第22話 冒険者ギルド その1
その周辺で一際大きな建物、冒険者ギルドの前に俺達は来ていた。
「大きいですねえ」
冒険者ギルドという看板が掛けられたその建物は、アルファが思わずそう口に出してしまう程に大きかった。
敷地面積もさることながら、高さも申し分なく、屋根のてっぺんを見ようとすれば見上げる必要があるほどだ。
また、外観のデザインも良く、一流の職人によって建てられた事が伺えた。
扉は大きめに作られていて、今現在も沢山の人が出入りしている。
建物の迫力によって気圧されてしまった俺達はしばらくの間ぼうっと冒険者ギルドを外から眺めていたのだが、出入りしている人達の中には人族だけでなく、獣人族やエルフもいるようだった。
おそらく、彼らが冒険者だろう。
身なりもうちのダンジョンに来る者達によく似ている。
そんなことを考えていると、ふと声をかけられた。
「おいおい、何やってんだぁ?」
「よく見りゃ嬢ちゃんの方はかなりのべっぴんさんじゃねぇかぁ」
「新人かぁ?冒険者になんのはあんましおすすめしねぇが、覚悟があるってんなら俺らが優しく案内してやるからちょっとこっち来いよぉ」
声をかけられた方向に目を向けると、そこに居たのは大柄で筋骨隆々な男三人組。
体の大きさは全員俺の二倍近くあるのではないだろうか。
そして、三人とも特徴的で奇抜な髪型をしている。左の奴の髪型がモヒカン、真ん中の奴の髪型がスキンヘッド、右の奴の髪型がリーゼントという名前だったと思う。
三人組の高圧的な態度に一瞬気圧されてしまったが、モヒカンがアルファの方を見てべっぴんと称したのを聞いて俺はアルファを庇うように前に出る。
俺の服の中では、モアが臨戦態勢に入っていた。
アルファが強いのは知っている。なんなら俺よりも余程強いのだ。だから、万が一があるとは思っていない。だが、それでも大切な人であるからこそ、自分の手で守りたいと思う。
あまり問題は起こしたくなかったのだが、仕方がない。
俺はやるならやってやるという覚悟を込めてキッと睨みつけてこう答えた。
「……必要ありません」
それに対し、真ん中のスキンヘッドの男は少し驚いたような反応を示したが、ニヤリと笑みを浮かべてこう答えた。
「おいおい、なんだよ兄ちゃん。そんなに睨みつけてくれるんじゃねぇ。先輩の言うことは大人しく聞いておくもんだぜぇ?」
そんな会話をしている内に、周りに野次が集まってきた。大半が冒険者のようだが、かなりの人がいる。
くそ、俺達はかなり目立ってしまっているようだ。
本来この冒険者ギルドに来たのは俺達のギルドカードを作るためだ。
最も簡単に取得できるらしい冒険者ギルドのギルドカードを取るつもりだったが仕方がない。
こうなったからには、問題なく冒険者ギルドでギルドカードを取得するのは不可能だろう。俺達が門を通るために考えた設定が少し不自然になってしまうが、他のギルドに行って登録するしかないと考えたちょうどその時――。
「何やってるんですか……ドミニクさん……」
呆れ顔で割って入ってきたのは金髪の、誰もが見惚れるようなイケメンだった。
イケメン過ぎて、呆れ顔なのに何故か爽やかに見える。
「おお、アレックスか!こいつら新人みてぇだからなぁ。ちょっと案内してやろうと思ってよぉ!」
「完全に怖がってるじゃないですか!」
「えぇ?そうなのかぁ?そりゃあ悪いことしちまったなぁ……」
「一体どんな誘い方したんですか……。見た目厳ついんですからちょっとは考えてくださいよ……」
そんな二人の滑稽な問答を見て、周りの冒険者達はどっと笑い出した。
俺達は、訳が分からず辺りをキョロキョロと見渡すしかない。
そんな俺達を見た爽やかイケメンが申し訳なさそうに話しかけてきた。
「すまなかった。この人達は見た目はこんなだが、良い人達なんだ。許してはやってくれないだろうか?」
「怖がらせちまったみてぇだな。その、なんだ。悪かったな」
えええええええええ!?このナリで良い人達なの!?
ってことはさっきのは純粋に俺達を心配しただけ?なにそれ!紛らわしい!!
アルファもモアも驚いたようで目を見開いている。
「申し遅れたが、僕の名前はアレキサンダー。皆からはアレックスと呼ばれているよ。だから、君もそう呼んでくれるとありがたい」
爽やかイケメンがニコッと笑いながら自己紹介をする。
やめろ、イケメンよ笑いかけるなっ!アルファが見惚れちまったらどうしてくれるんだっ!クソっ、俺もあれだけ高スペックに生まれていたら……。羨ましいぞぉくそぉっ!
俺が嫉妬の念に押し潰されそうになっていると、今度は大男三人組が自己紹介を始めた。
「俺はドミニク・ビューローだ。よろしくなぁ!」
まずは真ん中のスキンヘッドが変なポーズをきめながら自己紹介してきた。確かあのポーズは、サイド・チェストという名前のポーズだったと思う。
『【賢】の書』に書いてあって、何に使うんだこんな知識と思っていたが、まさか使う日がこんなにも早く来ようとは……。
「俺はマックス・ブラウン。何でも頼ってくれていいぜぇ!」
次は左のモヒカンだ。今度はサイド・トライセップスと呼ばれるポージングをきめている。
「ブルーノ・エンダース。仲良くしようぜぇ!」
最後は右のリーゼントである。コイツはモスト・マスキュラーをきめている。
俺はおそらく、この三人の名前を一生忘れることは無いだろう。それくらい印象的な自己紹介だった。
大男三人組の自己紹介が終わると、今度は爽やかイケメンもといアレックスが俺達の名前を聞いてきたので、簡単にこちらも自己紹介をした。
「俺がディロ。こっちはアルファだ」
「アルファです。よろしくお願いします」
「ディロにアルファさんだね。同い年くらいかな?是非仲良くして欲しい。これも何かの縁だ。僕がギルド内を案内しよう。ちょうど今日は非番だしね」
「おいおい、いいのかぁ?折角の非番を」
「大丈夫ですよ。何もしないのはかえって落ち着かないですからね。他のパーティメンバーは買い物やら何やらに行ってしまっていますし……」
「まあ、お前さんがいいならいいんだがよぉ……」
煮え切らない様子のドミニクにアレックスはこう捲し立てた。
「それに、ドミニクさん達はフォレストドラゴンを探しに行くんですよね?Aランクのフォレストドラゴンとなると、まともに討伐できるのは今この支部には僕達の他にドミニクさん達しかいません。魔物の中では大人しめだと聞きますが、何かあってからでは遅いです。フォレストドラゴンは森の木々に擬態して過ごすと聞きます。見つけるのにも時間がかかるでしょう。今日中に見つからなければ僕達も探すのに協力しますが、今日の内にドミニクさん達が見つけてくれるに超したことはありません。ですから、ドミニクさん達は早く行くべきです」
そう言われたドミニクは、押され気味になりながら「わかった、わかった」と答えた。若干引いているように見えたのは気の所為だと思いたい。
「んじゃ、そういうことだから俺らは行くぜぇ。こう見えて俺らはここらじゃ一番の冒険者だ。何かあったら遠慮なく言いなぁ。ディロにアルファだなぁ?顔と名前は覚えたぞ」
そう言い残して大男三人組は去っていった。
最後のひとことに若干の恐怖を覚えたし、もっと言い方あるだろうと思ったがアレックスの言う通り良い人なのは間違いなさそうである。
この見た目と言葉遣いで良い人達だと言うのだから、「人は見た目によらない」とはよく言ったものだ。
「それじゃあ、僕達も行こうか。ついてきてくれ。ギルドの中を案内しよう」
そういって、冒険者ギルドの扉の方へ歩いていった。
それにしてもやはりあの笑顔は爽やか過ぎるだろう……。
俺はふと、心配に思って後ろにいるアルファの方を見た。アルファがアレックスに見惚れているかもしれないと思うと、どうしようもなく嫌だったのだ。
だが、そんな俺の心配は杞憂だったようである。アルファが見ていたのは、アレックスではなく俺だったようで、振り向きざまに目が合った。
その時のアルファの顔は怒っているような嬉しいような複雑な顔だった。そして、俺に向かって真面目な顔でこう話しかけてきた。
「まずは、守ってくれてありがとうございます。とてもカッコよかったですし、嬉しかったです」
「まあ、結局良い人達だったみたいだけどな」
「それでも、嬉しかったです。ありがとうございます」
「お、おう」
真正面から感謝の気持ちを伝えられて、俺は少し照れてしまった。
最近アルファは思ったことをハッキリと言う傾向がある。当然嬉しいのだが、言われるこっちはどうしても照れてしまうので、個人的には何とも複雑な所である。アルファは超が付くほどの美少女なのである。だから、こういった時俺はとても困ってしまうのだ。まあ、アルファとの距離が更に縮まったというのはやはり嬉しいので、良しとしておこう。
俺がそんなことを考えていると、今度は頬を少し膨らませた。これはアルファが、少し怒っている時の仕草だ。俺からはとても可愛らしく見え、口元が緩んでしまいそうになるのだが、どうやら今回は真面目な話のようなので、俺も真面目な態度で聞く。
「けれど、私はディロより強いです。それに、ダンジョンマスターでもあるディロを、死なせる訳にはいきません。何のために私とモアちゃんがいると思ってるんですか?だから、これからは私にディロを守らせてください」
「そういう訳にもいかないよ。アルファは俺にとって大切な人だ。だから、俺の手で守りたいんだ」
俺がそう返すと、アルファは訴えかけるようにこう続けてきた。
「嬉しいです。ですけど、ディロがそう思ってくれているのと同じか、それ以上に、私もディロのことが大切なんです。今の私は、ディロがいない世界に意味は無いとすら思っています。それだけ、ディロのことが大切なんです……。ですから……ですからっ!ディロは自分のことを卑下せず、自分のことも大切にしてください……」
そう言いきったアルファの美しい紅い眼は、微かに潤んでいた。
確かに、俺はまだどこかで「自分なんか……」と思ってしまう傾向があった。
友ができ、配下ができ、暮らしが豊かになり、魔王になったとしても、自分の中の根底に染み付いた価値観というのは中々消えるものでは無い。
さっきも「自分なんかのためにアルファが傷つく必要は無い」と心のどこかで考えていた。
だが違う。
違うのだ。
目の前で泣きそうになっている少女を見ろ。
俺が守りたいものは、彼女であると同時に、彼女の笑顔でもあるじゃないか。
それは、俺が居ないんじゃ守ることはできないと彼女は言っている。
なら、今の俺の価値観は正しくない。
「悪かった。俺はもう少し、自分を大切にするよ。だから、アルファも自分を大切にしてくれ。そして、今まで以上に助け合っていこう」
それを聞いたアルファは、数回瞬きをした後、満面の笑みを浮かべて――。
「はいっ!」
と、元気よく答えた。まるで花の咲いたような笑みだった。
ジャンルは違うが、さっきの爽やかイケメンの爽やかスマイルより何倍も良いものだ、うん。決して、決っっっして、爽やかイケメンが妬ましいから急にこんなことを言ったわけじゃないぞ?ホントだぞ?
「なあ、どうしたんだい?入るよ?」
噂をすれば……。出たな!イケメン怪人サワヤカナンジャー!
どうやら、俺達がついてくるのがあまりに遅いので、心配をかけてしまったようである。
俺とアルファは「すみません」と謝って、今度こそ冒険者ギルドの中へと向かった。
俺はその時、隣のアルファの横顔を気づかれない程度に眺めながら、アルファに誇れる自分でいようと、改めて決意を固めるのだった。
服の中から聞こえてきた「やれやれ……もうさっさとくっつけよ!」という声は無視することにした。
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