閑話 とある人造人間の初恋
お久しぶりです。
あの後、人間種族の軍が攻めて来るなんていう大事件があったのですが、それは問題なく解決し、私は相変わらず幸せにやっています。
いえ、むしろ日に日に幸せ度合いが増していると言っても過言ではありません。
箱庭の中は、新たな魔物の仲間達が加わって更に賑やかになっています。
みんな個性的ですけど、いい子たちばっかりです。
もう孤独におびえることはありません。
そうそう、私って実はとても強かったことが分かったんですよ。
この力はきっと、私が大切なものを守れるようにと与えられた力なんでしょうね。
エドガー様達には感謝しかありません。
実際私はこの手で人を殺めています。正直、最初は怖くて気持ち悪くて身体の震えが止まりませんでした。
でも、もう迷うことはありません。
何があっても私が、ディロを、そして仲間達を守ってみせるのです。
◆◇◆◇◆
さて、そんな私が今どこにいるのかと言いますと、なんとダンジョンを出て人間種族の街へと来ております。
もちろんディロも一緒です。他にはモアちゃんやツヴァイ達も居ますよ。ちなみに、ディロは【闇】属性の魔法で肌の色を変えています。そんなこともできるなんて、魔法ってすごいですよね。
そうだ!なんとディロは魔王になったんです!魔王になった一番の理由が、不老の私に寂しい思いをさせないためだなんて嬉しいことを言ってくれますよね。
最近のディロは魔王らしさを身につけたいらしく、言葉遣いを威厳あるものに変えようとしてるみたいなんですよ?
ディロには悪いですけれど、その姿は正直ちょっと可愛いらしいです。まあ私は言葉遣いなんてそのままだって良いと思うんですけどね。
ただ、ディロの私や魔物達を守るためなら自らを犠牲にすることを厭わない姿勢は不満に思っています。
ディロは自分のことを軽く考えすぎなのです……。今のディロは魔王なんですよ?もっと自分の身を守るために私たちを使うくらいの態度でもいいと思うんです。それに……私や魔物の皆はディロがいない世界で生きている意味がないと思ってしまうくらいには、もうディロのことが大好きになってしまっているんですから!もう本当にディロはそのことをわかってないのです!今日だって私をかばうように厳つい見た目の冒険者の前に出て……。そりゃあもちろんその姿はかっこよかったですけれど……あ、えっとそうじゃなくって……私だって強いんですからもっと頼ってくれてもいいと思うんですよ!全く!!
ゴホンッ。失礼しました。取り乱してしまったようですね。
ああ、そうそう実はダンジョンの外に出るというのもディロの提案なのです。私も最初に聞いた時はビックリしてしまいました。
けれど、私はダンジョンから出たことがなかったので新鮮なものばかりで楽しいです。
ディロと一緒だからというのもあるかもしれませんね。
ディロと一緒にいると、飽きることがありません。私ももう三百年は生きているのに体験したようなことばかりなんですよ?
それに何より、ディロの隣は居心地がいいのです。一緒にいるとポカポカと心が温かくなります。
ふえっ!?
ディロディロってそんなにディロのことが好きなのか、、ですか?
えーっと、、ですね……。……はい。
そうですよ!好きですよ!!
最初の頃は身体がちょっと熱くなる程度だったんですよ?でも段々ディロと話していると胸がドキドキするようになって、身体の火照りも強くなって……。病気かと思って調べても該当する症状は出てこなくてさすがの私も気づきましたよ。
ああ、私ディロに恋してるんだなあって。
うう……。
あ!でもアインスと一緒にはしないでくださいね?私はあそこまではしたなくはないですよ!?
でも、この想いが叶うことは諦めているのです。私のように異性としてなのかはわかりませんが、ディロが私のことをよく思ってくれていることはわかっています。
でも、ディロは魔王。片や私は魔族どころか本物の人間ですらない
そうです。
魔王は他のダンジョンの魔王の親族と結婚をすることで、ダンジョン間の結びつきを強くすることがあります。そうすることで、互いのダンジョンに何かあった時に助け合うんですね。
魔王にとっての結婚とは単純なものではなく、色々な意味を持つものなのです。
仮に私がディロと結ばれることができたとして、私が正室になったとしましょう。そうなった場合、予め側室という条件で婚約してくれる魔王なんてたかが知れていますし、いざという時は切り捨てられるでしょう。
つまり、実力のある魔王には後ろ盾になってもらえず、手を取り合うことができる魔王の選択肢も大幅に狭まってしまうわけです。
私が側室になるという選択肢もありますが、ディロが迎え入れる正妻は十中八九魔族でしょう。だとすれば、魔族ですらない私が側室になるなんて許可がもらえるはずありません。
魔王として不老となり、私を独りにさせないと言ってもらえただけで私は十分満たされています。
そこまでしてもらっておいて、これ以上私がディロの人生を縛るわけにはいかないですよ。
ディロのことが大好きだからこそ、ディロには幸せになって欲しいのです。
まあ、それでもあわよくばと思ってしまう私には、我ながら浅ましさを感じてしまいますね。いつから私はこんなにこらえの利かない女になってしまったのでしょうか。
そのディロなんですが、少し難しい顔をしています。
今はこの人間種族の街ルクハレに来て一日目の夜で、ちょうど夕食を食べ終わったとこなんですが、どうやら先ほど親しくなった冒険者の方達と敵対することになりそうみたいなのです。
冒険者ギルドから出て少ししたところでディロにそのことを伝えられた時は私も驚いてしまいました。
でも、それだけです。例え誰が相手でも、私の家と仲間は守ってみせます。
ただ、直ぐに割り切ることのできた私と違ってディロはそのことに頭を悩ませてしまっているようです。ディロは本当に優しいですからね。
まあ何があっても私はディロについていきますよ。いざという時は、汚れ役だって引き受ける心づもりです。
そんなことを私が思っていた時に、ディロが
「なあ、アルファ。明日の予定だけど、折角、人間種族の街にな、来たん、だし、その、デートでも、しないか?」
「ふえっ!?」
「ふええぇぇぇぇえl?デ、デートですかあ!?」
だから、私が思わずそんな反応をしてしまったのも正直不可抗力だったと思います。
こうして私は、三百年以上生きてきて人生初のデートに行くことになったのです。
◆◇◆◇◆
ディロとのデートは最高に楽しいものでした。
最初の方はお互い緊張してぎこちなくなってしまっていたのですが、だんだん距離感を取り戻すことができました。
さらにですね、東方にある大和之国というところの扇子という特産品までプレゼントしてもらっちゃったんですよ?
この扇子が本当に綺麗で、最初に見かけた時は思わず目が釘付けになってしまいました。かなり、いい値段をしていたんですけど、ディロは買ってくれちゃいました。
この扇子はもう、私の宝物です。
そんな私達は、デートの締めくくりにとこのルクハレの街並みが一望できる高台に来ています。
そして、美しい星空と建ち並ぶ家の淡い灯りがよく見えるベンチに腰を落ち着けて話し始めました。
「キラキラと輝いて、本当に美しい光景ですね」
「ああ……そうだな」
「もう、今日が終わっちゃいますね……」
「おう……。それじゃあさ、もし嫌じゃなかったら、また、デート、してくれないか?」
「……ふふ。ええ、もちろんいいですよ」
またデートしようだなんて、何だか私たち本物の恋人同士みたいです。気分が高揚している私は、思わずそんなことを思ってしまいます。
「それにしても、扇子、折角買ったのに全然使わないじゃんか」
「しょ、しょうがないじゃないですか!こんなに綺麗で高い物……盗まれちゃうかもしれません!もし盗まれちゃったら私、泣いちゃいますもん!」
「でもなあ、全く使わないっていうのもどうなんだ?」
「安全なダンジョンに帰ったらちゃんと使いますぅ!」
ディロが何かぐちぐちと言ってきます。でも、仕方ないじゃないですか。宝物なんですから。大切にしているということで許してほしいものです。
「ところで……今日は、楽しかったか?」
ディロがふと、そんなことを聞いてきます。そんなの当たり前じゃないですか。
ただ、今明らかに急に話題を変えたのは気になりますね。
「急に話を逸らしましたね……。なんかやましいことでもあるんですか……?」
「まあまあ。それで、楽しめたか?」
流されてしまいました。
まあいいです。なんて言っていたのかは気になりますが、ここは見逃してあげましょう。
それよりも、物分かりの悪い
そんなことは愚問だと。
「なんなんですか全く……。うーん……ええ、そうですね。じゃあ折角ですし、ご要望通り扇子も使ってお答えしますね」
だから私は先ほどディロに買ってもらった自らの宝物である扇子を広げて口元に添え、全力で自分の気持ちを伝えます。
「はい!とっても楽しかったです!ディロ……今日はありがとうございました!」
私がそう言うと、ディロはポカンとした間抜けな顔浮かべてしまいました。
一体どうしたというのでしょうか。
でも、そんな間抜けな顔も私にはとても可愛らしく思えてしまいます。きっと、恋は盲目とはこういうことなんでしょう。
もしかすると、今ならば自分の想いをポツリと口に出してしまってもディロには聞こえないかもしれません。
聞いてほしいようで聞かれたくない、聞かれるべきであって聞かれてはならない、そんな想いを。
胸の高鳴りが止まらないまま、私はディロに聞こえるか聞こえないかわからないくらいの小さな声で自分の想いを呟きます。
「大好きですーー」
「好きだーー」
しかし、その場に響いたのは私の声ではなかったのです。
私の声は他ならぬディロによって、覆いかぶさるように、あるいは包み込むように、かき消されたのです。
「え……?」
思いもよらない出来事に、私は思わず聞き返してしまいます。
「アルファ……好きだ。俺とーー付き合ってほしい」
今度は私の目を見てハッキリとディロは言いました。
私は自分の胸の奥が燃え滾るマグマのように熱くなり、ドクンドクンと脈打っているのを感じます。
恐らく、私の顔は人生で最も赤くなっていたことでしょう。
胸の高鳴りは限界を超えてさらに激しくなり、自分の気持ちが舞い上がっているのを感じます。
嬉しいーー。
そう心から思えました。
でも、それを認めるわけにはいきません。私のせいでディロを不幸にはしたくないのです。
私はディロの言葉に飛びついてしまいたいのをグッとこらえて口を開きます。
「ありがとうございます。とっても嬉しいです。でもですね……私は、ディロより数百年も長く生きている
「そんなことは関係ない」
私が返答した直後、ディロはキッパリとそう言いました。
「どうせ不老なんだ。これから何千年も生きることになるのに、たかが三百年くらい何の問題もないだろう?」
「それでも…………。私は、
「そんなこと、全く気にしない。自分で言ってたじゃないか、子どもだって作れるってさ。じゃあどこが人と違うんだ?ほら、アルファは普通の人間と何も変わらない」
なんでそんなことを言うんですか……。そんなことを言われたら……折角決心した気持ちが揺らいでしまうじゃないですか…………。
「綺麗で、可愛くて、強くて、優しくて、かっこいいのにちょっとどこか抜けている女の子。それがアルファだ。そんなアルファに俺は惚れたんだ。細かいことはどうでもいい」
聞いているこっちが照れてしまうような言葉をディロは紡ぎます。
そんな風に思ってもらえていたのかと更に気持ちが高鳴る中、その気持ちを押さえ込んで未練を振り切るように声を絞り出します。
「でも!それでも!」
それなのに、ディロはそんな私を優しく包み込んでくれました。
「大丈夫。それはもうわかったから。だからさ、アルファが俺のことをどう思っているかを教えてくれ」
耳元でそう言われて、ディロの匂いが、ぬくもりがこれでもかというほどに伝わってきます。
ダメですね。もうこれ以上自分の気持ちを抑えきれそうにありません。
ダメだダメだと思いながらも、遂に私は素直な気持ちをディロの胸の中で吐き出してしまいます。
「そんなの…………好きに決まってるじゃないですか!ずっとひとりぼっちだった私を救ってくれて!色んな物を与えてくれて!思い出もいっぱいくれて!……好きにならないわけないじゃないですか!」
言ってしまいました。
ディロの人生をこれ以上縛らないためにと胸にしまうことを決めた自分の想いを。
「なら、それでいいじゃないか」
ただ、やってしまったという諦念や後悔に苛まれながら、言ってやったという優越感と達成感に浸っているというごちゃごちゃであまりにもあんまりな心情の私に対し、落ち着いた様子のディロはそう言いました。
「本当にいいんでしょうか?」
私はディロに問いました。きっと私は、その幸せを享受する権利を誰かに認めてもらいたかったのだと思います。そして、自分じゃ踏み出せない最後の一歩を踏み出すために、ディロに背中を押してほしかったのだと思います。
「いいに決まってるだろ」
いいのでしょうか。こんな私の、どうしようもない私のわがままを叶えてしまっても。既に十分恵まれ過ぎている私が、これ以上幸せになってしまっても。
「私は不老ですから、何百年も何千年も、ずっと好きでいてもらうことになるんですよ?」
「余裕だね。何なら元からそのつもりだよ」
いまひとつ決心をつけきれない私の最後の悪あがきにも、ディロは即答してくれました。
私は頭を振ってうだうだとした余計な考えを振り払い、今の自分の感情に寄り添った素直な表情である笑顔を浮かべて言いました。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
「ああ」
そしてそのまま、私は唇を奪われました。
今までで一番幸せな瞬間でした。
そうそう、その後ディロに告白の時何と言ったのか聞かれたのですが、秘密と答えておきました。
実は想いを伝えたのではなく伝え合っていたのだという事実は。
お互いの想いが溢れ出した瞬間は重なっていたのだという想い出は。
私の胸の奥にしまっておこうと思います。
私は
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