3話 事務所を襲う天災、霊納院天斎!

3-1. 天から注ぐ才と災

「バナナと言ったら黄色」

「黄色と言ったら危険」

「危険と言ったらこの事務所」

「おいやめろアホ幽霊」


 マジで危険である。

 どれくらい危険かというと、仕事も金もなさすぎて幽霊の女子とマジカルなバナナで二時間ほど遊び呆けてしまっている程度には危険である。


「暇あああああ! お仕事おおおお!」

「うるせえな! 俺の方が仕事欲しいに決まってんだろ!」


 本当に洒落にならないくらい困窮しているので、幽子には『今除霊の仕事持ってきたら事務所では全裸で過ごす』と言ってある。直接攻撃の効かない幽霊には、このような精神攻撃が有効だ。

 

 そのため、このアホ幽霊はとんでもなく暇を持て余しており、時折こうして発狂するのだ。


「この甲斐性なし! セクハラ親父! 人でなし!」

「うるせええええ! ああああああ! お仕事おおおおおん! ぴゃあああああ!」

「うるさいのはどっちよ」


 そして明日の飯すらままならない俺は、彼女以上に発狂する。


「そんなに暇ならテレビでも見てろ、このバカ幽霊!」


 俺は怒りのままにリモコンを手にしてテレビの電源を付け、ソファの上にダイブしてゴロゴロと転がり回った。

 もう駄目だ。俺に残されたのは、餓死するか大家のババアに首を刎ねられるかの二択だ。もう駄目だあ、おしまいだあ。


『さあ始まりました! 今回の「激突!悪霊vs霊能力者ガチバトル!」には、この方をお招きしております! 除霊をさせたら右に出るものなし、天才霊能力者……霊納院れいのういん天斎てんさい先生です!』


 事務所の天井を仰ぎ見ながら、年甲斐もなく泣きじゃくっていたその最中。近づいてくる死の足音に混じって、聞き慣れた女の声がテレビの方から聞こえてきた。


「あ。この女の人、この間もテレビで見た」


 どうやらその声と姿には幽子も覚えがあったようで、ゆっくりとテレビの前へと降りてくる。


『ふふふ……。この稀代の天才・霊納院天斎にかかれば、どんな悪霊でもイチコロだ……あーっはっはっは!』

『でましたァー! 霊納院天斎の高笑いです! これには悪霊もひとたまりもないでしょう!』

『この笑いは攻撃手段じゃない』


 液晶の向こうで笑ったりツッコんだりしているのは、怪しげな色の怪しげな和服に身を包み、怪しげな大きな数珠を首からぶらさげて、怪しげな装飾を頭につけた、怪しげな女だ。


 自称『天才霊能力者』、霊納院れいのういん天斎てんさい


 頭痛が痛い、みたいな肩書と名前の女は、近頃はオカルト番組や心霊番組に引っ張りだこらしい。どうやら今日は、悪霊に立ち向かうようだ。


「自称かあ。しょちょーの自称『名探偵』と同じだね」

「俺のは自称であり他称だ」

「そいつは詐称だね」


 はは、こやつめ。


「私、霊能力者っていまいち信じられなくて。だいぶ前だけど、近くに霊能力者が来たことがあってさ。目の前で全力のブレイクダンスかましたんだけど、ノーリアクションだったもん」


 なにやってんだこいつはマジで。


「まあ霊感が強いって言っても、色々あるからな」

「色々って?」


 いい加減泣き疲れたので、俺はソファから立ち上がりながらそう言った。霊納院天斎がへんてこりんな呪文を唱え始めたあたりで、どうやら幽子はテレビに興味を失くしたらしく、俺の話に食いついた。


「この間の四里軽代みたいに幽霊の気配をうっすらと感じるレベルでも、十分に霊感があると言える。俺みたいなのが特例だよ」

「確かに、しょちょーみたいに幽霊と会話できる人なんて聞いたことないもん。というかこの間も思ったけど、しょちょーはそういう『霊感』とか『霊能力者』みたいのに結構詳しいよね。そういうの嫌いそうなのに」


 嫌いではない、興味がないだけだ。

 だが、自身がいわゆる『霊感』の強い人間であるから、知識としては知っている。それだけのことよ。


「こんな変な体質してるとな、嫌でもそういう『霊能力者』的な奴らとの繋がりができるんだわ」

「繋がり? 『除霊ワンちゃんあるっしょ!』とか『除霊ジョレェーイ!』とか言い合ってんの?」


 馬鹿大学の馬鹿サークルかよ。


「情報交換とかしてるだけだ。なにせ人とは違う体質だからな、繋がっておくと便利なことも多いのよ」

「ちなみにだけど、しょちょーの知り合いの『霊感が強い人』って、どんな人がいるの?」


 幽子の目にはもう、悪霊を対峙したとドヤ顔をする霊納院天斎は映っていない。俺の話を聞いている方が暇つぶしになると思ったのだろう。

 俺も俺でこうして話をしている内は、明日への恐怖を忘れられそうなので、付き合ってやるとする。


「幽霊の声は聞こえないけど、靄みたいにぼんやりとした姿が見える奴が一人。俺と同じように幽霊と会話できるレベルのやつが二人。それと――会話できるのはもちろん、幽霊にさわれる奴が一人」

「……ぱーどぅん?」

「中学生がよく使う英単語第一位やめろ」


 ひどい発音で『もう一度言ってもらえますか』と告げた幽子は、一瞬固まったかと思えば、その次には目と口をひん剥いて驚愕してみせた。


「え、ちょ、最後の人すごくない!?」

「世界のどこ探しても、多分そいつしかいねえだろうな」

「すごっ……。選ばれし者感あるよその人」

「いいよなあ。俺にその能力があれば、幽霊の姉ちゃんにセクハラし放題だってのに。訴えられる心配なし、幽霊は歳を取らん。かあー、けしからん」

「けしからんのはあんたの頭だよ」


 腹は減れども、軽口は減らず。

 幽子の容赦ないツッコミを聞き流していた、その矢先――


「アンテナに反応あり……来客です、父さん」

「誰が父さんか」


 事務所の扉の向こうに、気配を感じた。


 一瞬、ババアの顔が俺の脳裏を掠めたが、すぐさまそれを振り払う。この間の一件で得た報酬で、溜まった家賃の一部をつい先日払ったばかり。まさか二日連続で取り立てにくるほど、あのババアも耄碌もうろくしちゃいない。


 ということは、つまり、つまり――


「お待ちしておりましたァ! ようこそお客さ――」

「はーっはっはっは! いるか深見ィ!」


 お客様、ではなかった。


「なんだお前かよ……帰って?」

「相変わらず汚い表情してるなあ深見」

「ほんと帰って?」


 事務所の扉を勢いよく開けたかと思うと、そいつはずかずかとこちらへ歩いてくる。体中につけた装飾品がじゃらじゃらと音をたてていて、非常に耳障りだ。


「せっかく私がきてやったのに――うん?」


 お呼びでない客人を手で払ってみせると、そいつは何かに気が付いたような素振りを見せて、俺から視線を外す。そしてその視線は、俺の座るソファの横に辿り着く。


「な、な、なななな……」


 そこにあるのは――否、のは、言葉にならない言葉を吐き続ける幽子だった。



「なあ深見。この天才霊能力者の目に狂いがなければ、すぐそこに『何か』がいるぞ? お前が幽霊の類を放置するなんて、珍しいじゃないか」

「れ、れれれ、霊納院天斎ィ!?」



 事務所を訪れたのは、天才ならぬ、まさに天災。

 幽子が発した名前に応えるよう、自称霊能力者の装飾品が、ちりんと鳴った。

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