第28話 恋をするということ その2

 無事に距離感を戻した俺とアルファは、ダンジョンにない人間種族の特産品や周辺地図など、目的だったものをある程度買い揃え、昼食を取っていた。


 昼食と言っても、露店で見つけた美味しそうな料理を買い揃えて大きな噴水が目立つ広場で食べるというものだ。

 気に入ったのか、アルファの買ったラインナップの中には昨日食べた串焼き肉も含まれていた。


「もう直ぐ私とディロが出会って一年になるんですか」

「ああ、そうだな」


 俺達は雑談をして出会ってからのことを振り返りながら、買った料理を食べ進める。


「今までは一年一年がとても長く感じていたのに、この一年は経つのがなんだかとっても早かったです。それもディロのおかげなんでしょうね……。はむっ……」

「そうなのかな」

「そうですよ。止まっていた私の時間を再び動かしてくれたのはディロなんですから……。むしゃむしゃ……」

「そっか、それは光栄だな。まあ俺の方がアルファに助けられていると思うけどな」

「ふふふ……。そんなことないと思いますよ?もぐもぐ……」

「それにしても、色々あったよな」

「そうですねえ。知らないうちにダンジョンが壊滅してたり、国の軍と戦うことになったり……。本当に色々ありしたね。私があげたブレスレットも、すごく気に入ってもらえたみたいで嬉しいです。……ごっくん」

「当たり前だ。俺の宝物だっていったろう。だけど、その話は一旦置いておいて……とりあえず、先にそれ食べきっちゃった方がいいんじゃないか?」

「ふえっ!?」


 話しながら、合間合間にもぐもぐと口を動かすアルファに俺は思わずそう提案した。


「いえいえ、大丈夫です。私もディロとおしゃべりするの楽しいですから。だから気にしないでください。口が動いてしまうのは……そう!お肉がおいしいのが悪いのです!」


 何故かアルファは、まるで誇るかのように胸を張ってそう言った。


「ふっ……」


 最近はカッコイイ姿ばかりであまり見なかったので忘れていたが、そういえばアルファはポンコツ属性持ちだったなと今更ながらに思い出し、つい少し笑ってしまった。


「あー!笑いましたね!なんだかバカにされてるような気がします!」


 そんな俺の姿を見たアルファは、どうやらそれが気に入らなかったらしく頬を膨らませ、軽い怒りの表情を浮かべた。


 しかし、その姿は全く怖くない。ただただ可愛く、愛おしさが溢れるだけだ。そんな姿に、思わず俺のいたずらごころが顔を出した。


「いいや、アルファと出会った時のことを思い出してたんだよ」

「出会った時のこと……?」

「うん。そういえば、初めて会った時って、アルファ、裸で踊ってたんだったよなあ……って」


 俺がそう言った瞬間、アルファの顔が見る見るうちに赤くなった。


「うわああああああああ!忘れてくださぁい!!」


 手をブンブンと激しく振るい、真っ赤になった顔は下に向けている。


 その様子を横で眺める俺は、そんな姿も可愛いなと、思わず頬を緩めてしまっていた。



 ◆◇◆◇◆



 昼食を済ませ、再び散策を始めた俺達は面白そうなお店を見つけた。


 決して大きくはないのだが、数多くある露店の中で異彩を放っている。


 他の店は商品を買ってもらうために売り物を通行人の目に留まりやすいようにしているにもかかわらず、その店だけは長めの布を露店の道路側に吊るしているのだ。

 そのため、中で何が売っているのかよく見えない。


 人間種族特有の珍しい物を探している俺は興味が湧いたので、アルファに立ち寄ってみないかと提案した。

 どうやらアルファも同じことを考えていたらしく、俺の提案は直ぐに了承され、俺達はその露店を訪ねてみることになったのだった。


「いらっしゃーい!」


 吊るされた布をくぐった俺とアルファを出迎えたのは一本の角を額から生やした一人の鬼人族の中年の男だった。その男は人のよさそうな温和な顔つきに笑みを浮かべ、元気のよい声掛けと共に俺達を出迎えてくれた。


 吊るされた布の内側では見たことのない物が並べられていた。


 並べられているのは、木製の骨組の間に質の良さそうな紙が張られた片手で持つことのできるサイズの何かだ。


 アルファも見覚えはないらしく、不思議そうにその謎の道具を見つめている。


「無知を晒すようで申し訳ない、これは一体なんなんだ?」


 どういった道具なのか気になった俺は、鬼人族の男に尋ねてみた。


「これは、扇子っていう道具だな」

「せんす?」


 そう答えた男は、売られている扇子を一つ手にとって実演してみせた。


「こうやって扇いで、風を起こして涼むのさ。あっしの故郷の大和之国ではかなり普及している道具なんだがなあ……。こっちの方じゃさすがに知られてねえか」


 男は実演してみせた後、少し肩を落としてそう言った。


 ちなみに、大陸の極東に位置する独自の文化を持つ大国である大和之国は人口の半分以上を鬼人族が占めている。アレックスのパーティーメンバーであるタイガ・トドロキのような人族や獣人族、エルフにドワーフもいるにはいるのだが、隣接しているガスマン帝国と比べるとその数は雲泥の差と言える。

 逆に、鬼人族達は大和之国の独特な文化を好んでいるため大和之国から出るものは少ない。そのため、この男のようにガスマン帝国の西側の端であるここに商人としてやってきているのは鬼人族としては異端といえるのだ。


 まあダンジョンで育ってきた俺がこんなことを知っているのは『【賢】の書いつもの』情報なため、三百年たった今では情勢が変化している可能性は大いにあるが。


「大和之国から来たのか……。すごいな」


 ガスマン帝国と大和之国は隣り合っているとはいってもここは西の端。先ほど購入した地図によると、ガスマン帝国は三百年前よりも更に領土を増やし、今では大陸のおよそ半分を占めていた。それを踏まえると、彼がどれほど遠方から来たかがわかるだろう。


「じゃあこの吊るされている布も大和之国の物なのか?」


 そして俺は、もう一つ気になっていたことを聞いてみた。


「ああ、これは暖簾っていうのさ。これもあっしの故郷では有名なんだがなあ……。まあ外しちまえばいいっていうのもわかんだけどよお、これは商売やる上でのあっしの誇りで拘りなんでえ。外すわけにはいかんのさ」

「なるほど、暖簾というのか。覚えておく。だがよく見るといい味を出しているな」

「おお!兄ちゃん、見る目あんじゃねえか!」


 上機嫌な店主に微笑ましく思っていると、横にいるアルファが並べられている扇子の中の一つをじっと見つめていることに気がついた。

 その扇子はアルファの髪色と同じ美しい白を基調とした上に、綺麗な桃色の花びらが描かれているものだった。


「どうした?それが気になるのか?」

「おうおう!二人揃って見る目あるなあ!どうだ兄ちゃん、男見せて買ってくか?折角の縁だし安くしとくぜ?今なら金貨一枚だ」

「金貨一枚!?さすがにそれは……」


 アルファが驚愕の声を上げた。だが、驚くのも無理はない。金貨一枚とは即ち銀貨百枚だ。お世辞でも安いとは言えない。

 しかし、先人達と冒険者からの剥ぎ取りのおかげで俺の懐は非常に潤っている。加えて、普段はお金の使い道がないのだ。正直金貨一枚程度なら問題は全くない。


「分かった。買おう」


 まあ自分で稼いだお金というわけではないのは何とも格好がつかないが、魔族であることを考慮してその点には目をつぶってほしい。


「おお、兄ちゃんやるなあ!まいどあり!」


 そうして俺は、金貨一枚と引き換えに扇子を受け取り、アルファに手渡した。そして鬼人族の店主に一声かけて店を出た。



「あんなに高い物……本当によかったんですか?」


 店から出た後、即決した俺に対してアルファは申し訳なさげに聞いてきた。


「大丈夫だよ。一応お金には余裕があるし……気に入ったんだろう?それに俺はアルファにブレスレットを貰っているから、そのお返しみたいなものさ」

「そんなの全然釣り合ってませんよ……。でも、ありがとうございます」

「ああ」


 お礼を言いながら嬉しそうに微笑むアルファを見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。


 まあ正直、釣り合っていないはこっちのセリフだ。やはり、アルファが手間暇かけて用意してくれたあのブレスレットには、何かしら自分の努力によって用意したプレゼントで返したい。

 アルファはそんなこと気にしないかもしれないが、これは俺の気持ちの問題だ。


 そんなこんなで問答を終えた俺達は、散策という名のデートを再開したのだった。

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