第十七話 ~Walpurgis nacht~
*****
確か、その時は別になんてこともない……街に二人で遊びに行って、
忘れもしないあの時、私はさすがに少し疲れた様子の治奈の笑う顔と向かい合っていた。
いつも、治奈はよく笑う子で――――泣いてる顔も、怒っている顔も見た事がなかった。
どんな時も笑い、誰に対しても優しくて、私はそんな治奈と
歩いて疲れた脚を休めながらとりとめのない話をする内、妙に明るい不可思議な“星”に窓越しに気付いて、私は阿呆のように口を開いて注視した。
「つゆちゃん……どうか、した? 外になにかある?」
「はるな。――――あれ、何……?」
「え?」
治奈が振り向いた頃にはもう、その“星”は火種として墜ちてくる寸前だった。
閃光が私から視界を奪い、音が消えた。
とてつもなく巨大な圧に押され、当時クラスで一番背丈があった私の体が椅子に押し付けられるように浮き、背骨を砕くような衝撃に息が詰まったそこで意識は途切れた。
*****
――――何がどうなっているのか分からないまま、瓦礫に埋もれながら意識を取り戻し。
通りに面した窓だった部分がごっそりと
「はるなっ……治奈、ぁっ……ど、こ……?」
今でも、その声は本当に喉から絞り出せていたのかが判然としない。
吸い込んだ埃で、ただ咳き込んだだけだったような気もする。それとも、立ち上る煙を吸ってのどを痛めていたかもしれない。
ただ、ともかくそこには――――倒れてうめく、私と同じように吹き飛ばされて起き上がれない店内の客達がなす地獄の光景だけがあった。
大気が燃える地獄のような匂い。千切れ飛んだ室内灯から下がる電線がぱちぱちとショートする音。そして世にも恐ろしい、地面をずしん、ずしん、と震えさせる何かとてつもなく巨大なものの足音。
そして――――店内のどこを探しても、治奈が、いない。
体が大人に比べて小さいから、吹き飛ばされた衝撃が少なく済んだか……立ち上がれるようになってくまなく探しても、やっぱりそこに治奈の姿は、なかった。
やがて、私は先ほどの足音と地響きの正体が気になり、ガラスの破片と砕けたコンクリート片を踏みしめながら外を見に行った。
燃え上がる街を這って進む原始的な三葉虫にも似た恐ろしく巨大な虫がいた。
ビルを横倒しにしたかのような全長と、太さ。
体のあちこちから生えた触手はおぞましくびっしりと柔毛が生えていて、それを使って進路上にある建物を薙ぎ倒して進んでいく。
全身を硬直させるおぞましさ、あまりに巨大な生物を見た本能的な恐怖、燃える街にひとり残された心細さ、そして治奈が見つからない、どれだけ探してもそこにいない――――最悪の事態を子供心に感じてしまった哀しみが折り重なるように襲ってきた。
だが、そのうちのいくつかは……次の瞬間、消えてなくなってしまった。
何故ならば、燃える街を進む巨虫に立ちはだかるように、六枚の天使の翼を広げて空高くから見下ろす小さな“魔法”がいたから。
テレビの、中にしかいなかった――――たとえ敵がどんなに強大な存在でも。
そこがどれだけつらく厳しい現実の最中であっても。
笑顔を忘れず、何度折れても果敢に立ち向かう、無敵のヒロインの姿が、そこにあったから。
その日、“魔法”を私は見た。
どれだけ目を凝らしても、とりあえず自分と同じぐらいの女の子なんだろうな、としか気付けなかった。
顔を隠している訳ではないのに、どうしてなのか、その顔に気付く事ができなかったが、今となればもう謎ではない。
世界には――――“魔法”が、本当にあったんだ。
それを、私は……“始まりの魔法少女”が放つ光とともに知り、ずっと、心に広がる暖かな確信を抱きしめながら、もしかすると涙さえ流してずっと、その姿を目に焼き付けるように――――見守って、いた。
*****
世界は何もかもをひっくり返されたような騒ぎになった。
それは、確かにそうだ。子供とはいえ、十二歳にもなれば物事の道理ぐらいは分かる。
謎の生命体が街に現れ破壊の限りを尽くし、しかもそれを倒して破壊された街を再生させたのは――――まるで何かの冗談のような、“魔法少女”なのだから。
あの後、私はどう帰ってきたのか覚えてないが――――家に帰りつくなり、治奈が、治奈が、と――――しゃくりあげるように泣いていたことだけは鮮明だった。
しかし、その時持たされていた携帯電話に着信が入るも、泣いて話にならない私に変わって、母が出てくれると。
それは、街で、あの事件に巻き込まれてしまったはずの治奈からの、無事を告げる電話だったから私はますます、安心のあまりに泣いた。
あまりの事態に学校が何日か休校になり、その間、世間はハチの巣でもつついたような大騒ぎだったものの――――子供たちは、やがてそれさえも退屈に感じて、大人たちの右往左往はどこか別の世界の事にも感じた。
ほどなくして、私は――――ある日治奈に呼ばれて、秘密を打ち明けられた。
あの時、空に浮かんでいた“魔法”を使う女の子は自分だと。
燃え盛る街に現れたあの怪物を倒すために、母なる星は自分を“守護者”として選んだのだと、小学生ながらにつたなくも饒舌に語り、聞かせてくれた。
そして、何よりその決意を後押ししてくれたのは。
瓦礫に埋もれ、血を流して倒れる私の姿を見た時に感じた――――生まれて初めての、“怒り”だったと。
治奈は私に“一緒に戦おう”と、言ってくれた。
本当は、戦う事は怖い。でも、逃げる訳にいかないから――――せめて、一緒にいてほしい、と。
それは、私が初めて見て聞いた、白河治奈の吐いた“弱音”だった。
私は、迷わない。
そうして、私は――――“始まりの魔法少女”に続く、“始まりの契約者”となった。
*****
それからの私は、およそ退屈をする日などなかった。
治奈と私、二人そろって同じ中学へ進学してからも輝かしい日々は続いた。
私は並び立つ“魔法少女”でこそなかったものの、治奈の戦いを支える契約者として、まるで物語の中にそのまま入り込んだような充実感があった。
日ごと襲い来る、名づけられたあの怪物たち――――“星の巡礼者”との戦いは激化し、二人ならばどんな戦いもくぐり抜けられる気がした。
何よりも私自身、不可思議なほどの自己肯定感があった。
私がいつも誇りに思っていた、誰に対しても、いついかなる時も優しさを忘れない親友はそして、“始まりの魔法少女”セラフィム・ハルナとしても戦う、特別な女の子だったのだから。
逃げ遅れた人々を助けながら、治奈のために大気中に拡散した魔力を拾い集め、彼女の戦闘のための魔力を補給する。
私もまた、主人公でなくとも、その戦いを支える特別な“誰か”に、紛れもなく、なれていたのだから。
ただ――――羨ましくなかったといえば、それもまた嘘になる。
空を駆け、魔法を放ち、華々しく敵を倒す。
それへの憧れを捨て去れるような年齢でも、なかった。
そして、咲き乱れる花のような戦いの日々の最中。
治奈はとうとう、考えてしまった。
“星の巡礼者”、その真の正体についてだ。
何にでも化けて、何をでも真似て、その姿は一貫しない。
あの魔物たちはそもそもどこから来ているのか――――何故、来ているのか。
治奈と私は、何度もその壁にぶち当たった。
私とて、疑問に思う事もないではなかった。
そして、私……いや、治奈に起こった真の不運は、その疑問が――――解消、されてしまった事に尽きる。
*****
「……“星の巡礼者”と名付けられたあの怪物の正体。私と、治奈は……解き明かしてしまったんだ」
物言わず眠り続ける治奈の頬を撫でるも、何も、反応はない。
四年前から体の成長が止まったまま、あの時のまま、ずっと眠り続ける治奈の姿はそのまま私の罪の墓標だ。
目の前にいるのは、これを初めて語り聞かせる私の、犠牲者。
背こそ私より少し高いものの、どこにでもいそうで、どこか篤実な印象を持つ、罪のない、同級生の男――――“
彼はただ私の罪の告白に聞き入り、じっと、私と治奈を交互に見つめていた。
「“人類”だったんだよ。蛍。アレは」
「えっ……じ……人、類……?」
「そう。ただしこの地球に由来するそれではない」
私と治奈が、行き着いてしまった――――“呪い”でもあった。
そして、リュミエール・リーナに、決して告げたくない、気付かせたくない、アレらに対してさえも理解を示そうとするあの白馬鹿に気付かせる訳にはいかない残酷な真実だ。
「“星の巡礼者”。その真の正体は、とうに滅びてしまった彼方の星。そこにて、地球人類を遥かに凌駕する文明を築いた――――異星の“人類”だ」
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