第5話 ゴブリンの育て方

「「海だーー!!」」


 青い空!白い雲!照りつける太陽に波の音!


 そう、俺とアルファは海に来ている!


 まあ、ここも箱庭の中なんだけどな!


 ここは草原エリアに隣接する海原エリア。だが、今いるところは白い砂浜では無く岸壁である。故に、アルファも水着ではない。無念だ。


 少し歩けば砂浜もあるので、いつかは海水浴に誘ってみたいとも思っている。しかし、脱ボッチ一週間の俺にはあまりにも荷が重い。無念だ。


 しかも今日の目的は釣りであるため、俺とアルファの物理的な距離感はそこそこ遠い。無念だ。


 なぜ急に釣りをしに来たのかというと、アルファが釣りが得意だという話になったからである。


 この箱庭の中に広がる海は、他のエリアに比べてしっかりとした生態系が確立されているらしい。

 なんでも、海は特にある程度の生態系ができていないと成立しないのだとか。


 そんな話をしている時にアルファに釣りの話を振られ、こうして一緒に海原エリアを訪れ、釣りをすることになったのだ。ちなみに、アルファは釣り歴二百年越えの大ベテランである。


 俺とアルファは釣り糸を垂らしながら、今後の予定について話し合う。


「折角だし、何か魔物を育ててみようよ。アルファは何がいいと思う?……おっ、釣れた」

「……まあゴブリン辺りじゃないですか?ディロの暮らすダンジョンにもたくさんいるらしいですし」


 早々に釣れた俺に対して少しムッとしながら返答するアルファ。


 彼女が俺を、ディロと名前で呼んでくれるようになってからおよそ一週間が経った。この一週間、暇さえあれば俺はアルファの元へ通っていたので、あの時よりも更に距離が縮まっていると思う。

 俺としては、もう少し崩した話し方でいいと思うのだが、敬語になってしまうのは癖らしいので、しょうがないと割り切っている。


 ちなみに、ゴブリンとは緑色の肌を持った小人の様な魔物だ。


「ゴブリンかぁ。確かに最初に育てる魔物としてはピッタリかもな。……あっ、また釣れた」

「むう……ゴブリンの育て方とかは分かるんですか?」

「大丈夫、魔物育成キットの取扱説明書にゴブリンの生態が書いてあるからな。……よしっ、また釣れたぞ」

「よし!私もきました!……ああっ!逃げられました……」


 アルファは血走った目で「まだこれから……これからです……。釣れる……絶対に釣れる」と呟きながら必死に釣り糸を垂らしている。

 俺はその姿に、鬼気迫るものを感じた。


 もう一度言うが、アルファは釣り歴二百年越えの大ベテランである。ただし、だからといって釣れるとは言っていない。


 二時間粘った結果は、俺が十二匹のアルファがボウズだ。


 アルファは虚ろな目をしていたが、俺が釣った魚で料理を作ってあげたら機嫌は回復した。


 一人暮らしの男の料理の腕前を見たか。フハハハハハ。


 ちなみに、エリア間の移動は管理者なら自由に転移ができる。これは箱庭内外の移動と同様で、触れている物や人も一緒に転移可能だ。

 そしてなんと、この転移はアルファもできる。アルファ曰く、四人の箱庭の製作者達も自由に転移できたようだ。忘れがちだけど、アルファはこの箱庭に製作段階からいるんだもんな。箱庭の中を自由に転移できるくらい、当然といえば当然なのかもしれない。

 とにかく、これを利用してひとっ飛びという訳だ。



 そうして釣りイベントも一段落着いた所で、ゴブリンの生態を確認することになった。


 魔物育成キットの取扱説明書は、初日以来箱庭内に持ってきている。

 そのため、偶にアルファが一生懸命読んで唸っているのを見かけることがある。終わりが見えないって辛いよな。よく分かるよ、その気持ち。


「確かゴブリンは『【生】の書』の二百六十一ページだったか。あったあった、これだな。【ゴブリンの育て方】だってさ」

「ふむふむ、この分だと草原エリアに暮らして貰うのが良さそうですね」

「そうだな。後は……肉食みたいだが、大丈夫か?家畜とはいえ、大切に育てていたんだろう……?」

「問題ありませんよ。その葛藤は三百年前に克服しましたから。そこは割り切らないと、生きていけませんよ?」


 どこか不気味な笑みを見せて語るアルファを見て、俺は色々と悟った。



 アルファとの話を終えた後、俺はダンジョンに戻ったきた。


 理由は言わずもがな、ゴブリンを連れてくるためだ。


 このダンジョンでは、第一階層にゴブリンの集団がいる。


 ゴブリンは数え切れないほどいるので、一匹や二匹いなくなった所でバレることは無い。


 活きがいいのを選ぶため、俺は第一階層に歩を進めた。



 ◆◇◆◇◆




 ゴブリンは非常に弱い魔物である。


 肉を好んで食し、一匹一匹は大した力を持たないために数に頼って獲物を狩る。


 力は弱い代わりに、その繁殖力には目を見張るものがあり、同種だけではなく、他種族とも積極的に交尾をする。森が近くにある草原地帯には、ゴブリンが形成した集落が見られる事もある。


 雄と雌を見分けるには耳を見る必要があり、雄は尖った耳、雌は多少丸みを帯びた耳を持つ。


 深く濃い緑色の体表を持つゴブリンは、健康かつ優れた力を持つとされる。




 魔物育成キット取扱説明書 『【生】の書』

『ゴブリンの生態』より抜粋―――。




 ◆◇◆◇◆



 第一階層に着くと、ゴブリン達の騒がしい声がよく聞こえた。


「グギャギャ」

「グギャ」

「ギャッギャッギャッ」


 同族の事を喰らう者、意味も無く跳び回る者、寝っ転がったまま動かない者と、している事は様々だ。


 その中から特に肌の色が深く濃い緑色をしたゴブリンを雄雌各一匹ずつ連れてきた。


 ダンジョン内の魔物が同じダンジョンで暮らす魔族に対して、逆らったり攻撃したりすることは魔王の命令でも無い限りない。


 それにより、箱庭内に二匹を連れてくる事は比較的簡単にできた。



 俺は今、草原エリアの端、森林エリアとの境界線付近に来ている。


 当然アルファも一緒だ。


「これが魔物、ゴブリンですか」

「そうだよ。アルファは魔物を見るのは初めてだったか?」

「はい。昔お手伝いで資料をまとめたり、生態を記録したりした事はありますが、こんな感じでまともに見るのは初めてですね。なんというか……迫力があります」

「これからもっと色んな魔物を見せてあげられるように頑張るな」

「はい!楽しみにしてますね!」


 おっと、これは頑張らなきゃいけない理由ができてしまったな。

 本当に魔物にとっての理想郷を作れるように頑張ろう。


 さて、何故ゴブリン達を連れてきたのが森林付近かということについて説明しよう。


 ゴブリンは落ち葉や木の棒等を使って家を作る。


 つまり、この草原に隣接する森林の落ち葉や枯れ木を使って家を作れるようにという配慮だ。


 各エリアの境界には薄い膜のような結界が張られていて、それぞれの環境が互いに悪影響を与えないようになっている。


 これにより、各エリアは特殊な気候を保ち続けることが出来るのだ。


 この特殊な結界は、生き物が通る分にはなんの影響も無いので、管理者である俺だけでなく、アルファはもちろんのこと、ゴブリンも自由に通ることが出来る。


 ただし、通る際は急な環境の変化に注意が必要だ。草原エリアと森林エリアでは大した違いは無いが、これが火山エリアや雪原エリアだと話が変わってくる。


 二匹のゴブリンに、同じ草原エリアにいるアルファや家畜達に手を出さないように伝える。ここから牧場や農場がある場所まで距離はあるが、念の為だ。


 新しい魔物を育てる時は、顔合わせをさせて、仲良くするように伝えるのを忘れないようにしなくてはいけないな。


 箱庭で暮らす魔物同士が殺し合うような事になったら目も当てられない。


 そんなこんなで、この箱庭に初めての魔物の住人であるゴブリンが加わったのだった。



 ちなみに、今回加わった二匹のゴブリンの内ガタイの良い雄ゴブリンをゴブ助と名付けた。


 我ながら、シンプルかつ合理的で分かりやすい素晴らしい名前だと思う。


 そうアルファに自信満々に伝えたら凄いジト目を向けられた。


 何故だ!


 解せぬ!!

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