第29話 恋をするということ その3
その後も色々なお店を見て回っていた俺達だったが、気づけば辺りはすっかり暗くなっていた。
夕食は宿で取るつもりだったのでまだ済ませていないが、夕方までちょくちょく買い食いをしてしまっていたため、まだあまり腹は空いていない。
そんな俺達だったが、今はちょっとした高台に来ている。ちょっとした丘のようになっているこの場所は、このルクハレで一番標高が高い。そのため、ルクハレの街並みを一望できるのだ。
高台から見える景色は、キラキラと輝く夜空の星と、淡い光が広がる街並みが見事にマッチしてとても美しいものとなっていた。
俺達は置いてあった二人掛け用のベンチに腰掛け、話し始めた。
「キラキラと輝いて、本当に美しい光景ですね」
「ああ……そうだな」
「もう、今日が終わっちゃいますね……」
「おう……。それじゃあさ、もし嫌じゃなかったら、また、デート、してくれないか?」
「……ふふ。ええ、もちろんいいですよ」
二度目の誘い。一度目ほどではないものの、俺はまた少し緊張して言葉がつかえてしまった。そのことが気恥ずかしかったが、それよりもアルファが了承してくれたことが嬉しかった。ただ、どうしても気恥ずかしさは残ってしまうもので、俺は話を逸らすことにした。
「それにしても、扇子、折角買ったのに全然使わないじゃんか」
そうなのだ。実はアルファ、俺から受け取った扇子を大事にするあまり、大切そうに抱え込むだけで全然使おうとしないのだ。まあ、そんな姿も可愛いかったのだが。
俺からそのことを指摘されると、アルファは思わずといった様子で声を荒げた。
「しょ、しょうがないじゃないですか!こんなに綺麗で高い物……盗まれちゃうかもしれません!もし盗まれちゃったら私、泣いちゃいますもん!」
「でもなあ、全く使わないっていうのもどうなんだ?」
「安全なダンジョンに帰ったらちゃんと使いますぅ!」
頬を膨らませて必死に訴えてくるアルファ。ヤバい、カワイイ。
そんなアルファの姿に、俺は思わず口元をにやけさせて気持ちの悪い笑みを浮かべそうになったので慌てて話を逸らす。
「ところで……今日は、楽しかったか?」
「急に話を逸らしましたね……。なんかやましいことでもあるんですか……?」
中々に鋭いじゃないか……。だが、お前のかわいさが悪いのだ!俺はこのまま素知らぬふりを続けるぞ!
「まあまあ。それで、楽しめたか?」
「なんなんですか全く……。うーん……ええ、そうですね。じゃあ折角ですし、ご要望通り扇子も使ってお答えしますね」
俺はアルファの言っていることがイマイチよく理解できず、思わず首を傾げてしまった。
しかし、アルファはそんなことお構いなしに買ってから一度も開いてなかった扇子を開いた。
そしてそのまま扇子を口元に添えると、少し恥ずかしいのか頬を軽く紅く染めつつ笑顔でこう言った。
「はい!とっても楽しかったです!ディロ……今日はありがとうございました!」
可憐、妖艶、優美……。その表情は、どんな言葉で表しても物足りないのではないかと思えるほどに綺麗だった。
そして、俺はそんなアルファの姿を見て、思わず固まってしまったのだ。
バックに映る星空も相まって、俺の最初の最高の思い出であるあの誕生日の日のことを思い出したがために。
俺は星空が好きだ。……ずっと、そう思っていた。
この高台に来たのも、アルファと一緒に星空を見たかったという思いが強い。
そう、アルファと一緒に星空を見たかったのだ。
そもそも、俺が星空を特に好むようになったのは誕生日の夜、アルファと一緒に箱庭の中で星を眺めてからだ。
そして気づいた。
俺は、アルファと共に見る星空が好きなのだと。
俺は、これから先もずっとずっと、アルファと一緒に星空を眺め続けたいのだと。
不老となったこの身で、いつまでも彼女の隣に居たいのだと。
それに気づいた途端、俺のアルファに対する想いがより一層強くなるのを感じた。
アルファと過ごしたこの一年のアルファの仕草が、表情が、言葉が、思い出と共に一気に俺の頭の中を過ぎ去った。
実際の時間はたった数秒だっただろう。しかし、その数秒で俺の想いは抑えきれないほどに強くなっていたのだ。
そしてーー。
「好きだーー」
その言葉は、自分でも驚くほど自然に口から出ていた。
俺が思わずそう口に出してしまったのと同時にアルファも何か言っていたようだが、聞き取ることができなかった。
「え……?」
そのアルファも突然の俺の告白に戸惑っている。とりあえず、今はさっきアルファが何と言ったのかというよりも自分のことの方が大切だ。口に出してしまったものはしょうがないと、アルファに俺の気持ちをよく理解してもらうためにもう一度ハッキリ想いを伝える。
「アルファ……好きだ。俺とーー付き合ってほしい」
今度こそしっかり状況を理解できたらしく、アルファは嬉しそうな顔をした。しかし、直ぐに悲しいような、困ったような表情になってしまった。
そして、そのままアルファは口を開いた。
「ありがとうございます。とっても嬉しいです。でもですね……私は、ディロより数百年も長く生きている
そう答えるその表情はさっきまでとは真逆で、悲痛という言葉が相応しいものとなってしまっていた。
もしかすると、
だが……。
「そんなことは関係ない」
俺からしたらそんなことは問題ですらないのだ。
「どうせ不老なんだ。これから何千年も生きることになるのに、たかが三百年くらい何の問題もないだろう?」
三百年?だからなんだ!
「それでも…………。私は、
「そんなこと、全く気にしない。自分で言ってたじゃないか、子どもだって作れるってさ。じゃあどこが人と違うんだ?ほら、アルファは普通の人間と何も変わらない」
「綺麗で、可愛くて、強くて、優しくて、かっこいいのにちょっとどこか抜けている女の子。それがアルファだ。そんなアルファに俺は惚れたんだ。細かいことはどうでもいい」
「でも!それでも!」
まるで駄々をこねるように叫ぶアルファを俺はギュッと抱きしめた。
ピタッと声を荒げることを止めたアルファを抱きしめたまま、俺は問いかける。
「大丈夫。それはもうわかったから。だからさ、アルファが俺のことをどう思っているかを教えてくれ」
そう問われたアルファの目からは、ポロポロと涙がこぼれ落ちていた。そして、涙を頬に伝わせながらアルファは言葉を紡ぎ始めた。しかし、今度は先ほどのように「でも」を繰り返すような一辺倒のものでは無くなっていた。
「そんなの…………好きに決まってるじゃないですか!ずっとひとりぼっちだった私を救ってくれて!色んな物を与えてくれて!思い出もいっぱいくれて!……好きにならないわけないじゃないですか!」
アルファの口からは、堰を切ったように言葉が溢れてきた。
「なら、それでいいじゃないか」
アルファの返答を聞いて充足感に包まれた俺は、アルファの耳元でそう囁いた。
俺のその言葉に一瞬ビクッとしたアルファは、姿勢を正し、俺の目を見て恐る恐るといった感じで俺に問いかけてきた。
「本当にいいんでしょうか?」
俺はアルファをもう不安にさせないように、その問いにハッキリと返答する。
「いいに決まってるだろ」
そこで漸く顔を少しほころばせたアルファは、再度確認するように俺に問う。
「私は不老ですから、何百年も何千年も、ずっと好きでいてもらうことになるんですよ?」
そんなことは大した問題じゃない。何の心配もいらないのだと理解してもらえるように俺は言う。
「余裕だね。何なら元からそのつもりだよ」
そう言い切った俺を見て笑顔を取り戻したアルファは、座っていたベンチの上に正座をして、俺の待ち望んだ言葉を紡いだ。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
そう言ってくれたアルファの目を見て返事をする。
「ああ」
そしてそのまま、肩をだいて軽く唇を合わせた。
唇を離した後はベンチに座ったまま手を繋ぎ、これまでの事ではなく、これからの事を語らいあった。
幸せという言葉を体現したような時間だった。
◆◇◆◇◆
しばらく余韻に浸っていると、ふと、アルファが思い出したように呟いた。
「待ってください……。そういえば、この高台、ちらほらとですけど私達以外にも人がいましたよね……?もしかして……全部見られて、聞かれてたんでしょうか……」
なん……だと……。
いや、それはさすがに恥ずかしすぎるんだが!?アレックスとかに聞かれてたらシャレになんねえんだがぁ!?
「まじ……か……?」
そこで俺は、俺とアルファの周囲を包む不自然な風と霧に漸く気がついた。
「なんだ、これ?」
俺が思わずそう問いかけたその時ーー。
「おめでとー!!王様!アルファ様!」
「うおっ!」
「きゃっ!」
近くの茂みからモアが飛び出てきた。
そして自慢気に小さな胸をそらしてこう言った。
「心配いらないよ!《
そうモアが言った途端に不自然な風と霧は消え去った。うん。いくら二人の世界に入っていたからといって、これに気づかないのは流石にやばいな。
「わたしの魔法で声も姿も隠してたから大丈夫だよ!それにしても……絶対両想いなのにもどかしかったから一歩進んでくれたのは嬉しいんだけどさ、一気に進みすぎだよ!わたしすっごく焦ったんだからね!」
そう訴えながら俺とアルファの周りをビュンビュンと飛ぶモアに、俺達は苦笑いを浮かべるしかなかった。
そして少し三人でわちゃわちゃと話した後、俺達は『森の木漏れ日亭』への帰路についた。
行きと違うことは、俺の服の中にモアがいること。
そして、 アルファと手をつないでいることだ。
ただ手をつないでいるだけなはずなのに、不思議と手のひらだけでなく胸の奥もポカポカと暖かくなってくる。
こうして、俺とアルファは晴れて恋人同士となったのだ。
……ん?そういえば、俺が気持ちを伝えた時、アルファも同時に何か言っていたな。あれは一体何と言っていたんだろう。
「なあ、アルファ。少し気になったんだが、俺が告白した時アルファは何て言おうとしてたんだ?」
俺にそう聞かれたアルファは頬を軽く紅色に染めて「ふふっ」と微笑んだ後、タッタッタと早足で俺の数歩前に出て、両手を後ろに回してクルッと振り返り、ニヤッとした笑みを浮かべてこう言った。
「ひみつでーす!」
その姿はとても可愛らしいのだが、そう言われると余計に気になるのが人の性というものだ。あの時一体、彼女は小声で何と言っていたのだろうか。
だがしかし、それは彼女にしか分からない。俺にとっては永遠の謎となってしまったのだった。
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