5-2. デッド・ディテクティブ

「安楽椅子……?」

「その名の通り、椅子に座ったまま事件を解決する探偵だよ! 現場には行かず、調査結果とかを聞いただけでズバッと事件を解決するの! 名探偵なら余裕だよねえ、しょちょー?」


 さすがは探偵マニアと言うべきか。知識だけはご立派にありやがる。


 安楽椅子あんらくいす探偵。

 英語では、アームチェア・ディテクティブと言う。


 推理小説やドラマなんかでよくある設定だ。現場へ赴くことなく、鋭い洞察力と推理力のみで、優雅に椅子へ腰かけたまま事件を解決へと導く。探偵ものの中でも、人気のあるジャンルと言っても過言ではないだろう。


 だがそれは、フィクションの話。

 それによく考えてもみて欲しい。



「幽子。俺が今いるところ、安楽椅子から一番遠い場所だと思うんだけど」



 ここは、苦痛に顔を歪める、ベッドの上だ。

 安楽な椅子とは天と地ほどの差がある。


「安楽椅子、ってのは比喩じゃん。病院のベッドの上で苦しんでても成立するよ。それに、アームチェア・ディテクティブから派生した『ベッド・ディテクティブ』なんて言葉もあるし」


 このふらふらの状態の中働いたら所長、デッド・ディテクティブになっちゃうんだけど。


「そもそも、しょちょーに安楽椅子なんて似合わないよ」

「何なら似合うんだよじゃあ」

「ビニールシートと段ボール」


 アームチェア・ディテクティブならぬ、ホームレス・ディテクティブってか。やかましいわ。


「やりたいやりたい! 安楽椅子探偵の助手やりたい! 私が調査に行って報告して、ぱぱぱっとしょちょーが解決するのやりたい!」

「うるせえな駄々こねんなよ!」

「ほらお姉さんも!」

「え……わたくしもですか……? や、やりたい、やりたい……!」

「すごくえっちな感じがします」

「この快楽下衆かいらくげす探偵が」


 わあきゃあと喚く幽霊二人を見ていると、なんだか反論する気も失せてくる。そもそも今の俺はいつにも増して体に栄養が足らんのだ。頭がぼうっとして、上手く考えもまとまらない。


「ああもうくそ、わかったわかった。そこまで言うなら、じゃあ情報収集してこいや。それを聞いて、俺が伊代さんの恋人の居場所を推理すっから」

「ほ、本当ですか……!」


 これ以上傍で騒がれたらたまらないと、半ばやけくそのように了承してしまった。だがしかし、それを聞いた大和撫子の麗らかな春の日差しのような笑みを見ることができたので、よしとするか。


「さっすがしょちょー! チョッロいなー!」


 大和撫子から程遠い、わびもさびもないこの少女には、あとで絶対に詫びを入れさせるとする。


「伊代さん、悪いけどこの助手バカに着いていってやってくれ。道中、恋人についての詳細もこの助手アホに教えてやってくれないか。聞いてやりたいのは山々だが、いよいよ栄養が足りなくて頭が回らん」


 葉金伊代は目尻に涙を溜めながら、何度も何度も頭を下げた。幽子も幽子で、ようやく探偵の助手らしいことができるとやけに張り切っている。


「いいか幽子。お前は幽霊だ、そこらの人間に聞き込みをすることはできん。幽霊なら幽霊にしかできない調査をしろ」

「そうだね。その理屈で私はラブなホテルに向かわされたりしたんだもんね」


 悪かったって。


「暇を持て余してる幽霊どもは、人の動きとか噂には敏感だ。お前は伊代さんから話を聞いて、墓場の幽霊にでも聞き込みをしろ」

「よーし! まっかせといて!」

「それと幽子。それとは別に、追加の調査を頼む」


 そこまで伝えたところで、小声で彼女に耳打ちをする。追加の調査、個人的にはこちらの方が重要なことだ。身動きが取れない今、こいつに頼る他ない。


「え、なになに!?」

「重要な任務だ。俺の未来、ひいては事務所の未来を左右すると言っても過言ではない」

「お、おおお……」


 俺の言葉に、幽子は感嘆の声を漏らす。

 この様子なら、いい働きをしてくれそうだ。



「俺を食あたりに追い込んだ弁当屋、特定して調べあげろ」

「私怨が過ぎる」



 使えるものは幽霊でも使う、徹底抗戦じゃ。



 ◆



 気が付けば、病室の窓から見える景色は薄暗い。

 奥ゆかしい幽霊と姦しい幽霊がこの病室を去ったのが朝だったから、あっという間に約半日が経ったわけだ。


「しょちょー! ただいま!」


 死んだ顔と目でただ窓の外を眺めていると、代り映えのしない景色の中に人の顔がにゅるりと湧いて出た。相変わらず心臓に悪い登場の仕方をする奴だ。こちとら病人だぞ、少しは気を使え。


「ああ幽子、お疲れ」

「くぅー! 探偵の助手の会話っぽい!」

「そうか」

「……随分とお疲れだね。大人しく寝てた?」


 くたびれた様子の俺を見て、珍しく幽子が心配そうな顔を見せてくれた。


 大人しく寝てた、か。

 そりゃあもちろん――



「それでワシはこう言ったんじゃよ……何て言ったんじゃったかな?」

「おいおいシゲさんしっかりしてよ。ボケが始まったら死ぬまであっという間じゃぞ」

「ばかやろう! もうとっくに死んどるわ!」

「ぎゃっははははは!」

「おうおう、探偵さんも今の幽霊ジョーク聞いてた? イカすじゃろ?」

「逝かされた奴がなあに言ってるのよお」

「ぎゃっははははは!」



 病室にたむろする爺さん婆さん幽霊のせいで、ロクに寝れやしないよ。



「探偵さん探偵さん! 聞いてんのかあ?」

「年配は敬わなきゃならんぞ!」


 病院というのは、『死』と向かい合わせとなる施設だからだろうか、どうしても幽霊が多い。寂しがり屋の幽霊には群れたがるきらいがあって、墓場や病院はまさにホットスポットだ。


「……いつからここはデイサービスに?」

「俺が聞きたい」


 朝の俺たちのやり取りを、どこかの年寄り幽霊が見ていたのだろう。『あの病室に幽霊と話せる男がいる』との噂が幽霊たちの間で広がって、気づけばこうしてジジババたちのたまり場となってしまった。


「聞いてよ探偵さん。この爺さんはな、この歳までチェリィボォイを貫いたんだってよ。生涯一度も、貫けなかったくせにな! ぎゃっははははは!」

「うるせえやい! その歳まで風俗通いで、カミさんに去勢させられそうになった奴にだけは馬鹿にされたくないね!」

「ぎゃっははははは!」


 そして爺さん婆さんの幽霊というのは、馬鹿に品がない。

 先ほどからずっとこんな調子で、俺の耳と頭は腐り落ちてしまいそうだ。


「あああああ! うるせええええ! とっとと去れボケ老人どもが!」

「なんだ若造その態度は!」

「そうよ、年寄りの話はありがたく聞くもんじゃ」

「ちなみに、ここがワシの菊門じゃ」

「ぎゃっははははは!」

「出てけゴルァァァァァァ!」


 ぷつん――と俺の中で何かが切れる音がして、怒りのままに叫んで暴れ回った。


「し、しょちょー! ここ病院! 病院だから!」


 幽子の静止すら聞かずに怒り狂う俺を見て、『ああはなりたくないねえ』などと言いながらジジババ幽霊連中は病室から去って行く。


 なんだ。俺か、俺が悪いのか。

 世の中間違っているよ。



「え、えっと、しょちょー……。調査結果、伝えていいかな……」



 うん、聞く。

 今はお前の声すら耳に優しいよ。

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