第2話 魔物育成キットなるもの

「つっかれたー!」


 あの日から一月以上が過ぎた。


 俺は思わず自分の家で一人、そう叫んでしまっていた。


 あの日、あれから俺は家に帰り、魔物育成キットなるものを開封してみた。


 件の四角い箱の中に入っていたのは、辞書と形容するのも生温いほど分厚い四冊の本と、謎の手のひらサイズの白いドーム状の立体的な物体、そして魔法の袋だった。


 魔法の袋とは、異空間収納とも呼ばれる見た目よりも多くの物を収納することができる袋型の魔道具マジックアイテムのことだ。この異空間収納には鞄型も存在し、それらはアイテムボックスと呼ばれる。


 魔物育成キットの中に入っていた魔法の袋には、何かの種や希少な鉱石の類、人間種族のものと思われる通貨に、一目で一級品と伺える武具など、沢山の物が入っていた。しかし、それらはまだ使い道が無い。

 加えて、ドームの方は何なのかも謎。そこで俺は、とりあえず四冊の分厚い本に手をつけるしかなかった訳だ。


 分厚い本の表紙にはご丁寧にもこう記されていたし。



『取扱説明書』



 分厚すぎるわ!仕事以外の時間のほとんど全てを読書に費やして一冊一週間以上かかったんだけど!?


 まあ、おかげ様で魔物育成キットについては隅々まで理解することができたけれど。


 だが、俺は思うんだ。


 製作者達のプロフィールとか取扱説明書に必要だろうか?ご丁寧にサインまで書いてあったし。


 朝はパン派か米派かなんて間違いなくどうでもいいよな?


 ちなみに俺は米派だ。


 まあ、そんなどうでもいい話は置いておこう。



 そう、この魔物育成キットなる物は人工物だったのだ。


 何百年も前に旅をしていた人族、エルフ、ドワーフの三人組が餓死寸前で倒れた所を、かつてこのダンジョンのダンジョンマスターとして暮らしていた当時の魔王様が種族の差と周囲の反対も省みずに助けたらしい。


 そしてそのまま四人は意気投合したらしく、三人組は魔族の街に移住を決意。なんともアクティブな人間達である。


 魔族の街に暮らし始めた人間種族三人組は元々科学者や発明家だった。三人は自分達が暮らす街を守るため、そして己の知識欲を満たすため、当時の魔王様と協力してダンジョンを守護する魔物を強化する方法を確立しようとした。


 それを実現するために、三人組に当時の魔王様が加わった四人が思い至った思考が、『ダンジョンの構造を参考にしたアイテムを作ろう』という傍から見たら馬鹿げているとしか言えない意味不明なものだった。


 並の人間なら一生どころか何世紀かけたところで完成しない研究だっただろう。しかし、彼らはどうやら凡人ではなく天才だったらしい。

 何度も何度も施行を繰り返した末、奇跡的にその研究を完成させることができた。こうして、紆余曲折を経て成功した実験を元に作られた奇跡の完成品。それこそが、この魔物育成キットだという。



 ちなみに、これらの情報も全て取扱説明書に書いてあった。


 一体この説明のどこに"取扱"の要素があるのだろうか。ただの歴史である。取扱説明書の定義とやらをもう一度確認したい気分である。



 しかし、この話を読んで不可解な点も幾つかあった。まず、何百年も前にそれほど大きな街がこの場所に存在していたのなら、その街は一体どうなったのか。

 順当にいけば壊滅したということなのだろう。


 かつて、人間種族達から隠れ住むように暮らしていた俺達の集落がこのダンジョンを発見したのは割と最近で、まだ数十年しか経ってないらしい。当時からダンジョン自体の規模も小さく、先住民もいなかったため、てっきり最近できたばかりのダンジョンだと思われていたようだ。


 しかし、実際はかつて栄えていたダンジョンの成れの果てであったということなのだろう。


 ダンジョンも充分なエネルギーが得られなければ、衰退し、規模が縮小し、最終的にはダンジョンとしての機能が消滅し、何の変哲もないただの洞窟に戻ってしまうという。


 このダンジョンはかなり衰退が進んでいたのだろう。だから、新しくできたばかりのダンジョンだと勘違いされることになったと考えれば納得がいく。


 だとしても、何百年も経っても消滅していないという点は少し疑問に思うが。


 また、仮にそうだとして、一体なぜそれほどの街が壊滅したのだろうか。



 俺の頭の中を、そういった色々な考えがよぎっていた。


 そんな時のことだった。


「ん?」


 ふと、裏表紙の一点が目に入った。それは、明らかに人為的な切れ込み。


 切れ込みから出てきたのは一枚の手紙。そこに書かれていた文字は取扱説明書に書かれていたような達筆なものではなく、まるで焦り、急いている、殴り書きのような文字だった。



『 これを読んでいるであろう誰かへ。


 キミがこの手紙を読んでいる時、私はこの世にはいないだろう。


 突然こんな事を言われて、キミは混乱しているに違いない。


 しかし、私達にはもうほとんど時間が残されていない。


 だから、簡潔に、キミにとって重要であり、この取扱説明書の中に書いていない事を記そう。


 私達はこれより、この魔物育成キットをダンジョンに預けることで封印する。


 そしてその封印が解ける時と場所を、「ダンジョンの存続が危機に瀕するレベルでエネルギーが不足した時の、ダンジョンが信頼できると判断した存在の前」という様に設定した。


 故に、今キミがこの手紙を読んでいる時点でそのダンジョンは深刻なエネルギー不足に陥っているという事になる。


 そのダンジョンは、私達にとっても思い出が沢山詰まった大切な場所だ。だから、私達の遺品であり形見であるこの魔物育成キットを使ってそのダンジョンを守って欲しい。


 具体的にどうすれば良いのかは取扱説明書を読めば分かるだろう。


 ああ、もう一つ。に一人の少女がいる。


 私達が世話係として創った人造人間ホムンクルスだ。


 人造人間ホムンクルスと言っても、身体が金属で構成されていたりはしない。不老であり、少し身体が丈夫である事以外は普通の人間と変わらない。


 本当は彼女の友達も創ってあげるはずだったのだが、そういう訳にはいかなくなってしまった。


 きっと、寂しい思いをさせてしまっている事だろう。


 彼女には本当に申し訳ない事を頼んでしまったと思っている。


 できることならば、彼女の事も気にかけてやってくれたら嬉しい。


 彼女の名はアルファ。


 すまないが、よろしく頼む。


 エドガー・アシュクロフト,グラン,エルフィ・フィア・フリージア,ガルーダ・カタストロフ 』



 ……なんかすんごいの出てきた。


 新たな発見や原理の解明を星の数ほどした人族の天才科学者『大賢者』エドガー・アシュクロフト。


 万物を作り何度も技術革新を起こした神の手を持つとされるドワーフの天才発明家『発明王』グラン。


 世界各地の環境や生態系から生物を構成する要素まで調べあげたエルフの姫巫女にして生物学の第一人者『生命姫』エルフィ・フィア・フリージア。


 かつて数多の魔物を率いてこの地に一大勢力を築き最強の名を欲しいままにしていた魔族『大魔王』ガルーダ・カタストロフ。


 彼らが、今俺がこの手に持つ魔物育成キットの製作者達だ。


 これらの情報は勿論当然の様に取扱説明書に書いてあった。血液型等のプロフィールと共に。

 本当に取扱説明書とは何なのか分からなくなりそうである。


 ちなみに、四冊の取扱説明書はそれぞれ『【賢】の書』、『【創】の書』、『【生】の書』、『【魔】の書』と命名されていて、順にエドガー・アシュクロフト、グラン、エルフィ・フィア・フリージア、ガルーダ・カタストロフが執筆している。


 『【賢】の書』には『大賢者』エドガー・アシュクロフトの知識の全てが。『【創】の書』には『発明王』グランが作成可能な物の作り方が。『【生】の書』には『生命姫』エルフィ・フィア・フリージアが調べ上げた世界中の生き物の生態と環境についてが。『【魔】の書』には『大魔王』ガルーダ・カタストロフ自らの手によって魔族の事について記されているのだ。


 さて、手紙についてに話題を戻そう。


 この手紙、口調は丁寧だが殴り書きのように文字が崩れ崩れになっている。これを見る限り、これを書いた時はかなり切羽詰まった状況だったのだろう。


 その状況から察するに、おそらく本当に伝えたい事のみを抜粋して書き記したのだろう。


 そうなってくると、必然的にこの話の信憑性も上がってくるわけで……。


 つまり、エネルギー不足でダンジョン消滅の危機というのは紛れもない事実である可能性が高い。


 ……めちゃめちゃ一大事じゃねーか!


 まさかそこまでこのダンジョンの衰退が進んでいたなんて……。


 でもまあ、考えてみたら分からない話じゃない。


 俺が産まれてから十七年ほど経ったが、今まで一度もダンジョンの規模が拡大したところを見たことがない。


 ミノタウロスとか、かなりのエネルギーを使いそうだしな。元々エネルギー不足が続いているダンジョンに王手をかけるようなキツい創造だったのかもしれない。


 でも、俺としてもダンジョンが無くなってしまうのは非常に困る。


 決して住み心地が良いとは言えないが、このダンジョンは紛れもなく俺の暮らす場所なのだ。


 取扱説明書を読んで、この魔物育成キットがどんな物かもわかったし、とてもとてもとてもひじょ〜に面白そうではある。


 だが、これはダンジョン全体の危機だ。


 手紙に書いてある事が本当ならば、「」というのはうちの魔王様のことだろう。


 そう考えるとやはり、事情を話して魔王様に有効活用してもらうのが一番良い。


 さて、魔物育成キットに関しては名残惜しいけれど、これもこのダンジョンのためだ。

 そう割り切って、俺は魔物育成キットを渡すために、魔王様の住む集落で一番大きな家へと向かった。



 ◆◇◆◇◆



 ダンジョンのために魔物育成キットは魔王様に渡すべきだ!……なんて思ってた時期が俺にもありました。


 なんだなんだ全く。人が折角親切心から警告したのにあの対応は。


 ここまで頭に血が登った日は一週間ぶりだぜ、全く。あれ?結構最近な気がするな。まあいいか。


 ではここで、先程の会話のハイライトをご覧頂きましょう。




「ん?どうした落ちこぼれ」


「魔王様、先日頂戴いたしました人間種族の文字が書かれた四角い箱状の物に関してなのですが、どうやらあれは魔物を育てて強くすることができる代物のようです」


「魔物を育てて強くするだあ?魔物の強さってのが創造された瞬間に決まってるなんて常識だろ?おい。

 第一、アイツらは育てるまでもなく勝手に増えてくじゃねえか。なんで態々育ててやらなきゃいけねえんだよ」


「ですが、実際にそう書いてありましたので……」


「てめぇはバカか。人間共の文字でだろう?魔族より人間共の方が魔物に詳しい訳がねえだろうが」


「で、では、ダンジョンに献上する物の増加をお願いします。どうやら深刻なエネルギー不足のようでして……」


「なんでてめぇにダンジョンの状況なんてわかんだよ。今までオレら魔族はダンジョンと上手くやってきた。それはこれからも変わらねぇ。

 食料、資材、布類、そしてこの間はBランクの魔物。これまでダンジョンがオレ達が必要とする物を渋ることがあったか?ねえよな?それはエネルギーが足りてるってことだろう。それにな、こっちがダンジョンに渡すものだって他にはねぇ。

 分かったらさっさと帰れ落ちこぼれ。くだらない事言ってる暇があったら帰って魔法の練習でもしてろ。オレは忙しいんだ。この後もミノくんの所へ行く必要がある。てめぇなんぞに構ってやる時間なんて存在しねぇ!」




 どうでしょうか。これ俺怒っていいですよね。


 相手にされないどころか、邪魔者扱いでしたけど何か?


 確かに俺は魔法使えませんよ。落ちこぼれですよ。でも話くらい聞いてくれても良いんじゃないですか?


 挙句の果てにはオレは忙しいだぁ?ミノタウロスの所へ行く必要があるとか仕事風に言ってたけど、どうせまたよいしょしてもらいながら酒盛りするだけだろう?


 この前それで酔い潰れてたのも知ってるからな!


 これで魔法の実力だけはあるから救えない。


 ああ、イライラする。


 決めた、決めました。この魔物育成キット使ってすんごい強い魔物育てて、あのムカつく魔王に度肝抜かせてやります。

 ついでにダンジョンのエネルギー問題も陰から助ける。


 幸い、魔物育成キットの使い方は一週間以上かけて読んだ取扱説明書のおかげで頭の中にビッシリと入ってる。


 見とけよ。あれだけ馬鹿にした事、絶対に後悔させてやる。


 魔王だけじゃない。この集落に住んでる奴全員驚かせて、二度と落ちこぼれなんて言えないようにしてやる。


 そしてあわよくば次期魔王に……ぐへへ。



 そんな恨み言、時々欲望を連ねながら、俺は手のひらサイズの白いドーム状の立体的な物体を手に取った。

 そして、白いドームは手に持ったまま、取扱説明書に書いてあった魔物育成キットを使用するための台詞を言った。


「管理者登録申請」


『申請を受理しました。管理者登録を実行します。

 登録完了しました』


 よし、これでこの白いドームの持ち主は俺として登録されたはずだ。

 もう俺が管理者登録を解除しない限り、魔物育成キットを勝手に他者が使用する事は出来ない。


 続けて俺は、白いドームを握りしめたままその中に入るイメージを浮かべた。


 次の瞬間、部屋にあった俺の姿は、白いドーム状の物体に吸い込まれるようにして消えていった。

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