第6話 クラウドウルフの育て方

「むほむほふぁらふぃふぁももふぁふぃふぁもうふぉ」


 俺はまた、箱庭の中に来ている。


 そして今俺の目の前で、俺が作ったシチューを頬張りながら何か言っている、どこか残念な美少女はアルファ。俺の初めての友達で人造人間ホムンクルスだ。


「むぐむぐ……ごっくん。今何か失礼な事考えませんでしたか?」

「そ、そんなことないよ?」

「ならいいのですが……。それよりもです!そろそろ新しい魔物を育ててみませんか!?」


 なんて勘のいいやつなんだ。恐ろしいぜ。


 それはともかく、アルファの言うことも最もだ。


 ゴブリンのゴブ助達が箱庭の中で生活し始めてから二週間が経った。


 二匹はすっかり箱庭の環境に慣れ、森林エリアから持ってきた枯れ木や落ち葉等を使って家も作っていた。


 更に、箱庭で暮らし始めてから四日ほど経って以降、雌の方のゴブリンは三日おきに出産している。

 今では子ゴブリンが四匹増えた。ゴブリンの成長は早いようで、最初に産まれた子ゴブリンなんかは、既にゴブ助と同じくらいの大きさに成長している。


 元気に育ってくれるのはいい事なのだが、この超ハイペースで増えて、まだまだ備蓄に余裕があるとはいえ、食料不足に陥らないかが心配である。


 さて、話を戻そう。新しい魔物か。うん、いいんじゃないかな。


「そうだな。ゴブリン達も落ち着いてきたし、そろそろ新しい魔物を育ててみるのも良いかもしれないな」

「そうしましょうそうしましょう!では、どんな魔物にするのですか?」

「そうだな……。コボルトとクラウドウルフ辺りかな」


 コボルトは二足歩行型の犬の魔物だ。イメージとしては集団行動が上手いゴブリンという所。

 生態はほとんどゴブリンと同じだ。


 ではなぜ、次に育てるのがコボルトなのかについてだ。それは、ゴブリン一家の良き隣人になれるかもしれないと期待できるからだ。


 この箱庭の中では、いずれ多種多様な魔物達が共生できるようにしたいと思っている。そのための第一歩をコボルトとゴブリンで踏み出そうという魂胆だ。


 次いでクラウドウルフ。彼らは常に群れで行動する狼の魔物だ。

 彼らの群れにはヒエラルキーが存在し、下の者は上位者の命令に絶対服従。言わば、忠実なワンコなのである。


 彼らを育てたい理由は牧場と農場の警備を頼むためだ。

 これから魔物が増えていく中で、今は大丈夫でも、畑の作物や牧場の家畜達にちょっかいを出してくるやつがいるかもしれない。

 だから、万が一を兼ねて狼達にパトロールをお願いしようと思ったわけだ。


 それに、もしこれからアルファに何かあったら大変だ。それだけは絶対に避けなければならない。クラウドウルフ達が俺やアルファを主人と認めてくれれば、俺やアルファを守り、手助けしてくれることだろう。


 後ついでに言えばあの毛並みを好きなだけもふもふしたい。

 ……まあこの理由はあくまでついでだがな。本当だぞ?ホントについでだからな?


 そんな理由を、所々ぼかしながらアルファに伝えた。


「なるほど。ふふ、心配してくれてありがとうございます。でも、こう見えても私、結構強いんですよ?」


 照れ隠しをする様に薄く笑い、力こぶを作ってみせるアルファ。でも、残念ながら俺には柔らかそうな二の腕にしか見えなかった。



 ◆◇◆◇◆



 俺はその後、ゴブリンの時と同じようにしてコボルトを箱庭の中に連れてきた。


 勿論今度も番いのコボルトだ。


 ゴブリン達にしたのと同じ注意をして自由にしてやると、ゴブリン達の家から少しだけ離れた所に住処を作り暮らし始めた。


 ゴブリン達との顔合わせも問題無く終わり、これからは良き隣人としてやっていってくれそうだ。


 そういえば、最初に箱庭の中に連れてきた番いゴブリンであるゴブ助達の肉付きがかなり良くなった気がする。しかも、心做しか身体も少し大きくなっているような気がするのだが……。まあ気のせいだろう。



 そうしてコボルトの一件が落ち着いてから、俺は再びダンジョンにやってきていた。


 目的は勿論、クラウドウルフである。


 しかし、クラウドウルフはゴブリンやコボルトと同じ様にはいかない。

 クラウドウルフは上位者に対して絶対服従する魔物だからだ。


 うちのダンジョンの上位者とは、そう魔王様である。

 クラウドウルフはうちのダンジョンの第三階層に沢山いるが、「少しついてきて」程度のお願いならまだしも、箱庭に連れていき、共に生活してもらうためには、魔王の「コイツが今日からお前達のボスだ」という口添えが必要だ。


 だから俺は今、久しぶりに魔王の前にいる。


「よう、落ちこぼれ。今日は何しに来たんだ?」


 初っ端からムカつく態度である。口を開けば落ちこぼれ。もしかしてこの人、俺の名前知らないんじゃないのかな?

 だが、耐える。アルファという友を得た俺の心は、前にも増して穏やかになったのだ。元々穏やかじゃなかっただろって?やかましいわ。


「本日は魔王様にお願いがあって参りました。私めにクラウドウルフを五匹ほど譲って頂きたいのです」

「クラウドウルフだと?何のために?」


 この質問は、偽っても仕方がないのである程度本当の理由を返す。


「魔物を育ててみたいと考えているからです」

「ああ……そういえば少し前にそんな戯言を言ってたような気もするな。まあクラウドウルフが五匹くらいいいけどよ、オレに何か要求するなら対価が必要だろ?なぁ?」


 ああ……やっぱりこうなったか。何も無しで済むのが一番だったんだが背に腹はかえられない。まあしょうがないか。


「では、こちらを」


 そう言って俺は、箱庭の中で取れた作物を一籠分渡した。


「ほう、作物か。お前が育てたものか?」

「左様でございます」

「うーん……よし、良いだろう。じゃあオレはどうすりゃいい?」

「クラウドウルフは魔王様に忠実な魔物です。この後私が、五匹のクラウドウルフを魔王様の元に連れてきます。魔王様はその場で、クラウドウルフ達に以後は私に従うようにと言っていただければ結構でございます」

「そんなことでいいのか。わかったわかった、さっさとクラウドウルフを連れてこい」


 斯くして、俺は第三階層に行き、魔王の元にクラウドウルフを連れてくることになった。



 ◆◇◆◇◆




 クラウドウルフは常に群れで行動する、白い毛を持つ狼の魔物である。


 魔物の中では弱い部類に入るが、群れて戦う事で、格上に勝利することもある。


 知能が高く、敵や獲物と戦う際には戦略を用いる。また、人の言葉を理解する個体もいる。


 食性は肉食で、群れで狩りを行う。仕留めた獲物は仲間同士で分け合うという仲間意識の強さが見られる一面も持つ。


 雄と雌を見分ける方法だが、雄の首周りは鬣の様な雌に比べて分厚い毛で覆われているため、首を見ることで区別できる。


 柔らかく、毛並みの良い毛を持つクラウドウルフは、健康かつ優れた力を持つとされる。




 魔物育成キット取扱説明書 『【生】の書』

『クラウドウルフの生態』より抜粋―――。




 ◆◇◆◇◆



 クラウドウルフの選別は思ったよりも早く終わった。五匹とも、一目見てこの子にしようと決めた子達だからだ。

 その中でも最初に見つけた一匹は一目惚れに近かった。美しい毛並みの雄だ。


 内訳は雄三匹の雌二匹だ。


 ああ、早く箱庭の中に帰ってアルファと一緒にモフりたい。



 そんなことを考えながら、俺は再び魔王の元へやってきた。


「連れてきました」

「おお、早かったな」

「では彼らに、コイツが今日からお前達のボスだと伝えていただいてもよろしいですか?」


 俺から聞いたセリフを魔王は俺のことを指差しながら言った。


「お前達、コイツが今日からお前達のボスだ。分かったな?……よし、これでいいんだろ?」

「はい。ありがとうございます」

「構わねぇよ。それよりもだ!あの作物、落ちこぼれが作った割には美味しかったぜ?だからよ、またオレの所に持ってこい。わかったな?」

「……はい。分かりました」


 ああ〜……こうなるって分かってたから嫌だったんだよ、作物渡すの。


 量は処理しきれないほどあるから問題無いんだけど、箱庭で作られた野菜を、幾らこのダンジョンの魔王とはいえ魔物育成キットをよく見もせずに馬鹿にした奴に渡すのが何か無性に嫌だったんだよなぁ。


 まあ、今回に関してはしょうがないな。諦めよう。



 何はともあれ、我が箱庭の中に新しくクラウドウルフ達がメンバーとして加わった訳だ。


 クラウドウルフ達の名前は、最初に一目惚れした雄がアインス。残りの雄はツヴァイとドライ。二匹の雌はそれぞれフィーアとフュンフだ。


 ちなみにこの名前はアルファが命名した。どうやらアルファも、クラウドウルフ達には即効メロメロになってしまったようなのだ。

 そして焦ったように、「この子達はディロに名前を付けさせてはいけないっ!」と口走りながら順番に名前を付けていったのである。

 なんだかとても失礼な事を考えられていた気がするが、気にしないでおく。とりあえずクラウドウルフ達がお気に召したようで何よりだ。



 クラウドウルフ達とゴブリンとコボルトの挨拶も済ませ、牧場と農場周辺のパトロールもお願いすることができた。


 そうしてとりあえず一段落した後、俺は魔王との会話で溜まったストレスを発散するように、クラウドウルフをめちゃめちゃもふもふした。

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