第17話 もふもふを求めて
――もふもふ
それは、動物の毛などが豊かで、やわらかい触り心地であるさまで、多くの人が魅了されるものである。
かくいう俺も、もふもふに魅了された一人である。
どれくらい魅了されたのかというと、初めてあの毛の感触をもふもふという言葉で表現した人物を心の底から尊敬しているくらいには魅了されている。
さて、俺は今絶対に譲れない論争を繰り広げている。
相手はアルファ。
彼女ももふもふに魅了された一人であり、生粋のモフリストである。
そして論争の議題というのが――。
「なんでですか!?狐尻尾のもふもふの方が至高に決まっているでしょう!!」
「何を言っているんだ!!猫耳のもふもふの方が至高に決まっているだろう!!」
狐尻尾のもふもふと猫耳のもふもふ、どちらがより素晴らしいもふもふか、ということである。
例えるならそう、冬によくダンジョンに創造してもらって食べるアレを豚まんと呼ぶか肉まんと呼ぶかや、目玉焼きにかけるのは醤油かソースかのような、『小さいことかもしれないけど絶対に譲れないやつ』である。
一体何故このような論争が生じたのか。それを語るには、今日の朝まで遡ることとなる……。
◆◇◆◇◆
俺とアルファは新たに育てる魔物を検討するため、魔物育成キットの取扱説明書をパラパラと捲っていた。
「やっぱり次は毛のある魔物がいいですね」
「確かにな、新たなもふもふは是非とも欲しいな」
俺とアルファの意見は一致し、次に育てる魔物は毛のある魔物ということになった。
そして、とあるページを捲った時……。
「「あっ!これっ!!」」
この時は運命だとすら思ったね。流石だ、同志よ。と、心から賞賛したものだ。
しかし、現実はそう甘くなかった……。
「いいじゃないですか!狐尻尾!!」
「いいじゃないか!猫耳!!」
似ているようで違う思考だった。そう、このすれ違いがこの論争の始まりだったのだ。
「は?」
「あ?」
アルファが見ていたのは、見開き左ページに記載されている妖狐。
俺が見ていたのは、見開き右ページに記載されている風虎。
俺とアルファが推した魔物は、全く違う魔物だったのだ。
◆◇◆◇◆
結局両方創造するということで落ち着き、俺とアルファはダンジョン最深部に来ていた。
「狐尻尾の方が良いに決まっていますっ!!」
「まだ言うかっ!猫耳の方が良いに決まっているだろう!!」
まあ、もふもふ論争についてはまだ一切落ち着いていないし、譲る気もないがな。
「「ふんっ!!」」
ちなみに、今回の創造には同行者がいる。
『お、落ち着くのだ……』
言い争う俺とアルファを見てオロオロしているのはフェンリルであるアインス君だ。
知ってるか?こいつ、うちのダンジョン最強の魔物なんだぜ?
『わ、我の尻尾じゃダメなのか?』
「「アインスの尻尾も気持ちいいけどそれとこれとは話が別!!」」
こういう意見が合うのは同じモフリストだからだろう。
そう。それとこれとは話が別なのだ。
ちなみにアインス君はもふもふ代表だ。
え?もふもふ代表って何だよって?いいんだよ。もふもふ代表はもふもふ代表なんだよ。
とりあえず、誰でもいいから審査員が欲しかったってわけじゃあないぞ?違うったら違うぞ?
アインス君、しっかり萎縮してしまっているがまあ大丈夫だろう。なんてったってうちのダンジョン最強の魔物なんだから。
頑張れ、アインス君。負けるな、アインス君。
さて、そんなことを語っている間に創造が始まったようだ。
まずは、妖狐からである。
◆◇◆◇◆
妖狐は
人や動物などに化けることで外敵から身を守ったり、餌となる物を手に入れたりする。
二メートル近い体長を誇るが、その内の約三分の一を巨大な尻尾が占めている。
雑食性だが肉も食すため、狩りをする際は得意とされる魔法を使用する。
また、東方の国では非常に霊力が強い魔物として扱われ、妖狐など狐型の魔物が神聖視されることもある。
美しい毛並みを持つ妖狐ほど健康かつ優れた力を持つとされる。
魔物育成キット取扱説明書 『【生】の書』
『妖狐の生態』より抜粋―――。
◆◇◆◇◆
その場に創造されたのは五体の妖狐。
一体一体が強い魔力を持っていることが感じられる。
そして何より皆もっふもふである。
特に真ん中の妖狐。彼か彼女かはわからないが、一際美しい毛並みをしている。
毛の色は鮮やかな狐色だ。尻尾の先だけが少し薄い色になっている。
是非モフりたい。
……はっ!
ダメだダメだ。
ここでモフりにいくのは負けを認めるようなもの。
それだけは絶対にあってはならない。
「ふぁ〜〜もふもふですよぉ〜〜」
アルファは早速尻尾をモフっている。
くっ、やはり真ん中の個体に目をつけたか……。なかなかやるな……。
「ディロもどうですかぁ?もふもふですよぉ〜?」
な、なんて卑劣な罠なんだっ!!
くそっ!あの尻尾に飛び込みたい!
飛び込んでわちゃわちゃしたい!!
羨ましい!羨ましい!羨ましい!
い、一刻も早く風虎を創造しなくては……。
俺の精神がおかしくなってしまう!!
そうして俺は、狐尻尾の誘惑になんとか打ち勝って、風虎の創造を始めた。
◆◇◆◇◆
風虎は風を司る虎型の魔物である。
体長は四メートルを超え、非常に強い力を持つ。
食性は肉食で、群れは作らず単独で狩りをする。
風を起こす力を持ち、起こした風を利用して素早く動くことができる。
縄張り意識が強く、己の縄張りに侵入した相手に対しては、格上でも躊躇なく戦いを挑む。
その様から、『森の守護獣』の異名を持つ。
魔物育成キット取扱説明書 『【生】の書』
『風虎の生態』より抜粋―――。
◆◇◆◇◆
「な、なんてことだ……」
それは、俺の想像を超える破壊力だった。
四メートルの毛玉。
体高二メートル、体長三メートル越えのアインスよりも更に大きいそれは、俺の
「あ、あれはダメです……」
俺の後ろでアルファも震えている。
ふっ、どうやらこの勝負、俺の勝ちみたいだな……。
まあ、無理もないだろう。
アレを見てモフりたい衝動に駆られない奴はモフリストじゃない。
緑色の美しい毛には、ところどころ癖があり跳ねている。尻尾はこちらを誘うようにユラユラと揺れ、大きい体と迫力のある顔に比べて可愛らしい猫耳は、あっちへピョコピョコ、こっちへピョコピョコしているのだ。
『森の守護獣』なんて異名を付けた奴は何も分かっていない。
この風虎に付けられるべき異名は『モフリストブレイカー』というところだろう。
全く……舐めてたぜ、風虎。正しくもふもふの化身じゃねえか……。
さて、そろそろ味わわせてもらうとするか……。
俺は、クラウチングスタートの体勢になった。
モフる準備は万端だ。いつでもいける。
そうして俺は、風虎のもふもふに………………飛び込むことができなかった。
とある人物、いや狼物のひとことによって驚かされたために……。
『なんて……なんて……綺麗なんだ!!』
「「は?」」
□
アインスはその時、少なくない衝撃を受けていた。
美しい毛並みに、凛々しい顔。どれをとっても彼の好みにドストライクだった。
そう、彼は落ちてしまったのだ。
誰もがかかる不知の病――恋に。
これが、神速を誇る伝説の魔物フェンリルであるアインスの、
□
「いやいやいやいや!アインス君、キミ
『はぁ〜綺麗だ……』
「ダメですね、堕ちてます」
まさかのアインスが風虎に恋に落ちるという緊急事態によって、俺とアルファはもふもふどころじゃなくなってしまった。
まるで歩けるようになったばかりの赤ん坊のように、ヨタヨタと風虎の方へ歩いていくアインス。
それに対して風虎は――。
――ピシッ
尻尾によるビンタで返答した。
「あ、振られた」
「振られましたね」
「とりあえずーー、名前でも考えるか?」
「そ、そうですね。そうしましょう」
「あ、俺も後で妖狐モフりに行っていい?」
「いいですよ。じゃあ落ち着いたら私も風虎モフっていいですか?」
「いいよいいよ。落ち着いたら一緒にモフりに行こう」
「はい」
こうして、意外な形で第一次モフモフ論争は、とある一体の狼の犠牲と引き換えに、結果的にとても平和的な方法で幕を閉じたのだった。
ちなみに名前は、俺とアルファが最も美しい毛並みと評した妖狐が、ツキヨ。残りが、ヒナ、ミズキ、モクト、キンジ。
ツキヨ、ヒナ、ミズキが雌。モクト、キンジが雄だった。
そして風虎が、アネモイである。
もちろんアネモイは雌だ。
これでもしアネモイが雄だったならば、アインスは色んな意味で周囲の視線を集めていたに違いない。
ついでに、ステータスはこんな感じだ。
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種族:妖狐
【体力】:D
【攻撃】:D
【防御】:D
【魔力】:B
【魔耐】:B
【敏速】:B
【総合】:C
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種族:風虎
【体力】:C
【攻撃】:B
【防御】:C
【魔力】:B
【魔耐】:C
【敏速】:A
【総合】:B
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
そんなこんなで、なんだか締まらない感じでその日を終えることとなったわけだが、その日から風虎に異常なほど付きまとう巨大な白狼の姿が見られるようになったとか……。
頑張れ、アインス君!負けるな、アインス君!
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