元・妖艶長身漆黒高慢魔法少女の日常

魔法少女ガールズトーク ~夜見原露稀の小さな後悔~


*****


 ここへ来るのに、全く気が重くないというのは……とても、素晴らしい事だ。

 あの日から四年の間、ここへ彼女の物言わぬ寝顔を見に来るたびに。

 私だけが積み重ねてしまっている時間を物言わぬ彼女へ聞かせ、告解する日々は私をひたすら頑なにさせていたのだとも今は思う。


 むしろ今は、病院が見えてくると心が軽く、浮き立つような具合にさえなる。

 あれほど望んでいた日々が。もう二度と帰って来ないのだと思っていた日々が確かにそこにあるから。

 私の、大切な幼馴染。大切な友達。大切な魔法少女。大切な――――“始まりの魔法少女”が出迎えてくれるのだから。

 しっとりと涼しい秋の風は、そんな私の気分にふさわしく頬を撫でる。

 エントランスへ差し掛かって感じる消毒液の匂いも、むしろ心地良いぐらいだ。

 ここは、もう……私にとっては忌まわしい場所などではないから。

 しかし、だというのに――――私の後ろをついてくるちょこちょことした影は、そう思ってまではなくとも、ずっと緊張冷めやらぬ様子で在った。

 病院が近づいてくるほどにむしろ私と違った意味で落ち着かぬ様子であり。

 今から向かう場所に自分は不似合なのではないか、とさえ思うようで――――気の毒なほど、怯える様を見せていた。


「あの……露稀さん、本当にいいんですか? 私、なんか……」

「ああ? 良いと言っているだろう、白馬鹿。むしろお前はどうだ? 嫌だったか」

「嫌じゃないですけどっ……で、でも、場違い、っていうか……!」

「私がいいと言っているんだからいいだろうが。それに全くの他人でもないだろう。共通点ならあるじゃあないか」

「そう、ですけど……」


 私が今日、ここへ連れてきたのは白馬鹿――――こと、星崎瑠璃菜。

 またの名は“光弓の魔法少女”リュミエール・リーナ。

 宵城市を守るもう一人の魔法少女は今、戦々恐々……といった様子で、少し離れて私について歩いていた。


「あの、やっぱり……私、席外したほうが……」

「……おい、白馬鹿。そうまで怖がられると私も傷つかん事もないぞ」


 学校帰りのこいつを呼び出し、病院までついて来させたのにはいくつか理由がある。

 ひとつは、レイスの一件で色々と世話をかけさせてしまった事への償いというか、礼、というか――――そのようなものだ。

 今日は治奈の見舞いも兼ねてこの病院内に併設されたカフェで茶会でもしよう、という事になり……そこで、まぁ、何か奢ってやろうと考えた訳だ。

 そして理由はまだ、ある。


「お前を呼べ、というのは治奈のリクエストだ」

「それが分からないんですって。何で、私なんかに? 私……何もしてないですよ?」

「理由が知りたいならそれも治奈に訊け。私は何も聞いてない」


 治奈から誘いがあった。

 せっかくなので、私ではない、別の魔法少女にも話を聞いてみたいという、たっての願いだ。

 それもご指名、私と散々顔を合わせて腐れ縁にもなりつつある瑠璃菜とどうしても話がしたいという。

 私が道すがらに聞かせてやってからはずっと緊張しっぱなし――――幾度も幾度も制服の乱れを直し、道端に停めてある車の窓に身を映すように髪形を整え、まるで憧れの相手にでも会いにいくような。

 いや、実際に――――そうか。


 “始まりの魔法少女”セラフィム・ハルナのフォロワーは決して少なくない。

 無論、白馬鹿もそのうちの一人だというのは誰も疑いはしない。

 魔法の翼で空を飛び、魔法の飛び道具で敵を撃ち――――天使のような姿と優雅な戦い方を真似たがる者は多く、こいつもその一人。

 しかし結果、こいつは決定力に欠けて戦闘が長引くし、うわついた面が幾度も見受けられるのだ。


「……そろそろだな。あそこに――――」


 ロビーを抜けて、院内に併設されたカフェの、通路に面したガラス張りが見えてきた。

 街中でもよく見かけるチェーン店の、グリーンと茶色、白をベースにしたロゴを施されたりガラスは色鮮やかで、そこだけを見れば病院の重苦しい空気はまるでない。

 香り良く淹れられたコーヒーの芳香が漂い、病院ならではの消毒液の匂いさえも押し流す。

 入院患者とその家族でさえも、ここでは長くつらい闘病の一時を忘れる事もできるに違いない。

 しかし、そんなしみじみとした感想さえも――――吹っ飛んでいくような感覚が、ある。

 店内に入ったと同時に見えた、テーブル席の一角に座る、一人の姿で。


「……露稀さん。あの……」

「…………何も言うな。まだ眼も合わせなくていい。とりあえず何か頼め。私が奢るから」


 入店と同時に、ぱぁっと笑いながらこちらを見てくるひとりの少女。

 ピンク色の病衣を纏う、ふわふわと柔らかくクセのついた青みがかった銀髪を目にひっかからせる、瑠璃菜とほぼ同じ体格の彼女が、先にそこにいた。


 そして瑠璃菜の顔は引き攣り、私もその所業に驚きはせずとも絶句し――――ひとまず、注文を終えるべくカウンターへと向かった。



*****


「露稀ちゃん、さっきはどうしたのかな? 手も振ってくれないなんて酷いよ……」

「ああ、いや、そのな……嬉しくない訳はないが、それでも……な」


 そして、共に席を囲む事になったのは私含め三人の魔法少女、その仮の姿。

 とりあえず私は頼んだホットココアを啜りながら、その濃厚な甘さで口を満たして気を取り直し――――あらためて、治奈の前にある、恐らくは彼女が先に頼んでいたモノを見つめる。


 背の高いグラスを氷とともに満たす鮮やかな緑色の発泡する液体はまぁ、恐らくメロンソーダだろう。

 それは別におかしな事はない。

 しかし、問題はと言えば――――治奈が今まさにかぶりつこうとしている、それ。


「……おい、治奈。“女の子同士で可愛らしくお喋りがしたい”などと言ったのはお前だったな?」

「え? うん」

「……お前が今食おうとしているものは?」

「チリドッグだよ」


 いや、それはまぁ――――別にいい。問題はその数。


「四本ものチリドッグを大グラスのメロンソーダで流し込むような奴と可愛らしく女子トークをしろと?」


 たっぷりとチリビーンズがかかった、巨大なソーセージをクラスト生地で包んだそいつ、しかも刻んだハラペーニョまで載せられたチリドッグが四本と更には付け合わせのピクルス。治奈の顔の縦幅はゆうに超えるようなそいつだ。

 小さな口いっぱいにほおばり、噛み切るたびにパリパリと皮が裂ける音がして、口の中に肉汁の散る光景までが思い浮かぶ。

 匂いだけで辛さが伝わるような代物

 確かに美味そうと言えば美味そうではあるが――――この、細身で背も低い儚げな風貌で病衣に身を包む姿とのあまりのギャップに“もう一人”も目を白黒させながら、雰囲気も何もあったものじゃないブチ壊しの“お茶会”にどうにか馴染もうと空気を読んだ事すら哀れに思えるようなアイスティーのストローに口をつけ、もちゃもちゃとチョコレート・ロールケーキのバニラアイス添えに舌鼓を――――打っているとはたして呼べるかも、怪しいものだ。


「だいたいだな。治奈お前、この後病室で夕飯なんじゃないのか?」

「うん、もちろん残さず食べるよ。残すのはよくないからね」

「間食も同じぐらい悪いと思うが? というか……よく入るな」

「何だかお腹が減るんだ。……というか、むしろ貧血かな。何だかヒザとかが痛いし……」

「あの、それって……成長痛じゃないんですか?」


 それまで聞いてばかりだった瑠璃菜がおずおずとそう切り出すと、途端に治奈は口元にソースをこびり付かせたまま硬直し、数秒して――――にまっ、と笑う。


「もしかして、私……今、成長しようとしてるのかな? 四年分?」

「どんなペースで伸びるんだ、それは? お前も迂闊な事を言うな、白馬鹿。治奈は悪乗りするぞ」

「いや、でもっ……四年間、姿が変わっていなかったんですよね? なら、四年分これから取り戻すのかも、って……」


 なるほど、確かにその可能性もなくはない。

 そもそも治奈が眠っていた四年間容姿は育ちもしなかったし、逆に――――痩せさらばえていく事も、なかった。

 四年もの間動かず寝たきりであれば体は拘縮こうしゅくしてもおかしくはなかったのに、きわめて安定したまま、不思議なほどに見た目がまるで変わらなかったのだから。

 意識を取り戻した今、閉じ込められていた時が加速し……急激な成長を成していく、と考える事も不可能ではない。

 いや、むしろ――――そうであってほしい、とも思う。


「ところで、あの……白河しらかわ、さん」

「ん? 治奈はるなでいいよ、瑠璃菜ちゃん。どうしたのかな」

「は、はい……治奈さん。どうして、今日は私を……?」

「そうだねぇ。……お喋りがしたかった、じゃダメかなぁ? それにあんまり緊張しないでいいんだよ?」

「でも……まさか、お会いできるなんて思わなかったんです。まさか、“始まりの”――――」


 瑠璃菜が口走ろうとした先の言葉を、治奈が先んじて人差し指と唇でジェスチャーして引っ込めさせた。

 それを見てはっと気づいたか、瑠璃菜は口ごもり――――アイスティーをじゅるりと一口吸い込み、間を誤魔化す。


「それも、大げさなんだよ。私は“最初”だっただけで、“最強”じゃないよ。多分、瑠璃菜ちゃんの方が今は強いよ、きっと。オリジナルが一番強いなんて事は無いからさ」

「……かもしれんな、治奈。この四年間、様々な魔法少女が目覚めた。色々なヤツがな」


 四年間で随分と多くの魔法少女が登場した。

 誰もがいずれ劣らぬ強さと誇りを持ち、この世界へ降りて来る星の巡礼者の脅威を食い止めるために日夜戦う、美しい戦士達だ。


 凶暴極まる性格のまま痛快無比に暴れる、“亜音速の鉄拳女帝”ロミ・ザ・アフターバーナー。

 白馬鹿が地味に見えるほど派手に魔銃を振り回す、“嵐さえも狩る魔弾”ワイルドハント・リリー。

 中には“ウェールズの麗騎士”フィオナ・ロンズデールなどという、認識阻害魔法さえ切って本名、素顔で活動する不敵な貴族階級の魔法少女まで。

 好戦的であったり不敵であったりはするも根本として彼女らは、この星への、そして人への“想い”ゆえに目覚めている事は疑いの余地がない。

 でなければ地球が彼女らを選出するはずもないのだから。


「ふふ……皆、強そうだ。それなら安心だね。それは、そうと……露稀ちゃん」

「ん……」


 少し冷めかけたホットココアを飲み込む、ちょうど――――その瞬間。


「エッチな事はだめだよ、やっぱり」

「ン゛ッッッ!!」


 狙って放たれた一言で、瞬時に食道半ばまで逆流したココアが気管へ入りかけ――――視界が暗転するような息苦しさ、意思と無関係に幾度も幾度も終わりなく咳き込む感覚に襲われた。

 息を吸うも吐くも地獄、出ていくばかりでまるで吸えずに溺れ喘ぐ――――そんな苦しみだ。


「つ、露稀さん!? 大丈夫ですか? しっかり……!」

「ン゛ンっ……ごほっ……ごほ、げほげほげほっ……! は、るな……っお前、何っ、ごふっ……!」

「大丈夫? どうしたの露稀ちゃん、そんなに慌てて……ゆっくり飲まなきゃだめだよ?」


 背中にとんとんと感じる衝撃、恐らく瑠璃菜が叩いてくれてるのだろうが――――いきなりかましてきた当の治奈はといえば、もぐもぐとチリドッグの最後の一つに呑気に取り掛かっているところだった。

 そのまま、数十秒――――ようやく気管に流れ込みかけた飲み物を追い出し、呼吸を確保できた頃。


「……エッチな事、って……何の事を言っている、治奈」

「いや、別になにも言ってないよー? ふふ、露稀ちゃんこそ何考えたの?」

「…………エッチな事って何です? ま、まさか……」

「待て、何考えてる白馬鹿。おい、やめろ」


 ロールケーキをフォークごと口に頬張ったまま瑠璃菜が想像を膨らませていくのが分かる。

 そして治奈を見れば意地の悪い微笑みが張り付き、よもやこいつは――――私の何もかもを見通しているんじゃないかとも思う。

 彼女の魔杖を借り受けていた時ならいざ知らず今はそんな事はあるはずなどない。

 まして私の楽園で、その、何というか――――蛍と、…………した、なんて、事も分かる訳ない。


「……なんて冗談だよ、露稀ちゃん。私はただ、ねぇ。あまりエッチな衣装にするのはどうか、って……何考えたの?」


 ――――いや、絶対に嘘だ。

 確実に今、カマを引っ掛けてきたに違いない。

 ほわほわとした笑顔に、私だけは絶対に騙されまい。

 気を取り直して座り直し、再びマグカップを傾ける。


「まぁ、エッチ云々はともかくとして。……露稀ちゃんは、蛍くんに何かしてあげてるのかな?」

「何か……とは?」

「何でもいいんだよ。きっと、蛍くんも優しいから分かってるんだよ。でもそれはそれとして、何ていうか……態度で示してあげなきゃだめだよ。露稀ちゃん、昔っから……誤解されるタイプなんだからさ」

「ああ、それは分かりますね。結局いつも助けてくれるんですけど、一言余計っていうか……私がお礼を言っても、素直に受け取ってくれないんですよね」

「やっぱり……。そういうとこだよ、露稀ちゃん」

「何だと、お前ら」


 四年ぶりに目覚めた幼馴染にダメ出しされ、瑠璃菜こと白馬鹿にまで言われ。

 だが――――内容自体は、身につまされるものがあるのも確かだ。


 私はとかく、何というか自分で言うのもどうかと思うが――――他者に何かを示すのが苦手な傾向にある。

 感謝の言葉を受けるとむず痒いし、寝しなに弄るスマホの画面越しに、変身時の私を応援する大衆の声を見ても妙な気分で、爽快感のようなものはない。

 ましてサービス精神など欠片も無く、真の力に目覚めた今でさえ――――変身の口上を名乗ってやる気にはなれない。

 結局レイスを打ち果たしたあの日以降、シュヴェーアト・ローゼなどと名乗った事もない。

 そんな私でも気を許せているのは契約者、蛍だが……それでさえ、感情をきちんと示せているとは言い難いものだ。


「……何をしてやれたら、喜ぶのかな」

「あっはははは、いいね、こういうの。ガールズトークっぽくなってきた。そう、こういうのがやりたかったんだよ……うんうん、若いね、青春だ」

「同い年だしお前に言われたくないよ、治奈」

「んー……。露稀さんの学校、学食はあるんですか?」

「いや、無い。だから皆昼食は持参する。それがどうかしたか?」

「あ、私……瑠璃菜ちゃんの言いたい事、分かったかも」

「……つまり、何だ?」


 我ながら――――つまらない、わざとらしい相槌を打ったものだと思う。

 その後に続く提案の言葉など分かっていたし、まして、私は一度ぐらい。


 ――――考えた事も、なくは、ないんだから。




*****


 ――――そして病院を後にし、夕飯の配膳を始めたのを見た治奈が、チリドッグ四本を平らげた後にも関わらず楽しみそうに病室に戻っていくのと同じくして私達も家路を辿る。

 途中で瑠璃菜と別れ、茶とロールケーキを奢った事に何度も何度も礼を言われ――――ここでもまた、“あれは私からの礼だ”とさえ言えないままだった事が、ちくちくと効いてくる。


 蛍に言えば、否定されるだろう。

 私は、人を思って、誰かのために尽くしたいと思った事なんて――――本当に、無い。

 ただ巡礼者が現れれば、そこから逃げる事など考えられなかった。

 あれほどまで瑠璃菜を助けに回った事も結局、自分の心を守るためでしかないのだから。

 治奈を救いたいと願った事さえ、もしかすると……レイスが憎くて、殺してしまいたい一心の方が強かった気さえしてくる。


 そんな私を――――心地良く否定し、そして力強く肯定してくれるのが、そうか……蛍、だったな。


 私は帰り道、スマホを取り出して、ほんの少し荒くなる息を整えてから――――思い切って、通話を試みる。

 数度の呼び出し音の後、ようやく、繋がる。


「――――蛍か? 私だ。ああ。……ああ、そうだ。……早速、だが本題を話す。その……明日、だが」


 たったの、これだけの言葉を絞り出す事が。

 私には、迫りくる敵の切っ先を覗き込み、身をかわして白刃を閃かす事なんかよりも難しかった。



「……明日、な。……昼食の用意はせずに登校しろ。昼休みになったら……文芸部の部室へ来てくれないか?」


 そう、いつも、私を形作るのは“後悔”なんだ。




 せめて――――蛍の好物ぐらい、訊いておけば、よかったな。









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