5話 安楽椅子探偵ならぬ、病院ベッド探偵
5-1. 大和撫子と、やけに騒ぐ子
「しょちょー! 除霊のお仕事持ってきたよ!」
「お願いします探偵さん……! 私を成仏させてください……!」
相変わらず馬鹿助手は、金にならない除霊の仕事を持ってくる。
いい加減にしろと毎回言いつつも何だかんだ付き合ってやっているのが良くないのかもしれない。『こいつ押せばイケるんだよな』てな具合で、チョロい名探偵とでも思われているのだろうか。
「あのなあ」
いい機会だ。
ここらで一発、ビシッと言っておいたほうがいいだろう。
俺にそんなボランティア精神はないし、本業は探偵業なのだ。名探偵が直々に除霊をしてくれるなんて、本来ありえないことなんだぞ。俺の足はお前が思うほど、軽くもないし安くもない。
それに――
「ここ、病院のベッドの上ぞ? 俺、入院中ぞ?」
今の俺、満身創痍なんだけど。
「貧乏暇なしだよ、しょちょー」
「鬼か貴様」
「幽霊だよ」
天井も壁も白い部屋の、白いベッドの上。
そこに横たわる俺の頭上に浮かぶ二人の幽霊が、やいのやいのと騒いでいる。一人は言わずもがな、馬鹿助手・幽子。そしてもう一人は、その馬鹿が連れてきた除霊依頼の女性であるらしい。
それにしても、あれだな。
病院のベッドの上から幽霊が話しかけてくるって、縁起でもねえな。
「それに、入院って言ってもただの食あたりでしょ?」
「バーロー、食あたり舐めんな。上も下も大洪水で、全部出し尽くしてんだぞこっちは」
「おいこら乙女の御前だぞ。デリカシーも出し尽くしたんか」
「うるせえ。どうせ俺なんて仕事も金もない屑探偵よ」
「ポリシーも出し尽くしたみたいだね」
ベッドをギシギシと揺らし駄々をこねる三十路男性に、女性陣からの冷たい視線が刺さる。何とでも言うがいい、とにかく今の俺は満身創痍なのだ。
「ていうか食あたりって。とうとう空腹に耐えかねてゴミを漁って……。しょちょー、助手として私は情けないよ……」
「カラスか俺は」
「しょちょー、知ってる? カラスって七歳児くらいの知能があるらしいよ」
何が言いたい貴様。
「真面目な話、心当たりとかないの?」
「食あたりしかないな」
「真面目な話って聞こえなかった?」
段々と苛立ちを隠せなくなってきた幽子を見て、仕方なしに記憶を辿っていくこととする。すると、よくよく考えてみればあれが原因だったのだろうかと、ひとつだけ身に覚えのある出来事が見つかった。
「心当たりと言えば、そうだな――」
◆
時は遡ること一週間前。
「深見ィ! 来たぞ、私が!」
「客かと思えば
「やめろォ!」
客は来ない、金はない、最後にとった食事も思い出せない――いよいよ餓死の未来が見えてきた時、俺を天へと誘う者が事務所の戸を叩いた。
文字通り、大天使が。
「ごめんマジで腹減って動けねえんだわ……会話するカロリーすらもったいない……」
「来るところまで来たなお前も」
どこかに行く体力もないよ――と言う体力もなく、代わりに爆音の腹の虫が返答してくれた。
「いいよなあ芸能人は、楽屋弁当みたいなの支給されんだろ?」
「それがな、いいもんでもないぞ。局を跨いで収録があったりすると、弁当が何個も支給されることが多々あるんだ。もったいないから持って帰るが……結局食べきれないし」
「贅沢な悩みだなおいゴルァ! イヤミか貴様ッッ」
「カロリーもったいないんじゃなかったのか」
天才霊能力者・
「余ってるならくれよ。ギブミー・カロリー」
「いやそれは構わんが……。時間が経って痛んでると思うぞ? 特に今は夏場だし……」
「うるせェ! 喰おう!」
「うるさいのはお前だ」
聞けば、食べきれないが捨てるのも忍びなく、賞味期限が切れた弁当が山ほど自宅の冷蔵庫にあるそうな。除霊の依頼なんてどうでもいい、何故そういう相談を俺にしてこないんだ。
「名探偵の腹を舐めるなよ、ちょっとやそっとじゃあ壊れん防弾ガラスよ。そんなことを気にしている余裕すらないくらい腹減ってんだこっちは」
「まあ……そこまで言うなら、いいけど……」
それから数日経って、天斎は再び事務所を訪れた。
沢山の弁当を手にして。
「
「やめろォ!」
◆
「ぐらいかなあ、心当たり」
「アタリだよそれが」
なるほど。
あの現役中二病キラキラネーム詐欺師が原因か。
何が大天使か、俺を地獄へと誘おうとする悪魔じゃないか。ふざけた名前しやがって、金と飯よこせ。
「あの……夫婦漫才のところすみません……」
俺と幽子が互いに罵り合っている中、きまりが悪そうなか細い声があった。
「やだよこんな甲斐性なし旦那」
「やだよこんな色気なし相方」
「あァン!?」
「おォン!?」
「息ぴったりじゃないですか」
幽子が連れてきた、成仏できない幽霊だ。
か細い声の持ち主にふさわしく、細く綺麗な女性だった。年齢は二十代前半といったところか。どこか浮世離れした気品さのある、儚ささえ感じるような幽霊だ。
「わたくしは、
前の四里軽代が今風の美人とするならば、この人は古風な美人といった印象を受ける。長く伸びた黒い髪は、白装束によく映える。
ふむ。大和撫子も悪くない。
幽子よ、ようやく俺のお眼鏡に敵う幽霊を連れてきたじゃないか。
「私の未練というのは……その……とある殿方を探していただきたく……」
「恋人か?」
「ええと……」
伊代と名乗ったその女は白装束の袖で顔を隠し、もじもじと体を蠢かせてみせる。顔を覆ってみせても、真っ赤に照った耳は隠しきれていなかった。
なんだ。近頃の若者にしては珍しく、奥ゆかしさがあるじゃないか。
「ひゅうひゅう! 隅に置けないねえお姉さん! キスはした? それともその先までいった? ぴゃー!」
一方でこいつときたら。
「そんな……接吻など……」
「まあいい。とにかく、あんたの思い人とやらを見つければいいんだな」
「は、はあ……」
なるほど。人を探してくればよいだけなら、実に簡単だ。極道のお家騒動と比べたら、なんと平和かつ単純なことか。
俺は大きく頷き、満面の笑みで――
「悪いけど他をあたってくれ」
「ちょっとお!?」
お断りする。
「よく見ろ馬鹿。俺入院中だぞ? 何もできねえよ」
「で、ですよね……。不躾でした、非礼をお詫びいたします……」
俺の無慈悲な断りに、それはそれは申し訳なさそうな顔をする伊代。深々と頭を下げるその仕草にも気品さを感じる。なんだろう、俺は真っ当なことを言っているはずなのに、すごくいたたまれない。
「大丈夫だよ! お姉さん知ってる? この世界にはね、『安楽椅子探偵』ってのがいるんだよ!」
伊代が病室の窓から出ていこうとしたその時、幽子の得意げな声が病室に響き渡った。
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