底辺魔族が人間の街を訪れるまで
第15話 蟲魔獣の育て方
「甘い果物がっ……食べたいですっ!」
「お、おう……」
ガルプテン王国との戦いから二日が過ぎ、俺達は再び平和な日常を取り戻していた。
そんなある日のこと、いつものように箱庭の中の牧場近くの家でのんびりと昼食を食べていた俺とアルファだったが、アルファが突然こう言い出したのだ。
「甘い果物って……あるじゃんか、森林エリアの一部に果樹森林が。いつも通りそこで取ってくればいいんじゃないのか?」
「違うんですよ……。あそこの果物は好きですよ?でももっと甘い果物が食べたいんです!」
ふんっと鼻息荒く語るアルファは興奮しているのか、目が血走っていて少し怖い。
だが、どういうことなのだろう。アルファの性格からして、突拍子も無くこんなことを言い出すなんて考えにくい。
考えられるとしたら何かの影響を受けたか……。
「んー、もしかして何かして欲しいことでもあるのか?」
「えーっとですねぇ……。まぁ、そうなりますね。ははは……」
「ならそう言えばいいのに」
「ディロの方から言い出してくれればいいなと思いまして?」
「なんで疑問形なんだよ」
やっぱりそういうことだったか。なら早く言ってくれればいいのに……。
変なプライドみたいなものがあるのだろうか?
「で、何をして欲しいんだ?」
「この魔物を育ててほしいのです」
そう言ってアルファは、どこに隠し持っていたのか、ご存知魔物育成キットの取扱説明書をおもむろに取り出して、とあるページを開いた。
◆◇◆◇◆
魔物の中では珍しく、一つの種に異なる様々なタイプがいる。有名な例だと、甲虫型、蜂型、蝗型、蟷螂型、蟻型、蝶型があげられる。
それぞれのタイプによって特徴や生態も異なるため、元々別の種であったという説もある。
しかし、異なるタイプの個体でも生殖が可能であったり、親とは全く違うタイプの子が産まれたりすることから学術的には同種とされる。
植物と共生するタイプも多く、
全ての植物に最適なバランスで栄養を与えることから、『森の調停者』の異名を持つ。
フェアリーとも非常に相性が良く、共に暮らしている場面も見られる。
魔物育成キット取扱説明書 『【生】の書』
『
◆◇◆◇◆
「ありがとうございます。我儘を聞いて貰って」
「いいんだよ。ちょうど、そろそろ草原エリア以外にも手をつけようと思っていたところだしな」
お察しの通り、今俺たちが来ているのは箱庭の森林エリア内の一角、果樹森林である。
実は、ここには俺も既に何度が来ている。
この果樹森林には、オレンジ、リンゴ、バナナ、モモ、パイナップル、ブドウなど、本来ならば必要とされる生育条件もバラバラなはずの果実がなった多種多様な果樹達が立ち並んでいる。
この果物達の収穫に何度か訪れたことがあるのだ。
ちなみに、味は非常に美味である。
そもそも、森林エリアも草原エリアと同様にバカみたいに広い。
つまり、森林エリアの一角といっても果樹森林のエリアも充分すぎるほどの広さを誇るわけだ。
色とりどりの果実達が森を彩っている。
その光景は、圧巻の一言に尽きる。
まあ、この本来ならありえないはずの果樹同士が並ぶ光景を思いつき、あまつさえ実現させてしまったのはどうせ
さて、今この場には俺とアルファ以外にも二人いる。いや、二体と言うべきだろうか。
一体は漆黒の甲殻に重厚感のある六本の足を持つ二メートル近い体長の甲虫。
頭部からは三本の角が生えている。中央の角が最も大きく、立派である。しかし、左右二本の角が決して見劣りするというわけではない。むしろ、三本の角が全て揃っていることで王者の風格のようなものが滲み出ていると言えるだろう。
体を覆う甲殻は凹凸が激しく、まるで鎧を着ているかのようだ。
一体は純白の甲殻に滑らかな六本の足を持つ一メートル五十センチほどの体長の甲虫。
二本の角が生えているが、こちらの角は控えめな印象を受ける。漆黒の甲虫の持つ角を大剣と称するならば、純白の甲虫はレイピアといったところだろうか。
体を覆う甲殻の凹凸は少なく、多少丸みを帯びている。
そう、二体の
漆黒の重厚な甲殻の方が雄、純白の滑らかな甲殻の方が雌である。
あの後、アルファの頼みを聞き届けた俺は、どうせなら今から行くかと言い、食事を終えた後アルファを連れて家を出た。
そしてダンジョンの最深部を経由してこの果樹森林にやってきたというわけだ。
それにしても、今から行くかと提案した時のアルファの驚いた顔は傑作だったな。非常に面白かった。
話を戻そう。
二体の
というのも、今回の名前はアルファが考えたいと立候補したのだ。だから、折角なので任せてみることにした。
先ほどまではう〜んと唸っていたのだが、今はスッキリとした顔をしている。おそらく決めたのだろう。
「さて、名前は決まったか?」
「決めました。黒い甲殻の雄がヘラク、白い甲殻の雌がメラです」
ヘラクにメラか……悪くない。というよりむしろすごくかっこいい……。
あれだよな。前々から思っていたが、アルファってネーミングセンス良いよな。
え、俺?ははっ、聞くなよ。そして察せ。
くそっ……すまねぇゴンザレス……これからはアルファに相談しながら名前は決めるようにするぜ。
二体もこの名前を気に入ってくれたようだ。心做しか嬉しそうに見える。
ちなみに、ステータスはこんな感じだ。
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種族:
【体力】:C
【攻撃】:C
【防御】:B
【魔力】:D
【魔耐】:B
【敏速】:D
【総合】:C
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種族:
【体力】:D
【攻撃】:D
【防御】:D
【魔力】:C
【魔耐】:C
【敏速】:D
【総合】:D
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上がヘラク、下がメラだ。
まだ進化もしていないというのに結構強い。ヘラクは防御特化、メラは魔法特化という感じか。
気になったのは、同じ
多少の個体差はゴブリン達でも見たことがあるが、ここまで顕著なのは初めてだ。まるで別の魔物である。
ヘラク達に名前を付けた後、俺とアルファはヘラク達が暮らす環境を整えるための作業を幾つかこなし、帰る準備を始めた。
もちろん幾つかもぎたての果物を持っていくのを忘れない。
「よし、これでひとまず大丈夫だな。後は今まで以上に美味しい果物が食べられるのを祈るだけだ。ヘラクにメラ、果樹森林は任せたぞ」
俺がそう言うと、おそらく返事をしているのだろう、ヘラクとメラは揃って角を少し上にあげた。
なに、なかなか可愛いところがあるじゃないか。
「さて、行くか」
「はい」
そう言って俺達は、更に甘くなるという果物に期待に胸を膨らませ、果樹森林を後にしたのだった。
◆◇◆◇◆
「な、なんだこれは……」
一週間後、再び果樹森林に訪れた俺達は目にした光景に驚かされることとなった。
なんと、多種多様な
深緑の甲虫に虹色の蝶、真紅の蟻や山吹色の蜂など。
そこに広がっていたのは正しく蟲の王国。
まさか、たったの一週間でここまで様相が変わるとは思わなかった。
しかし、肝心のヘラクとメラが見当たらない。
「ん?そういえばヘラクはどこだ?」
「あっ、あそこにいますね」
ヘラクは…………切り株を玉座に見立てて鎮座し、リンゴを食べていた。切り株の前には大量の果物が置かれている。
そしてそのヘラクに寄り添うメラ。
……お前達……俺より魔王様してんじゃねーか。
そんな一週間ですっかり出世したらしいヘラク達に近づくと、ヘラクとメラは角を少し上げて挨拶してくれた。
「果物貰いに来たんだが、構わないか?」
俺がそう言うと、ヘラクは好きに持ってけと言わんばかりの尊大な態度で果物を差し出してくれた。
「折角だからここで少し味をみていくか。アルファ、何食べたい?」
「とりあえず私はモモですね!」
そう言ってモモを手に取りかぶりつくアルファ。
「お〜いしいですっ!」
辺りにモモの甘い匂いが広がる。本当に美味しそうだ。
俺はオレンジを手に取って食べた。本当に甘い。今までも充分美味しかったがこれは格別だ。
そんなことを考えている間に、アルファはモモを食べ終わったようだ。
「ヘラク、おすすめはありませんか?」
アルファがヘラクにそう尋ねると、ヘラクはのっそのっそと一旦森の奥の方へ行ってから一つの果実を頭に乗せて戻ってきた。
ん……あれは?
「へぇ……不思議な形をしてますね?二つに割ればいいんでしょうか?」
あれはまずいっ……!!
「アルファっ!その果物はっ……!」
「へっ?」
――パキッ
「な、なんですかっ!?これ!!く、臭いですっ!!」
「くっ……手遅れだったか……臭せぇ……」
その果物は……果物の王様ドリアンは……とてつもなく臭いんだよ……。
その日、ドリアンの匂いが染み付いた俺とアルファの元にウルフ達が近寄って来ることはなかった。
ただし、匂いはともかく、ドリアンは味自体は悪くなかったとだけ言っておこう。
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