第21話 初めての街
ダンジョンを出た俺達は、夜の内に目的地である人間種族の街を目指すことにした。
とりあえず、俺達はガルプテン王国軍が進軍してきた方角を目指した。
その方角に進めば、いずれ大きな街に辿り着くと考えたからだ。
魔物育成キットの
街に着いて可能であれば、周辺地図も購入したいものである。
俺とアルファとモアは、ツヴァイとフィーアに乗って、雑談をしながら夜の森を駆けていた。
「ディロの肌の色がいつもと違うのは、何だかとっても変な感じですね」
「うんうん!王様が王様じゃないみたいだよ!」
「そ、そうか?肌の色以外はいつもと同じだから、そんなに違いは無いはずなんだけどな……」
「いつもの褐色の肌が、それだけ王様のトレードマークになってるって事なんじゃないかな?」
「そうですね。この薄めの肌の色も似合ってますけれど、私はいつもの褐色肌のディロの方が好きですかね」
「それは悪かったな。外に出ている間は仕方ないんだから我慢してくれ」
「分かっていますよ。あくまで私がいつもの肌の色の方が好きというだけです……。この肌の色も悪いという訳ではないですから」
「お、おう。ありがとうな……」
「ええ……」
「あーあ、二人とも顔赤くしちゃって……。王様もアルファ様も、なんでこれでまだ恋人関係じゃないんだろう……」
「何か言ったか?」
「何か言いましたか?」
「なんでもありませーーん」
そんな風に雑談に興じながら森を抜け、朝日が顔を覗かせ始めた頃、視界に大きな街が入ってきた。
俺とアルファは街へ向けて少し駆け、街の入口である門から少し離れた所でツヴァイとフィーアから降りた。そして、ツヴァイとフィーアには俺とアルファそれぞれの影に《潜影》してもらった。
その後、俺とアルファは歩いて街の門へと向かったのだった。
◆◇◆◇◆
街の門には、まだ早朝だというのに既に何人か人が並んでいた。
俺達は列に並び、少しして二人の門番の元へと通された。
二人の門番はどちらも男で、年は三十から四十過ぎくらいの間だろう。
門番は、アルファの美貌を見て少しの間惚けていたが、やがて職務を思い出したのか、ぎこちなく動き出した。そして、俺達にいくつかの質問を投げかけた。
「身分を保証できる物はあるか?」
「ありません。俺達は冒険者なのですが、前に拠点にしていた街からこの街へ向かう途中に、野盗に襲われてしまいまして……荷物を手持ちのお金以外全て無くしてしまいました」
これはこの街へ来る途中、アルファとモアと三人で考えた設定だ。
門番の言う"身分を保証できる物"とは、三百年前と変わっていなければ各種ギルドカード等の事だろう。
魔物育成キット取扱説明書『【賢】の書』曰く、人間種族の街にはいくつかギルドという建物が存在するらしい。
代表的なものだと、冒険者ギルド、商業ギルド、魔術師ギルド、剣士ギルド、鍛冶ギルドなどがあげられる。
これらのギルド会員であることを証明するギルドカードが身分を保証する物と成りうるのだという。
唯一盗賊ギルド会員の証だけは身分を保証できないらしいが、まあ当然といえば当然だろう。
他にも、教会の聖印など身分を保証できる物はまだいくつかあるが、基本的には身分を証明する際はギルドカードを使用するらしい。
だが、ここで問題が発生した。
俺達は誰もギルドカードなんてものを持ってはいない。
そのため、俺達は不自然にならないように予め口裏を合わせておいたのだ。
荷物も全て持ってきた魔法の袋に入れてポケットにしまってある。
「それにしては随分衣服が綺麗な気がするが……」
……まあ、若干苦しい言い訳になってしまったのは否めないが。
「まあいい、それは災難だったな。そうなると、一人あたりの通行料は倍の銀貨二枚になってしまうが大丈夫か?」
「はい。それは問題ありません」
そう言って、俺はポケットに手を突っ込んで魔法の袋から二人分の通行料の銀貨四枚を取り出し、門番に手渡した。
「よし、確かに受け取った。ようこそ、旧ガルプテン王国首都"ルクハレ"へ!……まあ、今はガスマン帝国の一都市だがな」
「街へ入ったらギルドカードちゃんと発行し直せよな。まあとにかく歓迎するぜ!綺麗な嬢ちゃんに彼氏の兄ちゃん!」
俺達は、門番の男二人に明るく声をかけられ、少し顔を赤くしながら、生まれて初めて人間種族の街へと足を踏み入れたのだった。
……それにしても、傍から見ると俺とアルファはカップルに見えているのか。勿論俺は嬉しいのだが、アルファはどう思っているのだろうか。何と言うか、これは複雑な気持ちだな……。
◆◇◆◇◆
門を抜けた先の道の両脇には露店が立ち並び、無数の人間が買い物をしている。その結果、街の中はどこもかしくも物凄い賑わいを見せている。
そんな初めて目にする光景に、俺とアルファは少しの間呆けてしまったのだった。
少ししてから我に返った俺達は、言われた通り、とりあえずは冒険者ギルドを目指して歩き始めた。
そうして街並みを見渡しながら幾らかか歩みを進めた頃、俺の耳に興味深い声が聞こえてきた。
「寄ってらっしゃい!見てらっしゃい!屈強な男の奴隷にキュートな少女の奴隷!エルフに獣人にドワーフに!バラエティ豊かに取り揃えておりますよ!」
"奴隷"。
人間種族にとって奴隷というのが意外と身近な存在だというのは知っていた。
借りた金を返せなくなった者や、罪を犯した者などがその身を落とす先。
あれはどうやら合法なようで奴隷達は丁寧に扱われているが、噂に聞くと違法な奴隷商人もかなり多いらしい。
かつてガルプテン王国の首都であったこの地はガスマン帝国の最辺境。国境が近いことも相まって、人族のみならず多種多様な奴隷が店先に並ばされていた。
檻の中で商品として売られている奴隷達は、買ってもらおうとアピールしている者もいれば絶望の表情を浮かべている者もいる。
だが、望む望まないに関わらず、物として扱われ、他者から蔑まれるというのは、少し前の自分に少し似ている気がしてあまりいい気分になれなかった。
魔族の間では奴隷という地位が存在しないという訳では無い。
俺が過ごしてきたダンジョンには存在しなかったが、取扱説明書『【魔】の書』によると、かの『大魔王』ガルーダ・カタストロフは奴隷制度を導入していたらしい。
ある意味では、俺のかつての状態も"奴隷"と言えるのかもしれない。
「何と言うか、"奴隷"というものが必要なのは頭では理解できているんですけれど、あまりいい気分にはなれませんね」
と、アルファ。
「うんうん、なんだか窮屈そう……」
続けてモアも感想を述べた。
どうやら、アルファとモアもあまり良い印象は抱けなかったようだ。
俺達は、少しどんよりとしてしまった気分を紛らわすために近くの露店で美味しそうな匂いを漂わせていた串焼き肉を購入した。
「あ!美味しいです!」
「ほんとだ!美味しいよ!王様!」
串焼き肉はタレと肉の旨味がマッチしていて、想像以上に美味しかった。
更に、ついでに現在の貨幣価値についても知ることができた。
露店のおばちゃんから話を聞いた限り、貨幣価値はこんな感じである。
白金貨 金貨百枚分
金貨 銀貨百枚分
銀貨 大銅貨百枚分
大銅貨 銅貨百枚分
銅貨
取扱説明書『【賢】の書』に書いてあった三百年前の貨幣価値とも変わっていなかった。
貨幣価値は大陸内で統一されているようで、このガスマン帝国を出ても同じ貨幣価値という認識で問題は無いらしい。
ちなみに、街の人の平均年収が金貨四枚から五枚、この露店の串焼き肉の値段は大銅貨五枚だ。
つーかあの魔法の袋、白金貨もごろごろしてたんだけど?え?アレ合計いくらになんの?なんかとっても怖くなってきたんだけど?全額魔法の袋に入れて持ち出しちゃったぞ……?
そんなまさかのいきなり大富豪になっていた驚愕の現実から目を背けていると、アルファが声をかけてきた。
「それにしても、見つかりませんね。冒険者ギルド」
俺はアルファの言葉で逃避を止める。
「本当だな。文字は問題無く読めるんだが、何分建物が多すぎてどれがどれなのかサッパリ分からない」
俺は思わず、「はあ」とため息をついた。
すると、そんな俺の様子を見たモアが一つ提案してきた。
「それなら、街の人に聞いてみるのがいいんじゃないかな?」
なるほど。
確かによく考えれば、俺達だけで頑張って探す必要は全く無いのだ。
人間種族の言葉には「餅は餅屋」というものがあるらしいが、全くもってその通りだ。
この街の事はこの街の人に聞けば良いのだ。
俺は先程食べた串焼き肉を売っていた露店にもう一度並び、もう一度串焼き肉を二本購入した。
そして、俺はその露店が立つ道の端へと目を向けた。
そこに居たのは、道の端へ腰かけた薄汚れた身なりをした乞食と思われる中年の男性。
身体は若干細すぎに見えるが、乞食にしてはしっかりと筋肉が付いていて、顔にも生気が宿っている。
俺は、両手に串焼き肉を持ってその中年男性に声をかけた。
「おはようございます。お肉をご馳走するので、宜しければ道を教えていただけませんか?」
この際、目線を合わせるのが威圧しないためのディロ流ポイントである。
「なんだい、お兄ちゃん。おじさんにお肉を分けてくれるのかい?」
「ええ」
そう言って俺は串焼き肉を一本手渡す。
「有難いねぇ。おじさん、お腹が空いて死にそうだったんだよ」
「それは間に合って良かったです。ところで、冒険者ギルドの場所をお聞きしたいのですが構いませんか?」
「なんだい、そんなことかい。勿論構わないよ。おじさんに任せるといい」
「ありがとうございます」
「そうだねぇ、冒険者ギルドはこの道を道なりに真っ直ぐ行って、突き当たりを右に曲がってしばらく歩くと見えてくる一際大きな建物がそうだよ」
道を教えてくれた乞食のおじさんにもう一本の串焼き肉を手渡す。
「あらら、二本も貰っちゃって悪いねぇ。おじさん、感謝感激だよ」
「気にしないでください。道を教えてくれてありがとうございました」
こうして、冒険者ギルドまでの道を聞き出して再度歩き出すと、アルファが少し興奮気味な声で話しかけてきた。
「ディロ、すごいです!あっという間に道を聞き出してしまいましたね!」
「ははは、まあ人の顔色を伺うのは結構慣れているからね」
俺は苦笑しつつそう答える。
「でも、なんだか頼り甲斐があってカッコよかったですよ?」
「お、おう、ありがとな」
少しどもりながらも返事をする。
まあ、これは個人的にはあまり誇れる特技では無いのだが、アルファに褒められたのだから良しとしよう。
その後、乞食のおじさんに教えてもらった道をゆくと、無事、冒険者ギルドまで辿り着くことができたのだった。
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