第十話 ~災厄の三重奏~
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――――星の巡礼者の形態が、鳥を真似た事などこれまでにない。
その多くが単純な身体構造を持つ甲殻生物のそれであり、しかもそれですらも忠実とは言いがたいものばかりだった。
だが、今回、目の前に現れた蛇と鳥を混ぜ合わせたような巡礼者のそれは、違う。
地表へ向けて風圧を叩き込みながら空を駆ける姿は、まさしく大空を制する覇者の風格に満ちていた。
千夜一夜の物語に登場する巨鳥の姿にも匹敵する風格は、もはや揶揄する事をも許さない。
猛禽の頭部の嘴に立ち並ぶ毒牙は鋭く、細く――――立ち向かう光弓の魔法少女をも噛み砕き、一飲みにしてしまいそうだ。
繰り返すが奴らが鳥を真似た事はない。
この遊園地の廃墟に現れた、こいつを迎え撃つには空中戦で応じる他無い。
役目を負うのは、リュミエール・リーナ。
光を放つ弓を操り、自在に空を駆ける妖精の花嫁にも見える魔法少女――――だ。
「やあぁぁぁっ――――!」
静かな踏み込みから地を離れ、空中へと身を躍らせたリーナは矢のような速さから変わり、かくかくと折れ曲がった機動を描いて光の矢を放つ。
虚空に残した光の粒子はその軌道へ停滞し、最後に放つ必殺の一矢への仕掛けとなる。
しかし、立て続けに放った三矢は二矢が外れ、一矢だけが“巨鳥”の翼の一部へ突き立つ有り様だ。
その一矢ですら、致命打とはとても言い難く――――脱落する羽根とともに地へ落ち、やがて光の粒へと変わってもろともに消えていく。
俺は、すぐ近くにあった“お化け屋敷”の建物の陰へと飛び込むように、その場を離れながらそれを見ていた。
いつもの俺では出せない速さ、それでも物陰へ飛び込む頃には続けざまの攻撃が放たれ、巨鳥とリーナは既に地表を離れて空中で軌道を絡ませ合っていた。
「っ……何で……!?」
湧いた疑念は、それだ。
こんな場所へ“星の巡礼者”が現れた理由が分からない。
人口密集地へ現れたわけでもなく、俺とリーナの二人しかいないこの遊園地の廃墟へ、何故――――?
物陰から見れば、光弓の連射で応戦するリーナと、彼女を噛み砕き、あるいは突進に巻き込もうと幾度も羽ばたく巨鳥の姿が見えた。
大きさと鳥の姿に見合わず、さながら戦闘機のような速度は――――俺の耳にまで爆発音にも似た羽ばたきの残響と、鳥の鳴き声に蛇の唸りを混ぜ合わせたような叫びを届ける。
突進をかわして垂直に上昇したリーナの三連射がその脊柱を捉えるも――――光の矢を突き立たせたまま、巨鳥は悠々と空を舞い、折り返して再びリーナへ迫る。
恐らくは分厚い羽根と硬い鱗の積層構造が矢を受け止め、その傷を致命傷とさせない。
故にリーナの攻撃は、効き目をなさない。
「何で……こんなところにっ……!」
再度、湧く疑念。
リーナと俺しかいないのに――――なぜここに現れ、リーナを執拗に追うのか。
遊園地の廃墟へ破壊をもたらす訳でもなく、それはハナからリーナを追い詰めようと空を駆けているように見える。
あくまで、ただ――――彼女を食い散らかそうとするために、巨鳥は羽ばたいてリーナを追う。
そして、俺には何も、できない。
リーナと契約を交わしている訳ではないから、彼女へ魔力をよこすための支援を行う事もできない。
セサミもいない。露稀さんもいない。
ただ、俺は――――指をくわえて見ていることしか、できない。
「っ……くそっ……!」
だから、せめて……スマホを取り出し、露稀さんへ連絡を取ろうと試みる。
なのに、いくら電話をかけても出ず……メールに切り替えて送信しても、まるで返信はこない。
そうしている間にも、リーナと巨鳥の空中戦は続いて――――段々と、リーナが攻撃を避ける立場へと変わる。
「っ――――速いっ……!」
しかも、その速度は……明らかに、リーナの飛行速度を超えていた。
小回りでこそ敵わないものの、速度ではリーナのそれを遥かに凌ぐ。
がちんっ、がちんっ、と鳴る牙鳴りはここにまで届き、リーナがそれを避けはするものの――――いつ食いつかれても不思議ではない。
そして、そこもまた――――不可思議だ。
まるで、ただ……リーナ、だけを殺そうとしているような……。
「っ!? リーナ! 逃げろっ!!」
その声が届いたか、あるいは自分で気付いたか――――分からない。
大観覧車の空中で巨鳥ともつれ合うリーナをめがけ、更に――――違う、方向から。
もう一体……巨影が躍りかかり、横合いから彼女を目掛けて、飛来した。
「えっ――――きゃあぁぁぁっ!?」
リーナは、反応できていない。
新たに現れた巨影は、これも、また――――いびつな飛行生物の姿を真似ていた。
ただし、猛禽類のそれではなく。
ごく原始の時代を想起させる外観を持つ飛翔昆虫、“ヘビトンボ”。
その外観を
それは、顎をがちがちと鳴らしながら――――彼女の横腹を目掛け、まっすぐに飛びかかろうとしていた。
だが。
「っ――――!?」
『ギャアァァァァッ!』
数十メートルも離れた空中なのに――――そこに放り投げられた、黒薔薇の一輪が花弁の一枚までも見て取れた。
やがて、薔薇は“ヘビトンボ”の眼前で炸裂し――――爆風を浴びたそいつは、リーナへ食い付く事を諦め、離れた空中へと仕切り直すように逃れた。
「あれ、は……!」
大観覧車のゴンドラの上に見えたのは、長尺の大太刀を提げた漆黒の
黒曜石の狐面と、艶めく黒の長髪、和装を艶やかに仕立てたドレスのような姿の――――この街を守る、もう一人の“魔法少女”。
やがて、彼女はまっすぐに俺を見つめると――――そのまま大観覧車から飛び降りて、目の前へと降り立つ。
窮地を救われたリーナもまた、その場を離れてこちらへ向かってきて……二人ともが、俺の間近へ音も無く立った。
「つ、露稀さん……!? どうして……!」
「さてな。……デートの最中だったか、お前達? こんな場所に来るとはおかしな趣味だ。予定は切り上げろ。何せこれから、“戦い”なのだからな」
鼻白む物言いながらも露稀さんの、恐らく仮面越しの視線は空中を飛びかわす二体の巡礼者から決して離れはしない。
「あ、ありがとうございます……露稀さん。でも、巡礼者が二体も現れるなんて……」
「いや、違う。お前達、気付かなかったか? ――――もう一体、いるぞ」
「えっ……!?」
リーナの述べる礼にも気に掛けず、露稀さんは……顎で、離れた先にいる、メリーゴーラウンドの屋根からこちらを睨む、“三体目の巡礼者”を指し示した。
「あれ、は……?」
「知った事か。もしかするとお前のファンかもしれんぞ?
姿は、例えるなら――――イヌ目の四足獣に似ていた。
全身を白く染め上げてはいるが体毛は無く、背中からは四本の触手が生え、そのすべてに大剣のような刃が備わっていた。
しかしその顔はまたしても現生のそれとは違い、歪み――――鼻も口もなく、尖った顔にギラギラと輝く、赤い眼のような光球が張り付いているだけの容貌だった。
ばち、ばち、と顔の周りで渦巻く赤黒い放電とともに……ただ、こちらをじっと観察していた。
「フン。何を余裕ぶっているか知らんが――――まぁ、良い。だが三体となれば。……蛍、お前にも覚悟を決めてもらう。お前に溜め込ませた魔力、恐らく使う事になる。三対三で対等だな」
「……はい、露稀さん」
「えっ……!? い、いったい……どうする、つもりですか……!?」
リーナの問いに、露稀さんは笑いも浮かべず、そうであるのが当然かのように、ただ答える。
左手の大太刀、魔法少女“露稀”の武器“
「白馬鹿。オマエがなんとしても一匹は倒せ。……私が二匹、
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