第十一話 ~一刀両断の大輪~


 離れてこちらを見る三体目の――――これもまた初めて見る、“獣型”の巡礼者には未だ動く素振りは無い。

 だというのに、視線だけはいつまでも途切れず俺とリーナ、露稀さんへじっと注がれたままだ。


「二体、って……一体ずつ倒してから最後に協力して残りを倒すんじゃダメなんですか!?」

「ダメだ。あの犬がいつまでけんに回るか分からん。ならば私がさっさと上のどちらかを倒し、ヤツを抑える。そして白馬鹿が時間を使ってでも確実に上の残りを倒せばいい」


 遊園地の廃墟上空を悠然と飛び回る巡礼者は、高らかに鳴き喚きながらも、猛禽の視線は“獣型”と同じくずっとこちらへ向いているのが分かる。

 さらに空中の片割れ、“ヘビトンボ”は先ほどの露稀さんの牽制を受けて距離を保ち、低音の羽ばたきとともにずっとこちらの様子を窺う。

 ――――これは、異常な事態だ。

 巡礼者が二体以上同じ場に現れた例は、ない。

 それも、明らかに破壊が目的ではなく、リーナを狙って現れている。今もこうして襲ってこないのは、リーナに加えて露稀さんを警戒、観察しているからに他ならない。


 加えて、鳥類型と、四足の獣型。

 どちらも近似する姿のものすら魔女の夜以降の五年間で一度も目撃されていない全くの新種だ。

 つまりは、どちらも露稀さんとリーナにとっては、初見の相手。

 しかし二人とも怯む様子もなく武器を手に臨戦態勢を解かない。

 リーナは強く決意するように光の矢を放つ弓を握り締め、露稀さんは――――唇を切れ込ませる深い笑みを湛え、大太刀“孤月こげつ”の鍔に親指を当て、抜き放つ一瞬を今も窺う。


「分かりました。私が上の一体を。露稀さんは、もう一体を倒してあっちのワンちゃん型。……無理しないでくださいね。私も急いで、露稀さんを援護しますから」

「急がなくていい、確実にれ。ちょうどいい、お前は虫型にしろ。この前の失態から学べ」

「……はい、それでは」


 応酬の後、リーナは羽ばたき、再び地を離れて空へと戦場を移す。

 その静かで、気負いのない姿はどこか露稀さんの平静かつ辛辣な普段の言葉により、落ち着きを取り戻したように思う。


「さて、私もかかるとしようか。……蛍、お前は逃げて隠れろ。私が言った事、よもや忘れてはいまいな?」

「はい。それじゃ、露稀さんも飛んで――――」

「飛べない」

「…………は?」


 待った、今。

 今――――露稀さんは、なんて?


「聞こえなかったか? 私は飛べない」

「とっ……!?」


 空には二体の巡礼者、地上には今もこちらを睨む獣型。

 先に空へと飛び立ったリーナは既に戦闘を始めており、早くもヘビトンボの体に数発の光矢を見舞っているところが見えた。


 リーナが、食らい付こうとする“ヘビトンボ”の軌道から逃れ、逆にその長い体を螺旋状に抱くように飛びながら立て続けに矢の連撃を放つ。

 螺旋状にびっしりと突き刺さった矢を意にも介さず“ヘビトンボ”は旋回し、再びリーナへと肉薄するも。

彼女はバレルロールの終端で、空中で逆さになったままの姿勢で弓を引き――――天地が逆になったまま渾身の一矢を放つ。

 何も知らずに見ると“光線技”にさえ見える光の矢、ヘビトンボはその正面からの直撃を避けようと身を捻るが避けきれず、甲殻をかすめた光矢が火花を散らしながら空の果てへと駆けていき、そして霧消する。


 リーナはああも自在に空を飛び回っているのに。

 露稀さんは、飛べない。

 魔法少女なのに……飛べないと。

 

「と、飛べないってなんでですか!? 冗談言ってる場合じゃないでしょう!?」

「オマエこそ正気か。人間は普通飛べんだろう、何を言っているんだ」

「魔法少女なのに飛べないんですか!? どうすんですか、これ!? さっきみたいに……飛び道具とか……」

「あれはただの牽制、嫌がらせ以上の意味は持たない。……まあ、やりようはあるさ。ひとまず――――登ってみるか」


 そう残し、露稀さんもまたアトラクションの屋根を軽々と助走も無く飛び移りながら、たちまちに元いた観覧車のゴンドラのひとつへ飛び乗った。

 時計の文字盤に見立てれば“十時”の位置にあるゴンドラが着地の衝撃で揺れたにも関わらず。

 地上から十数メートルの高さになり、更には微風で揺らめいているのに露稀さんは怯える素振りさえもなく、ただひるがえる髪と魔法装束の飾り緒をはためかせて、遥か高空を旋回する“巨鳥”を見上げ、刀の柄へ手をかける。


 高さにも、初めて見る形の巡礼者にも、臆することなく挑む彼女をじっと見つめるのは俺だけじゃない。

 何気なく見た、未だなおメリーゴーラウンドの屋根に佇んだままの“けもの型”は先ほどから僅かに顔を上げ――――何の感情も読み取る事の出来ない、光る半球状の眼をじっと露稀さんへ向けていた。

 幸い、か……俺にも、リーナにも、露稀さんにも襲い掛かってくる気配がない。

 ただ、不気味なほど静かにそれは、露稀さんを観察していた。

 長い鼻づらの周りに、不気味な赤黒い放電をまといながら。


「……何だ……アイツ……うっ!?」


 ごがんっ!、と、まるで……重い金属の塊でも堕ちてきたような音がしたため、思わず首をすくめてしまった。

 更には地面を伝わって震動までもが加わり――――その発生源を探すと、すぐに行き当たる。


 物陰に隠れる俺から、わずか三メートルほど向こう。

 遊園地内に原型を留めていたベンチのひとつが木っ端みじんに打ち壊され――――そこに、“盾”程度の大きさの“羽根”が深々と突き刺さっていた。


 見た目こそ、巨大であったとしてもやわらかくしなやかな“羽根”なのに――――それに反する重量があるのだ。

 今、もし頭にでもくらっていたらと考えると、思わず震えがくる。

 そして、魔法少女ばかりを見ていたが、今あらためて思うのは……“巡礼者”達もまた、紛れもなく地球の法則を無視しているという事。

 あの大きさで本来は地球の重力下で飛べるわけがない。

 こんなにも重い羽根を全身に着けたままでというのもそうだし、そもそも“岩のように重い羽根”なんて、どう考えても矛盾している。

 超常の力があるのは、向こうも、こちらも同じ事。

 そう考えるとするならば……やはり、彼らに対抗できる存在は、魔法少女をおいてほかにないのだとあらためて思い知った。


「露稀さん……本当に、飛べないのか?」


 しかしそう呟いて、見ていてもやはり露稀さんは空を飛んでみせる様子はない。

 飛び回る“巨鳥”を追って跳びはしても、空を自由に駆けはしない。

 一撃で仕留めるためとはいえ、あくまでいたずらに刀を抜かない徹底した戦闘スタイルには敬服するも……同時に、あまりにも相性が悪いとさえ思う。

 単純に、そもそも空を飛ぶ化け物に刀で対抗しよう、というのがあまりに無謀だ。

 細かい攻撃を繰り返して弱らせる、という一縷の希望さえも露稀さんは拒み、未だ健在に飛び回る巨鳥の、舞い落ちてくる重質量の羽根の合間を縫って動き――――文字通りの一刀両断に片づけてしまうための機を探っていた。


「そもそも、なんで……!」


 なんで――――攻撃、しないんだ?

 仕留められなくとも、動きを奪うための一発ぐらいは斬れるはずだし、露稀さんの攻撃力なら申し分なく撃ち落とせるはずなのに。

 思えばいつもそうだった。

 一撃ですべての敵を倒してはいるが――――逆に言えば、どの戦闘でも一度しか攻撃していない、という事だ

 俺が契約を結ぶ以前の戦闘でも、露稀さんは常にただ一太刀で全てを斬り伏せてきていた。

 ――――まさか。


「露稀さんは一度の変身で……一度しか攻撃できないのか……?」


 だとするなら、露稀さんのさっきの言葉“三対三”の意味、そして、恐らく俺から魔力の供給を受ける事になると言った事にもうなずける。


 巨鳥へ見舞う一太刀で、一回。そして続けざまの“獣型”との戦闘に、一回。

 露稀さんの魔力と俺の魔力を合わせてたったの二度しか攻撃できない代償として、一撃必殺。

 だと、すれば……露稀さんがああまで刀を抜き渋り、斬り込む隙を忍耐強くうかがうのも理解できた。


 そう、俺が推測している間にも戦況は動く。

 空を裂いて自由に飛ぶ巨鳥は露稀さん目掛けて、岩の重量を持つ羽根を降り注がせる。

 しかし、どれもが露稀さんへと直撃する事無く、とうの昔に活動を休止した“夢の園”への無数の隕石へと化す。


 直撃を受けた観覧車のゴンドラはロック部分が破損し、あっけなく地面へと熟した果実のように落下し、思わず身がすくむような轟音とともに転がる。

 そしてだめ押しに更に別の羽根が降り注ぎ、頑強にできていたはずの赤いゴンドラは、その塗料色のせいでまるでトマトに見えるように無惨に潰れてしまう。


 飛び移った先また先を飛び移り、露稀さんは海賊船型の絶叫マシンの支柱の天頂に立ち――――空から破壊を振りまくその巨鳥を力強く見上げて、なおも抜かず。

 俺はと言えば爆撃のように飛来する羽根をすり抜けて、物陰から物陰へ移動してついていくのがやっとの事で……なるべく頑丈そうな鉄柱に身を隠し、およそ十メートルほどの距離で地上からじっと見ている事しかできない。

 そして、上空を旋回する巨鳥はやおら動きを休め――――


『キョエエェェェェェェェッ――――――!!』


 ホバリングとともに鋭くいたと同時、耳の奥に突き刺さる高音に、思わず耳を塞いで硬直する。

 まるで、音が鋭く振動する刃物にでも変わったように――――耳孔に激痛さえもたらす怪鳥の雄叫びを、俺より遥かに近くで受けているのに、露稀さんは。

 黒曜こくようの狐面の魔法少女は……耳も塞がず、微動だにせず、ただ――――その虚勢を嘲笑うように、ゆっくりと鯉口を切るとともに、腰を捻る。


「……やかましい害鳥め。別れでも告げたか? 貴様の喉と舌はだ」


 雄叫びから数秒、水を打ったような静寂せいじゃくと同時に放たれた冷徹な宣告とともに露稀さんはアトラクションの鉄柱を蹴り、飛び上がる。

 それを受けて巨鳥は翼を打ち扇ぎ、飛び退りながらもまたしても隕石の如き羽根の爆撃を放つ。

 真正面から飛来する羽根の弾幕は露稀さんを弾き飛ばし、撃墜し、更に容赦なく倒れる彼女を肉塊に変わるまで入念に磨り潰す――――はず、だった。


 しかし、露稀さんが跳んだのは巨鳥へ向けて、ではない。

 更に巨鳥の前方斜め上空。

 そこに墜落してくる――――リーナの怒涛の攻撃を受けて羽を全て断ち切られ、飛行能力を失って撃ち落とされてくる“ヘビトンボ”の巨体へ向けて、矢のような速さで、一直線に。


「あれ、は……もしかして……!」


 露稀さんは空中で反転し、地上の俺から見れば逆さまに、天地が逆転したままヘビトンボの体へ足をつけて腰を切る。


「――――秘剣ゲハイムニス


 離れてなお、不思議なほどにその声はしめやかに聞き取れた。

 落下する“ヘビトンボ”の体を足場に、しかも恐らくは――――それへのトドメさえ兼ねて放たれる、天空より地上へ向けての逆転の踏み込みより跳び放つ必殺剣。


繚乱燕返しシュヴァルベ・シュナイド


 鯉口を切り、抜き放つ勢いに任せて足場としていたヘビトンボを両断し――――その断面が離れるより速く身を捻りながら跳び、巨鳥へ向け降下しながらの兜割りの一閃。

 聞こえた音は、肉を裂く音でも、骨を断つ荒い音でもなく――――ぴしゅんっ、という、細い紐を壁に叩きつけたような音、それだけだ。

 風さえも切り裂く速度で地へ向けて跳んだはずの露稀さんは俺の耳にその音が届くと、ほぼ同時に静かに地へ降り立ち――――ゆっくりと、手応えを確かめるように愛刀“孤月”を納刀していく。

 曇りなく美しい白銀の刀身が、またも――――漆黒の鞘身へ呑み込まれていく。

 そして。


 ばき、ばき、ばき、ぱきぱきぱきぱきっ……と、耳慣れた結晶化の音が上空より響く。

 ヘビトンボは前後に両断された断面から。

 巨鳥は左右に両断された、断面から。

 無数の幻影の薔薇が炸裂する結晶と化し、滑らかな断面へと競うように咲き誇り始める。


 そして、完全に刀身が仕舞いこまれ――――鍔鳴りの音を、合図に。


 上空に今も残されたままの四つにわかたれた亡骸が続けざまに炸裂し、曇り空へ大輪の黒薔薇の花火が咲いた。

 数秒し、完全に見せ場を奪われてしまったリーナが降りてきてもまだ――――露稀さんは、その場に佇んだまま息を整え、残心の構えを解かない。


「――――露稀さん! ちょっと、言ったじゃないですか……私に片方倒せ、って……!」

「リーナ……! 勝ったんだからいいじゃないか!」

「だからって……酷いじゃないですかぁ……」


 露稀さんへ詰め寄ろうとするリーナを諫め、しゅん、とうなだれる彼女を慰めようと、さらに一言何か言おうとした瞬間。


 きっ、と顔を上げてこちらへ弾かれたように振り向く露稀さんが口を開いたのと、ほぼ同時に。


「え――――――」


 空気が大きくぶれるような音、続いて“ばちんっ”という音とともに――――前方数メートルにいたはずのリーナが、


 その直後、右手側更に十メートル近くから打ち鳴らされる、ひしゃげるような金属音が聞こえる。

 見れば、そこには――――ジェットコースターのレール沿いに据え付けられた鉄柵が大きく変形し、意識を失っているリーナが絡め取られるようにめり込まされていた。


 俺は、ようやく思い出す。

 空中の二体だけじゃ……なかった、事を。


 反対側を見れば――――それは、既に間近に来ていた。

 

 先端が人間の身の丈ほどもある大剣と化した、背から生える触手をびゅんびゅんと振り回して、ひたひたと近づいてくる、異形の獣。


「――――リーナっ!」

「離れろ、蛍! ……止むを得ない。お前は下がれ。……私にはもう魔力は残っていない。よこしてもらうぞ」

「は、い……!」


 立ち上がった露稀さんが、俺と、そして更に後方に倒れたままのリーナを一直線にかばうように最後の一体へ向いて立つ。

 

「……蛍」

「何……ですか? 魔力なら……」


 魔力を供給しろ、というのなら無論の事だ。

 それが、実際にどんな感覚をもたらすものなのかはまだ分からないが――――覚悟は、できている。


「……もう一度言うが、魔力をよこしてもらう。そして…………」


 できている、つもり、だった。


「――――怨んでくれ、私を」


 言葉は、ただただ沈痛なものに聞こえて。

 その困惑を表す事さえもできないうち、“地脈の指輪”をはめた左手の指にほのかな温かみが走り。




 ――――――焼けつくような灼熱の激痛が、指輪を起点に瞬く間に全身へと広がるのを、感じた。










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