幕間 魔王が去った後で その2

 ディロ達がルクハレを去って三日後、冒険者ギルドには神妙な面持ちをした数人の冒険者達の姿があった。


「わざわざ足を運んでくださってありがとうございます。ドミニクさん」


 最初に口を開いて話を切り出したのは金髪の美青年。冒険者となってたった数年という驚異的な早さでAランクまで駆け上がったAランク冒険者パーティー『救世の翼』のリーダー、"勇者"アレキサンダーその人であった。


「いいってことよぉ。それよりアレックス、あの噂は本当なのかぁ?」


 相対するは大陸でも数少ないSランク冒険者。鍛え上げられた筋肉と鋭い眼差しが特徴的なスキンヘッドの大男。Sランク冒険者パーティー『屈強な牙』のリーダー、ドミニク・ビューローだ。


 場所は冒険者ギルドの酒場の一角。


 年齢や積み重ねてきた経験に差はあれど、一流と呼んで差し支えない二つの冒険者パーティーを率いる二人が一つのテーブルを挟んで神妙な面持ちで向かい合っている。


 更に、二人の周りには彼らの仲間達が自分のパーティーのリーダーを囲むようにそれぞれ真剣な表情で立っていた。


 彼ら彼女らの実力と実績を少しでも知っている人がその様子を見れば、"何か"異常なことが起きたことは簡単に察せられるだろう。


「はい。目撃されてから僕達とドミニクさん達が探していた"A"ランクの魔物、フォレストドラゴンは死体となって発見されました」

「まあフォレストドラゴンが倒されたってだけの話なら、何かしら都合の良すぎる偶然が重なったとかで理解できなくもないんだがなぁ?」

「ええ。異常なのは、で頭部を粉砕され、死に至ったであろう点です」



 彼らの会話からも分かるように、ディロ達はフォレストドラゴンの死体を回収していない。


 当然、魔法の袋の中に死体を入れて回収することもできなくはなかった。


 ただ、フォレストドラゴンは身体が大きかったために、魔法の袋に収納するにはある程度解体する必要があったのだ。


 そのフォレストドラゴンだが、甲殻や皮膚が非常に硬い。アルファの拳はディロの強化魔法による補助も相まって一撃で砕くことができたが、本来はそんなこと至難の業なのだ。


 そのため、解体するにはそこそこの時間が必要となる。


 ここで問題となったのは助け出した奴隷少女達三人の状態だ。奴隷少女達は三人ともかなり衰弱していたのだ。奴隷として最低限の生活しかさせてもらえず、その上で死を覚悟するような体験をしたのだから当然と言えば当然である。

 彼女達は一刻も早く十分な休息をとり、不足している栄養を摂取する必要があった。


 もしフォレストドラゴンの死体を回収していれば、アレックス達のフォレストドラゴン捜索は撹乱され、『救世の翼』が"殲滅"の迷宮に来るまでの時間を稼ぐことができたかもしれない。


 しかし、粉砕した馬車や飛び散った鮮血、なぎ倒された木々といった全ての証拠を隠蔽することなど不可能に近い。


 そうなると、例えフォレストドラゴンの死体が発見されなかったとしても、その場で何かが起きたことは直ぐにバレてしまうだろう。


 だとすれば、それで稼げる時間など微々たるものである。


 それら全てを考慮した上で、ディロはフォレストドラゴンの死体を回収せず、なるべく早くダンジョンに帰るという選択肢を選んだのだ。



「そうだなぁ。あれの息の根を一撃で止めるなんざぁ、俺でも無理だぜぇ?」

「そうなんですか?すみません。僕は知識はあるのですが、実際に遭遇したことはないので……」

「ああ。俺らはあれと一度やり合ったことがあるぞ。動きが遅い上に近づかなければ襲ってこないな魔物だがぁ、その分尋常じゃないほどに硬てぇ。まともに攻撃が効かなくて手こずった覚えがあるなぁ」

「ドミニクさん以外の通りすがりの"S"ランク冒険者の方がやった可能性は?」

「ねぇだろうなぁ。そんな芸当ができちまうレベルの奴が動いたら間違いなく耳に入る」


 そこまで話したところで、アレックスはふと考えこむような様子を見せた。


 そんなアレックスの様子を見て、ドミニクは思わずといった風に問いかける。


「おいおい、もしかしてこんなことをしでかした奴に心当たりでもあんのかぁ?」


 それに対し、アレックスはドミニクを真剣な眼差しで見つめて口を開いた。



「ドミニクさん。この前冒険者登録をしに来た少年と少女の二人組。"ディロ"と"アルファ"のこと、どう思います?」



 アレックスのその言葉に、一瞬周りの空気が凍った。


 その中でも最も感情が言動に顕著に表れたのは、ディロとアルファと雑談を交わしたアレックスのパーティーメンバー達だ。


「…………」

「ちょっとアレックス!あんた本気で言ってるの!?」

「……正直そんなことができるようには見えなかった……」


 武闘家タイガは無言で考えこみ、魔法使いリタは感情のままに問いかけ、斥候ミーシャは静かに己の意見を述べた。


 三者三様の反応だったが、三人が皆それぞれ驚いているということは明らかだった。


「どうって言われてもなぁ……初々しいカップルにしか見えなかったがぁ?」


 そして、『屈強な牙』の面々も『救世の翼』のメンバーほどじゃないにしろ、驚愕の感情を露わにしていた。


 周囲はそんな様子だったが、アレックスはそうなると予め分かっていたのか、気にも留めずに言葉を続ける。


「彼らの行動には幾つか不可解な点がありました。その内の一つが、彼らを担当した門番と、僕達が持つ情報の齟齬です。

 僕は彼らに、初めて冒険者登録をするのだと聞かされていました。しかし、門番の方が言うには彼らは冒険者ギルドのギルドカードを失くしたと言っていたそうなんです」


 淡々と話すアレックスに魔法使いのリタが問いかけた。


「え……?そんなこと、いったいなんで……?」

「それはわからない。だけど、何か彼らに秘密があることは間違いないと思っているよ」


 アレックスのその言葉に、ドミニクは納得がいったように頷いた。


「なるほどなぁ。確かにあいつらが何か秘密を抱えた奴らだってぇ言うなら、フォレストドラゴンを一撃で倒しちまうなんて異常なことをしでかす可能性もゼロではねぇはなぁ」


 そう言って理解を示したものの、ドミニクにはまだ疑問に思っている点があったらしく、表情を一転させて今度は少し不思議そうにアレックスに声をかけた。


「だがよお。そもそも、お前さんはどうしてあいつらが何か秘密を抱えていると思ったんだぁ?」


 そんなドミニクの問いに対し、アレックスはフッと笑ってこう言った。



 ーーそんなもの、ただの勘ですよ。




 ◆◇◆◇◆



 その後、もしディロとアルファを見かけたら互いに連絡し合うこと。そして、その際は念のため十分に用心することを約束し、『屈強な牙』と『救世の翼』は別れた。


 先に酒場を出た『屈強な牙』の面々に対し、その場に残ったアレックス達は話を続けていた。


「それにしても勘ってねぇ……。まあ、アレックスらしいわね」

「俺はアレックスの勘、信じてるぞ!」

「……実際何度も助けられてる……」


 確かに、ディロがバレないだろうと高を括っていた偽の境遇の違いに生じた矛盾に勘のみで辿り着いたのは恐るべきことである。

 そのアレックスは、騒がしい仲間達の様子に苦笑しつつ呟くように話し出した。


「何でかは分からないんだけどね、何か変な感じがしたんだよ。違和感というか、嫌な感じというか。ディロと話していると、自分が何か大変なことをしてしまっているような気分になるんだ」


 自分の手のひらを見つめ、神妙な面持ちでそう語るアレックスに続いて、ミーシャも口を開いた。


「……それにしても謎……。……彼らは一体何者……?」

「分からない。でもね、彼らとはまた近いうちに会う気がするんだ。きっと、その時に全部分かるんじゃないかな」


 アレックスの言葉に、今度は仲間達が苦笑した。


「また勘なの?」

「勘だな!」

「……勘ばかり……」


 そう言って笑い出した仲間達の様子を見ている内に、ずっと神妙な面持ちだったアレックスもいつの間にか笑顔になっていた。


「やっと笑ったわね!アレックス!」

「あんま抱え込みすぎるんじゃねーぞ?」

「……周りも見えなきゃリーダー失格……」


 言葉と共に伝わってくる温かい仲間達の優しさに、アレックスは笑みを深めた。



 その後もしばらくはいつもの調子に戻って明るい話を続けていたアレックス達だったが、次の日は"殲滅"の迷宮へ向かうための準備をしなければならず、何時までもこの酒場にいるわけにはいかない。そのため、さすがにそろそろ自分達の宿泊している宿屋に帰ろうと席を立ったその時、突然声をかけられた。



「"A"ランク冒険者パーティー『救世の翼』の皆さんですよね?」



 安らぎを与える鈴の音のような美しい声でアレックス達に喋りかけてきたのは、純白の髪をベリーショートに切りそろえた美少女。身長は百六十センチほどで、白いローブを身にまとっている。


「はい。僕達が『救世の翼』ですけれど、一体何の御用でしょうか?」

「"殲滅"の迷宮の攻略に向かうと伺ったのですが、それは本当でしょうか?」

「ええ。間違いありませんよ」

「良かったです。でしたらその間だけ、私をパーティーに入れてくださいませんか?」

「え……?いや、"殲滅"の迷宮は【不落級】の迷宮でして、かなり危険な場所ですよ……?」

「もちろん分かっています。大丈夫です、決して足手まといにはなりませんから」


 そう言って微笑む少女の姿は、どこか三日前に現れた謎の少女を連想させた。



「申し遅れました。私の名前は"ベータ"。短い間ですがどうぞよろしくお願いいたします。」



 様々な思惑が交差する中、ディロとアレックスが"魔王"と"勇者"として対峙する日は刻一刻と迫ってきている。


 再び相まみえた時、"勇者"は、"魔王"は、一体どうするのだろうか。


 今の時点でただ一つ間違いなく言えることは、その再会は間違いなく波乱を呼ぶということだけなのである。

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魔物育成キット! 〜底辺魔族の少年は魔物を育てて最強の大魔王に成り上がるようです〜 武介 @TakeSuke

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