第7話 魔物の進化

 クラウドウルフ達が箱庭内の仲間に加わってから、大体四ヶ月が過ぎた。


 四ヶ月の間に本当に色々な事があった。



 まず、箱庭の中で新たにオークとスライムを育て始めた。



 オークは、二足歩行の豚型の魔物だ。ゴブリンやコボルトよりも大きな体とデップリとした体型が特徴である。


 ダンジョンから連れてきたオークの番いは無事適応し、今ではゴブリン達とも仲良くやっている。


 しかし、問題も発生した。それは、ゴブリン、コボルト、オークの三種族が仲が良すぎてしまった事だ。


 これだけ聞けば、別に何も問題ないじゃないかと思うかもしれない。


 では、俺が何を目にしてしまったかを語ろう。そう、あれはゴブリン、コボルト、オーク達に食料としてお肉を渡しに行った時の事だ。


 ゴブリンのゴブ助の元へ歩いている途中、近くの家の中から何やら奇妙な音が聞こえてきた。

 一体何をやっているんだと思いつつ、俺はその家を覗いてみた……。覗いてみてしまったのだ……。


 その光景が目に入った時、俺は思わず目を見開いてしまった。


 家の中で、夜の営みを行っていたのだ。


 俺氏、超パニック。


 後から聞いた話であるが、違う種類の魔物が交わる事は、一般的に普通かどうかはともかく、我が箱庭内ではかなり多く行われているらしい。

 しかも、その際はちゃんと互いに合意を取っているのだというから驚きだ。もしかしたら、うちのゴブリンは俺の兄より賢くて紳士かもしれないと思ってしまった。ああ、比べちゃ可哀想か、ゴブリンが。


 とにかくそれを聞いた俺は、一連の行為が性的暴行でゴブリンとコボルトの全面戦争に発展、という事態にならずに済んだことに一先ず安堵し、半ば無理矢理納得することにしたのだった。


 ちなみに、違う魔物と子を作った時は、父の種族か母の種族のどちらかになるようだ。その確率は五分五分といったところである。



 次のスライムだが、これは今まで育ててきた魔物とは全く違うタイプの魔物だ。


 透明なジェル状の身体を持ち、地面を這って移動する。性別は無く、分裂によって数を増やす。


 スライムを育て始める事にした理由は、魔物達の排泄物の処理に困り始めたからだ。


 今現在箱庭の中には、ゴブリンが三十四、コボルトが二十七、オークが十九いる。


 最初のうちは肥料として活用するため問題無かった排泄物も、これだけの大所帯になると、臭いや衛生面に問題が出た。


 スライムは本当に何でも食べるので、この排泄物の処理をお願いした訳だ。ちなみに、ダンジョンでもスライムによる排泄物の処理は行われている。


 連れてきたスライム達は最初は三匹だったが、分裂によって六匹に数を増やし、各々自由に動き回っている。


 実はこれで、今うちのダンジョン内にいる魔物は全種類箱庭の中に連れてきた事になっていたりする。



 次の出来事は全俺を震撼させた。


 なんと、魔物達が進化したようなのだ。


 こんな曖昧な言い方になってしまうのは、魔物の進化なんて今まで見たことが無かったからだ


 魔物が進化するという可能性がある事は、取扱説明書に書かれていたので知ってはいた。しかし、実際にその事象に立ち会った時に、冷静でいられるかとなると話は別だ。



 ――魔物の強さが変わることは無い。



 これは、一種の常識と言ってもいい。しかし、この表現の仕方は正確じゃあない。


 正しくは、ダンジョン内の魔物は進化しないのだ。


 これは、ダンジョンの性質が関係しているというのが『大賢者』エドガー・アシュクロフトの仮説であり、彼に『発明王』グラン、『生命姫』エルフィ・フィア・フリージア、『大魔王』ガルーダ・カタストロフを加えた四人が提唱した「魔物進化説」である。



 魔族や魔物は生命活動を維持する為に、体内で魔力などと呼ばれる生命力のエネルギーを生成している。

 とりあえず、ここではそのエネルギーをまとめて魔力と呼称しよう。


 その魔力の大半は己の生命活動に利用されて消費される。しかし、一部の余剰な魔力は貯蓄される。


 魔物は、その貯蓄された魔力を一定以上一気に使用する事で進化をし、魔族は貯蓄されて増加した魔力量に身体を慣らす事で総魔力量を増やすことができる。


 しかし、ダンジョン内ではこの余剰魔力がダンジョンによってエネルギーとして吸収されてしまう。故に、ダンジョン内の魔物は基本的に進化なんてすることはできないし、魔族の魔力量も一生変わらない。


 ダンジョンから溢れて野生化した魔物や、ごく稀にいる旅をする魔族、エネルギーの生産効率が異常に良い魔物や魔族は進化したり、魔力量が増えたりする可能性がある。


 しかし、充分な量と高い栄養価を持つ食事と、ストレスが溜まらない環境が無ければ、体内で生成される魔力は基本的には大した量にならず、貯蓄される量も微々たる物にしかならない。


 したがって、ほとんどの魔物は進化までかなりの年月が結果的に必要になり、大抵の場合は進化する前に寿命で死んでしまう。


 では、エネルギーを吸収されない人工的に作られた魔物にとって暮らしやすい環境があれば、魔物は進化できるのではないか。


 この仮説を発端として、四人の天才達はダンジョンの構造を元に、後に箱庭と呼ばれるようになる異空間を作り始めることになった。


 余談だが、箱庭にはエネルギーの生産効率を上昇させる効果のある結界が張ってある。

 この結界により、魔物の成長効率を更に上げることができるのだ。まさに、魔物を育成するための結界である。



 そして今、三百年の時を経て、その仮説が正しかったと証明された。

 まあ実際には繰り返し行われたという実験や観察で彼らはほぼほぼ確信に至っていたのだろうけれど。


 俺がこの事実に気づいたのは、とある朝、いつものようにアインス達をモフりに行った時だ。


 これはもう日課になっていると言ってもいい。当然の如くアルファも同様だ。

 アルファもアインス達をモフる時は、決まって「にへらぁ」と、だらしない笑みを浮かべている。


 だが、その日は様子が違ったのだ。


 いつものように外に出ると、そこにアインス達はいなかった。


 クラウドウルフの体高は、元々一メートル程である。寝る前に見た時も確かにそうだった。しかし、その朝俺達二人は目を疑った。


 彼らの体高が二メートル近かったからである。


 俺の身長が百七十五センチほどなので、たった一晩で抜かれてしまったわけだ。

 いや、成長期にも程があるだろ。


 加えて、アインス以外の四匹の毛の色が、白から灰色へと変色していた。


 これはさすがにおかしいぞと思っていた時に、取扱説明書に述べられていた魔物の進化について思い出したのである。


 まあ確かに、前々からゴブリンとコボルト達は体つきが良くなったなぁとか、オーク達は身体が引き締まってきた気がするなぁとか、思ってはいたけれど。


 まさか進化してたとは……。箱庭の管理者もビックリである。箱庭の管理者ってのは俺の事だけど。


 ちなみに、なぜアインスだけ身体は大きくなったのに体毛の色が変色しなかったのかは謎だ。唯一独り身だからかな。


 そう。ツヴァイとフィーア、ドライとフュンフがそれぞれ番いとなり、アインスだけがハブれてしまったのだ。


 やっぱり雌をもう一匹連れてくるべきだったかもしれない……。


 それは一先ず置いておいて、それ以降、齢十七彼女いない歴=年齢の俺は、シンパシーを感じて一層アインスを可愛がるようになったのはここだけの話だ。


 二組のウルフ達はそれぞれ四匹の子宝に恵まれ、我が牧場周辺には今や計十三のウルフ達が闊歩している。


 その八匹の子狼達も実は灰色の体毛になっていたりする。



 さて、ゴブリン達の話に移ろう。


 ゴブリン、コボルト、オークは全体的に体つきが良くなったが、更に特出して大きくなった者達が現れた。


 その者達は、箱庭内で産まれた者達では無く、最初に俺がダンジョンから箱庭に連れてきた番いの片割れである雄達だ。



 ――ゴブリンのゴブ助。


 ――コボルトのポチ。


 ――オークのゴンザレス。



 この三匹だ。おそらく群れのボス的な立ち位置なのだと思われる。


 え、名前のセンスが無いって?うっせぇ。ほっとけ。文句あんのか。あぁん?


 彼らの進化については体の変化にも驚いたが、それ以上に驚くことがあった。


 なんと、この三匹は流暢にではないが、人語を話す事ができるようになったのだ!


 これによって彼らとのコミュニケーションがより捗るようになった。


 実は、先程語った彼らの性事情は、ゴブリンのゴブ助から聞いたものだったりする。


 そして、彼らに頼まれて正式にゴブリン、コボルト、オークの集団を一つに纏めることになった。


 元々かなり深く交流していた様だが、これを機にとお願いされたので了承した。


 今や、ゴブリンとコボルトとオークが仲良くひとつ屋根の下で食事をしている所を見かけたりもする。


 別種の魔物達による一つの集団なんて、何とも心躍るものがある。俺達魔族と人間種族もこれくらい手を取り合えたらいいんだけどな。


 後もう一つ。彼らが進化してからは、あの超ハイペースの出産も落ち着きを見せた。


 これで、恐れていた急激な人口増加による食糧危機も心配しなくて済むようになり、とりあえずは一安心である。


 また、産まれてくる子どももかなり体つきが良い状態で産まれるようになったので、どうやら進化した状態で産まれてくるようになったみたいだ。

 これは群れのボス的な立ち位置の者が更に進化したからなのか、群れを構成している者のほとんどが進化したからなのかは分からない。



 このように、魔物の進化は箱庭内に多大な影響を及ぼした。

 しかし、それらが悪いことかと問われればそうではなく、全て良い影響なので前向きに喜ぶとしよう。


 こうして、箱庭の中は四ヶ月の間に更なる発展を遂げたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る