第4話 交流
次の日、俺は再び箱庭内の牧場エリアに来ていた。
昨日できた初めての友達であるアルファとの親交を深めたかったからだ。
アルファは家の中にはいなかったので、アルファを探すために少し歩いてみることにした。
そうしてしばらく歩き回った後に、ふとアルファの声が聞こえてきた。
――聞いてくださいよ?昨日およそ三百年ぶりに人にあったんですよ?
――ディロさんという方なのですけれど、これがいい人でしてね。
――私とも心良く友達になってくださったんですよ!
この声を聞いて、俺はふと違和感に襲われた。
ここは箱庭の中なのだ。
俺とアルファ以外の人がいるのだろうか?いや、そんなはずは無い。
ここには人が誰も居ないからこそ、アルファはずっとひとりぼっちだったのだ。
だから、俺は不思議に思って覗いてみた。否、覗いてみてしまった。そして後悔した。
なぜか。それは、彼女の話し相手に問題があったからだ。
俺を驚愕させたアルファの話し相手……それは、馬である。もう一度言う、馬である。人語を喋る特殊な馬というわけではなく、何の変哲もない普通の馬である。
ただの馬に本気の人生相談をする見た目十七歳ほどの少女。何ともシュールな絵面である。
俺は、彼女の
しかし、それが彼女が三百年もの間ひとりぼっちだったことによる弊害だと考えると、何とも言えない気持ちになる。
そして、もう少し遅ければ自分もああなっていた可能性があるという事実にほんの少しの戦慄を覚えた。
◆◇◆◇◆
俺はアルファに声をかけるため、アルファの元へ歩み寄った。
「よっアルファ、昨日ぶり」
「あっ、ディロさん!昨日ぶりです!」
アルファは嬉しそうに俺の方へ来ると、笑顔を浮かべながら返答してくれた。
一応言っておくと、アルファは残念な部分もあるが、超が付くほどの美少女である。くっ!笑顔が眩しすぎるぜ!
「今日はどうされましたか?」
アルファが首をコテッと傾けてそう聞いてきた。
「いやー……な、せっかく友達になれたんだし遊びに行こうかなと思ったんだが……その……ダメだったか?」
「い、いえ!全然!そんなわけないです!」
やべぇ、自分の顔が赤くなってるのが分かる。よく見ると、アルファも少し照れているようだ。
どうしよう、くっそ恥ずかしいぞこれ。
で、でもな?十七年間で初めての友達だぞ?昨日のやり取りも楽しかったし、また話したいと思っちゃうのもしょうがないと思うんだ。
ついでに言えば、昨晩は初めて友達ができた事にテンションが上がりすぎて一睡もできなかったりしたのだが、その件に関しての詳細は黙秘させて頂く。
とりあえず、俺は話を進めるべく口を開く。
「えっと……じゃあ、箱庭の管理の仕事で何か俺に手伝える事はないか?」
「え、手伝ってくれるんですか?」
「もちろん。迷惑じゃなければだけどな」
「迷惑だなんてそんな!あ、ありがたいです!」
こうして、俺はアルファの箱庭を管理する仕事を手伝うことになった。
◆◇◆◇◆
「ここをこうやって、こうしてください」
アルファが今やっているのは、牧場に隣接している畑への種まきだ。ただし、今まいている種はただの種じゃない。
『生命姫』エルフィ・フィア・フリージアの手によって特殊な品種改良が成された植物の種だ。
この植物達は、普通の植物よりも収穫までの期間が短い上にみずみずしくておいしいのだそうだ。
加えて気温や環境の変化にあまり影響されないようになっているので、あまりに厳しい条件下でなければ実を付けることができる。
そのように品種改良済みの植物は何も一種類では無い。トマトにキュウリ、ナスからニンジンやダイコンといった根野菜まで色とりどりの野菜が揃っているのだ。
おかげで、この箱庭の中では一年中様々な野菜が食べ放題なのだという。
本当にさすがの天才っぷりである。
それにしてもだ。速い、速すぎる。
え、何がだって?アルファの種まきのスピードに決まっているだろう。
尋常ではない速さなのだ。正直、所々目で追えない。
何故それほどまでに速いのかと聞いてみたところ、「三百年間やり続けてますからね、当然速くもなりますよ」と返された。
反応に困るよ!
それはともかく、俺も種まきを手伝うことにしたのだが、何気に体勢が辛いのだ。
普段の生活で長い間中腰の体勢になることなど無いので、俺の腰は既にかなり悲鳴をあげていた。
しかし――。
「ずっと一人でやっていたので、手伝ってくれる人がいるなんて新鮮で、いつもと同じ事の筈なのに少し楽しく感じます!」
守りたい、この笑顔。
明るい笑顔を向けられた俺に休憩という選択肢は無いのだ。
アルファが仕事を一休みするまでは、全力で付き合う所存である。
□
結果、俺が腰を休める事が出来たのは二時間後だった。
俺の腰は、今までにないほど大きな悲鳴をバキボキとあげている。
俺は農作業歴三百年を甘く見ていたようだ……。
しかし、得られたものも当然あった。
アルファとは種まきをしながら会話することができ、お互いのことを更によく知ることができた。
また少し、アルファとの距離が縮まった気がする。
アルファ自身も、随分と長い間会話をすることができる相手がいなかったから誰かと話せるのは嬉しいし、俺と雑談をするのは楽しいと言ってくれたからよかった。
俺があれこれ考えている所に、休憩に入ってから一度何処かへ行っていたアルファが戻ってきた。
「どうぞ、疲れたでしょう?」
どうやらお茶を入れてきてくれたようだ。
「おお、ありがとう」
一言礼を言って、俺はお茶を口に含んだ。
「!?」
その途端、俺は思わず目を見開いてしまった。
「ど、どうしました?お口に合いませんでしたか?」
アルファが心配そうに俺に問いかける。しかし違う、逆なのだ。
「違う違う、逆だよ。美味しすぎてびっくりしたんだ」
「そうですか、それなら良かったです」
俺が思わず目を見開いてしまった理由を告げると、アルファはほっと胸を撫で下ろし、それから嬉しそうに微笑んだ。
そして、自慢気にこう言った。
「疲労回復に美容、免疫力上昇の効果が得られる私特性のお茶です。どうやらお口に合ったみたいで良かったですよ。ディロさんも寝不足なんでしょう?このお茶は身体にとても良いですから、どんどん飲んでくださいね」
待て待て待て待て!
な、何故寝不足の事がバレたっ!?まさか、思考を読み取る力でもあるのかっ!?
そんな俺の驚愕を知ってか知らぬか、アルファは苦笑しながら俺に告げた。
「目の下に濃い隈ができてますよ」
どうやら俺の寝不足はバレバレだったらしい。
「それなのに、わざわざ私のことを手伝ってくれて、何と言うか、その、ありがとうございます」
まあそんな風にお礼を言われるのは悪い気分では無いので良しとしよう。
ん?ちょっと待てよ。
「なあアルファ、俺もってどういう意味だ?」
俺がそう問いかけると、アルファはそっと目を逸らした。
「笑わないで下さいよ?」
「お、おう」
「実はですね……三百年ぶりに人と会い、更に初めて友達という存在ができたことがとても嬉しくてですね……興奮して、昨日は一睡もできなかったんですよね……」
アルファは恥ずかしそうに、視線を下に向けてそう語った。
そんな姿を見た俺は、思わず笑いが込み上げてきていた。
「はは、ははは、はははははは!」
「ひ、ひどいです!笑わないで下さいって言ったのに!」
「違う違う、アルファのことを笑った訳じゃないよ?いやさ、アルファも同じだったんだって思ったら可笑しく思えちゃったんだ」
「ほえ?」
「実は俺もね、昨日は初めて友達ができた事に喜び過ぎて一睡もできなかったんだ」
「ディ、ディロさんも……」
「ディロ」
「へ?」
「アルファも、俺の事は呼び捨てで呼んで欲しい。折角友達になったんだからな」
俺がそう言うと、アルファはこの二日間俺が見た中で最も輝いた笑顔を俺へ向けた後こう言った。
「はい!これからもよろしくお願いしますね!ディロ!」
何となくだが、俺はアルファとなら上手くやっていけるような気がしたのだった。
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