第二話 ~魔女の夜を経ても続く世界の日常~
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俺は、何度目になるか分からないまま――――今日もひとり、つい最近撮られた動画のひとつを見ながら、昼食のパンに齧りつく。
パサついたコッペパンに安っぽいソーセージが挟まった、百数十円のそれを毎日のように飽き足らずに口に運ぶのは、別に金が無い訳じゃない。
ただ値段に比して適度に肉っぽさを満たせるし、そもそもこの雑な味付けとチープさが好きで見かけるとつい買ってしまうからだ。
「ホタル……またそれか?」
「ん……ああ、うん」
「いいかげんに飽きねーのかよ、お前さ」
「うるせぇな、好きなんだよ。人のメシにケチつけんじゃないよ」
「そっちじゃなくて。何べん観りゃ気が済むんだっつってんの」
教室左端の最前列、俺の席の周りでいつものように繰り広げられる級友たちとの昼飯トークの最中に動画サイトなんか見る俺も俺だが。
ただ、今日は……お気に入り登録もしているこの動画が、妙に気にかかってやまない。
「そいつ――――ホタル、その子の名前何だっけ?」
「分かんないんだよ。名乗らないんだ、この人。必殺技の名前も叫びやしない。無言で現れ無言で戦い、無言で帰るんだ」
俺のスマホに映し出されているのは、長い黒髪と和装を大胆にアレンジしたドレスをはためかせて夜空を跳ねる、黒曜石の仮面の少女の姿だ。
眩しい脚線美も、露わの
……いや、訂正しよう。そこ“だけ”を目当てに観ている訳じゃ、ない。
なんだか、妙に――――この子を知っているような気がする。
それも、つい最近ではなく。星の巡礼者の襲来と、それに対する魔法少女出現――――“魔女の夜”と呼ばれたあの現象の時期まで遡り、どこかで見かけている気がしてならない。
「それも、いわゆる“魔法”を使ってない。武器はこの大太刀一本。現れた巡礼者をほぼ毎回一太刀で斬り倒してさっさと去るから動画に映る事すら結構レアなんだ。ちなみに海外では何か愛称がついててファンクラブもあるとか」
「……“魔法少女”って呼んでいいの? それ。百パー物理じゃん」
「“物理少女”だと何か違う意味になりそうだろ。……なんか、見かけた事がある気がするんだ」
ずこっ、と紙パック入りのコーヒー牛乳を啜りながらスマホをしまい込み、背もたれに体重を預けつつ腹が膨れて少し眠くなった頭を働かせるも何も思い当たる事はない。
ヒーターに座ったままランチパックを齧りながら呆れる友人、
どうにも俺は昔から、考え込むとどこまでも追ってしまい、ドツボにはまるまでダラダラと悩む傾向の悪癖があった。
「案外――――セラフィム・ハルナだったりしてな」
興味も無さげに聞いていたはずの浪川は山札をシャッフルしながらそう呟く。
「いやいや、無いだろオイ。どう見ても別人だろ。なぁ、ホタル」
「……いや、否定もできないかも。だって、そもそも――――セラフィム・ハルナは四年前に姿を消したんだから」
「んで、また違うコスチュームで帰ってきたって? だとしたらお前、どう見たって……悪堕ちしてるパターンだろコレ、どう見ても」
まぁ、確かに、と――――思わず苦笑する。
長い黒髪に真っ黒いドレス、顔を隠す仮面に加えて一言さえ口を開かないのだから。
それこそまさしく、捕まって洗脳でもされた類の風貌としか言えない。
「坂本。そういうシチュ好きだったのか?」
「好きだけど実際に見ると引くわな。……ま、だとしたらって話だけどさ。セラフィム・ハルナに何があったって話になるよな」
“始まりの魔法少女”セラフィム・ハルナは姿を消した。
何処かの戦闘で敗北したという話も聞いていないまま、四年前を境に失踪を果たしたのだ。
それから今に至るまで、彼女を見た者は誰もいないしそもそもの正体さえ誰も分からないため、追う事さえもできなかったのだ。
“始まりの魔法少女”は、同時に――――この世界から姿を消した魔法少女でもある。
「ま、俺達には関係ない。大方、ハルナも引退でもしたんだろ。今生きてりゃいくつだ?」
浪川がそう締めくくると、俺と坂本、そして自分に札を配り始める。
それきり、魔法少女談義もお流れになり――――ひとまず俺は、配られた手札を捲る。
まぁ、今となってはこういうものだ。
宇宙から現れる謎の怪生物の襲来は、今となっては台風や竜巻、噴火や地震と同じ。
事実、頻度としてはそれに近く――――防ぎようもなければ避けようも無く、事前に知りようもないが……しかし、ある意味ではそれらよりも気を楽にして構えてもいられる。
何故ならば、“彼女達”がいるからだ。
台風や地震は、倒せない。
しかし、この“魔女の夜”以降の世界では――――必ず、現れた巡礼者は魔法少女に討ち取られる。
始まりの日、始まりの怪物、始まりの魔法少女。あの日から今に至るまで――――世界に絶望が漂う事はなかった。
この世界を日夜守ってくれる謎のヒロイン達のおかげで、俺達は今もこうして、どうという事も無い日々を、無味乾燥の学園生活さえ送っていられるのだ。
ただ、それが寂しく思う人もきっと――――少なくもないんだと思う。
宇宙の闇を裂いて現れた星の巡礼者と、華麗なヒロイン達の登場。
何かが――――この世界の何かが変わり、そこで自分達は何か重大で特別な存在になれるのではないか。
そんな期待に胸をときめかせたのは、きっと俺だけじゃない。
でも、結局。
何も、変わる事が無かった。
“魔女の夜”以降も、普通に学校はあった。修学旅行こそお流れになったものの、他は何も変わらず。
テレビをつければ日夜戦うヒロインの実際の姿は見られたものの、それもまた結局――――画面の中にしか、存在しなかった。
多くの人に取って、世に起こる変化なんてそんなもので。
多くの人は……それでも何も変わらず、あんなとんでもない事があった翌日からさえ、日々をまた何事も無く生きるのだ。
だからというだけの理由でもないけれど、俺は。
“魔女の夜”以降――――あんなに毎週楽しみにしていた魔法少女アニメを、何故なのか一度も観ていない。
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