”は、斬り刻んだムカデの顎の破片を踏みにじりながら言う。

 だが、先に声を上げたのは“貧相な白馬鹿”となじられたリーナのほうだ。


「おっ……遅くないですか!? 何していたんですか! こんなに被害も出ちゃってるのにっ!」

「何、野暮用があってな。オマエがどうせ来るだろうからと思ったが……なるほど、私の買い被りだったな。ならば謝罪しよう、遅れてすまなかったな? さぁ、済んだ。帰って寝ろ、緊迫感皆無の“お子様”め」

「ちょっと! そんな言い方する事ないでしょう、露稀つゆきさ――――」

「変身中に名を呼ぶな。それにオマエはそいつの肩を持つつもりか?」

「そういう問題じゃ……!」


 光の泡のように消失していくムカデを背後に、しばし言い合い、というか一方的な彼女による“やり込め”が続く中――――続いて、声がもう一つ。

 しゃがれた老婆のような声が、ほぼ地面と言っていいような低い足元から投げかけられる。


「ははっ……そうだとも、露稀。優柔不断の男にはもっと言え。詰めの甘いリーナにもキツく言ってやるが良いよ」


 発した声の主は、彼女……“露稀”の足元にまとわりつくように現れた、まるで彼女と揃いのような毛並みの整ったしなやかなの尾を持つ黒猫――――名は、“セサミ”。


「名を呼ぶなと言ったのが聞こえなかったか? 化け猫め。オマエこそどこで何をしていた?」

「私も野暮用さ。それに、こんなばばぁに何を望むね? 猫の手など借りて何とする」


 じろり、と見下ろす露稀さんにも怯まず、黒猫は前脚で顔を拭いながら言い返す。

 二つの尾の片方はぴんと断ち、片方はと地面を叩き、巨大なムカデの亡骸を何とも思わず尊大な仕草はまさしく猫そのもので――――やがて、苛立つように軽く鼻を鳴らし、露稀さんが視線を切る。


「くどいようだが、さっさと帰れ、オマエ達。でも受けたいなら別だぞ」

「むー……」


 立て板に水の勢いで一方的に言い放つ露稀さんへ不服そうな目を向けるも、やがてリーナは変身を解き――――本当の姿へ、戻る。

 纏っていた妖精の花嫁のような衣装は淡い光とともに融けていき、数秒ほどの時間をかけて――――セーラーの制服姿に身を包む、小柄な、先ほどの衣装とは打って変わりおとなしそうな姿へ変わる。

 高い位置でくくったポニーテール、膝丈まである丈のスカート、と――――特にコメントの見つからない、ふつうの“女子中学生”の服装へと。


「……ほら、帰るよ! セサミ!」

「はいはい。それでは、な。露稀、それと軟弱殿。そちらもさっさと立ち去る事を勧めよう」


 どこかぷりぷりと怒ったような調子で、先ほどまでリュミエール・リーナだった女の子、星崎瑠璃菜ほしざきるりなは声をかける。

 俺、ではなく。

 今もまだ変身を解かない黒の魔法少女の足元にいる、彼女の契約者トランスレーター――――双尾の黒猫のほうへ。


 一人と一匹の背が遠ざかっていくのを見送り、やがて。


「さて、蛍。私達も帰ろうか。遅れた詫びと言っては何だが、茶ぐらいは振る舞おうか」


 もう一度言うけど――――俺は、魔法少女と契約した。

 しかし、あっちではなく……こっち。


 魔法少女としての名も名乗らない、口上も述べない、傍目には闇堕ちでもして敵に回っているとしか思えない黒ずくめの冷徹な“魔女”。


 いや、恐らく“魔法少女”の――――夜見原露稀よみはらつゆきさんと契約したのは、ほんの二週間ほど前のことだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る