3-4. 激突!悪霊vs霊能力者ガチバトル!

 俺の『即座にお金振り込まないと除霊しない!お腹空いて力でないよぉ!』というクールな言葉を受けて、天斎は『ひくわあ……』と快く了承してくれた。


 有名人のこういうところは、実に素晴らしい。

 結構な大金をポンと払えてしまうのだから、羨ましい限りだ。


 お金を得る代わりに大切な何かを失った気もするが、きっと気のせいだろう。



「さあ、今回の作戦を伝える」


 翌日の夕刻。

 たんまりと飯を食べて元気百倍フカパンマンとなった俺は、幽子を連れて例の路地を訪れた。


「本当にあの女をぎゃふんと言わせられるんだろうな?」

「そうだよしょちょー、どうするの?」


 坂浦さかうら実刷みするの『霊納院天斎を一泡吹かせる』という未練解消に向けた作戦会議を開催するためだ。幽霊二人に手伝ってもらえることはほとんどないのだが、二人がいなければ成功は難しい。


 『依頼はこなす』『天斎も貶める』、『両方』やらなくちゃあならないってのが『名探偵』のつらいところだな。



「手短に言うぞ。お前たちはただ、ずっと俺の背後に着かず離れずいてくれればそれでいい」



 作戦会議、終了。

 会議は踊らず、されど進む。


「はァ……?」

「ほ、ホントに手短だね。それだけでいいの?」


 不満げな二人を置き去りにしたまま、戦いの火蓋が切られようとしていた。



 ◆



「さあ、今週も『激突!悪霊vs霊能力者ガチバトル!』のお時間がやって参りました! ゲストはもちろんこの方……天才霊能力者・霊納院天斎さんです!」

「はーっはっはっ! よろしく頼む!」


 作戦会議を秒で終わらせた後、すぐに天斎たち一同はやってきた。あれよあれよと機材をセッティングしたかと思うと、薄暗くなり始めた路地には似つかわしくないテンションでもって撮影を開始する。


「天斎さん。今日はどういった悪霊なんでしょう?」

「うむ。この路地の先から強い怨念を感じる。それはもう無念な死に方をしたのでしょう。自ら命を絶ったか、あるいは……」

「た、他殺といいたいんですか……?」

「可能性の話をしたまで。それ以上の詮索はよそう」


 心霊番組とあってか、天斎とリポーターの空気はひどく重苦しい。シリアスな感じを演出したいのだろうか。


「坂浦さん、なんで死んじゃったの?」

「豆腐の角に足の小指を打って驚いたらアパート階段転げ落ちてそこにトラックがきた」


 漫画かよ。



「さあ、さっさとその悪霊とやらのところに――」

「ヒャッハー! インチキ霊能力者は消毒だァー!」


 天斎一同がこちらへ向かってくる前に、先手を打って迎え撃つ。彼女らの前に俺は躍り出て、精一杯にゲスい叫び声をあげてみせた。ぎょっとした顔をして目を見開きながら、天斎はこちらを見ている。


「お、おい深見。どういうことだ、陰でこっそり除霊してくれるんじゃなかったのか」


 ぽかんとした顔をしたリポーターとスタッフを置き去りにして、天斎は俺の下へと駆け足でやってきて小声でそう言ってくる。俺はそれを無視して、カメラの方へと叫び始めた。


「このおっさんはな、俺が憑りついて乗っ取ったぜェ! これで手も足もでまい、霊納院天斎!」

「な、なんだと!?」

「ウェヒヒ! 幽子ちゃんもいまーす!」

「ゆ、幽子くんまで……!」


 声色を変えて、できる限りの女声も出す。

 一人二役、それも男と女の二役は中々どうして恥ずかしい。


「お、おいおっさん。どういうことよ」

「私そんな気持ち悪い喋り方じゃないんだけど!」


 気が狂ったようにしか見えない俺の言動に、背後からも困惑と抗議の声が上がる。気が散ってしまってはいけないので、『見てればわかる』と小声でそれを静止した。


「て、天斎さん! こ、これはいったい」

「……確かに深見――あの男の背後には、大きな気配が二つある。どうやら彼が言うように、二体の幽霊に体を乗っ取られたようだ。くっ、あれほど気を付けろと言ったのに……」


 天斎は、幽霊をぼんやりとしか確認できない。

 そして、こと幽霊に関してはにわか知識しか持ち合わせていないときた。


『頼もしい。だが気を付けてな、あの邪霊は厄介そうだ。隙を見せれば、すぐに憑りつかれるだろう。強い意思で臨むんだ』


 先日もそんなことを言っていたはずだ。

 だから、『幽霊に乗っ取られた!』と言う俺の背後に幽霊の気配があれば、まず信じるだろう。


「な、なんと、一般人の男性が悪霊――それも二体の悪霊に、体の自由を奪われてしまったということです! なんということでしょう!」

「ふ、深見……。ど、どうしよう……」


 その中途半端な霊感と知識を、逆手に取る作戦だ。

 だからあいつら二人は、黙って俺の後ろにいればいい。


 どうやら作戦は成功したようで、天斎は本気で俺の言葉を信じたらしくおろおろと慌てた様子を見せてくれた。


「おい霊納院天斎、こいつはお前の昔からの知り合いなんだってな? 憑りついたことで、このおっさんの記憶が俺の中に流れ込んできてるぜ」

「深見の記憶――ば、馬鹿! やめろお!」


 さあ、ここから俺の攻撃開始といこう。

 あいつに一泡吹かせるなぞ、俺には朝飯前もいいところってもんだ。



「霊納院天斎……いや、山田やまだ大天使がぶりえるちゃんよお!」

「よせやめろ言うな馬鹿ああああ!」



 だって俺は、こいつが小さい頃から知っているのだから。

 弱点なんぞ、掃いて捨てるほど持ち合わせている。

 

「山田……?」

大天使がぶりえる……?」

「天斎先生の昔の芸名か何かですか?」


 俺の背後霊二名とレポーターが、疑問をそれぞれ口にした。それとは反対に、天斎だけがだらだらと汗をかいてる。


「違う。この女の本名だ。山田やまだ大天使がぶりえる、二十三歳、出身はここ裏目うらめ市……だそうだ」

「ええ!? 霊納院天斎、十万二十三歳、尸霊界ゴースト・ソサエティ出身じゃなかったんですか?」


 こいつそんな風に名乗ってたのか。

 痛いにも限度があるだろ。


「今度は天才霊能力者キャラでいってんのか、相変わらず痛ェ奴だなァ! なあ、山田大天使がぶりえるちゃん?」

「そ、それ以上言うな! あと大天使がぶりえるって呼ぶなあああ!」


 山田大天使がぶりえる

 それがこの女――霊納院天斎の本当の名だ。


 キラキラを通り越して、ギンギラギンにさりげなくない名前。芸名と思ってしまうのも無理もない。だが、痛いのは本名だけでない。俺はこいつの痛いエピソードをたんまりと知っている。


「えーとなになに……『右手に邪霊を宿らせ左目には魔界の力が眠ってる高貴なる堕天使・ルシフェル』?」

「うおおおおおおおい!?」


 それをこれから、どんどんと公開していくとしよう。


「なんですかそれは……?」

「この女の中学校時代の設定、らしいぜ」

「ちょ、やめろおおおお!」


 彼女は小さい頃から霊感が強いこともあり、自らが『特別な存在』だと思い込むようになった。それは中学に入ってからさらに増長し、終いにはとんでもない設定を自らに課すまでに至ってしまったのだ。


「右腕の包帯はもう取ったの? 巻き方忘れちまった?」

「も、もうやめて……」

「ほらほら、『邪霊氷殺白龍波じゃれいひょうさつはくりゅうは』出してみろよ」

「やめてよお……」

「クセになってんだ、音殺して動くの」

「やめろォ!」


 いわゆる、『中二病』というやつか。


 自分が『他とは違う特別な存在』だと思い込むのは、思春期にあるあるのことだ。しかし彼女の場合は、本当に特別だったことも手伝って、それはもう痛々しくなってしまった。


 今では彼女は自称霊能力者、俺があげるのはもちろん彼女の過去。

 

「もうやめて……お願い……」

「なんで大天使も堕天使もやめちゃったの? ねえねえなんで?」

「うぅ……ふぇ……」


 なぜなら彼女もまた特別な存在だからです。



「ああ、そうだったな大天使がぶりえる! お前、中学の卒業式で好きな男に告白して、『痛くてペチャパイの女は無理』ってこっぴどく振られたんだってなァ! それで今度は天才霊能力者キャラの霊納院天斎か! 懲りないねェ、大天使がぶりえるちゃん?」



 坂浦の口調をできるだけ真似ながらそう笑ってみせると、天斎は目尻いっぱいに涙を溜めながら、ふるふると震え出した。顔全体を真っ赤に染めながら、こちらを睨みつけている。



「うわああああああん! 馬鹿ああああああ!」



 だが、彼女の抵抗もそこまで。

 仰々しい口調もかなぐり捨てて、泣きながら背を向けて走り去ってしまった。


「ちょっと天斎さ――大天使がぶりえるさん!」

「その名前で呼ぶなああああ!」

「しょちょー……、ちょっとやりすぎだよ……」


 その後をテレビスタッフたちは追いかけていき、天斎は喚き、背中越しの幽子は少し引いた声で俺を非難する。



「ハハハッ! 見たかよあの女の顔! いやあ、最高だったぜ!」



 ただ、坂浦実刷は実に満足してくれたようだ。

 彼の高笑いが聞こえてきたすぐ後、その気配はゆっくりと消えていった。

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