6-3. 初デートは映画館

 幽子曰く、深見探偵事務所の助手に必要なものは『成仏できない幽霊の未練を解決する能力』であるらしい。見当違いも甚だしいが、とにかく幽子はそう思っている。


「わ、私がこの方と……」

「ぼ、僕がフヒッ、この幽霊と……」

「そう! 恋愛体験を通じて、君たちを成仏させてあげる! それで……どっちが早く成仏させられるかで勝負じゃゴルァ折原ァ!」

「情緒どうした」


 その正否はともかくとして、それならばこの対決は実にシンプルだ。幽霊を早く成仏させた方が、俺の助手にふさわしい、助手対決の勝者――こんなに単純明快なものはあるまい。


「いいんじゃないか?」

「ちょっと深見さんまで」

「さっすがしょちょー! 話がわかる!」

「正直、どっちが一番の助手だとか死ぬほどどうでもいいんだけどよ」

「リアルな死者の前でデリカシーないね」


 となれば、俺には反対する理由も義理もない。

 それになにより――


「お前らが除霊してくれるってんなら、こんなに楽なことはないぜ」


 俺が動かなくていいだなんて、素晴らしいじゃないか。

 対決だの成仏だの心底どうでもいい。俺の知らないところで勝手にやって勝手に解決してくれるというのなら、こちらとしては大歓迎だ。


「善は急げ! よっしゃ、じゃあまずはデートでもすんぞキモオタくん!」

「え、えと、フヒッ、ぼく、肝緒で――」

「つべこべ言わず着いてこいや! お前の成仏に私の助手生活がかかってんだよ!」

「フヒィ!」


 俺の許しも出たところで、幽子は肝緒汰乙とやらを引き連れて、勢いよく事務所を飛び出していった。『デート』だなんて甘酸っぱそうなもんに出かけるとは到底思えない、ドスの聞いた渋い声で。


「……なんか、変なことに巻き込んじまってごめんな」

「い、いえ……」

「ま、俺なんかであんたの未練とやらが解消されるかわかんないけどさ。何もやらないよりはマシだろ。とにかく、色々してみようか」

「は、はい。よろしくお願いします……」


 折原も折原で、無理やり巻き込まれた勝負とやらを渋々受け入れたようで、夢見瑠子を引き連れ、何度も溜息をつきながら事務所をあとにした。


 人間一人、幽霊三人の大所帯が途端にいなくなったことで、事務所には久方ぶりの沈黙が訪れる。


 ああ、こんなに落ち着くのは幽子が来て以来だ。


「よっしゃあ! 久々に一人っきりだぜえ! いやあ、馬鹿幽霊たちもいなくなったし、思いっきり羽を伸ばして――」


 ここはひとつ、束の間の休暇を満喫するとしよう。

 そう思いながらソファに寝転んだ、その時だった。



「ようやく、二人っきりになれたね……?」



 俺の頭上から、聞き慣れた声が降ってきた。

 ひどくしゃがれた、恐ろしい、老婆の声が。


「お、大家さん……」


 俺に、安息の時は、ないのか。


「深見の心臓、すごいドキドキしてるのがわかるよ?」

「ふ、ふへへへ……。こ、恋、っすかね……」

「気色悪いんじゃああああ! 家賃払え深見ィィィ!」

「ごめんなさい! 俺には心に決めた逃げ道があるんです!」

「待てボケェェェェ!」


 俺の方も、男女二人、血みどろのランデブーが始まろうとしていた。



 ◆



「デートって何すればいいかわかんないや。キモオタくん、何か妙案ない?」

「フ、フヒッ、ぼ、僕も女の子と出かけたこと、コポォ、ないんで……」

「だよねえ。私も経験ないんだよ」

「で、ですよねえ」

「ですよねってどういう意味だゴルァ」

「フヒィ!」


 俺が大家からの追跡を免れ息を切らしていると、街の中心部あたりで二人の幽霊の姿を見つけた。


 ガンを飛ばす彼女に、たじろぐ男。

 申し訳ないが、どう見てもデート中のカップルには見えなかった。


「あ、しょちょー」

「お、おう……ゴフォッ、お前ら……ハァ……もうちょっとカップルらしい……ブフォッ……感じを出せ……コヒュー……」

「何があったのさ」


 何って、ちょっと災害ババアに見舞われただけよ。


「難航してるみたいだな」

「まあねえ。私もキモオタくんも、恋愛経験とかないからさあ。何したらいいかわかんなくて」

「フヒィ……」


 相槌に使うな『フヒィ』を。


「ならあそこはどうだ?」

「ホテルとか言ったらぶっ飛ばすからね」


 じとっとした視線を送る幽子は無視して、俺は目の前の建物を指差してやる。そこは、服屋やら飲食店やらが所狭しと肩を並べる、複合施設だ。


「ここには確か、映画館が入ってたはずだ。いいじゃないか、映画館デート。それが終わったら、カフェにでも入って映画の感想を語り合う。ド定番なデートコースだろ」


 いささか安直な、かつお洒落感のないデートプランだが、まあ中高生たちのデートといえばこんなところだろう。肝緒とやらも、幽子と同じくらいの年代に見えるし、悪くない提案だと思う。


「なるほど! さすが女ったらし! ほら行くよ! 幽霊はタダで映画見放題だしね!」

「フ、フヒィ」


 ぽん、と手を打って、幽子は複合施設の上階へと飛んでいき、そのまま壁をすり抜けていった。おろおろとしながらも、肝緒もそれに続く。


 今更ながら、幽霊はあらゆる場所へ簡単に忍び込むことができる。それに、その姿を見られることもない。映画といったコンテンツを楽しむには、もってこいの存在ではないか、少し羨ましい。


「さて、と」


 若者二人がおデートへ向かったことだし、俺もここらで時間を潰すとしよう。大家に見つかっても困るしね。




「お、帰ってきたか。どうだったよ?」


 施設の中にあったカフェで一杯のコーヒーを買い、それだけで二時間ほど居座っていると、幽霊二人が肩を並べて映画館から出てくるのが見えた。


「デートだからってんで、普段は見ない恋愛映画を見てみたんだけど、予想以上によかったよ。いやあ、思わずウルっときちゃったなあ」

「恋愛映画っつうと、今なんか話題のやつか。そらよかったな」


 どうやら二人は、最近よくテレビの番宣なんかで見かける恋愛映画を見てきたそうだ。

 

 濃厚なラブシーンがあったりすることもあって、初デートで恋愛映画を見るのは賭けに近い。幽子が腕を組んでうんうんと唸っているあたり、どうやら当たりを引けたようだった。


 一方で、肝緒汰乙の方はというと――



「正直、僕の感想としては、『ご都合展開の多いチープな大衆向け映画』といった感想しかありませんね。ヒロインの性格も、主人公の言動も、まるでリアリティがない。それに演者たちの演技もお粗末だ。僕が考えるに、映画とは『それは映画の中の出来事だ』と思わせた時点で駄作だと思うんです。リアルの出来事であるように思わせる、没入感が映画には必要だ。往年の名作『ティファニーで夜食を』を例に挙げますと、主演のヘードリー・オップバーンの演技なんかは――」



 先ほどまで『フヒィ』とか『コポォ』とか言ってた奴と同一人物とは思えないくらい、饒舌に喋っていた。


 おい、肝緒。

 うちの助手の顔見てやってくれ、頼むから。

 やべえ顔してっから、デートでしちゃいけない顔してっから。


「――と思うんですが、幽子さんはどうですか?」

「早口でうざかった」

「そうですね、主役の俳優の演技は――」

「お前がだよ」

「フヒィ!」


 般若のような顔で毒を吐く幽子を見て、彼はようやくいつもの調子に戻った。まあ、なんというか、こいつが生涯彼女もできなかった理由がわかったような気がする。



「……しょちょー、私もう、挫けそうなんだけど」



 少し、ほんの少しだけど、同情するよ。

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