6-4. 惚れさせたもん勝ち、勝負はガチ

 それからというもの、幽子たちのデートはことごとく空振りに終わった。


「水族館デートだ! 見て見て、アザラシ可愛いー!」

「フ、フヒッ、ア、アザラシの吐く息って、めちゃめちゃ、臭いんですよ」

「へ、へえ……」


 身内びいきを抜きにして、幽子はよくやっていると思う。


「夜景を見よう! うおお綺麗! 人がゴミのようだ! キモオタくんはどう?」

「べ、別に……」

「エ○カ様か」


 そこまでして助手の座を手放したくないのか、それともただの意地か、それはわからない。


「ゲーセン来たよ! あ、あのぬいぐるみ可愛い――」

「プッ、そこでコマンドミスとか雑魚乙! お前ゲーセン来るの百年早えよ! ああもう! なんでそこで弱キックなんだよバーカ! ほら負けた! 雑魚乙! 雑魚乙!」

「騒ぐな喚くな喧しい」


 だが、何かが彼女を突き動かしているのは確かなようだった。

 こんな男でもなんとか成仏させてさせてやろうと、デートを一週間も繰り返しているのだ。


「いい加減にしろ貴様ァ! デートを楽しむ気はあるのかァ!?」

「フヒィ!」


 しかし、とうとう我慢の限界がきたようだ。

 二人がやってきたゲーセン、そのど真ん中、幽子はこれまで溜めてきた鬱憤をぶちまけるように怒りの声を上げた。


「私もよく知らないけどさ! デートって、男女二人がお互いに楽しむもんじゃないの!? 向こうを楽しませよう、向こうに喜んでもらおう……そういう思いとか駆け引きを楽しむのが、デートの醍醐味だと私は思うんだけど!?」


 怒り狂う幽子の叫びももっともだ。

 成仏させてやるためにデートをしているとはいえ、この反応は気持ちのよいものではないだろう。


「……だ、だから僕は、フヒィ、リードしてくれる、甘えさせてくれる、何してもゆ、許してくれる、コポォ、大人で巨乳でスケベなお姉さんが、いいって……」

「そんなもんリアルにはいねえよ現実見ろ」


 どこかにいるって俺は信じてるよ。


「どうでもいいが、このままじゃお前の敗戦は濃厚だぞ、幽子。それに、お前は最初からハンデ背負ってることを忘れるなよ」

「え、なんで?」

「思い出せ、折原の体質を」


 呑気している幽子に、俺は釘を刺してやる。

 勝負の結果に興味はないが、ここまでやっている彼女があっさりと敗北を喫してしまうのも可哀そうだ。


「お前は幽霊だし、この男も幽霊だ。お互いに触れ合うことはできん。最終手段で胸でも揉ませてやるか――なんてことはできねえんだ」

「やらないよそんなこと」

「できる胸がない、の間違いだろ」

「おい」


 ただでさえイライラしてるんだからいい加減にしろよ、とでも言いたげな幽子の表情に少しビビッてしまった。今のこいつ、本当に怖いよ。


 とにかくだ――と俺は仕切りなおす。


「だが、折原にはそれができる。今俺が言ったようなスケベなことはしないだろうが、それでも手を握るくらいのことはできるんだ。体の距離とはつまり、心の距離だ。それをぐっと縮められるあちらさんの方が有利なことには違いない」


 俺がそう言うと、幽子はぐぬぬと唸る。

 突きつけられた現実と見えぬ勝算に、どうしたらよいのかわからないといった様子だ。


 こと幽霊との恋愛に関して、折原の能力は反則級とも言えよう。そもそもあいつはすでに幽霊の女子と恋愛しているのだし、ただでさえ幽子は不利な状況であるというのに――


「デゥフッ」


 この男はこんな調子だし。


「あれ? あそこにいるの、折原さんと瑠子ちゃんじゃない?」


 そんな中、幽子はふわりと宙に浮き、俺の背後の方を指差してみせた。振り向いていると、確かにそこにはもう一人の助手・折原が歩いているのが見える。もちろん、彼が成仏させようとしている夢見女史も一緒だ。


 まだ彼女を成仏させるまでには至っていないようだ。

 それがわかったのか、幽子はどこかほっとした表情をしている。


「ようお二人さん。首尾はどうだい?」


 中々苦戦しているような折原をからかう、もといハッパをかけるべく、一人の男と一人の幽霊に話かけにいく。


「ああ、深見さん……」

「こ、こんにちは」

「ん、なんだか元気ねえな折原。順調じゃねえのか――って」


 折原は、どこか憔悴した顔つきをしている。返答にも心なしか元気がない。どうやら難航しているようだなと思った矢先、彼ら二人にちょっとした違和感があった。


「どうした、手でも繋いでデートしてるかと思ったけどよ。案外プラトニックな疑似恋愛やってんのな」

「あ、あのですね、これは……」

「瑠子ちゃん」


 そんな俺の問いかけに応えようとした夢見を、折原が静止する。

 ははあん、何か面白い事情があったとみえる。


「なんだなんだ、何があったんだ」

「い、言わなくていいからね」

「言っていいぞ」

「おい」


 遮る折原と、それを遮る名探偵。

 どうしてよいかわからず、夢見はしばらくおろおろとしながら俺たちを交互に見つめていたが、やがてその重い口を開いた。


「あの……実は……折原さん、私と手を繋いでいるところを、彼女さんに見つかって……。それはもうとんでもない怒りを買いまして……。事情を説明してなんとか怒りは収まったんですが、その、『手を繋ぐのはチョベリバ』とのお言葉をいただきまして……」


 なんだのその時代を感じるお言葉は。


「ぶわあーっはっはっは! お前、それで律義にそれ守ってんのか? 尻に敷かれてんなあおい!」

「うるさいっすよ……」

「こりゃ私たちの勝利も近いね! ぶわあーっはっはっは!」

「このコンビ本当にうるさい」


 折原の最大の能力が、その能力で得た彼女に封じられるなんて皮肉にもほどがある。しかも、いつもスカした感じのこいつが、幽霊の彼女の嫉妬に何もい言い返せないだなんて面白くて仕方ない。これが笑わずにいられるかっての。


「お嬢ちゃんも大変だな、そんなバカップルに巻き込まれて」

「い、いいい、いえいえ!」

「誰がバカップルっすか」


 しかし、これは幽子にとってはチャンスかもしれない。


 一歩も進まず三歩下がるみたいな状況になってしまっている折原を出し抜くなら、今しかない。夢見に触れられないとはいえ、このまま仲を深めていけば幽子&肝緒ペアよりは十分に勝算があるからな。


「おいキモオタ」

「コ、コポォ、ぼ、僕はキモオタじゃ――」


 仕方がない。

 この絶好の機を逃さないよう、俺が助け舟を出してやるとしようか。



「うちの馬鹿助手の勝利はお前にかかってんだ、さっさと成仏しろ――幽子に告白でもしてよ」



 このくだらない勝負をさっさと片づける、切り札を使って。


「フ、フヒィ!?」

「はあ? しょちょー、何言ってんの?」

「どういうことですか……?」

「深見さん、まじっすか」


 それを聞いて、疑問を口々にする一同。

 まあ君たちの疑問ももっともだが、皆まで言うな。

 この未練たらたら非モテ野郎が動くのを待っていては、いつまで経っても事態は進まないのだ。



「こいつの未練が『彼女いない歴イコール年齢で死んだ』こと? 『生涯童貞のまま死んだ』こと? そうかもしれんが、少なくとも今は違うね。こいつは幽子と――初恋の相手と、お近づきになりたいだけよ」



 だったらこの俺が、背中に肘でも入れて、押してやるまで。

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