第11話 ガルプテン王国軍を迎え撃て その1
ガルプテン王国は、大陸における人間種族国家内最大の領土と人口を誇る国であるガスマン帝国の、西側に位置する小国である。
この国が小国でありながら帝国に併合されないのは、偏に国王に仕える一人の男の影響によるものだろう。
その男の名は、ヴォルフガング・ナルディエッロ。
ガルプテン王国軍の兵士長にして国の英雄である。
彼が英雄と呼ばれ始めたのは、およそ十年前。
ガルプテン王国に突如三頭の竜が飛来したのだ。
竜は三頭ともAランク相当。国民は絶望に晒された。
誰もが絶望する中、ヴォルフガングは勇敢にも最前線に立ち、三頭の竜をたった一人で討伐した。
たった一人で三頭もの竜を迎え撃ち、黙々とその手に持つ大剣を振るう様から付けられた二つ名は『竜狩り』。
彼という武力の象徴がある限り、帝国はガルプテン王国に手を出すことができない。
まあその他にも、彼を扱う国王の手腕の力というのもある訳だが。
場面はそんな彼と国王がいる執務室。
執務室に一つの知らせが届く所から始まる。
ガルプテン王国は誤ったのだ。
その
ガルプテン王国は遅かったのだ。
その
だがもうどちらも既に遅い。
手遅れだ。
最強の魔王は既に誕生してしまったのだから。
◆◇◆◇◆
「ヴォルフガング兵士長!ほ、報告します!緊急事態です!三ヶ月前に発見されたダンジョン前に駐屯していた兵士達が全滅した模様!ダンジョンが再び機能し始めました!」
「なんだと!あのダンジョンに魔族の残党は確かにいなかったはずだ!まさか……外からか!?」
突如執務室に入ってきた自身の側近からもたらされた報告にいち早く反応した人物はガルプテン王国国王。
本来、国王側近とはいえ国王の執務室に許可を得る前に飛び込んで来るというのは相当な無礼に当たるのだが、この国王は親しみやすい良き主君である事で有名だった。
この唐突にもたらされた報告は、その親しみやすい国王に、ひどい頭痛と、強い胃の痛みをもたらした。
「ふざけるな……こちらは帝国への対応で一杯一杯だというのに……。
兵を出せ!まだ機能してからそれほど時間は経っていまい!三百の兵をもって、ダンジョンが本格的に機能する前に再び攻め滅ぼすのだ!」
「了解しました!」
国王の指示が飛ぶ。その指示は極めて的確なものだった。
しかし、何やら納得のいかない様子の人物が一人。
かの英雄ヴォルフガング・ナルディエッロは腕を組んで唸っていた。
「おい、ヴォルフガングよ一体どうした?」
「陛下、俺も出る」
「なに?」
「嫌な予感がする」
「その根拠は?」
「勘だ」
「………………わかった、行ってこい。その代わり、早々に済ませ帰還しろ」
「わかった」
静かだが力強く、ガルプテン王国最強の戦士が動き出した。
「アイツの勘はよく当たるからな……。大事にはならないといいが…………」
執務室を出ていく親友にして最大の信頼を寄せる部下でもある男の後ろ姿を見て、国王はそう独りごちたのだった。
◆◇◆◇◆
初戦は大勝利だった。
いつも通り見回りに来た兵士二人を落とし穴にはめ、見回りの帰りが遅く戸惑っている駐屯地の兵士達を少数精鋭で強襲。
敵は全滅。対してこちらの被害はゼロ。完全勝利と言っても良い。
しかし、本番はここからだ。
おそらく、もう暫くすれば王国から本命の兵士達が送られてくるだろう。
つまり、ここからが本当の戦いだ。
今回の戦いにおいて、ダンジョンの階層は増やしていない。今まで通り五つの階層で迎え撃たなければならない。
これは、階層の追加に膨大なエネルギーが必要になるためだ。
できないこともなかったが、エネルギーは他の事に使いたかった。そのため、階層の追加はしていない。
だが、地形は大きく変更した。
選んだ地形は迷路だ。今ダンジョンは第二階層以降、最下層を除いて全て迷路になっている。
この地形変更も、階層の追加ほどではないにしろかなり膨大なエネルギーが必要になった。
では、どうやってただでさえ不足している筈のエネルギーを賄ったのか。
お忘れだろうが、箱庭の中の魔物達は全員進化済みだ。つまり、体内で作られる魔力量も非常に多い。それは、生成される余剰魔力の量も多い事と同義なのだ。
それ故に、彼らに箱庭の外に出てもらい、余剰魔力を少しエネルギーとしてダンジョンに供給すれば、あら不思議。あっという間にエネルギーを賄えるって訳だ。
……まあこの方法を考えたのはアルファなんだが…………。
閑話休題。
ところで、実はこの迷路、普通の迷路とは違った点がある。
この迷路はとても入り組んでいるが行き止まりが無い。
途中分かれたとしても、最終的には同じ場所に到着する様になっている。
加えて、迷路内に魔物が出現しない。
その代わり、尋常じゃないほどの数のトラップが仕掛けられている。
今回の作戦は単純だ。
普通の迷路より更に入り組んだ迷路で敵の分断を誘い、トラップが発動する様子を見る。
ダンジョンマスターは自分のダンジョン内の状況を自由に見ることができる。これを利用してトラップへの反応を見て、敵の中の強者を事前に選別することができる。
選別した強者はトラップによって討ち取れれば良し。無理でもトラップで精神面を削れるし、魔物達に注意を呼びかける事もできる。
ちなみに、迷路を抜けた先には三つの階段がある。
この三つの階段はどれも大きな部屋に繋がっていて、その部屋を抜けることができれば、どの部屋からでも俺のいる最下層に到着できる。
逆に言えば、三つの部屋それぞれに送られる兵士の質を見て、こちらは自由に送る魔物達を選べるのだ。
おっと、アルファが来た。つまり……来たのか。
「ディロ、ガルプテン王国軍本隊が来ました。数は推定三百。まもなく、迷宮入口付近に到着します。」
「わかった。ありがとう、アルファ」
さて、目指すは被害ゼロだ。
こっちには幾つか奥の手もある。
絶対に乗り越えてみせるさ。
「それと……ディロ。お願いがあります」
「ん……?」
「お願いというのはですね……」
「ええええええええええ!?いや、それはダメだろ!」
「お願いします」
「ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」
やばい、まさかそんなお願いされるとは思わなかった。
早速乗り越えられなそうだ……どうしよう。
◆◇◆◇◆
俺は誇り高きガルプテン王国軍兵士の一人カール・ベッカー!
これでも王国軍のエリートだ!
俺は今モーレツに興奮している!
何故かって?そりゃあ目の前に憧れの英雄ヴォルフガング・ナルディエッロ兵士長がいるからさ!
ヴォルフガング兵士長は普段は表に出てこない。基本的に国王陛下の護衛に付いているからだ。
しかし、特別な任務の時だけは兵を率いて先頭に立つ。
そう、今はガルプテン王国首都からほど近い所にあるとあるダンジョンへ進軍中。
だが聞くところによると、そのダンジョンは三ヶ月前に一度壊滅させたそうじゃないか。
一度壊滅したダンジョンが消滅せず、新たな魔王を得て再び機能し始めたとしても、ダンジョン本来の力を取り戻すまで時間がかかるのは常識だ。
こりゃ今回の任務は余裕かな。ヴォルフガング兵士長もいる訳だしな。
つーか、ヴォルフガング兵士長が出張る程の任務なのか?これ。
まあいいや。沢山活躍して、ヴォルフガング兵士長にアピールするとするか!
話が違う。
それがこのダンジョンに対して抱いた俺の感想だ。
このダンジョンは最近再び機能し始めたんじゃないのか。
第一階層は噂通り衰退したダンジョンを思わせるただの広い一本道だった。あるのも所々にある落とし穴程度。
しかし、第二階層から様子が変わった。
第二階層は広大な迷路になってたんだ。
だが、ただ広いだけの迷路なら何の問題も無かった。
問題だったのはそのトラップの数。
落とし穴だけでなく、飛んでくる矢に吹き出す炎、落石までも。他にも多種多様な罠が至る所に仕掛けられていた。
本当にここが再び機能し始めたのは最近なのか?
俺達はトラップに怯えながら迷路を進み、何とか罠だらけの迷路を抜けることができた。
しかし、神経はすり減らされ、体中傷だらけ。
これがここの魔王の狙いなら大したもんだよ本当に。
最初は三百人いた仲間達も今はその半分くらいしかいねぇ。
楽な任務だと思ってたんだがなぁ……全くよぉ。
ん?また分かれ道だ。階段が三つに分かれてる。
ヴォルフガング兵士長が悩んでいる。
実は、この場所に至るまでの迷路はとても入り組んでいたが最終的には全て同じ道に繋がっていたんだ。
だから、今回の階段も同じでどれを選ぼうと最終的には同じ場所に出るのか、はたまた前の迷路がそうだったからこの階段もそうだろうと思わせるためのブラフなのか。
多分ヴォルフガング兵士長が悩んでいるのはそんなとこだろう。
本当にこのダンジョンは嫌なつくりをしてやがる。
製作者の性格が伺えるな。
おっ、ヴォルフガング兵士長が何やら決めたみたいだ。
「よし。俺は一人で真ん中の階段を行く。フェリックスは五十人ほど率いて左、残りの百人ほどは右に進め。右の指揮はカールに頼む」
りょーかい、りょーかいって……えっ!?えええええええ!?俺が指揮!?
まじかよ……大役じゃねーか……。だが、憧れのヴォルフガング兵士長直々の指名だ。
ここでやらなきゃ男じゃねぇ!!
「了解しましぃた!!」
やっべぇ……声裏返っちまった…………。
でもやる気出てきた!絶対ヴォルフガング兵士長の期待に応えてやるぜ!
ちなみに左の道の指揮を任された男はフェリックス・ブリーマー。副兵士長にしてヴォルフガング兵士長に次ぐ実力者だ。
普段ヴォルフガング兵士長はあまり表に出てこないからな、基本的にはこの人が兵士長みたいなもんだ。
確か前に此処を壊滅させた時、このダンジョンを統べる魔王とそれを守るミノタウロスを討ったのもこの人だ。
まあとにかくすげー人って事だ。
え?ヴォルフガング兵士長は一人でいいのかって?
いいんだよ。あの人の事は心配するだけ無駄だ。文字通り格がちげえからな。
三頭もの竜をたった一人でぶっ飛ばした英雄だぜ?
むしろ、中途半端に人がいたら邪魔になっちまう。
てか俺こんなすげえ人達と並べられてんのか。身の程を知ってる俺からすると、ちょっと萎縮しちまうな……。
まあでも、うだうだ言ってても仕方ねえ。
その人達と並べられても遜色ないくらいの結果を残せばいいんだもんな!
そういえば、このダンジョンでまだ魔物は一匹も見てねえな。
迷路も抜けたし、このまま何事もなく魔王の所まで辿り着けりゃあいいんだけど……。
おっ、開けた場所に出るみたいだ。
□
そこにいたのは、美しい純白の髪を肩の辺りで切りそろえた、綺麗な紅の瞳を持つ少女と無数の狼だった。
内四匹の漆黒の毛を持つ狼は、闇に潜む悪魔の様な不気味なオーラを醸し出している。
しかし、本来なら真っ先に目がいくであろうその狼達は眼中に入らず、ガルプテン王国の兵士達は純白の髪を持つ少女に目が釘付けになってしまっていた。
その姿がまさに、絶世の美を体現していると言えたからだ。
その美貌は、ガルプテン王国の兵士達が誰一人欠けることなく見惚れ、今自分が立っている場所が戦場であることを一瞬忘れてしまうほどだった。
□
第一印象は女神様だな。本当に、それくらいこの部屋で俺達を待ち受けていた白い髪の少女は美しかった。
他の奴らも見惚れてやがんなこりゃ。
おっ、何か目が合った気がする。ラッキー。
それにしても、何でこんな場所にあんな可愛い女の子がいるんだ……?
あれ、なんか本当にずっとこっち見てない?
その誰もが見惚れる美しさを持つ少女はこちらを見ながら言い放った。
「長旅ご苦労さまでした。私の名はアルファ。さて、私の手に入れた幸せを壊そうとするゴミの皆様方、さっさと死んでいただきますようお願い申し上げます」
――ドゴォゥッ
凄まじい音と共に、少女は拳を構え、床を踏み込み俺の方へと跳躍した。
一瞬にして俺の視界は黒く染まり、直後に凄まじい衝撃が俺を襲った。
そして、その衝撃と同時に俺の意識は闇に飲み込まれてしまったのだった。
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