第12話 ガルプテン王国軍を迎え撃て その2
ダンジョン内の大部屋の一つにて敵を待ち受けるアルファは震えていた。
ディロに頼み込み、自分も戦いに参加させてもらったはいいが、実は彼女は生まれてこの方戦った事など無かったのだ。
本当は、戦いに参加するつもりも無かった。
にもかかわらず、彼女が戦いに参加したのは、仲間をできる限り失いたくないという思いから。
大切な仲間達が命を賭けて戦っている中、自分だけが何もできないのは嫌だったのだ。
彼女にまともな戦闘経験は無い。
しかし、彼女は自分に闘える力があることを知っていた。否、聞かされていた。
彼女の創造主の一人であり、尊敬する人物でもある『大賢者』エドガー・アシュクロフトに。
だから、彼女は戦場に立つ。自分ができる事をやるために。
怖い。とても怖い。
殴られるかもしれない。
蹴られるかもしれない。
死ぬかもしれない。
でも、彼女は闘う。
かつて、何も出来ずに自分の知らぬ場所で親を失い、三百年もの間孤独を味わった彼女はもう戻れない。
ディロと出会い、友を得た彼女はもう二度とあの孤独を耐え凌ぐ事が出来ないだろう。
アルファにとって、また独りになることは死ぬことよりも怖いのだ。
だから、彼女は闘う。
敵が来た事を視認した彼女は、覚悟を決め口を開いた。
「長旅ご苦労さまでした。私の名はアルファ。さて、私の手に入れた幸せを壊そうとするゴミの皆様方、さっさと死んでいただきますようお願い申し上げます」
なるべく敵に威圧感を与えられるように睨みを利かせて。
その姿が傍から見ると可愛らしかったのはご愛嬌だ。
彼女にとってただ一つの誤算は自分の強さ。
歴史に名を残す天才達が創り上げたその
斯くして、蹂躙が始まった。
「うぉふうぉふうぉっふ(アルファ姐さんつっよ)」
「うぉふうぉふ〜(俺アルファ姐さんには逆らわないようにしよ)」
「うぉっふうぉふ(アルファ様を守ってくれとディロ様に頼まれたけど……これ私達いるのかしら?)」
「うぉふうぉっふ(間違いなくいらないね。てか、アルファ姐さんひょっとしたら僕達より強くない?)」
「うぉふ!(その可能性は充分にあるな!)」
「うぉっふうぉっふ!(ほら!くだらない事ばっか言ってないで私達も行くわよ!)」
「「「うぉん!(おう!)」」」
アルファがガルプテン王国の兵士達を相手に無双している様を見て呆然としていたツヴァイ達の間では、そんな気の抜けた会話が繰り広げられていたとかいないとか。
◆◇◆◇◆
俺が今いるのはダンジョン最下層の最深部である。
ダンジョンとやり取りを交わすその場所で、ダンジョンマスターは多数のモニター越しにダンジョン内の様子を見ることができるのだ。
――ドゴォゥッ
その場所で俺は、アルファが人が踏み込みで出しちゃいけない音を出しながら、敵の指揮官っぽい男に跳びかかっていくのを見て言葉を失っていた。
アルファが自分も戦いたいと頼んできた時はどうしようかと思ったが……あいつあんなに強かったのかよ…………。
うっわー。
それがアルファの戦いぶりを見た俺の感想。
敵の指揮官さんの頭部とか見事に四散しちゃってんじゃん。
ほら、ウルフ達もぽかんとしちゃってるし。
目にも留まらぬスピードで急接近し、バケモノみたいなパワーで敵を一撃粉砕。
それをあの絶世の美少女の姿でやってるのだから不気味さが増して倍怖い。
忘れがちだけど、アルファはあの箱庭とかいう異空間を、人の手で作り上げやがったキチガイ共によって創られた
戦闘面もあれほどまでに高性能でも納得がいくというものだ。
ケガでもしたらどうしようという俺の心配を返して欲しい。
まあ何かあるよりはいいんだけどさ。
あ、また一人肉塊になった。
ウルフ達も動き出したし、こっちはもう大丈夫だな。
さて、問題は…………。
◆◇◆◇◆
ガルプテン王国軍副兵士長であるフェリックス・ブリーマーは、戦局が思うように傾かず、苛立ちを募らせていた。
ヴォルフガングや百人ほどの兵士と別れ、五十人ほどの兵士を率いて歩みを進めた先にあったのは広い部屋だった。
その部屋にいたのはダンジョンに入ってから今までで一切現れることの無かった魔物達。
しかし、そこにいた魔物はどれも見覚えのある雑魚ばかりだった。
舐められたものだと思いながら再び歩みを進めると、魔物の集団の奥から三つの大きな影が姿を現した。
三つの並んだ影の真ん中の個体――巨大なゴブリンはこちらに向けてこう宣言した。
「ワレハゴブリンキングノゴブ助。我ガ主ノ安寧ヲ妨ゲル者ドモヨ、今引キ返スノナラ見逃ソウ。シカシ、コレヨリ先ニ進モウト言ウノナラ、相応ノ覚悟ヲ持ツコトダ」
その魔物は、ゴブリンとは思えないほど強者のオーラを漂わせていた。
フェリックスは最下級の魔物であるはずのゴブリンが人の言語を扱う事に驚き、改めて気を引き締めながらこう返した。
「愚問だな。貴様らこそ死ぬ覚悟はできているのか?」
斯くして、この部屋でも戦闘が始まったわけだ。
しかし、戦局はフェリックスの思うようには傾かなかった。
最下級の魔物だと思っていたその魔物達は、三人一組でチームを組み、必ず一対三の状況になるように攻めてきた。
オークが攻撃を止め、コボルトはヒットアンドアウェイを繰り返し、ミスがあればゴブリンがフォローに入る。
完璧なチームワークといえた。
一般的な魔物ではありえない行動である。
更に、余程質の良い武器を使っているのか、剣と剣を打ち合わせると、刃こぼれするのはこちらなのだ。
かと思えば、腹立たしい事に戦況が劣勢になったと判断すると三匹揃ってすぐさま撤退する。
ダンジョンの構造といい、この作戦といい、ここのダンジョンマスターは性根が腐っているに違いない。思わず、そう思ってしまったのも仕方ないと言えよう。
数の上では有利を得ているが、ゴブ助と名乗る巨大なゴブリンと、ポチと名乗る巨大なコボルトが大勢の兵士を一人で相手取っているためそれも決定的なものではない。
加えて自分はゴンザレスと名乗るオークに動きを封じられて思うように動けない。
状況は最悪であった。
このままではジリ貧である。
しかし、彼はこんな所で死ぬわけにはいかないという強い思いがあった。
彼には夢があったのだ。それは、国の英雄であり上司でもある『竜狩り』ヴォルフガング・ナルディエッロを越えること。
自分は『竜狩り』を越える英雄になるんだと、それを信じて、彼は血のにじむ様な訓練を行ってきた。
結果として、副兵士長にまでなった。
後もう少しなのだ。
もう少しで手が届くのだ。
故に、こんな所で死ぬわけにはいかない。
行動を起こすべきだと判断したフェリックスは思い切って攻めに転じた。
手に持っていたロングソードを振り抜くと見せかけて、隠し持っていた短剣でゴンザレスの足を攻撃。
それによって生まれた隙をついて、ロングソードで今度はゴンザレスの腹を切り裂いた。
そのままフェリックスが向かったのはゴブ助とポチの元。
彼は、この二体さえ倒す事ができれば数の有利をもって勝利を掴めると判断したのだ。
その判断は正しい。
ただし、それは魔物達に奥の手が無かった場合に限る。
「ウガァァァァァァアア!!!」
接近するフェリックスを視認したゴブ助は、地面が揺れていると思わず錯覚してしまうほどの咆哮をフェリックスに向けて放った。
それと同時に、天井から巨大な何かの塊が降ってきた。
――ズドォォォォォォォン!!!
「ハーイッスヨ、ゴブ助サン!漸クオレノ出番ッスカ!待チクタビレタッス!ツーカゴンザレスサン大丈夫ッスカ?」
陽気な声と共に天井からフェリックスの目の前に降ってきたのは、ゴブ助よりも、ポチよりも、ゴンザレスよりも巨大な大鬼。
「オーガキングノタケシッス。オ手合ワセ願ウッスヨ」
Aランクの魔物、オーガキングだった。
更に、それに続くように天井から八体の
そのどれもが、フェリックスの元に降り立った大鬼ほどではないにしろ、並のゴブリンとは比べ物にならない気配を纏っていた。
こうして、戦局は大きく傾いた。フェリックスにとって最も悪い方向に。
「くそおおおおおおおおおおお!!」
絶望的な状況に、半ばヤケになって剣を振るうフェリックス。
しかし――。
「軽イッスネ」
「あっ……」
次の瞬間、彼の頭は胴体から切り離されていた。
彼の命を刈り取ったのは、奇しくも彼が目標にしていた男を思わせる大剣だった。
◆◇◆◇◆
よっし!
俺は一人最下層でガッツポーズを取っていた。
奇襲が上手く嵌ったからだ。
奥の手の一つであるオーガ達だ。
俺は三ヶ月前、武器よりもトラップよりもまずオーガをダンジョンに創造してもらっていた。
単純な戦力増強を図りたかったからだ。
そのための魔物としてオーガを選んだ理由は二つある。
一つ目が、オーガは限りなくCに近いDランクの強力な魔物だが、単体行動が多いという点以外はゴブリンに性質が似ている事。
故に、育てやすいと判断したのだ。
二つ目が、武器を持てる事。
武器を持つ事ができ、力任せの攻撃が主体というのは、ゴブリン達に訓練してもらっていた戦術に非常に取り込みやすかった。
結果としてその策は大成功。
いけるかもしれないと思わせてからの絶望という精神的なダメージも重なり、ゴンザレスを相手に一歩も引かずに戦っていた敵の指揮官を見事討ち取ることに成功した。
ちなみに、オーガ達はこの三ヶ月の間に全員進化を果たしハイオーガとなっている。
また、ゴブリン達と同様に、最初に連れて来た番いの雄は二度進化をしてオーガキングとなった。
名前はタケシだ。
オーガ達はゴブリン達とも上手くやっている。
仲がいいのは良い事だ。
特にタケシは非常にフレンドリーで、ゴブ助やポチ、ゴンザレスの事をサン付けで呼び、慕っている。
彼が一番強いのにというのはご愛嬌だ。
タケシという名前の偉人は、「お前の物は俺の物」という名言を残した暴力の象徴と言える将軍や、「お前ら人間じゃねぇ!」という名言を残したモンスターブリーダーが挙げられるとかつて読んだ人間種族の本には書かれていたが、うちのタケシはそんなことは決して言わない好い子なのである。
さて、では彼らのステータスを見せようと思う。
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種族:ハイオーガ
【体力】:C
【攻撃】:B
【防御】:B
【魔力】:C
【魔耐】:C
【敏速】:C
【総合】:C
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種族:オーガキング
【体力】:A
【攻撃】:A
【防御】:A
【魔力】:B
【魔耐】:B
【敏速】:B
【総合】:A
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うん。かなり強い。
ただでさえ芳しくない状況に、コイツらが合計九体も降ってくるとか確かに悪夢だわ。
まあ、とにかく二勝。
さて、残るはめちゃめちゃ強そうなゴッツイ体をして、背中に大剣背負った三十代くらいのおっさんだ。
大剣のおっさんはアイツが待つ部屋に向かって駆けている。
尋常じゃないスピードだ。
真ん中の道は、他の道に比べて部屋まで断トツで距離がある。にもかかわらず、もう数十秒もすれば大剣のおっさんは部屋に到着するだろう。
だがまあこの道は大丈夫だ。
確かにあのおっさんは強いんだと思う。
それも尋常じゃなく。
部下も連れずにたった一人で進むと言い張り、部下達は誰も反論しなかった。
それはおそらく信頼の証。
でも、それでも俺はこの道は大丈夫だと言い切れる。
だって、あの部屋の防衛に向かったのは、このダンジョン最強の魔物なんだから。
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