3-2. 霊能力者としての格

 思いもよらぬ来客に、俺は再びソファへと寝転んで顔を埋めた。一方で幽子は、天斎の周りをぐるぐると回っては、何度も天斎の顔を覗き込んでいる。


「私、有名人って初めて見たかも! すごいすごい!」


 その姿はさながら、地元の商店街にテレビの取材がやってきたのを遠巻きに眺める田舎の少女って感じだ。


「……さっきから、嫌にべとつく気配がぐるぐると私の周りを回っているのだけど。バターにでもなりたいのかな」

「ああ。そらうちの助手だ」

「助手ぅ……?」


 俺の言葉を間延びした声で復唱する天斎は、ちらりと幽子の方へと向き直る。


「幽霊の女の子だよ、名前は幽子。色々あって、すっかり居憑いちまってな」

「女の子って……幾つくらいの?」

「十六とか言ってたか? 中学生くらいにしか見えねぇくらいちんちくりんだけど」

「ほっといてよ!」


 ちんちくりんが両腕を上げて抗議してみせるが、もうすでにその仕草がガキ臭い。幽子がぷりぷりと怒りを露わにして真っ赤になっているのに対して、一方の女はというと、随分と青ざめた顔をしていた。


「深見……いくらモテないからって幽霊に手を出すとか……。しかもロリって……業が深いわあ……引くわあ……」


 あの女の目、養豚場のブタでもみるかのように冷たい目だ。残酷な目だ。


「人聞き悪いこと言うなよ」

「そうだよ――って、ロリ言うな!」

「霊感の強い男はどいつもこいつも幽霊の女に手ぇ出して……現実の女に相手をされない男しか霊感が強くならないジンクスでもあるのか……」


 俺という反例があるから、その仮説は間違ってるな。はい論破。


「んなことはどうでもいい、何の用だよ。今の深見探偵事務所は、未曽有の危機なんだ。これまでにない困難にぶちあたっててな」

「どうせ食糧難でしょ」


 どうしてこう誰も彼も、この事務所は火の車だと思ってくれてやがるんだ。これだけは言っておくが、今の事務所には燃え上がるための燃料すらねえよ。



「なら丁度いい、依頼を持ってきたぞ。もちろん――除霊のね」



 それを知ってか知らずかこの女は、特大の燃料を投下してくれた。


 俺はくわっと目を見開いてベッドから飛び降り、幽子はニヤリと嫌らしい笑みをしながら小躍りを始める。


「残念でしたー! 今しょちょーは除霊のお仕事はしないんだよ! 除霊の仕事を持ってきたら全裸で生活するって――」

「よしきた。すぐやろう」

「……えええええ!?」


 返事もそこそこにすぐさま出動する準備を始めた俺の耳を、幽子のこえがつんざく。こいつの『えええええ!?』って驚く声、もう何回聞いたかな。


「どういうこと、しょちょー!? 私には除霊の仕事持ってくるなとか言っておいて!」

「ボランティア除霊はできねえって言ったんだよ。正式に依頼料の伴う除霊なら、話は別。この女は、馬鹿で自意識過剰で化粧が下手くそで化粧が濃くてわけわからんグッズをじゃらじゃらうるさくて馬鹿だが、金は持っている」

「馬鹿って二回言ったか貴様」


 こいつは馬鹿だが、有名人だ。

 彼女と同じ二十代前半の人間に、こいつほど金を持っている人間はそうそういない。金払いがいいなら、馬鹿からの依頼だろうが除霊だろうが、なんだってやるさ。

 

「……ていうか、霊能力者なんでしょ!? 自分で除霊しなよ!」


 気づいてしまったと言わんばかりの大声の指摘があった後、事務所内にひんやりとした静寂が訪れた。


 幽子だけ置いてけぼり感があって、少々不憫となってくる。

 あの馬鹿に返事は期待できないので、俺が事情を説明してやるとしよう。


「幽子。さっき俺が話したこと、覚えてるか?」

「事務所で全裸になる」


 言ってねえ――いや言ったかも。


「霊感の強い知り合いの話だよ。どんな奴がいたか覚えてるか?」

「え、えーっと……幽霊に触れる人と、しょちょーと同じで幽霊と会話できる人、それから――」

「幽霊の声は聞こえないけど、靄みたいにぼんやりとした姿が見える奴、だな」


 そこまで俺が言ってやって幽子はようやくすべてに気が付いたようで、こめかみのあたりをぴくぴくと震わせ始めた。


「も、もしかして……それが……」

「ご名答。この女だよ」


 自称・天才霊能力者、霊納院天斎。

 その自称は、半分本当で半分嘘だ。


「ええ……じゃあこの人、悪霊を退散するとかって……」

「もちろんできるわけねえだろ。うんにゃらほんにゃら唱えて霊を祓うなんて、そんなの俺にもできねえよ」

「失礼な。この天才・天斎に向かって。お前みたいなのが異端すぎるだけだ」


 霊能力者と言われれば間違いではないが、幽霊を祓ったり悪霊とバトルしてみせたりする人間では決してない。 


「……やっぱり霊能力者なんてみんなインチキかあ」

「幽霊少女の気配がやけに静かになった。彼女はどうしたんだ?」

「あ、ずっと私の声聞こえてなかったんだ……」


 この今まで、俺と同じように天斎にも接してきたことが無駄だったと悟り、幽子は肩をがくりと落としてしまった。


「深見、彼女は何と言っているんだ?」

「『最近のテレビは小皺も隠せるんですね』って」

「よし、まずはこいつから除霊しよう。金はたんまり出す」

「アラホラサッサー!」

「言ってないよ!? 嘘言うのやめてよしょちょー! あと金に釣られんな!」


 幽子の声が聞こえない天斎のために、俺が通訳のような役割を果たす。ううむ、実に面倒くさい。こうなったら、俺が話の主導権を握ってしまう方が楽か。


「幽子、一応紹介しとくわ。俺たちは、こいつが小学生の時からの知り合いでな、腐った縁ってやつよ。こうしてたまに除霊の仕事持ってくんだわ。名前は――」

「稀代の天才美少女霊能力者、霊納院天斎とは私のことだ! はーっはっはっ! よろしく、幽霊の助手! あと深見、余計な事言ったら殺す」


 アラホラサッサー。


「いやさあ、私、天才じゃない? 心霊番組とかからもオファーきまくりじゃん? でもさ、心霊番組が『ここに悪霊がいるらしい!』とか言って持ってくる仕事ってほとんどがデマで、幽霊なんかいないのよ」


 俺に余計なことを話させまいと、天斎は自分のことと事務所へとやってきた経緯を幽子へと話し始めた。


「うんにゃらほんにゃらテキトーな呪文唱えて、『今回のは強敵でした……でも私には敵わない』とかキメ顔しとけばいい楽な仕事さ。霊感強い美人に産まれたら人生イージーモードだね」

「お前マジでいつか痛い目みるぞ」


 もちろん彼女には幽子の姿も声も確認できないので、それは一人語りに近い。俺がツッコミを入れなければ、本当の痛い奴だからな。


「ただ今回はマジもん引いちゃったらしくて。現場の下見に行ったら、もうハンパない気配がいるのなんので。だからここはひとつ、私の名誉を守るためにも、深見に働いてもらおうかなーと」


 そこまで話してようやく、天斎の話に一区切りがついた。


 こんな具合で、時たま彼女は事務所に除霊の依頼をしにやってくる。彼女は名誉を保たれ、俺は金が手に入る――ウィンウィンの関係とはこのことだ。


 さて、馬鹿の熱い自分語りも終わったことだし、ひどく微妙な顔をした助手のためにも通訳を再開するとしよう。


「霊感強い人って、しょちょーも含めてロクな大人いないね……」

「彼女はなんて?」

「『アクの強い変人に産まれたあなたは人生ヘルモードですね』って」

「やっぱりこいつから消そう」

「やめてってば!?」


 人間と幽霊の通訳、ちょっと楽しくなってきたのは内緒だ。

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