第八話 ~奪われた笑顔の場~


*****


 翌日の土曜、憂鬱な曇りの午後――――なんとなく、行ってみたい場所があった。

 あの日の展望公園にふらりと行った時と同じ具合で、どう考えても一人で行くような場所でもなく、思い立ったからといってふらりと行けるようないい立地でもなかったのに、それでもだ。

 バスに揺られて都市部から離れる事、数十分。

 国道沿いに見えてきたのは、もう動く事のないと思われて長い、かつての賑わいを失った、痛々しくも寂しくてならない墓地のような場所だ。


「――――“宵城よいしろドリームパーク”」


 バスから降り、歩く事少々。かつてはそこに直通のバスも走っていたはずだが、それはもう路線図から姿をとうに消されていた。

 出迎えてくれたのは、ところどころに錆の浮いた、文字もどうにか読み取れる程度で、塗装の剥落も激しいアーチ型の入場口だ。

 ここは――――もう全ての遊具が稼働していない、公園としてだけ入場できる、事実上廃業しているかつての遊園地の廃墟だ。

 入場券売り場の窓口には全てカーテンが引かれて人の気配もないのに、料金表だけはまだ普通に読み取れるからこそ侘しい。

 カウンターの上に積もる落ち葉と土埃は、数年にも渡る無人を如実に物語る。

 誰もいないゲートをくぐれば、目についたのは真横にコケたまま幾年も放置されてるだろう電動の乗り物動物。

 もうそれは灰色にくすんで、パンダなのかクマなのか、はたまたコアラなのかすら分からないまま笑顔を浮かべていて――――それは、俺を今日出迎えてくれた唯一の笑顔だった。

 ……胸が、なんだか痛んだ。


 更に視線を走らせれば、荒れ果てた園内の惨状が否応にも目につく。

 どこから飛んできたか分からないカラーコーンが雨ざらしで変色して倒れ、どこかの施設で使われていたと思われるポップな色調の水色とピンクの椅子が同じく数脚、どれも起こして座ったところで粉々に砕けてしまいそうなほど劣化していた。

 建物のガラスが割れているような事こそないものの、だからこそ、か――――この空間の、静かな死に方が寒々しいほどのものを帯びる。


 遠くに目を移せば、動く様子が無い……目を凝らせば、風でゴンドラが僅かに揺れる観覧車が見えた。

 ここから見ても分かるほどに錆びだらけで、仮に稼働中だったとしても乗るのには勇気がいる代物だ。

 更には、園内を一回りするライド系の乗り物もまた同じく。


 入ってから、人っ子ひとり見かけやしない――――廃墟が、ここだ。


「……まぁ、こうなってるよな……」


 このテーマパークが廃墟と化した理由は、単純なことだ。

 “魔女の夜”からほどなくして、ここではないものの――――とあるテーマパークに、異界からの災厄の星が落ちてきたからだ。

 そのパークでは、乗客を満載したライドが運転中だった。

 巨大な水塊のような巡礼者は、狙ったのかどうかは不明だが――――高圧の水を噴きつけ、そのレールを断ち切ってしまった。

 その後は、もう……誰だって、分かる。


 乗客はゴンドラごと、数十メートルを転落し――――ほとんどの命が失われた。

 更には別の遊具にも被害は及び、数多くの人命がなすすべなく奪われてしまった。


 それから、各地のテーマパークは操業を相次いで停止した。

 もし、観覧車でも、なんでも……乗っている最中に巡礼者が現れたら、まず間違いなく助からない。

 高所へ達する乗り物であればあるほど、疑う余地も無くそうなる。

 停止で済めばまだ御の字で、多くのテーマパークは事実上の廃業へと追い込まれた。


 “巡礼者”は、こうして――――人々から、笑顔の場を奪い取ったのだ。


 そして俺も、もちろんここへ連れてこられた事があった。

 小学校の時には校外学習でここへ来た事もあったと思う。

 だがそれも、五年前の“魔女の夜”からはもうここでの思い出がない。

 誰も責められない。

 誰も悪くない。

 ただひとつ悪いのは現れては破壊の限りを尽くす星の巡礼者に他ならない。


 ここにあったはずの思い出を辿り、ここで今も広がっていたはずの楽しい光景を思い浮かべながら園内を歩くうちどの遊具からも離れた、小さな池を囲む一角に辿り着いた。

 記憶を辿れば、たしかここではボートを借りる事ができたと思うけれど……やはりか、池のほとりにあるボート小屋にも人気ひとけは無い。

 だが、水面の様子はその逆だ。


 誰にも見向きもされなくなった池は、人の手を離れて逆に水鳥の楽園へと変貌していた。

 くすんだ色のアヒルが気持ちよさそうに泳いでは水面をついばみ、かもがすいすいと隊列を組んで泳ぎ――――この静かに息を引き取ったはずの遊園地の廃墟に今日初めて見た、“命”だ。

 やがて、久しぶりに見た人間の姿に驚いたか、アヒルの一羽が、ぐわぁ、と高く鳴いた。


「……ま、散策するにはいい場所になってるのかもな」


 往年の賑わいを偲びながら、歩くには――――ちょうどいい場所だ。

 この間からずっと続く、何かを探そうとざわめいているような気持ちも、少しだけ忘れられた。

 涼しい風に吹かれて、池から立ち上る青いような藻の香りが鼻の奥にうずまく。

 やがて、数分ほど突っ立ったままそうしていたか――――


「あ、の……蛍くん、ですよね? 何、してるんです?」

「――ひっ!?」


 びくんっ――――と身体が跳ね上がり、ばくばくと高鳴る心臓が口から飛び出そうになる。

 まさか……こんな場所で、こんな時に、人から声をかけられる事になるなんて思わなかったから。


 こんな、何の用もないような、場所で――――俺に呼びかけたのは。


「きゃっ!? ……えっと……こんにちは……? この前は、どうも……」

「り――――」


 振り返れば、セーラーの制服姿ではなく、休日ならの私服姿でも、すぐに分かる。

 この街を拠点に活躍する魔法少女、そのもう一人。


「リーナ……? な、何でこんなトコに……」

「いや、それ……お互い様だと思いますよ?」


 “光弓の魔法少女”リュミエール・リーナ。

 本名、星崎瑠璃菜ほしざきるりなが――――おずおずと、こちらの様子を窺うように、見つめていた。







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