3-5. 芸能界に現れた天才、霊納院天斎!

「バナナと言ったら果物」

「果物と言ったら栄養」

「栄養と言ったら……欲しい……」

「いきなりゲーム終わらせないでよ」


 マジで栄養が足りない。


 どれくらい足りないかと言うと、幽霊の女子とマジカルなバナナで二時間ほど遊び呆けてしまっている程度には、脳に栄養が足りない。


「結局一文無しだもんね」


 やかましいそれを言うな、と返事をする代わりに腹の虫がグララアガアと鳴き叫んだ。


「せっかくの報酬がよお……俺の食い扶持がよお……」


 天斎から報酬を受け取りつつ、彼女に吠え面をかかせる。

 その両方を達成するためには、どうしても報酬を先払いにしてもらう必要があった。あの作戦を終えた後、あいつが素直に金を払う訳がないのはわかっていたからな。


『お前のせいで私はおしまいだ! このインチキ探偵が! 報酬はなしだ!』


 あの騒動のあと、彼女からそんんば抗議の電話が何件か来たが、そんなものは無下にしてしまえばよい。『幽霊を成仏させる』という依頼はきちんとこなしたのだから、文句はあるまいて。


 そこそこの大金を手にして浮かれていた俺だったが、事件はそのすぐ後に起きた。



『ヒャッハー! 家賃は回収だァー!』


 どこからか金の匂いを嗅ぎつけて、大家が乗り込んできたのである。凄まじい嗅覚と執念に驚愕したが、そう易々と金を渡す俺ではない。なんのことですか見ての通り無一文です、とごまかしてみせたのだが――


『我は、拳を極めし者』


 殺意の波動に目覚めた大家にスススッと詰め寄られ、一瞬にして無数の拳を叩きこまれ、根こそぎ金を持っていかれてしまった。


「しょちょーの弱さも驚きだけど、あのお婆さん何者なの」


 幽子よ、それは世界の禁忌だ。触れてはならぬ。


「それよりも暇あああ! しょちょー、いい加減に除霊のお仕事持ってこさせてよ!」

「うるせえ! 今はそんなことしてる時間も体力もねえんだよ! 大人しくテレビでも見てろ!」


 ぎゃあすかと言い争いをしながら、テレビの電源を入れる。


 先日までは天才霊能力者・霊納院天斎の活躍を見ることができたのだが、もうそれを見ることは叶わない。番組スタッフたちにあのような醜態を晒してしまっては、彼女も終わりだろう。


 申し訳ないとは思わない。

 大した霊能力もないくせに、テキトーなことばかり言って人気者となったのだ。因果応報だろう。



『今日のゲストはこの方! 人気急上昇中のポンコツ霊能力者、山田大天使がぶりえるちゃんです!』

大天使がぶりえる言うなァ! 霊納院天斎だ!』



 そこには、天才霊能力者・霊納院天斎の姿はない。

 いじられ系ポンコツ芸能人・山田大天使がぶりえるちゃんが、バラエティ番組で活躍する姿があるだけだ。


「なんというか……たくましいよね天斎さん……」

「たくましいんじゃない。馬鹿なんだよ」


 てっきりあの日に撮影した映像は、お蔵入りとなるものだと思っていた。だがしかし、これは面白いぞと思った番組スタッフが、何を血迷ったのかそのまま放送に踏み切ったのである。


「それがものすっごい話題になって、今じゃバラエティに引っ張りだこ。世の中何が起こるかわかんないね」

「まったくだ。これじゃ割を食ったのは俺たちだけだぜ。見てみろ、ネットもこいつの話題で持ちきりよ」


 いい加減うんざりとしてきたので、俺はテレビの電源を切ってノートパソコンを開いて某掲示板を覗くことにする。だがそこにも、あいつの名前の羅列が確認できるだけだった。


『山田大天使ちゃんマジ大天使』

『ポンコツ中二病大天使美少女霊能力者……まるで属性のバーゲンセールだな』

『山田大天使ちゃんとかいう除霊以外はなんでもできる天使』

『山田大天使ちゃんが暗黒面に堕ちた時の画像下さい』


 テレビにネット、二大情報媒体を味方につけた彼女にもはや敵はいない。様々なコラ画像が作られる程度にまでネット民のおもちゃにされてはいるが、彼女を悪く言う者もおらず、すっかりと人気者だ。


「気に食わんなあ。あいつが告白してきた中三の時は、もっと可愛げがあったんだがなあ」

「……は?」


 天斎が中二病全盛期だった頃を懐かしんでいると、頭上から困惑と怒りをブレンドしたような幽子の声が降ってきた。


「え、ちょ、待って。天斎さんが中学生の時に好きな男に告白して振られたって……あれ、しょちょーなの!?」

「ん? 言わなかったっけ?」

「聞いてないよ!」


 幽子は怒り心頭といった様子で、俺を怒鳴りつける。

 言ってなかったのは悪い――とも思わんな。それにここまでギャーギャーと言わんでもよかろうに。

 

「あん時は、天斎の周りにゃ幽霊が見えるのは俺しかいなかったし、それにあいつも思春期だったからな。一回り年上で、それに自分の秘密を共有できる男――そいつに対する信頼を恋慕か何かと勘違いしたんだろ」

「なにそのモテ男みたいな分析」

「モテ男だし」

「金は持ってないのにね」

「おいやめろ」


 女子中高生が若手教師や塾講師に告白する、みたいなのと同じだろう。思春期あるあるというか、まあそんなところだと俺は思っている。


「勘違いねえ……本当にそうなのかな……」

「深見ィィィィィ!」


 幽子が訝しげな表情でなにやらブツブツと言っている最中、事務所の扉が勢いよく開かれた。こんな時に、こんな風に、こんな叫びを上げてやってくる奴は一人しかいない。


「て、天斎さん!?」


 事務所を襲う、それ以外にはいない。


「なんだよ、また来たのかよ」

「どうもこうもない! お前のせいで私の生活はめちゃくちゃだ……どうしてくれる!」


 耳をつんざく声量で喚き散らす天斎に、俺と幽子は思わず耳を塞いでしまう。しかし暴言の暴風雨もすぐに止み、悲しい表情で何やら呪詛のようなことを小さく呟きはじめた。


 あの一件以来、情緒不安定になってしまったのだろうか。

 だとしたらほんのちょっぴり申し訳ない。


「……まあ今はそれは置いといて。ここに来たのは他でもない……除霊の仕事だ! 私の霊能力を証明して、天才美少女霊能力者として返り咲く! お前にも手伝ってもらうぞ!」

「やなこったパンナコッタ」

「金はいくらでも払う」

「ワンワン! こきつかってくださいワン!」


 この間の巻き戻し映像のような光景を遠巻きで眺めながら、幽子は複雑な表情を浮かべていた。


「あんなことされておいて、まだ事務所に来るなんて……。やっぱりまだ好きなんじゃあ……」


 不機嫌そうな顔は窺えるが、言っていることまではわからない。

 まあいい。それより今は金じゃ金じゃ。


「深見。幽子くんはなんて?」

「『邪霊氷殺白龍波じゃれいひょうさつはくりゅうは、撃ってくださいよ』って」

「忘れろォ! 今すぐ彼女の記憶と存在を消せェ!」

「だから言ってないって!?」



 金さえ手に入るなら、たとえ火の中水の中。

 幽子には、もう少しばかりこのに付き合ってもらうとしようか。



「……もうやだこの人おおおお!」



 幽子の悲痛な叫びは、天から降ってきた災いの渦中に、飲み込まれていった。

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