第26話 交わらない思い

 俺は、アレックスの口からどこかで聞いたことがあるような経歴を持つダンジョンの話が出てきたことに対する驚愕を表情に出さないように注意しながら拳を握りしめる力をゆっくりと緩めた。


 幸いにも、アルファは今巨漢の武闘家タイガ・トドロキとホビットの斥候ミーシャとの会話が盛り上がっていてこちらに意識は向けていないようだった。

 彼女は俺よりも内心が表情に出やすいので良かったと言えるだろう。


 ただ、折角親しくなった彼らと対立することがほぼ確定であるという事実にはかなりショックを受けてしまうに違いない。

 孤独だった期間が長かったアルファは人との触れ合いに飢えていると言っていい。基本的に気持ちを割り切っている俺ですら動揺しているのだ。そんな彼女がショックを受けないはずがない。


 服の中からモアが心配そうにこちらを見つめている姿が視界の端に映る。



 まあ対立が避けられなさそうなのは理解した。とりあえずは状況を整理しよう。


 まず……アレックスはなんて言った?【不落級】の"殲滅"の迷宮?何その名前からして地獄みたいな場所。俺だったら絶対近づかないわ。

 そもそも【不落級】ってあれでしょ?一流冒険者しか挑むことすら許されないレベルのダンジョンなんでしょ?うちのダンジョンが?まっさかあ~。だってたったの五階層だよ?

 そういえば前に「最近は来る人間の質がちょっと上がった」的なことを魔物達が言ってた気がするけど……え?そういうこと?知らないうちにダンジョンの等級が上がってたから来る冒険者も強くなってたと?

 ん?まって。てかそれでなの?え、じゃあうちの魔物達どんだけ強くなってんの?

 まあ一国の軍を壊滅させた挙句、ダンジョンに入った熟練冒険者を綺麗に一人残さず生きて返さなきゃそりゃあ"殲滅"なんて二つ名が定着しますよねー。

 ふぅ、聞いてくださいよお、奥さん~。知らない間にぃ、私の家めちゃめちゃ物騒になってたんですけどぉ、本当ぉ、笑えますよね~。ハッハッハ!!…………って、笑えねえよ!


 さて、現実逃避はこのくらいにして……。


 つまり、最近認知されたばかりの癖にいきなり【不落級】まで昇格して、優れた冒険者を次々に返り討ちにしているダンジョンの噂を聞きつけたから、わざわざ遥々ガスマン帝国は帝都ヴァレシナから一流冒険者がやってきちゃったってことか……。あれ?自業自得じゃね?


 でもまあダンジョンに侵入してきた冒険者に好きにさせるわけにはいかないし、仕方ないか。最悪の場合は箱庭の中に逃げればいいしな。ただ、これからどんどん強い冒険者がやってくるとなると対策とダンジョンの強化は必須か……。



 俺がそんな風に自分の考えをまとめ終えたところで丁度アルファが戻ってきた。


「険しい顔してますけど、どうかしたんですか?」

「ああ、ちょっとね」


 アルファは俺の様子が少し変わったことに気づき、疑問に思ったようだ。


 俺は適当な理由を付けて酒場を出ることにした。いずれ殺し合わなくてはならないかもしれない相手との親交をこれ以上深めてしまうと、いざという時に迷いが生まれてしまうと思ったからだ。まあもう割と手遅れかもしれないが。


 昼食を食べ終えてからかなり時間も経ち、既に夕方なので不自然ではない。


「それじゃあアレックス、俺達はそろそろお暇させてもらうとするよ。お昼、ごちそうさま」

「ん?もうかい?もっとゆっくりしていってもいいんだよ?」

「いや、魅力的な相談だけどまだ宿を決めてなくてね」

「そうだったのか。うーん、僕達の泊っている宿はかなり高額だからな……。そういえば、この街の冒険者が『森の木漏れ日亭』という宿が安くて良い宿だって言っていたのを聞いたことがある。一度行ってみたらどうかな?」

「わかった、ありがとう。あ、そうだ。一つ聞いてもいいか?」

「もちろん。なんだい?」


 俺は、折角の機会なのでアレックスに前々から思っていたことを聞いてみる。


「ダンジョンに暮らす魔族と人間種族は分かり合うことはできないと思うか?」


 アレックスは一瞬驚いたような表情を見せた後、少し険しい顔となった。


「そもそも、魔族と人間種族の見た目的な違いは肌の色だけだろ?それに魔族にも感情がある。なら分かり合うこともできるんじゃないか?」

「それはとても面白い考え方だな。だけど……」


 真剣な雰囲気へと変わったアレックスは一瞬の溜めの後ゆっくりと自分の考えを語り始めた。


「それは無理だろう。確かに魔族も人間種族も見た目はさほど変わらない。だが、魔族が創る"魔物"という存在は大きな問題だ。僕は、ダンジョンから溢れて野生化した魔物のせいで家族や友人を失った一般人をたくさん知っている。ただ、魔物はいくら狩っても決していなくならない。魔物を完全に滅ぼすには大本である魔族の討伐が必要不可欠だ。仮に魔族が魔物を創らなくなったとしても、魔物に殺された人達のことを覚えている者がいる限り遺恨は残り続ける。

 それに、魔族側もわざわざ住居であるダンジョンに乗り込んでまで命を狙いに来る人間種族と手を取り合いたいたいとは思わないんじゃないかな?実際、唯一"国"という形をとって一定の土地を統べている魔王である『女帝』も、独立した政策を取っていると聞くしね」


 何となく賛同されないのは分かってはいたが、面と向かって言われるのは心にくるものがある。


「魔族にも家族や友人がいるだろう。魔族には魔族の生活がある。静かに誰にも迷惑をかけずに暮らしている魔族もいる。それでも、魔族だからと滅ぼさなくてはならないのか?」

「それでも、だ。人間種族は人間種族の生活を守るために魔族の命を奪い、魔族は魔族の生活を守るために人間種族の命を奪う。絶対に分かり合うことはできない。ならば、僕は人間種族にとっての守護者でありたいと思う」

「そうか……答えてくれてありがとう」


 どうやら少し熱くなりすぎてしまっていたようだ。


 アルファは不安気に俺の方を見ているし、アレックスのパーティーメンバーも何事かとこちらの様子を伺っている。


「変な質問をして悪かった。じゃあ、俺達は行くよ。アレックス……最後に、忠告だ。"殲滅"の迷宮には行くな。後悔するぞ」


 アレックスと出会ってから最も真剣な表情で俺は言った。


「それは……できない。僕達は"殲滅"の迷宮を攻略する」


 アレックスも真剣な顔で俺と目を合わせて言った。


 分かってはいた。彼の目的が俺達の暮らすダンジョンであった時点で対立は避けられないと。しかし、どうしても言いたかった。悪あがきというやつだ。


「そうか。明日からもう向かうのか?」

「いいや、今この周辺の森でAランクの魔物フォレストドラゴンが出没しているらしいから、それが討伐できたらになると思う。幸い目撃されたのは人里から離れた場所だったみたいなんだけどね。今はドミニクさん達が探してくれているけれど、フォレストドラゴンは木々に擬態してじっとしていることが多い。恐らく簡単には見つけることができないだろうから協力するつもりだ」

「分かった。健闘を祈るよ」


 俺に関してはどの口が言ってんだという感じである。


 だけど仕方がない。


 俺と彼の思いは決して交わらない。


 それがとても残念だ。


 もし、どちらかの生まれが違ったならば、彼とは良き友人になっていたかもしれない。


 そんなことを思わず考えてしまうほどには、この短い時間で俺はアレキサンダーという男を気に入ってしまっていたようだ。


 初めてある程度気を許すことのできた同年代で同性が相手だからだろうか。


 もしかすると、俺もアルファと同様に人との触れ合いに飢えていたのかもしれない。


「それじゃあ、


 俺は最後にそう言って冒険者ギルドの階段を降りた。


 礼儀正しく一人一人に挨拶を済ませてから慌てて追いかけてくるアルファの足音が後ろから聞こえる。


 アレックス……。


 次は"魔王"と"勇者"として、また会おう。

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