第3話 初めての友達

 私達はこの白いドーム状の物を『箱庭』と読んでいる。


 箱庭の中には異空間が広がっている。


 箱庭自体は小さいが、中に広がる空間は尋常ではないほどに広い。


 太陽が照りつけ、大自然が広がったまるで別世界の様な空間。


 その空間は、大きく分けて七つのエリアからなる。


 ――草原、森林、雪原、山岳、火山、砂漠、海原


 巨大な海を中心に、それを囲うように六つのエリアが円状に並ぶ。


 どんな魔物も、自分に合った環境で生活することができる。


 言わば、魔物の理想郷。


 それこそが、魔物育成キットの本質である。




 魔物育成キット取扱説明書 『【賢】の書』

『箱庭と魔物育成キットの本質』より抜粋―――。




 ◆◇◆◇◆



 俺の意識が再び覚醒した時、目の前には、心地よい風が吹く、穏やかな草原が広がっていた。


 予め取扱説明書を読んでいたため、知ってはいた。だが、それでも少なくない衝撃を受けた。


 この大自然が広がる場所は、あの白いドームの中だというのだ。


 しばらく、瞬きすらも忘れてしまうほど呆然としてしまった。


 この『箱庭』は俺の予想を遥かに超えて凄すぎた。


 これを作り上げた四人の製作者の天才っぷりをこれでもかという程に実感した。


 記述を見るに、彼らが最も苦労したのがその小型化だったようだ。だがそれも、実際にこの景色を見てしまえば納得である。


 この人工の異空間は、ダンジョンを参考にして作られているらしい。簡単に言えばプチダンジョンだ。


 ただし、違いもある。


 ダンジョンの様に任意で地形や環境を変更する事はできない。最低限の環境維持がされるだけ。

 つまるところ、この箱庭はダンジョンと違って生命体では無いのだ。


 故に、エネルギーを供給する必要は無い。その空間の中でサイクルが完成されているからだ。

 しかも、永久機関である。もう一度言うが、永久機関である。さらっと言ったが、永久機関である。世界中の科学者達の夢、永久機関である。

 そんなものがここにあるなんて事実が知られたら、一体どうなるか分かったもんじゃない。この事は絶対に秘密にしておこうと俺は心に誓った。


 ………………


 …………


 ……と、これらの情報は取扱説明書に書いてあった。



 俺は草原を歩き始めた。


 少し歩くと、巨大な牧場が見えてきた。


 あの牧場は、肉食の魔物達が新鮮な食事を取れるようにする為に無駄にある土地を利用して作ったものらしい。


 ここから見る限りでも、馬、牛、豚、鶏、羊と多種多様な家畜達が見える。

 あれ?ひょっとしたらアレ、集落の方の家畜より数も多く質も良いんじゃないか?


 いや、考えなかったことにしよう。それがいい。


 更に少し遠くにはかなりの規模の農場も見える。広大な畑と色とりどりの野菜達が草原を彩っていた。

 また、小規模の村と言ったふうに、幾つか家が立ち並んでいる。


 でも、なんというか不自然に綺麗すぎるな。キチンと手入れが行き届いている。使われずに、何百年も経っている筈なのに。


 そんな事を考えながら歩いているうちに牧場に隣接するように建てられているかなり大きな家の前に辿り着いた。



 □



 ――ガチャ


「おじゃましまー……」


 ディロがその家の扉を開けると、その誰もいないはずの家の中には人がいた。

 ディロの黒髪とは正反対の純白の髪を肩までより少し長い程度に切りそろえ、瞳はまるで紅玉のように美しい紅色。どこか儚げな美しさを持つ十六歳から十七歳ほどの見た目をした少女だ。


 その少女は、美しい白い髪を振り回し、奇妙な掛け声をあげながら、見る者が見ればまるで盆踊りとソーラン節を足して二で割ったかのようだと表現するだろう奇妙な踊りを、踊っていた。


「よいしょ、あほいっ、それそれそれそれっ」


 当然ディロは絶句し、表情は凍りついた。


 そして、それから少し遅れて互いの視線が交わる。


「「……」」


 数秒の間、互いに声を発さない二人の間に、何とも言えない空気が流れた。


 その沈黙を破ったのは、意外な事に少女の方だった。


「え、えーっと……どちら様でしょうか」



 □



 驚いた。多分、今までの人生の中で一番だと思う。


 誰もいないと思った家の扉を開けたら、謎の全裸美少女がいたんだ。驚かないはずがないと思う。


 しかも変な踊り踊ってたし。


 でもまあ、あれだけ手入れされている牧場と農場を見て、誰か他にも人がいると予想できなかった俺にも非はあるのか?


 彼女はあの後、「失礼しましゅっ!」と言って奥の部屋に言ってしまった。向こうも相当焦ってたんだろうな。噛んでたし。

 なので、とりあえず玄関で待つことにしたのだ。


「お、お待たせしました〜」


 奥の部屋から、再びあの少女がやってきた。


 よかった、今度はちゃんと服を着ている。


 髪色と同じ純白のワンピースだ。身長は百六十センチほど。こうして見るとやはり超が付くほどの美少女である。

 最も、最初のインパクトが強すぎるから台無しなんだけれど。

 ちなみに、肌の色は魔族よりも人間種族に近い薄い色だ。


「えーっと、どうぞ!上がってください!」


 俺は少女に案内されて、家の中にある部屋のリビングの様な一室に通された。部屋には机と椅子の他にもキッチンがあり、椅子に腰掛けると少女はお茶を入れてくれた。


「「……」」


 そして、再び訪れる沈黙。


「本日はお日柄もよく……」


 気を利かせて少女の方から話しかけてくれた。

 でもあれだな。この娘、同種の匂いがするぞ。孤高の一匹狼、ボッチの匂いだ。


 そう思うと、不思議と俺は肩の力が抜けていた。


「ふふっ」

「あ、なんで笑うんですか!」


 少女はプンスカと怒ったような仕草をしている。その様子を見て、なんだか変に緊張しているのが馬鹿らしくなってしまった。


「ごめんごめん、お互い馬鹿みたいに固くなってると思ったら、可笑しくなっちゃってな。俺は魔族のディロ。よろしく」

「あ、これはこれはご丁寧にどうも。私はアルファと言います。よろしくお願いします」


「アルファ……アルファ……。どこかで聞いたような見たような。うーん……あ!思い出した!あの手紙だ!」

「な、なんですか!?やるんですか!!」


 思わず立ち上がって指を差した俺にビックリしたアルファも立ち上がってファイティングポーズからのシャドーボクシング。


 しかし、全く強そうに見えなければ怖くもない。ていていっという掛け声が聞こえてきそうな可愛いものだ。


「驚かせてごめん。ここの製作者であるエドガー・アシュクロフトの手紙に、アルファという名前の人造人間ホムンクルスの事が書いてあったのを思い出したんだ」

「エドガー様の……。はい、多分そのアルファというのは私の事で間違いないと思います」

「やっぱりそうだったのか、君が人造人間ホムンクルスの……」

「ほ、人造人間ホムンクルスと言っても普通の人と変わりませんからね!ご飯だって食べますし、トイレだって行きます。そ、それに……こ、子どもも作れるんですから!」


 顔を真っ赤にしてアルファが叫ぶ。そんなに恥ずかしいなら言わなきゃいいのに……。やっぱりこの子、どことなく残念臭が漂っているな……。


「じゃあ、あれも人造人間ホムンクルスの文化か?ほら、俺がこの家に入った時にやっていた……」

「あ、あれはちがうんですぅ〜!!そ、その……尊敬している人を倣ったというか……なんというか……」


 恥ずかしさからあうあう言ってるアルファを見て、俺は更に穏やかな気持ちになったのだった。



 その後も、互いに色んな話をした。俺の身の上話もだ。アルファはその話を、初めは嬉々として、途中からは度々憤慨しながら聞いてくれた。

 こんなにも他者と話す事が楽しいと感じたのは久しぶりだ。


 エドガー達四人の研究者はかつて、アルファと一緒にこの箱庭の製作と調整を行っていた。


 しかし、さあ魔物を実際に育ててみようという段階で、外の世界でエドガー達に何かがあったらしい。

 おそらく、外の世界でダンジョンが何者かの襲撃にあったのだろうとアルファは推測していた。


 思い詰めた表情をしたエドガー達から、外のダンジョンの状況が危うい事と、万が一の時は残って箱庭を管理し、守って欲しいという意を伝えられ了承したのだという。


 しかし、実際にエドガー達を襲った具体的な出来事についてはアルファも知らないらしい。


 それがかれこれ三百年以上も前の話。つまり、彼女は三百年もの間、たった一人でこの箱庭を管理し続けていたという訳だ。

 エドガー・アシュクロフトの手紙を見た際には昔を思い出して涙を流していたし。きっと、想像もできないほど寂しかったに違いない。


 それを考えると、暇を潰すためにあの奇妙な踊りを開発してしまったと考えればおかしくないのかもしれない。いや、やっぱりあれはおかしいと思う。



 話し終えた後、アルファに事情を伝えて箱庭で排出された廃棄物を譲り受け、うちの魔王様には内緒でこっそりダンジョンに提供した。


 三百年で溜まった廃棄物は保存しようがない生物なまものを除いてもかなりの量があり、隣接している倉庫扱いの小屋いっぱいに敷きつめられていた。


 箱庭の管理者は、自由に箱庭の中と外を行き来できる。

 また、他者や物を一緒に行き来させることもできる。ただし、管理者が触れる必要がある。また、管理者に触れている人が持っている物も同時に認識して移動することができる。

 ちなみに、無生物や自我の無い生命体なら無条件だが、自我のある生命体であれば互いの了承がいる。


 お分かりいただけただろうか。このルールによって、俺は軽く百回を越える往復をせざるを得なくなったわけだ。とてもとても疲れました。


 だが、これでダンジョンの深刻なエネルギー不足は一先ず解決したと見てもいいだろう。


 ちなみに、魔法の袋を使えば良かったということには全て終わってから気づきました。おれのアホォ!!


 まあ、何はともあれ、こうして俺に初めての友達ができたのだった。

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