4-5. 侠はつらいよ

「仁義……」

「す、筋尾……。いったいオヤジは、どうしてこんな真似を……」


 互いが互いを意識するがあまり、敬愛するオヤジを裏切る形となってしまった若頭の二人。仁義と筋尾の二人はばつが悪そうな、かつ気恥ずかしそうな、それでいて不思議そうな顔をしている。


 組長の意図がわからない、そう言いたげだ。


「こっからは名探偵の推理だが……」


 その本意を語る者は、もうこの世にはいない。

 俺に出来ることは、それを推測して彼らに伝えることだけだ。



「組長は、仁義さんと筋尾さん、どっちを次期組長にするか本気で決められなかったんだろう」



 そう言いながら、筋尾のところにいた若いチンピラたちの言葉をひとつひとつ思い出していく。



『アニキと仁義さんはな、同じ時期に組に入った、親友であり因縁のライバルでもあり……そんな関係なんだよ!』


『常にいがみ合いつつも、心の内では互いに実力を認め合った戦友……アニキと仁義さんの関係は一言じゃ片づけられねえ!』


『そんな二人を、オヤジは特に可愛がってて!』



 組長自らが特別の愛情を育ててきた、二人の若頭。

 そしてその二人は、互いにいがみ合いつつも、極道として高め合ってきた。


「実力も求心力も互角の、これまで可愛がっていた二人。そのどちらかを選んでしまえば、必ずそこには優劣ができちまう。派閥があるまでの二人だ、どちらかを選んでしまえば組は傾くだろうし、最悪内部分裂なんてこともありえる」


 言わば、ハジキ組の龍と虎。

 実力の伯仲する龍虎に優劣をつけることがどれほど恐ろしいかは、想像に難くない。


 龍を失えば、空は陰る。

 虎を失えば、地は裂ける。

 彼ら龍虎は、二人揃ってこそなのだ。


「だから組長は、んだろう。もう片方を選んだと聞いたあんたら二人がどうするか、それに組の行く末を託したんじゃないかな。組長が言うところの、『家族』ってやつの絆を信じて、さ」


 龍虎の行く末を決まられるのは、龍と虎の二匹以外にはありえない。化物二匹を信じた組長は、彼らを騙すような真似をして、組の未来を託した。


 組を、家族を愛していたからこそ、そのような行為に走ったのだろう。


『ぎすぎすとした家族を見るのは気が滅入る』


 だがそれは、最悪の形となってしまった。

 だが組長がそう言ったのは、自らが蒔いた種から生じた災厄に目を背けたからではない。もちろん家族が争うのは見るに耐えなかったのは事実だろう。


 だが、組長の本意は――


「あんたら二人を、信じていたんだよ」


 こうなってもなお、この龍と虎ならばきっと上手いことやってくれると、信じていたのだろう。


「オヤジ、すまん……」

「俺たちのことを、オヤジは信じてくれていたのに……」


 肩を震わせ、下唇を噛みしめながら、化物たちは涙を流す。

 男泣き――いやこの場合は、おとこ泣きと言うべきか。


「ま、オヤジさんの最期の願いくらいは叶えてあげましょうや。二人でよく話し合って全部決まったら、報告しに行ってやってくださいよ」


 もう、大丈夫だろう。


 真実を知り、組長の思いを組んだ彼らなら、きっと上手いこと組を未来を担ってくれるに違いない。組長の『家族を思う義侠心』とやらを受け継いだ、彼らならば。



「組長さんの墓に、ね」



 それを見ればきっと、組長の未練とやらも晴れるはずだ。



 ◆



「お爺ちゃん、お墓にいなかったよ。仁義さんと筋尾さん、きっと報告しにいったんだね」


 弾組があれからどうなったのか、俺は知らない。

 知らないというか、意図して情報を入れないようにしている。


 もうパンツ汚したくないしね。


「ふうん」

「ちょ、興味持ってよもっと」

「ほんと駄目だって、極道と関りもっちゃ探偵として終わりだって」

「もう終わってるようなもんじゃん」

「文字通り人生終わってる奴に言われたくねえよ」


 今回の幽子は大活躍をしたから何か報酬を――とも思ったが、幽霊のこいつに何かくれてやることもできないし、そもそも事件の発端はこいつなのだ。とりあえず、『わーい!すごーい!』とだけ言っておいた。


「ま、貧乏のしょちょーには何も期待してないよ」


 そう言って溜息をつく助手の目は、死んでいた。

 実際、死んでるしな。


「今回も報酬なし……生きていけねえ……」

「結局、二人からお金貰わなかったんだね」

「当たり前だ。出所でどころのわからん極道の金なんざ受け取れるか」

「『言い値を払う』って言われた時、涎垂らしてたくせに」

「ぐぬぬ」


 そして今回も、タダ働きだ。

 極道モンたちからの金なんて受け取った日には、それこそコンプライアンス案件だ。喉から手が――いやもう肩くらいまで出かかっていたが、なんとか踏みとどまった。


 金のことは、百歩譲っていいだろう。

 それよりも、厄介なことがある。



「深見のアニキッ! お勤めご苦労さんですッ!」

「コーヒーにしやすか! 煙草にしやすか! それとも……カ・タ・ギ?」



 今回の一件で、弾組に気に入られてしまったことだ。

 曰く、『ウチのゴタゴタを解決してくれた上に金も受け取らず去っていくなんて……なんて義侠心溢れる男なんだ!』とのことらしい。


 勘違いしないでよね。

 全部ただの保身なんだから。

 あんたたちのことなんて、全然好きじゃないんだからね。


 いや、ほんと、マジで。


「もう俺に関わらないで……」

「そんなこと言わないでくだせえ深見のアニキ! 俺たちゃ、あんたの侠気おとこぎに惚れたんだ!」

「そうですぜ! それに、仁義のアニキにも筋尾のアニキにも『探偵の旦那には世話になった。恩を返せ』って言われとるんでさァ!」


 弾組の奴らが事務所にちょいちょい顔を出すようになってから、『あそこは反社と繋がっている』との噂が流れ、事務所の評判は大暴落だ。ただでさえ依頼のこない事務所に、さらに拍車がかかってしまった。


 今回の俺、踏んだり蹴ったりじゃないか。


「そんなことより深見のアニキ」

「俺もヤのつく人たちの一員と思われるから、アニキ呼びやめてくんない?」

「今しがた、アニキに用があるっちゅうご婦人と会いやして。連れてきてますぜ」

「話聞いて?」


 俺の必死の訴えなんて聞こえていないように、チンピラ二人は事務所の入口の方へ振り返る。


 こんな状況で、お客さんが来るとは。

 捨てる神あれば拾う神あり、とは言ったものだ――



「深見ィ……。こんなヤクザもん連れてまでアタシから逃れようなんてねぇ……。百年早ぇんだよ……」



 そこにいたのは、神ではなく、鬼。

 客ではなく、大家のババア。


 組長よりも仁義守よりも筋尾通よりも恐ろしい存在が、青筋を立てて佇んでいた。事務所の事情なぞ知らない若い衆二人は、大家の傍らでニコニコと立っている。


 こうなっては、仕方がない。


 チンピラ共、よく見ておけ。

 これが名探偵・深見昇一の――『おとこ』の生き様じゃ。



「深見ィィィィィ! ショバ代とタマァ取ったらァァァァ!」

「エマージェンシー! エマージェンシー!」

「しょちょー! あったよ非常階段が!」

「でかした!」

「ちょ、アニキ!? 待ってくだせえ!」

「待て深見ィィィィィィィィィ!」



 俺と大家の抗争が、今始まる。

 血で血を洗う、命がけの攻防。

 この事務所は今まさに、戦場と化した。



「こんなにドンパチやったら、また事務所に悪い噂たちそうだね、しょちょー」



 深見探偵事務所に、今日もシノギはなさそうだ。

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