第16話 フェアリーの育て方

「小説家になろう」の更新日と合わせるため、昨日予定していた投稿を一日遅らせております。事前に何の予告もしなかったことをお詫び申し上げます。

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 ドリアン騒動から一夜明け、俺とアルファは朝食代わりに昨日採れたばかりのブドウを雑談を交わしながら食べ、その甘さに舌鼓を打っていた。


「それでですね、エルフィ様は種の無いブドウを作るためには植物ホルモンの一種であるジベレリンを利用すればいいと考えたわけですよ」

「ふむふむ」


 ところで、俺は昨日の夜中変な呻き声が聞こえてきたため目が覚めてしまったのだが、その呻き声の主はアルファだった。アルファは寝言で「ドリアンは……もうドリアンは嫌なんですぅ……」と呟いていたのだ。

 彼女本人にはその姿を目撃した事は伝えていないが、控えめに言ってめちゃくちゃ可愛かった。


 閑話休題。


「ちょっとディロ、聞いてるんですか?」

「ああ、聞いてるよ。グレムリンを利用しようとしたんだろ?」

「ジベレリンですよ!ジ・べ・レ・リ・ン!!機械に取り憑く五十センチくらいのイタズラ好きの妖精のことではありませんっ!」

「失礼。噛みま――」

「言わせませんよっ!?」

「はっはっは、悪い悪い。ジベレリンだったな」

「笑って誤魔化そうとしないでください!聞いてませんでしたね!?なんでこのブドウは種が無いんだ?って聞いてきたのはディロなんですからね!」


 そうやって文句を言いながらも再び説明を始めてくれた。こういうところがアルファの優しいところだと思う。


「そのジベレリンを溶かした水溶液を開花前に使うと受精が阻害されるのですが、開花後に再びジベレリン処理を行うと受精しなくても子房が成長するんですよ。それによって種の無いブドウができるってわけです」

「なるほどなぁ。それにしてもエルフィさん、よくそんなこと思いついたよなぁ」

「まああの方は天才ですからね」


 本当だよなぁ。まったく、少しばかしその頭脳を分けて欲しいぜ。


 そんなくだらない話に花を咲かせていると、俺はとあることを思い出した。


「そういえば、折角蟲魔獣インセクトビースト育て初めてたんだから、一緒にあれも育てないか?」

「あれ、ですか?」

「そうそう、取扱説明書にも書いてあっただろ?非常に相性が良いって」

「ああ、あれですか。私もいいと思いますよ」

「やっぱりアルファもそう思う?じゃあ育てようか――」


 ――フェアリーを。



 ◆◇◆◇◆




 フェアリーは、体長十センチほどの人型の魔物である。全身に蛍の放つ光のような淡い光を纏っている。


 仲間意識が非常に強く、常に集団で行動している。独自のコミュニティを作っているとも言われる。


 花の蜜など甘いものが大好きで、イタズラ好きな一面も持つ。


 そのため、可愛らしい見た目をしているが、農家の人を筆頭にあまり好かれてはいない。


 性別は無いが、人族の女性に近い見た目をしている。複数のフェアリーの魔力が一箇所に集まると、それが新たなフェアリーになるという珍しい増え方をする。




 魔物育成キット取扱説明書 『【生】の書』

『フェアリーの生態』より抜粋―――。




 ◆◇◆◇◆



 さて、やって来ました!ダンジョンの最下層の最奥にて最深部!


 俺がここで魔物の創造を頼むのはオーガ、蟲魔獣インセクトビーストに続いて三回目。もう慣れたものである。


「ダンジョン、フェアリーを創造して欲しいんだが構わないだろうか?」

『問題アリマセン。了承シマス。何匹ヲ希望シマスカ?』

「じゃあざっと三十匹ほど」

「さっ、三十匹ですかっ!?」

「まあな、コミュニティを作るって取扱説明書にも書いてあったしな。俺は誰かに孤独の辛さを味合わせたくはないんだよ」

「なるほど……孤独の辛さを知っているからこそというわけですか。ディロらしいですね、いいと思いますよ」

「ありがとう。だが、そうやって他人に言われるのは照れるな……」

「ふふっ、ディロが赤くなるなんて珍しいですね。なんだか得した気分です」

「なんでだよ……」


 そんなたわいもない話をしている間にフェアリーの創造は無事完了したようだ。


 ちなみにだが、ダンジョンのエネルギーに関しては今はかなり余裕がある。

 というのも、大剣のおっさん――ヴォルフガングという名前だったか。彼の死体は燃え尽きてしまったが、彼の生命力はダンジョン内に流れ込んできた。ヴォルフガングは相当な大物だったらしく、流れ込んできたエネルギー量は相当なものだった。

 したがって、フェアリーの三十匹同時創造なんてのも御茶の子さいさいなのである。



 創造された三十匹のフェアリー達は、殺風景なダンジョンの最深部に幻想的な景色を作り出していた。


「きれいです……」

「ああ、ほんとに綺麗だ」


 一匹一匹は十センチほどしかないフェアリー達であるが、それぞれが淡い光を放っており、三十匹が集まることで誰もが思わず目を奪われるような光景ができあがっていたのだ。


 この光景だけでフェアリーを創造して良かったと思える。

 そんなことを思いながら、俺はアルファと共にフェアリー達を箱庭内の果樹森林へと連れていった。



 ◆◇◆◇◆



 フェアリー達とヘラク達との顔合わせも済ませ、無事に三十匹全員が果樹森林へと引っ越してくることができた。


 フェアリー達は果樹森林内にある小さな湖の周辺が気に入ったようだ。


 今現在フェアリー達は思い思いの行動を取っている。


 果物を齧ってみる者、湖の水で遊ぶ者、蟲魔獣インセクトビーストと戯れる者。

 中には、ヘラクの上に乗るという猛者もいる。


 当のヘラクも実は満更でもないようで、機嫌良さそうにフェアリーを背に乗せてのっしのっしと歩いている。


「綺麗だな……」


 思わずそう呟いてしまった。


「本当ですね……」


 アルファも俺と似たような状態のようだ。


 フェアリー達の放つ光はダンジョンの最深部でも充分美しかったが、ここで作られる景色はまた別格だ。


 なんというか、非常に様になっているのだ。


 例えるならそう、吟遊詩人バードの歌う英雄譚サーガに出てくる一場面だろうか。はたまた、お伽噺フェアリーテイルに出てくる幻想の森だろうか。


「なあ、アルファ、今度ここにピクニックに来ないか?」

「奇遇ですね、私も同じことを思っていました」

「そうか、楽しみだな」

「ええ、楽しみです」

「ははっ」

「ふふっ」


 俺とアルファは、しばらく何かに取り憑かれたようにその光景を食い入るように見ていた。そして、しばらくしてから漸く言葉を互いに発し、そんな会話をして笑い合った。



 少し時間を空けてから、今度はフェアリー達が湖のほとりに集まりだした。


 何かをするつもりのようだ。


 中心にいるのは……あ、ヘラクの上に乗ってた猛者の子だ。


 フェアリー達は、中心にいる猛者の子を除いてその子を囲むように円形に並んでいる。


 それぞれが位置についてから少しすると、今まで以上の眩い光をフェアリー達は放ち始めた。


 すると、なんということだろう。


 湖の周辺に色とりどりの花が咲き始めたのだ。


 フェアリー達が強い光を放って暫くすると、緑の草が広がっていただけの湖周辺には大きな花畑ができあがっていた。


 その花畑に咲く花は、大小様々色とりどり。


 森の一角に広がるその光景を、今まで以上に幻想的なものへと押し上げていた。


 その後、強い光を放つのを止めると、フェアリー達は皆汗を拭うようなこの短時間で何処で覚えたのかも分からない仕草を三十匹全員が満足気に取った。


 そして、「疲れたから糖分補給しなきゃ」と言わんばかりの速度で果物を食べに行った。



「すごいですね……」

「ああ、すごい。そして……驚かされた」


 俺達は今日何度目かも分からない賞賛の言葉を無意識に送っていた。


 完成した花畑も非常に綺麗だった。


 フェアリーに戦闘力はほとんどない。


 ステータスはこんな感じだ。


 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 種族:フェアリー


【体力】:E


【攻撃】:E


【防御】:E


【魔力】:D


【魔耐】:E


【敏速】:E



【総合】:E


 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ほとんどの項目が最低階級である。今のままでは一切の戦力にすらならないだろう。


 しかし、俺はそれでもフェアリー創造して良かったと思っていたし、何よりこういう魔物もいるのかと関心していた。


 なんというか、魔物の可能性を見せられた気分だ。



 俺がそんなことを思案していると、猛者の子が俺とアルファの方へやってきた。

 どうやら糖分補給は既に終わったらしい。


「……ん?まてよ、これは……」


 猛者の子がこちらに近づいて来るほどに頭の中の危険信号が大きな音を鳴らしている。

 一体何故だろうと訝しげにしていると、さらに猛者の子はこちらの方に近づいて来た。

 そして、そんな俺の警鐘を知るわけもないアルファは、自分から猛者の子の方へと寄っていく。


「お疲れ様です。こちらに来たんっ……」

「……はっ!そうか!これは……っ!まずいっ!アルファっ!ダメだっ!」



「……く、臭いっ…………」



 手遅れだった。


 腐った玉ねぎのようなこの匂い……。


 間違いない、やつだ。……ドリアンだ。


 そう、この子が先ほどまで食べていたのはドリアンだったのだ。


 俺は思わず昨日の出来事を思い出してしまった。


 アルファに至っては、「もうっ……もうっ……ドリアンは嫌なんですぅぅぅぅう」と、猛者の子の方に手をブンブンと振りながら、正気を失い錯乱していた。


 酷い有様である。女の子が決してしてはいけない顔をしている。


 この第二次ドリアン事変が一応の収束を見せたのは、それから三十分後のことだった……。



 そして後日、色んな意味で猛者だったこのフェアリーを、俺はモアと名付けたのだった。

 名前の由来が猛者から来ているのは、言うまでもないことだろう。

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