第27話 恋をするということ その1

 冒険者ギルドを出た後、俺達は勧められた『森の木漏れ日亭』で宿を取った。今は夕食を食べ終わって部屋でまったりタイムだ。


 アレックスの件について考えなければならないことは色々とあるが、彼の話を信じるならば直ぐに俺達のダンジョンに向かうわけではないらしい。なので、街での行動は予定通り続行するつもりだ。無論アレックスが噓をついている可能性はあるが、俺にはあのアレキサンダーという男があの場面で噓をつくとは思えないのだ。我ながら、相当絆されたものであると呆れてしまった。


 ちなみに、宿の部屋はツインである。なんだろう、この試合に勝って勝負に負けた感は……。くそっ、ダブルからのラッキースケベ展開は俺にはまだ早いということか……。

 まあ部屋の中にはモアやツヴァイ達も出ているので間違いなど起こりうるはずもないのだが。


 宿に関しては正直お金はあるので高い所でも良かったのだが、敵対が確定した後でアレックス達と同じ宿に泊まるのは何となく嫌だったため、確実にいないであろうここにした。


 そして、俺がアレックスと交わした会話の内容については、冒険者ギルドを出た直後にアルファに話している。意外なことに、アルファは一瞬悲しそうな顔をしたものの直ぐに割り切ることができたようだ。

 なぜ割り切れたのか理由を聞いたところ、「私にとって一番大事なのはダンジョンの皆ですから!」と答えて笑顔を向けてくれた。


 俺は単純に、強いなと思った。


 だが、そんな風に言ってくれたアルファのおかげで俺も少し気持ちが軽くなったのは事実だ。


 もしかすると、アルファが魔王をやった方がいいのではないだろうか?そんなことを思わず考えてしまったことは内緒である。


 アルファは本当に魅力的な女性だと思う。それこそ、人造人間ホムンクルスで既に数百年生きているなんてことがどうでもよく思えてしまうくらいに。むしろ、それすらも彼女の魅力と言えるのかもしれない。


 いつからだっただろうか、俺が彼女に惹かれるようになったのは。


 俺とアルファが出会ってもう直ぐ一年になる。俺は気づいたら彼女の姿を目で追うようになっていた。


 彼女の笑顔に、かけてくれる言葉に、愛おしいという感情を抱くようになった。


 俺はアルファに恋をしている。


 そうだ。折角ダンジョンの外に出てきたんだし、デートにでも誘ってみるか……?


 いや、一日のほとんどを一緒にいるとは言っても、俺とアルファは付き合っているわけではない。それどころか、異性として意識されていない可能性すらある。


 そんな中でそんなことを言えば、引かれてしまうかもしれない……。そもそも真に受けられず、冗談だと受け取られてしまう可能性だってある。


 ……弱気になりすぎだろうか…………。だが、元々明日は地図等の生活用品や人間種族の特産品、希少なものなどを買うために市場や商店などに行く予定だった。それをデートと宣言することで、仮にアルファに異性として意識されていなくても、少しは考え方を変えてもらえるきっかけになるかもしれない。


 ええい!当たって砕けろだ!


 俺はバックンバックンと心臓を鳴らしながら、喉の奥から絞り出すように声を出した。


「なあ、アルファ。明日の予定だけど、折角、人間種族の街にな、来たん、だし、その、デートでも、しないか?」


 俺は緊張で何度も言葉に詰まりながらも、頑張ってさも当然のことのようにそう提案した。


 対するアルファは耳に入った情報がまだ理解できていないのかポカンとした表情を浮かべている。


 後ろの方でモアが驚いているのが見える。おい、何だその反応。そんなに俺がデートに誘ったのが意外か?ああん?


「ふえっ!?」


 どうやら漸く処理が追いついたようだ。コテンと首を傾けている。……カワイイ。


「ふええぇぇぇぇえl?デ、デートですかあ!?」


 ドン引きだとっ!?自分で当たって砕けろって言ったものの、流石にそんな反応をされると傷つくものがあるんだが!?あれ?目から汗が……。


「い、いや、ごめん。流石に嫌だよな……。変なこと言って悪かったよ」

「え、えっと、嫌じゃあ……ないです。あの……その……私なんかでよければ……ぜひ」


 ん?ってことは、オーケーってことか?マジ?


「…………うおおおおおおおおおおお!!」


 俺は叫びながら、思い切り拳を部屋の屋根に向けて突き上げた。


 アルファは顔を赤くして俯いているし、モアはニヤニヤとした腹立つ笑みをこちらに向けているけど知ったことではない。


 人生初のデート、絶対に成功させてアルファに楽しんでもらおう!


 そして!あわよくば、異性として意識してもらえるように!


 俺のテンションは最高潮だった。勇者問題?知らんね。後で考えるわ!デートの方が大事じゃい!


 なお、色々あって疲れていたはずのその日の夜は、中々眠れず寝不足になったということだけ追記しておく。



 ◆◇◆◇◆



 次の日、俺が目を覚ますと、アルファはすでに起きていた。


 彼女は身だしなみを整え、俺が眠っていたベッドの傍に置いた椅子の上に座ってこちらを見つめていた。


 彼女の表情は心なしかいつもより柔らかく、美しい。


「おはようございます」


 時計を見ると、昨晩は興奮して寝付くのが遅かったせいか、起きた時間がいつもより一時間ほど遅い。

 元々俺は早起きな方なので、今の時間もそれほど遅い時間というわけではないのだが、箱庭の中で家畜の世話を行ってきたアルファは俺と同等かそれ以上に早起きである。


 もしアルファがその椅子の上で一時間以上も俺が起きるのを待っていてくれたのだとしたら、そう考えると途端に申し訳ない気持ちになってくる。


「ごめん、起きるのが遅くなった。待たせたみたいだな……」


 俺が謝罪すると、アルファはにっこりと笑って返答した。


「そんなことないです。全然待ってないですよ」


 普通はこのやり取り、男女逆ではないだろうか?いや、俺が起きるのが遅くなったのが悪いな。


「叩き起こしてくれても良かったんだよ?」

「随分と気持ちよさそうな寝顔でしたから」


 俺は気恥ずかしくなって頬をポリポリとかく。


 そして、そんなやり取りの後、ベッドから出た。


 ベッドから出た俺は、アルファをこれ以上待たせないように急いで身支度を済ませたのだった。





 …………嘘だ。髪のセットにはいつもより時間をかけた。



 ◆◇◆◇◆



『森の木漏れ日亭』を出た俺とアルファは、予定通り買い物をこなすため市場に向かって歩いていた。まだ朝方なので、色んな商品が残っているはずだ。


 俺にとっては記念すべき初デート!……であるはずなのだが、俺は変に空回りしてしまいアルファとの距離感がぎこちなくなってしまっている。


 ダメだ。これではアルファに楽しんでもらうどころの話ではない。


 ちなみに、モアは「折角のデートなんだし、二人水入らずで楽しんできなよ!わたしは街の上を飛んでるからさ!あ、安心してね王様!王様とアルファ様が危なくなったら飛んで駆けつけるから!」と言ってどこかへ行ってしまった。一応アレックスやドミニク・ビューローには近づかないように言ってある。モアは俺の身を案じていたが、影の中には相変わらずツヴァイ達がいるので問題はないだろう。


 とりあえず、今の問題はぎこちなくなってしまったアルファとの距離感だ。


 まずは会話を振ろう。話はそれからだ。この状況はあまりにも居たたまれない。


 ふぅ……。よし!


「あのさ!」

「あのっ!」


 俺とアルファの声が偶然ピッタリ重なった。


「あ、えっと……。アルファ、先いいぞ?」

「いえ……。ディロが先で構いませんよ?」


 そして今度はお互いが譲り合ってしまった。


 傍からみたらなんとも滑稽な場面だっただろう。だが俺は、彼女との繋がりが感じられてなんだか嬉しくなり、思わず笑みがこぼれてしまった。


 それはどうやらアルファも同じだったらしく、お互いに見つめ合い、クスリと笑いあった。


「ははっ」

「ふふっ」


 その事実もまた嬉しく感じられて、心が温かくなる。


「ダメだな……。自分でデートに誘っておきながら、空回りしてた。やっぱり、いつもの距離感が一番良いよね」

「私もです。デートという事実に空回りしてしまっていました。やっぱりいつも通りが一番ですね。そもそも、いつもディロと一緒にいる時間は楽しいんですから、変に意識する必要なんてありませんでした!」


 アルファはそう言って笑顔を見せてくれた。


 吹っ切れた俺たちは、何気ない話をしながら再び歩き始める。


 これでは当初の目的である「異性として意識してもらう」というのは達成できないかもしれない。でも、仕方ないじゃないか。この時間が、感覚が、俺は心地よくて大好きなのだから。それをアルファに、「自分もだ」と言われて、嬉しくなってしまったのだから。なあに、異性としての意識は別のところで頑張ればいいのさ。


 ああ、今日は楽しい一日になりそうだ。



 そうして再び歩を進め始めた俺達の間に、先ほどのぎこちなさは無かった。


 そして、並んで歩く俺とアルファの物理的な距離も、気づかぬうちに普段よりも少しだけ近くなっていた。

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