1-3. 情報は足で稼げ

「いいか幽子。まずはお前の正体を探る必要がある。お前くらいの若い奴が亡くなったとあれば、不幸な話としてある程度は街の噂になっているはずだ」


 俺は街の中心部を目指して歩きながら、頭上で浮かぶ幽子に小声で話しかける。独り言を呟く不審な男がいる、だなんて通報されても困るし、そこは神経質にならなくては。


「おじさん……」


 これからの行動を頭の中で整理しながらそんな話をしていると、やけに暗い声が頭上から聞こえてきた。はっ、と思い見上げてみると、そこにはやけに暗い顔をした幽子の姿があった。


「ああ、すまん。不幸な話だとか、自分の死が噂になってるかもだとか、聞いていて気分がいいもんじゃねえよな」


 ついつい、頭の中で言葉を咀嚼せずに口を開いてしまった。少し無頓着すぎたかもしれないと、反省する。


「ただな幽子、お前の未練を知るためには必要な――」

「幽子、ってもう決定なの? ダサっ……」


 俺の反省を返せ。


「じゃあこれから聞き込み?」

「俺は警察じゃあない。聞き『込む』のは難しいな。だから、街の中を歩いて色んな声に耳を傾けるんだ」


 一般市民である俺が『最近死んだ少女を知らんか?』だなんて聞いて回れば、それこそ警察の厄介になる。ここは地道に、歩いて情報を得る。急がば回れ、とはこのことだな。


「探偵の基本だ。情報は足で稼げ、ってね」

「じゃあおじさん頑張って歩いてね。私浮いてるから」

「腹立つわあ」


 そんなこんな話をしながら、俺は街を練り歩き、幽子は街を練り浮く。


「あらやだ奥さん、素敵な髪の毛」

「あらあら、お上手。実はね美容院を変えてね」


 街の中では、様々な話が飛び交っている。


「婆さん、飯はまだかの?」

「いやですよお爺さん。先週食べたでしょ?」

「毎日食べさせて?」


 一見、何の変哲もないただの日常会話だ。


「磯田! 野球しようぜ!」

「時代はeスポーツだよ中園」


 しかし、必ず手掛かりはどこかに隠されている。


「婆さん、飯はまだかの?」

「いやですよお爺さん。卑しい豚の分際で飯をねだるだなんて、偉くなったものですね?」

「婆さ――」

「女王様とお呼び」


 手掛かりは、必ず。


「磯田!eスポーツしようぜ!」

「またゲームか。いい加減大人になれよ、中園」


 必ず……。



「地味ィ!」


 日が暮れるまで街をぶらついたところで、しびれを切らした幽子が甲高い声で叫んだ。頭を抱えながら体をくねらせて、ゴロゴロと宙を転がっている。いい加減飽きたというか、呆れたというか、辛抱たまらんといった様子である。


「探偵ってこう、くたびれたコートに身を包んで、パイプを吹かして、虫眼鏡持って、黒づくめの奴らと戦って、じっちゃんの名にかけるもんだと思ってたよ!」


 なんだその偏見と創作に満ち溢れた探偵像は。


「あと、この街にはボケた爺さんとDV婆さんと磯田と中園しかいないの!? どうなってんのこの街!?」


 それは俺も思った。


「ただこれで、わかったことがある」


 暴れ回って叫び続ける幽子には目もくれず、俺はいたって冷静にそう言った。それを聞いた幽子は、『ドビュン』という擬音すら聞こえてきそうな勢いで俺のところへ舞い戻ってきて、爛々と目を輝かせる。


「え、ほんと!? さっすが名探偵! なになに?」

「一日中街をうろついたが、不幸な事故が起きたとか、可哀そうにまだ若いのに、だなんて声はひとつもない。お前の死はさほどインパクトのあるものではなかった、ということだ。つまり、事故や事故の類でもないし、突然の訃報といったことでもなさそうだな」


 俺はこの一日で感じたことを、淡々と語り掛けていく。名探偵の圧倒的洞察力の前に、彼女は目を真ん丸にして、あんぐりと口を空けて固まってしまった。


 どうだ、思い知ったか。

 散々舐めた口をきいてくれたが、これでも俺は名探偵。ただのダンディなメンズってだけじゃ、ないんだぜ。


「それ、つまりは『わからないということがわかった』、ってことだよね? ドヤ顔で言ってるけど、何も進展してなくない?」


 ごもっともです、はい。



 ◆



 次の日は、手分けして調査するとした。


 幽子は幽霊の利点を活かし、様々な家屋へ侵入してさらなる情報収集を。俺は葬儀場や火葬場、役所など死者の情報が入ってきそうな施設を。


 生者である俺は、生者にしかできないことをするとしよう。

 耳を掠めるジャズミュージックに身を委ね、煙草に火を付け、ゆっくりと煙を肺に入れ、吐き出す。汚れた体を清めるよう、濃いブラックコーヒーを――


「なに優雅なブレイクタイム決め込んでんのさ。人があくせく働いてるってのに」


 思わず吐き出した。

 そらそうだ、喫茶店の座席から、いきなり少女の顔がにゅっと現れたのだから。


「おま、ブフォッ! ゆうれ、ゲホッ! あくせ、ゲフォオッ!」

「気管支弱いなあ」


 げほげほと咳き込む俺に、店内中の視線が集まるのを感じる。このじゃじゃ馬ゴーストめ、この喫茶店では俺はクールなナイスガイで通ってるんだ。変な目で見られたらどうする。


「ちょっと! こっちが汗水垂らして情報集めしてるってのに、なにさ! 自分はまったりタバコーヒーきめてくれちゃってさあ!」

「幽霊は汗水垂らさんだろ」

「落ち着いてからの第一声それ?」


 小声でそう応えてみせると、幽子は眉間の皺をさらに増やし、大きく頬を膨らませた。


「で、どーだったよ?」


 これ以上不機嫌になられても面倒なので、話題を変える。

 すると幽子は眉間に集めた皺を解き、眉を下げ、ふるふると首を横に振った。


「だろうな」

「……おじさんは何か収穫、あったの?」

「ああ、特大の果実が収穫できたぜ」


 ふんっと鼻から煙を吐き出してやると、幽子は座席から全身を出して俺の周りをぐるぐると回る。その顔は、期待に満ち満ちた表情だ。怒ったり笑ったり、忙しい奴め。


「この喫茶店、新しく女子大生のバイトが入ったみたいでな。さっきコーヒーを運んでくれたんだが、それはもう果実のような尻で――」

「ホントもう、どうしようもないなこの男は」


 瞳から光を消して、じとっとした目線を幽子は俺に送る。

 怒ったり笑ったり呆れたり、忙しい奴め。


「ちゃんとしてよ! もっと探偵っぽいところ見せて! これじゃあ私、いつまで経っても成仏できないよ!」

「焦てなさんな。ある程度の目星はつけてある。明日からは、一緒に調査すんぞ」


 ちょいとリップサービス的にそう言ってやると、幽子は再び顔を輝かせる。


 まったく、ほんと、忙しい奴め。

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