2-4. 女王様の求めるもの

 俺は面白くてたまらなかったが、それよりも面白いことがあった。


「あれは地井ちい高夫たかおだな。この街の大地主で、そりゃもう金を持っているとの噂だ。またホテル入ったな、行ってきてくれ」

「……『あなたが私の主様です、どうかこの汚い地主を罵ってください』だって」


 あの後、軽代とエリート野郎は不夜城から出てきたかと思えば、すぐに解散した。そしてなんと軽代は、すぐさま別の男と会い、別のホテルへと足を踏み入れたのだ。


江良えら緯人いひと。あれも社長だ。よし行け」

「……『人間界の底辺を這いずり回る永久平社員に臨時ボーナスを』って」


 そして別れ、次の男とまたホテルへ。

 すかさず俺は幽子を向かわせ、中の状況を得る。


金持かねもつ照三てるぞう。投資家。行け」

「……『魅力値の底値更新中の醜い男にどうか施しのご投資を』」


 それは流れ作業のように、過ぎていった。



「しょちょー……。大人って、醜いね……」


 とんだスクープに俺は面白くてたまらなかったが、一方で助手の幽霊はというとどんどん目の輝きを失っていった。


「よくやった、褒めてつかわす」

「よくないよ!? 私はもうこの数時間で汚れに汚れたよ!」


 頭を掻きむしりながら、幽子はこれまでに見せたことのないような形相で暴れまわってみせた。まあ、少し酷なことをしてしまったかもしれない。


「というか、さ! なんで私こんなことした訳!? これで『面白いから』とか言ったら本当に怒るからね!?」

「おもしろ――」

「お、こ、る、か、ら、ね?」


 冗談で『面白いから』と言いかけたが、とてもじゃないが冗談では済みそうにない雰囲気だ。


「悪い悪い。ま、すぐにわかるさ」

「どうだか……」


 今の幽子に冗談は通じなさそうなさそうなので、早いところこの一連の事件を終わらせるとしよう。俺の推理が確かならば、まだここらにいるに違いない。


 腕を組み目を細め、訝しげに俺を睨む幽子の視線を感じつつ、すぅと大きく息を吸う。そして、この二つの依頼をいっぺんに片づけるべく、犯人の名前を――



「いるのはわかってんだ! 出てきていいぞ、四里しりしかれ!」



 幽霊のおっさんの名前を、呼んだ。



「…………」


 しばらく、夜の帳に俺の声がこだまして、居心地の悪い沈黙が訪れる。


 だがやがて、俺の呼びかけに応えるように路地の隅にある家の外壁から四里惹が姿を現した。非常にばつが悪そうな、心の底から申し訳ないといった表情をしている。


 よかったよ本当にいて。

 いないのかと思ってちょっと焦ったわ。


「おじさん!? どうして!?」

「このおっさんは今日一日ずっと俺たちを尾けていたんだよ。そうだろ?」


 俺とおっさんとを交互に見る幽子を置き去りにして、俺はおっさんに詰め寄る。すると、おっさんはぎゅっと下唇を噛みしめならゆっくりと首を縦に振った。


「やはり、その、気になってしまって。軽代がストーカー被害に遭っていると聞いて、それでもう私、いてもたってもいられなくなってつい……。申し訳ありま――」

「違うだろ」


 何度も何度も頭を下げるおっさんを止めるよう、ぴしゃりと言ってのけた。え、と俺を見つめる瞳は、本当に心底わからないといった様子だ。


 わからないのであれば、言ってやるまで。



「あんたが軽代さんを尾けてたのは、今日が初めてじゃないだろ。軽代さんのストーカーってのは――おっさん、あんただよ」



 今回のお騒がせ夫婦事件、その犯人の名を。


「ど、どういうことですか……?」

「そうだよ、しょちょー! そもそもおじさん幽霊だし! 軽代さんが気配を感じるわけないじゃん!」


 二人の幽霊が、自らの体をペタペタと触る。

 自らが幽霊だからこそ、今まで人から見られることも話しかけられることもなかった彼らだからこそ、理解できないのだろう。


「探偵さん、どういうことでしょうか……」

「このことに気づいたキッカケは昨日、おっさんの家に行った時だ」


 自分の妻を脅かしていたのが自分であると告げられて、おっさんはどこか不満そうだ。その事実をわからせてやろうと、俺は順々に説明していく。


「昨日、軽代さんのマンションに行った時、彼女は『いつもの気配を感じる』と言っていた。俺は急いで辺りを確認したが、人の姿はない。それに、マンションを遠くから覗けるような高い建物もなかった」


 その時、おっさんは本当にそこにはいなかったのだろう。俺の言葉を一句たりとも逃すまいと、前のめりになって聞いている。


 尾けることも盗撮することも叶わない、マンションの五階。そこで軽代が感じた気配の正体は、一人しかいない。


「それなのに、彼女は確かに気配を感じた。マンションの周りに何もいないとなれば、もうこれは室内しかない。軽代さんがいたリビングに、あの時いたのは――」



『しょちょー! テレビのコンセント、異状なしであります!』



 幽子、ただ一人。


「私!?」

「ちょ、ちょっと待ってください……幽子さんは……」


 もちろん、幽霊だ。

 その姿を軽代が見ることは叶わない。


「リビングにいる幽子アホを見た時に思い出したんだよ、軽代さんが事務所に来た時の会話をさ」


 事務所へ依頼に来た際も、彼女は同じようなことを言っていた。

 


『実のところ……今も……』

『ほう。もしかしたら、どこか遠くからあなたを見ているのかもしれませんな』

『ゆ、許せない!』



 俺と幽子しかいないはずの事務所で、確かに軽代はいつもの『気配』とやらを感じていた。


「彼女は恐らく、霊感が強いんだろう。強い思念を持った幽霊のことを、『気配』として感じてしまう程度には」

「知らなかった、軽代に霊感があるだなんて……」


 二人は驚いているが、まあ大抵の人間は気づかないだろう。霊感が強いといっても、『悪寒がする』『気配を感じる』程度のものだからな。俺みたいな人間はそうそういない。


「彼女には幽霊の気配を感じる力がある。それがわかれば、ストーカーの正体にはすぐ検討がつく。いるじゃないか、彼女にご執心な幽霊が一人、さ」


 そう言って俺は、ゆっくりと犯人を指差した。



「おっさん。ここ最近、ずっと軽代さんを尾けていたな? 彼女はあんたの『気配』を感じ、ストーカーか何かと勘違いしたんだ」



 死に別れた夫の幽霊こそ、その『気配』の正体だったのだ。

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